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6.


「ある程度はかたまったか。」


木枠でかたどられた質素にも見える窓を背に、現辺境伯であるランドルフが息をつく。


ランドルフが()する机はシュッツグラー辺境伯領の特産品でもある堅木(かたぎ)で作られたものだ。華美(かび)な装飾はないが、美しく磨かれ光沢をまとった木目が質の良さをうかがわせる。

その向かいには同じく主の質実剛健さを思わせる応接セットが設置され、息子であるアレックスとニードルート家当主のアルバートはそこのソファーに向かい合って座っていた。



「皆様をお呼びいたしますか。」

執務机のそばに立つ執事長のモーリスが声をかける。


「そうだな…もう4時か。なら夕食後で良い。会議室に男衆を集めてくれるか。酒も用意してやると良い。」


部屋を出るモーリスの背を見ながら、頭の中で話し合った内容を反芻(はんすう)する。この数日、3人を中心に話し合いを進めていたが、決まった事といえば基本的な方向性だけだ。

長期的に計画を組みはしたが、その計画も希望的観測がふんだんに盛り込まれている為、想定外の事には場当(ばあ)たり的に対処するしかない。



それでも、進みはじめるならある程度の指針は必要だ。その為には(とつ)いだ娘とその家族も利用させてもらおう。



長女のアドリアンナはニードルート家の北東にある鉱山を含む領地を持つピッカー伯爵家へ嫁いだ。

アドリアンナは、武功(ぶこう)(とうと)ぶ傾向にあるシュッツグラーで蝶よ花よと臣下達に甘やかされて育ったせいか、少々じゃじゃ馬に育ってしまった。

だがそれでも、包み込むような優しさと大きな身体をもったベンジャミンとはよく合ったようで、未だにこちらが辟易(へきえき)とする程、仲が良い。



次女のアナスタシアはシュッツグラー家直臣(じきしん)の家へと嫁いだ。代々我が領地に献身(けんしん)してくれているルアー子爵家は、今は内政の中心をも担ってくれており、直臣家の中でも最も付き合いが長い家の1つだ。

長女のじゃじゃ馬加減が反面教師となったのか、少し引っ込み思案になってしまっていたアナスタシアと、幼い頃からゆっくりと、少しずつ想いを(はぐく)んだバートン。


彼が自ら婚約の許可を()に、臣下としてではなく子爵家の当主として我が家へやって来た時は、思わず眼を熱くする程、感慨深(がんがいぶか)い思いをしたものだ。



奴らにも存分に手腕をふるってもらわなくてはな。

いまだ自分の前に立つと緊張で固まってしまう娘婿(むすめむこ)達を思い、おかしそうに顔を(ゆが)める。



「ランドルフさん、悪い顔になっていますよ。」


無遠慮に声をかけてくるニードルート侯爵に顔を向ける。そういえばベンジャミンは領地が近い事もあって、アルバートとも仲がよかったんだったか。



面白いものを見た、と笑うアルバートを目線で黙らせようと睨らむが、意に介した様子はない。そのからかい混じりの笑みに、アルバートの父の面影が見え、そっと目を逸らす。




早逝したニードルート家先代当主は、生真面目で、融通の利かない頑固者。魔術師を引退したものの墓場だといわれていた研究所に若くから入り、生涯を精霊や魔法の研究に費やした、変わり者だが優秀な男だった。


ランドルフはそんな先代当主の“早逝(そうせい)した原因”を今回2家が集まった初日、元始の大精霊様から只1人知らされた。贖罪(しょくざい)のようなその独白(どくはく)は、確かに他のものに聞かせるのがはばかれる内容だった。


ランドルフも学生時代は共に学業に励み、卒業後も互いに切磋琢磨(せっさたくま)しあう仲だった事もあり、衝撃を受けたが…アルバートにそれを()げるかどうか。

ニードルート家が帰る前に言わなければとも思うが、息子のように思う程には親しんでいるアルバートの悲しみに(ゆが)ませた顔は…出来る事なら見たくはない。



「今度は難しい顔をして。

ランドルフさんって意外と顔に出ますよね。」


こちらの気も知らず、楽しげに笑うアルバートを見て、溜め息をつく。


「ともかく、夕食後だ。それまでにアルはベンと、レックスはバートと。それぞれの担当を詰めておけ。」


部屋を出る2人に、モーリスを夕食前に一度戻らせるよう言付ける。







考える事は山ほどある。家族の事、精霊の事、王国の事、それに領地、臣下、領民たち。

皆にとって明るい未来であれば良いと願うが、実際には走り出してみないとわからない。

席を立ったランドルフは窓の外を眺める。


緑が(あふ)れる土地だ。農地や牧羊地に恵まれ、海や山、湖がある。

自然の多い土地には精霊がよく集まるとは誰が言った言葉だったろうか。ならば、辺境伯領も他よりたくさんの精霊がいるのだろうか。

夏でも涼しく、冬は雪が降るものの、豪雪(ごうせつ)地という訳ではない。この住みやすい気候も、精霊達のおかげなのかも知れない。


この地を豊かにするという事は、自然を減らし、精霊達を追い出してしまう事にならないだろうか。今はこの城内だけでもこんなにも精霊達が遊んでいるのに。

執務室内をただよう様々色の光を目で追いながら不安が頭をよぎる。




「まいりました。」


ノックののち、モーリスから声がかかる。

一瞬の示唆(しさ)をどこか遠くの方へやり、モーリスを部屋に引き入れた。









「モーリス。

――お前にも本気になってもらう時が来たようだ。」


片眉をあげ、コミカルな表情をしてみせるこの男もまた、シュッツグラーにとってなくてはならない男だ。



妻であるレベッカと共に家政をまとめ上げ、ランドルフの仕事の多くにも関わっている。ある時は秘書のようであり、ある時は顧問のようでもあるこの男は、もう何代もシュッツグラー家当主に仕えて来た英傑(えいけつ)だ。

長寿で知られるエルフ族の中でも相当高齢の筈だ。少なくともランドルフはモーリス以上に高齢だろうエルフとは出会った事がない。



「他家からは、シュッツグラー家は馬丁(ばてい)やメイドまで戦えると評判だが…」


隣国や大森林との国境である辺境領の中でも、この城は最も境界に近い場所に立っている。領民を、そして王国全体を背に、守り戦う為だ。

だが、それだからこそ最も危険な場所でもある。兵士たちだけでなく、全てのものに自ら戦う力がないと、万が一の場合に対応出来ない。


当然、家人と共にあり城内の全てを把握(はあく)出来る侍従(じじゅう)に求めるレベルも、高い。雇われる際はシュッツグラー家が誇る諜報部(ちょうほうぶ)が人物背景を調べ尽くし、一定以上の武力がないと合格できない上に、受かっても侍従として働きながら、常に向上を求められる。侍従としては過酷過ぎる職場だ。


現に、ランドルフ在任中だけでも城の構造や兵力を知るために(さら)おうとする(やから)が何度か侍従に近付いた。狙われた侍従達は近付いた諜報員を捕縛(ほばく)し、逆にこちらの(えき)にできたが、これからは何がどうなるかわからない。



「危うさを潰す為にも、いつか産まれる子供達に危うさを気付かせない為にも、今まで以上に気を配る必要がある。」


若い時分から力に取り憑かれていたモーリスは、弓と投擲(とうてき)からなる卓越(たくえつ)した狩猟技術(しゅりょうぎじゅつ)を強みに一時は冒険者として名を上げたが、守護精霊が下級のみだった事もあり、数年で伸び悩む事になる。そんな時に諜報を任されていた男に目を付けられ、シュッツグラー家へ入った。昔から武勇に秀でていたシュッツグラー家は、モーリスにとっては格好の修行場だったようだ。


辺境へ引き入れた男を師と(あお)ぎ、諜報業の習得に(いそ)しんだ後も、その長命さを有効に使ってありとあらゆる戦い方を学ぶ事となる。新たに得た武術は、剣術や格闘術、騎馬戦術だけでなく、暗殺術にまで及ぶ。

戦い方とは何も武力だけではない。

内政や家政、軍略、薬学、侍従技能など思い付く限り手を出した結果、気付いたら執事長の肩書きがついていたとは本人の弁だ。


今でも、個人の戦闘力としてはシュッツグラー家の中でも群を抜いているだろう。



「5年やる。お前の全てをたたき込め。…侍従全員だ。」


目の奥を光らせたモーリスは、不気味に嗤う。


「仰せの通りに。」


50人を軽く越える侍従達も、この執事長に任せればさらに化けるだろう。

心が折れなければいいが…

地獄が始まるかもしれない侍従達に、心の中で謝罪する。気休めになるかどうかはわからないが、せめてどこかで皆を集めて話をするか。



「ニードルート家にも話を通しておく。」


これからはシュッツグラー家だけの話ではない。ニードルート家の侍従も、せめて家人にはべる専属メイドや執事たち位には戦う力を持ってもらおう。


アルバートを出ていかせたのは失敗だったか、と独りごちながらいつ声をかけるか計画する。

いつのまにかアルバートに対しての用事ばかりがどんどんと積み上がって行っている。早く消化しなくては。そうは思うものの、どうしても腰は重くなる。


とはいえ、今日はもう夕食後には男衆との話し合いが待っている。…明日、明日だな。

しょうがない、と誰に対してのものかもわからない言い訳と共に、ランドルフは深く息を吐き出した。

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