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5.

テーブルセットよし、お茶菓子よし、皆さんの好みに合わせたお茶もぬかりなく準備した。



「お天気も晴天、準備は完璧ですね。」

準備を手伝ってくれたキャシーの専属メイドが声をかけて来る。


「まだまだ拙くて、メリーに頼りすぎてしまったわね。」


はにかみながらふと見下ろした光景に思わずため息がもれる。

3階の共同バルコニーから眺める庭は隅々まで手入れされ、木々の緑や美しい花々に思わず目を奪われた。

目線をあげると、城外の少し離れた向こうには無骨にも感じる石造りの町が、もっと先には海まで見える。

城自体が高台にあるおかげで、遠い所まで見渡せるこのテラスは、まだ5日程しか滞在してないシュッツグラー家の中でもお気に入りの場所の1つだ。

今日はそのお気に入りの場所で、私主催のお茶会を開くのだ。




あぁ、緊張する。


まだ主催した事のない私が、大先輩達を呼ぶお茶会を主催する事になったのはひとえにクリスのおかげ。

食事の席で「今度はキャシーが主催したらどうだ。これからは、自ら主催して社交を広げる機会も増えるだろ?これだけレベルの高い淑女が集まる中で、経験させてもらえる事なんて他にないぞ?」なんて言ったクリスに、ランドルフ辺境伯様が許可を出して下さったの。


滞在2日目にはランドルフ様の奥様であるレベッカ様が主催されたお茶会にお呼ばれしたけれど、それに比べたら子供のお遊戯レベルかもしれない。

でも、他家での事だし、シュッツグラーの侍従や食糧を無闇に使うわけにもいかないもの。ここは開き直って、堂々と勉強させてもらおう。



「お嬢様、クリスティアーナ様がお見えになりました。」


メリーの声に淑女の顔を作り、出迎えに立つ。1人目のお客様はアレックス様の長女、つまりクリスの姉上だ。先日「おねえさま」を付けて呼ぶ事を許容して下さったけれど、幼い頃から親しいだけにまだ呼ぶのは少し気恥ずかしさがある。



「ティナお義姉様、ようこそおいで下さいました。本日はティナお義姉様がお好きなスコーンも用意してますのよ。楽しんでいって下さいませ。」


「ふふっ、キャシー。立派に主催者してるじゃない。楽しみ過ぎて少し早く来すぎたかしら。」



淡い黄色を基調とするドレスは、明るく活発な、ティナお義姉様の活発さをとても魅力的に映えさせている。


続いてお母様が妹を連れていらしてすぐ、アレックス様の2人の姉がアレックス様の奥様と一緒にいらした。

妹はまだ11歳だけれど、栗色のふんわりとした髪に、少しおっとりとした雰囲気はお母様ととてもよく似ていて、将来は美人間違いなしと評判だ。

名前はケイトリン。私をキャシー、妹をキャリーと呼びたくて付けた名前だそうだが、愛称が似すぎてよく間違えられる。どこの家も兄弟や姉妹にお揃いの名前を付けたがるが、よその家では間違えたりしないんだろうか。



「キャシーももう立派な淑女なのね。」


声をかけながらこちらにおみえになったのは、アレックス様のお姉様であるアドリアンナ様とアナスタシア様。今回はお子さまはいらしてないようだが、お2人共子供が成人しているなんて思わない程美しく、40歳を過ぎているなんて信じられない程、若い。


そしてお姉様方と共にいらしたのはアレックス様の奥様だ。

アレックス様の奥様、つまり近い将来、私のお義母様となるベアトリス様を前に緊張を隠しきれず、何度も練習した挨拶も少しふわふわしたものになってしまった。

そんな緊張を皆様がからかい混じりでほぐして下さっていると、最後のお客様がお見えになった。




「私まで来てしまってよかったのかしら。」


ランドルフ様の奥様と一緒にお見えになったのは、ニードルート家先々代当主のスザンナ曾祖母様。

大精霊を守護精霊にもった事で、王家から目を付けられ、侯爵家を継ぐ事を余儀なくされた。


精霊に運命を翻弄されたといってもいいのに、それでも幸せそうに精霊達を慈しむ姿はさながら聖女のようで、小さな頃から憧れの女性だ。お年をめしても美しい曾祖母様は、目をキラキラさせて今日のお茶会を楽しみに来てくれたようだ。



総勢9人、これで全員ね。初めての主催にしては少し大きめのお茶会に、気を引き締める。



「皆様、本日は私の呼びかけにお応えいただきました事、心から感謝申し上げますわ。ランドルフ様は無礼講とせよとおっしゃって下さいましたが、至らない所があればなんなりとご指摘下さいませ。」


主催のお勉強もそうだけれど、今は色々と情報が欲しい。今日もまた執務室にこもっているお3方の話し合いがどう動いているのか。

私はまだ子供だから、皆様が守って下さる。



でもそれで何の情報も下さらないのは少し寂しいわ。私は当事者なのだから、知る権利も責任もある。私たちの為に人生をかけて下さった皆様に報いる為には、私も守られるだけの子供から卒業しなきゃいけない。



――今回の主催は、その宣言でもあるのだから。














風に揺れる木々から羽ばたいた鳥達を見上げる。

城ではキャシーもがんばっているのだろう。茶会の主催が決まってから、キャシーは覚悟を決めた様なすっきりとした表情で準備に取りかかっていた。

俺も見習わなきゃな。身の引き締まる思いだ。



「クリス、この辺でどうだ?」


女性陣が茶会を楽しむ一方で、男衆は遠乗りを楽しませていただいている。といっても父上達は連日執務室にこもりっきりだし、今日は俺の叔父達も呼ばれて行っている様だから、一緒にいるのはシュッツグラー家からは俺と姉の旦那であるデイヴィン、ニードルート家からはキャシーの兄であるチャールズと、叔父にあたるアルフレッドさんの4人だけだ。



「そうだな。ここで一息いれようか。」


ニードルート家とは、幼い頃から家族ぐるみで親交があるけど、アルフレッドさんがうちに来た事はなかったように思う。なのに俺たちがいつも休憩に使う場所も熟知してるなんて、相変わらずつかめない人だ。



「アルフレッドさんってうちに来た事あったのか?」


「あぁ、クリス達が産まれた頃にはもう来なくなっていたからね

ぇ。僕も若い時にはよく来たんだよ。兄さんやレックスとよく早駆けで勝負したもんだ。」



アルバートさんによく似て整った顔に、アルバートさんより茶色の濃い髪。よく似ているのにどこか軽薄さを感じるのは彼が30台にもなって未だ独身である所以か。

騎士団に在籍し、副団長まで上り詰めた実力があるようには見えないこの男は、俺にとっては面倒見の良い兄ちゃんと言った所だ。



「今回の事がなかったら、僕もきっと小さい頃の様には遊びに来れなくなっていただろうね。」


アルフレッドさんに同調する様に声を掛けて来るチャーリー。線の細い身体とキャシーによく似た顔は、女装すればきっと美しくなる。俺好みに。…女装してくれねぇかな。



「…何か気味悪い事考えてるだろ。」


寒気をこらえる様に腕をさすりながらこちらを睨むチャーリー。

こう見えてチャーリーは水、風の上級精霊と、木の中級精霊をもち、3属性を使いこなす。学園の卒業後すぐ宮廷魔術師にと声がかかった実力派の魔術師だ。

このままいくとアルバートさんの後を継ぐように師長となるだろう。怒らせては怖い。


見下ろせばシュッター湖が見える小高い丘に馬を離す。草花がひしめくこの丘は馬達にとってもお気に入りの場所のようだ。

聞こえなったふりをする俺に片眉をあげ、ため息をつくチャーリーに、デイヴさんが声をかけた。



「どうせキャシー嬢とはまた違う表情に萌えてんのさ。ほっとけ。こいつは昔っからキャシー嬢の事しか頭にねぇんだから。」


俺の事をよくわかっているこの男は、シュッツグラー領とは山を挟んで南西にあるゴール伯爵家の跡取りで、俺の姉であるクリスティアーナの旦那、デイヴィンだ。とはいえ、チャーリーと同学年だったデイヴさんとも、2人が卒業するまで学園でよくつるんでいたから、義兄さんと呼ぶにはまだ少し気恥ずかしい。



「ははっ。仲が良くてなによりっ。」


木陰で喉潤すアルフレッドさんに続き、俺たちも水袋を出す。



「茶会の方はどうなってるだろうか。」


「初主催のキャシーが心配かい?」



茶化すように言うアルフレッドさんにかぶりをふる。



「キャシーの事は何1つ心配していない。

今日のドレスもとてもよく似合っていた。それに、しっかりと覚悟を決めたキャシーは美しさが増していたからな。」


「ほらみろ。結局キャシー嬢の事しか頭にねぇ。」



笑いながらからかうデイヴさんを思わず睨みつける。



「そういうデイヴさんだって、結婚するまではいやになる程、姉さんの話を聞かせて来たじゃないか。実の姉への恋慕なんて聞きたくもないのに。」


「うん、それがそのまま今の僕の気持ちだよ、クリス。わかっているかぃ?」


「キャシーの話は別にいいだろ?美しくも聡明な上、素直でまっすぐな性格も魅力的だ。誰も彼もが惹かれて止まないのがキャシーだからな。出会った者ならみんな思うさ。」


こりゃダメだとばかりに空を仰ぐチャーリーに、からかうように笑うアルフレッドさんとデイヴさん。

気持ち良い風が吹くこの丘でたわいもない話をする。遠慮のいらない関係が心地いい。

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