絶望的かもしれない
神さまが引き起こした事故によって死亡した私たちは転生することになった。
小さな(体格の)女の子になりたいって要望を伝えたはずなのに、一寸法師なみに(サイズの)小さな人間に転生させられてしまった。
そのせいで、私と一緒に行きたいと希望した二人まで小さく転生してしまった。
おかげで絶え間なく虫に襲われている。ほんと冗談じゃない。
絶対に転生やり直してもらうんだから!
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蜂は危ないので、逃げて隠れてやり過ごした。
刺されたら死ぬよ。あんなの。
私たちは現在、人里を目指して移動している。
食料の問題もあるし、鬼から打出の小槌を奪うにしても、とりあえず情報が必要だしね。
もちろん、人間につかまって見世物にされる危険はあるけど、それでも行くしかないと判断をした。
私たちは山の麓近くの緩やかな斜面を下っている。
少し下れば平地に出るんじゃないかな?
集落があるとすれば平地じゃないかな?
という予測。
移動を開始すると、気配を察知して肉食の虫が次々と襲ってきた。
最初に来たのはトンボだった。
舐めてかかったレイジはトンボの体当たりをまともに食らって、捕まって、少し齧られた。
ここまで3秒。
マサムネが救出して残りのトンボを倒している間に、レイジは初の回復魔法を自分に使って、トンボに齧られた傷を治した。
魔力が足りないのか、魔法が下手くそで体力が回復しなかったのか、使った後もフラフラだった。
私はレイジの飛び出た内臓をつんつんしてみたら、レイジにガチで怒られた。
自然は容赦がなかった。すぐに次の虫が私たちを襲ってきた。
「俺、やっぱ転生やり直したい」
何度目かの襲撃を退けたあと、レイジは呻くように言った。
「だから言ったじゃん」
予想通りに弱音を吐いてきたので、きつめに言ってやった。
格好つけて男気を見せといて、ガッカリさせるってのは小学生時代から何度も見てきたパターンだね。
「検収なんてしなきゃよかったよ。虫がこんなに強いなんて想定外だな」
虫は強いし速い。
3倍速く動ける私でやっと互角なくらい虫は速い。
そして硬い。虫と人間のように絶対的な体格差があるなら力任せに叩けばなんとかなるけど、同じサイズで素手なら人間は勝てないんじゃないかと思う。
ゆうじろうさんの息子が妄想でトレーニングしてたけれど、あれを実践させられるとは思ってなかったなぁ。
実際やってみての感想、虫はヤバイわ。
そして、大変まずいことにやばいのは虫だけじゃない。
「レイジ、トンボは弱い方なんだよ」
「…!」
気づいた?
そうだよ。レイジ、頑張らないと死ぬよ。
「それとさ、あんた、どう見ても11歳か12歳くらいの身体なんだけど、それでよかったの?」
「え?」
心底驚いた。みたいな顔してら。
「『え?』じゃなくてさ、その体、小さいでしょ?」
「いや、18歳に若返らせてくれたんだろ? お前とおんなじくらいだろ。めっちゃ身体が楽だよな。元気があふれてるよ」
「うん? やっぱり勘違いしてるんだ。あんた、『18歳に』じゃなくて、「18歳若返ってる』んじゃない?」
「え? えぇぇっ?」
おおお。驚いてる。マジだぁ。
なんで真っ先にパンツの中、確認してるの?
あれを確認してるの?
こんなのがキャリア組だったのか。あの仕組み間違ってるよ。
「どうだったの? 毛生えてた? こどもち〇こだった? ちょっと見せなさいよ」
「や、やめろよ!」
「いいじゃん。お互い三十路だったんだから、恥ずかしいこととかないでしょ?」
「嫌だよ。恥ずかしいよ」
抵抗された。くそ。
言っておくがショタコンではない。
弟みたいで、ちょっとだけ、からかいたくなっただけだ。
今度はクモに遭遇した。
小さめのクモだ、体感的にはコタツくらいかな。
大きくはない。でも、十分怖い。そして速い。
八本の脚でぴょんと跳ねると、一瞬で自分の体の何倍もの距離を移動して、いなくなった。
周囲を見渡すと先ほどのクモは糸を使って、高い木の枝へ登っていた。
クモすげえ。
ところで、本当に鬼退治なんて本当に出来るのかな。
人間の身長は私の60倍、3、40階のビルって感じかな。
鬼ってそれよりも大きいんでしょ?
丸ビルや六本木ヒルズぐらいなんだろうか。
倒せるのか?
最低でも、私、飛べないとまずくないかな? もしくは、今のクモのように糸を使うかしないと、戦いにすらならないよね。副武装の鎖鎌が使えるかなぁ。
そういえば、「パーティーを組む」というのがどういうことか教えてもらった。
一言で言うと魂レベルで仲間になるってことなんだそう。
組んだ直後だと効果は薄く
・なんとなく、相手の健康状態がわかる。
・目を見れば、なんとなく作戦が分かる。
・補助や回復魔法の狙いがつけやすい。
・補助や回復魔法の効果が少し上がる
・味方を攻撃しそうな時に嫌な予感がする。
・パーティーの各種属性はリーダーの属性になる。
・討伐実績はパーティーに属する。
後ろ二つはよくわかんないけど、そういうことらしい。
長く組んでいると、合図なしに同時行動とか出来るし、
打ち合わせなしで、作戦変更してもお互い分かるらしい。
人数上限はないけど、パーティーメンバーでいたいと思わなければメンバー同士で使える能力が使えなくなったり、自然と解除されてしまうらしいし、リーダーは即時解除も可能なんだとか。
とりあえずレイジと私はパーティーを組んだ。リーダーは私。
召喚獣のことも教えてもらった。
・魂レベルでの主従関係が召喚獣との関係
・主人が召喚や送還が出来る。
・長く召喚しているほど召喚獣自身の力も主従の関係性も強くなる。
・主人が強くなると召喚獣も強くなる
・念話が出来た例は割と多い。
・稀に進化する召喚獣もいる。
・稀に複数の召喚獣契約している者もいる。
・主人が死ぬか契約を解除すると自由になる。
・自由になる時、主人由来の力は失う。
でもって、色々教えてくれた検収の神さまは、現在、上司に呼ばれて離席中。
私がこの世界の人間じゃないのに、この世界の生き物を大量に殺しているのが相当問題らしい。
自分でけしかけておいて、なんなんだろう。
「はやく検収してくださいよ。」と捨て台詞を吐いていった。
でもこっちとしては、じゃあやり直してよ。って思うわけ。
もしくは打出の小槌持って来てよね。
無理か。
バッタ、トンボ、コガネムシ、アリ、ハエ、カ、アブ、クモ、ダンゴムシ…私たちは虫を撃退しながら進んでいるのだけれど、当然、死骸が周囲に散乱してしまう。
これどうしようか。この死骸がおびき寄せちゃうよね。早く離れないとまずいよね。
レイジの目を見て伝わるかどうか試してみた。
「なに? 急に...あ、あれの訓練か」
伝わらないか。
「虫の死骸が…たくさんあって、」
お!?
「おいしそう?」」
違っ
首を横に振った。もう一度だ。
わたしをなんだと思ってんだ。そんな食いしん坊じゃないよ。
「虫の死骸を、今のうちに保存食にしておこう?」
「違う。あんた真面目にやってる?」
「すまん、難しいな。ところでこの死骸って処理しとかないと危ないんじゃないのか?」
伝わってんじゃん!
「にゃ」
マサムネが短く鳴いて警戒態勢に入った。
私に気をつけてニャって言ったのね。
了解。
って、あれはまずくない?
大量の虫の死骸に釣られてやってきたのは、1羽の雀だった。
雀がそばに降り立った。
デッカイ。デカすぎでしょ?
体長は私の5倍くらい?
工事現場の大型のパワーショベルくらいの感じ。
両脚で跳ねて何歩か地上を移動する。
身体を前に屈めたかと思うと嘴でトンボの死骸を啄んだ。
その動作は建設重機が破砕機で固い岩盤やコンクリートを衝撃で砕く時のような迫力だった。
一動作で地面ごと抉ってトンボを嘴で摘み上げ、やや上を向き何回か嘴で挟み直しながら食べていく。
恐怖のあまり、スローモーションに見える。
私たちなんてあの嘴が当たったら、一撃で胴体が千切れてしまう。とてもじゃないけどヤバすぎるので、私たちは息を潜めて隠れていた。
雀は次々と食べて現在三匹目を食べている。
マサムネが「空を見てニャ」と言ってきたように思ったので、静かに空を見上げた。
雀が群れになってこっちに向かっていた。
今すぐに逃げたいけど、逃げたら捕捉されて啄まれそうだし、逃げないのもヤバそうだし。
マズいね。これは死んだかも。
雀の群れは地面に降り立った。
見渡す限りというか、ほかに何も見えないほどの雀の壁ができた。
雀の群れは思い思いに虫の死骸を食べ始めた。
一気に周囲は騒然となった。
1匹の時もそうだったけど、全てがスローモーションに感じる。やっぱり、恐怖でおかしくなっているのかもしれない。
無数の雀の鳴き声が頭に響き渡って倒れそうだ。
レイジを見ると汗ダラダラだ。
一瞬笑いそうになったけど、私も同じだった。
マサムネが作戦を提案して来たような気がした。
いい手かも。
レイジの目を見る。伝わって。お願い。
レイジはわかったような顔をしてる。
本当だろうね。
よし、じゃあ行くよ。マサムネお願い。
「にゃあぁぁぁぁぁ!」
マサムネは大袈裟に鳴いた。
雀たちはその猫の鳴き声にフリーズした。
一瞬の静寂。
次の瞬間、雀達は大パニックを起こし、悲鳴にも似た鳴き声が方々から上がり、右往左往しつつ、逃げ出して、空に上がり、右旋回と左旋回を繰り返しながら、徐々に群れにまとまって、大慌てで逃げていった。
逃げる時に仲間とぶつかって脳震とうを起こした不幸な雀が一羽倒れていた。
マサムネは、渾身の演技をしてくれた。
しかし、場所もバレて危ないので、鳴いた後すぐに送還した。そしてこの機に乗じて、レイジと私はこの場から静かに移動を開始していた。
小さいのでなかなか進めないのが気を焦らせたが、なんとか少し死骸からは距離をとれ、ホッとした時、溺れた。
真上から大量の糞が落ちてきていた。
糞の一つ一つは風呂一杯分くらいだった。
そんなものが雨のように落ちてきて、何発か直撃を食らった私たちは、糞に溺れて身動きできなくなった。
「ユイ。これ痛い。臭い。重いぃ」
うん。また、くそまみれだね。屈辱だ。こういうプレイ望んでない。
空を見ると、雀の群れの姿はすでに遠くにいて、代わりに1羽のカラスがやってきた。
カラスは倒れた雀の近くにゆったりと着地をした。
間近で見たカラスは巨大だった。
体高奥行きともに約30センチ。広げた翼は60センチ。
体感では旅客ジェット飛行機。
無理無理無理無理。
カラスは慎重に周りを見渡し、気絶している雀をゆっくりと咥えて、大きく羽ばたいて飛んで行った。
私たちは草の影でくそまみれのまま身を寄せ合って、カラスの飛び立ったときの風圧と、恐怖とに耐えた。
私たちは食物連鎖の最下層の虫だということを改めて思い知った。
雀の群れにはとても勝てないと思った。
その雀を食ってしまうカラス。
人間はカラスより強いし、さらにその人間が勝てない鬼。
その鬼の集落に行って打出の小槌を奪うなんて、これは絶望的かもしれない。
私達は今、鬼の集落どころか最寄りの人里すら辿り着けていない。方向すらはっきりとはわかっていない。
情報収集だってこの身体でどうしようというのか。
私とレイジは、草の影に座り込んで、生命が助かったことと、自分達があまりにも小さく弱く惨めなことに、大きくため息をついた。
気力が出なくて、しばらく立てないでいると、いつの間にか日が暮れていた。
やがて夜も更けて、草の間から月光が差し込んできていた。
精神的にも肉体的にも疲れていた私たちは、背後に忍び寄る気配に気づかないでいた。