やり直しの要求は受諾できません
神さまが引き起こした事故によって死亡した私は転生することになった。
小さな(体格の)女の子になりたいって要望を伝えたはずなのに、一寸法師なみに(サイズの)小さな人間に転生させられてしまった。
神さまに転生をやり直してほしいと交渉している最中にキリギリスが襲来した。
マジでこれはヤバイ。絶対に転生やり直してもらうんだから。
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キリギリスといったって、今の私からすれば大型バイク並みの大きさ。
バイクでバッタ、これがほんと仮〇ライダー。
はっ、全米に鼻で笑われた。
いやいや、それどころではない。私は全速力で逃げる。
キリギリスはぴょんぴょん跳びながら追いかけてくる。
一定以上の距離が開くと翅を広げて飛んで一気に距離を詰めてくる。
逃げても逃げても、逃げ切れそうもない。
どうしよう。
私かなり三倍速で移動して速くなってるはずなのに、全然振り切れないよ。
《虫は体が軽いこともあって、体格から考えるとかなり速いっスよ》
「まじかぁ。じゃあ3倍でもそんな有利じゃないわけ?」
《いや、ユイさんも軽くなってるっス。三倍速は同じ体格の相手ならかなり有利っス》
そうか。だけどなんとかしないと。
《検収してくれるんなら、サービスでそのキリギリスなんとかするっスよ?》
何という性悪っ!
ホントに冗談じゃない。
逃げ惑っていると、前方に別の虫を発見。
あれは…、黄金虫? いや、カメムシ?
近づくとダイニングテーブルくらいの大きさだった。
本当に自分が3センチになったのだと嫌でも実感した。
キリギリスと比べて肉食っぽくない顔だ。
これはカメムシだね。見たことある。
小学生の時、アイツに悪戯でポケットに入れられたやつだ。
触ると手が臭っさくなるんだよね。
それがダイニングテーブルみたいな大きさとか、ほんと頭おかしくなるよ。
右から回り込んで振り返り、カメムシを盾にする様にキリギリスの様子を見る。
キリギリスが近づいてきた。
改めて観察するとやっぱりこっちの顔は肉食っぽい。
顎が怖すぎる。
キリギリスは眼の上に生えてる長い触覚を細かく動かしながら、間合いを詰めてきた。
眼の前にいるカメムシは一瞬こちらを確認するような仕草の後、キリギリスに向き直ろうとしていた。
しかし一刻早く、キリギリスは、強靭な後ろ脚を一気に伸ばして前方に跳び出して、一瞬でカメムシに迫る。
陸上の短距離選手のスタートのようだが、スピードは何倍もこっちの方が何倍も速い。
反射的に私は後方に飛び退っていた。
キリギリスは着地と同時に棘だらけの前脚でカメムシを抱き抱えるように捕まえる。
速いって! ヤバすぎ!
恐ろしい速さだった。
3倍速に強化されてなければ、今のでカメムシごと纏めて捕まってたかも。
カメムシはキリギリスの棘のある前脚にガッチリ捕まって逃げ出せない。
キリギリスの大きな顎がカメムシに齧りついた。
顎の横にある左右2本ずつ計4本の小さな腕がある。
顎が齧り取ったカメムシの肉をその4本の腕が上手に口の中に運んでいく。
怖っわ。あの前足の棘、凶悪過ぎ。棘は肩に飾りでつけとけばいいんだってば。
とその時、キリギリスの動きが一瞬止まった。
そしてなんとカメムシが脱出に成功する。
両者ともに苦しそう。
それからまもなく周囲にものすごい悪臭が漂った。
臭っさ!
おぉぉ、おえっ!
猛烈に気持ち悪くなった。
吐き気と頭痛と目眩がまとめて襲ってくる。
普通の人間の大きさなら、そうでもないのかもしれない。そう小学生のあの時のように笑って済ませる程度のものだ。
しかし、小さな私は全身がこの毒ガスの悪臭の中にいる。
まるで、ウ◯コのプールの中に落とされて、口と鼻から侵入したウ◯コが脳内に満たされたかのよう。
これは酷い。し、死にそう。
視界が紫色だか緑色だかに染まった。さらに映るものも歪んでいる。
酷い頭痛もしてきて、気が遠くなってきた。
これ絶対身体に悪いよ…。
!
一瞬気を失っていた。危ない危ない。
危うく転生して数分でカメムシの屁で死ぬところだった。
身体がうっすら光っている。
氣? 魔法?
ま、いいや。ともかく、気力を振り絞って意識を保ち、周りを見る。
脱出に成功したもののカメムシは重傷だったようで、上手く動けないでいる。
助からないかもしれない。
キリギリスはどうやら私と同じでこの毒ガスに苦しんでいるようだ。
これはチャンスかもしれない。
と言うかチャンスは今しか無いかも。
私とキリギリス、両者万全の状態ならたぶん私が負ける。
だったら今、勝ちに行くしかないよね。
経験値もらってレベルアップできるかも。
それに、ここで逃げるのはカッコ悪いからナシ。
でも、デカいし、怖い。
太刀を抜いて正眼に構えて、気合を発する。
「いぃぃやぁぁっ!」
気合に周囲の空気が震えているような気になる。
それぐらい充実した気合。
久しぶりだ。
思わず笑みが溢れる。
やっぱり剣道が大好きだったみたい。
こんなに気持ちよかったっけ?
「一撃で仕留める。ヤレる...か?」
キリギリスを正面に見据え、半歩間合い詰め、そのまま流れるように、真っ直ぐに一歩鋭く踏み込む、と同時に面を打つ。
真っ直ぐに面を打ち抜いて、僅かに進行方向を右に逸らし、キリギリスの脇をすり抜ける。
抜け切ると同時に反時計回りに振り返り、後ろ向きに二歩下がりながら、キリギリスの背に対して正眼に構える。
何万回と繰り返して来た動作だ。
初めて振る刀は不思議なほど違和感が無く、まるで愛用していた竹刀のように扱いやすかった。
初めての真剣勝負の興奮で弾んだ息を整える。
刀をクルクルと回してから鞘に納刀し、自分にうっとりした。
「やった…私、カッコいい…」
キリギリスは頭頂部の触角の間から顎下まで斬り裂かれていた。
まだ敵である私に向かって振り返ろうと動いていたが、正眼に構えたまま睨んでいると、まもなく絶命した。
キリギリスの向こうにいたカメムシは逃げようと何歩か進んだが、こちらも絶命した。
2匹から何か湯気のようなものが抜け出て幻想的に光った。
魂、生命?
二つの光は上空に向かって行った。
その直後キリギリスの腹からおびただしい数の、小さな、よく似た光が立ち昇って追いかけて行った。
光の群れはしばらくして見えなくなった。
さて…、キリギリス程度でこの強さなんて、とてもじゃないけど生きていけない。
考えたくもないけど、「カマキリ」とか「クモ」とか「ハチ」とかもっと危険なのいるし、
いや、虫だけじゃない。
「ネズミ」とか「リス」とか「鳥」とか?
大体人間だってヤバイんじゃないか?
見世物にされたり解剖されたりするかも?
《フラグ立ててるスか?》
「ちがうぅ! って、心読んだの?」
銀色に鷹が近くに降りてきて続ける。
《念話っス。声に出さなくてもまる聞こえっス。それよりもお見事でした。見事な初勝利っスね》
思ってることわかるんでしょ?
何が言いたいかわかるよね?
《…》
「転生のやり直しを要求…」
《無理っス》
ちょっと食い気味に来たね。
でも要望と違うし、おかしな要求では無いと思うんだけど。
《お聞きしてた要望通りっス。それよりも、キリギリスを殺したっスよね? ユイさんはこの世界の生命に影響を与えたっス。この世界に因果が出来たっス》
え? そんな。たった1匹で?
《そのキリギリス、メスなんスよ》
だから何よ?
《お腹膨らんでいるじゃないスか?》
確かに膨らんでいるね。
まさか? さっきの…
《卵っス。200個ほどあったっス》
「え? まさか、200の生命に関わったとか」
《そうっス。検収作業中に生き物を殺さないでくれってお願いしたっスよね?》
いや、だけどさ、
《というわけで、やり直しの要求は受諾出来ないっス》
あの状況でどうしろって言うのよ。だいたいあなたがけしかけてきたでしょ? まずはキリギリスとか言って!
《とりあえず検収はしてもらうとして、打出の小槌でも探せばいいんじゃないスか?》
話をそらさないでって、あるの? 打出の小槌?
《一寸法師氏がいた世界スから、あるっスよ。多分》
鬼が持ってるんじゃないの?
てか鬼っているの?
《いるっスよ。鬼は。打出の小槌も持ってんじゃないスか。多分》
「うーん。でも、虫に殺されかけるくらい弱いんだよ?
鬼に勝てるわけないじゃん。無理無理」
《まあ、気持ちは分かるっスけどね。あ、ところで…》
出た出た、気持ちは分かる。
分かってんなら交渉続けないでほしいわ
《ところでユイさん、次はトンボっス…》
「トンボ?」
《はい。ギンヤンマのメス、体長6センチメートル、平均的な大きさっスね》
なんだって?
6センチのトンボ?
結構大きいねって、違う違う
私の倍以上あるってこと?
あれ?このくだり2回目?
《襲って来るっス》
急降下して来た!
やばっ!
全速力で逃げて、トンボが6本の脚で私を掴もうとする瞬間、横に跳んで逃げた。
空振りしたトンボは翅を激しく羽ばたかせて急上昇した。
でかっ
左右に広げた羽は6センチ弱だろうか。
かなりの風圧と存在感だ。
こんなの冗談じゃない。
やっぱり、あんたが呼んでんじゃないの?
《私じゃないですよ。でも、検収前のあなたはいろいろと特別なんですよ。虫や動物はそういうものに敏感なんですよ。多分どんどん寄ってくるかもしれませんね》
「や、」
《や?》
「やり直しを要求するぅぅ!」
《無理っス。検収してくださいっス。それから、この流れ二回目っス? もう禁止っス》
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