四・収穫祭
四・収穫祭
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翌日の夕方になると、鮎子の居るアパートにも、祭り囃子の笛の音が聞こえてきました。
この音を聞くと、もういてもたってもいられません。
「お母さん、支度が遅いってば!」
「もうちょっと待って。お祭りはこれからなんだから、慌てなくて大丈夫。屋台だって今からいろいろ作り始めるのよ、きっと」
そう言いながら、お母さんはのんびり口紅を塗っています。
もちろん屋台の食べ物も気になるけれど、鮎子は早くシンシに会いたかったのでした。
お父さんたちも今日はお祭りに行くようです。きっとそこで、ビールを飲んだり焼きそばを食べたりするのでしょう。お母さんは夕飯は作らずに、鮎子を連れて家を出ました。
鮎子はきのう神社に行っているので、道は知っています。
「はやく、こっち!」と、お母さんを急き立てて、町の神社に向かいました。
太陽が西の山の端に隠れ、夜の帳が下ります。
境内に点けられた提灯の優しい色が本殿を照らし、昨日よりも本殿は堂々としているように感じました。
神社は町の人で賑わっています。
屋台では、お兄さんやお姉さんが参道を歩く人たちに声を掛けていて、とても活気があります。
「ほら、鮎子。何が食べたいの」
お母さんが聞いてきますが、鮎子は上の空です。
伏見稲荷大社のような大きな神社ではないので、シンシはすぐに見つかると思ったのですが、見当たりません。
まだ来ていないのかな……もしお面を外してきたら、シンシの顔は分からないことに気づきました。
来たらきっと声を掛けてくれるに違いないと鮎子は思い、
「お好み焼きが食べたい」と、お母さんに返事をしました。
お囃子に耳を傾けながらお好み焼きを食べていた鮎子は、ふと何かが鳥居の上を跳んでいることに気づきました。
「あ!」
それは一匹の狐でした。
黄金色をした狐が楽しそうに、お囃子の音色に合わせて鳥居の上を跳んでいるのです。
何度も何度も、行ったり来たり、軽々とジャンプをしたり、宙返りをしたりしています。
「お母さん、あれ見て!」
鮎子は鳥居の上を指さしましたが、
「え? なに?」
と、お母さんは全然驚きません。
「狐! 跳んでるじゃん!」
「どこよ」
お母さんには見えていないようです。そして町の人たちも、こんなにも楽しく狐が鳥居の上を跳んでいるのに、誰一人として鳥居を見上げる人は居ないのでした。
鮎子は気づきました。
黄金色をしたあの狐が、シンシだということに。
シンシは稲荷神の使いの狐だったんだ。
そう思ったとき、狐が鳥居の上に止まって、鮎子を見下ろしました。
目をほっそりと微笑ませたその顔は、とても優しい表情をしていました。
シンシは鮎子を見つめたあと、境内をゆっくりと眺めていきます。その目には、町のたくさんの人が、祭りを楽しんでいる様子が映ったことでしょう。
この神社は大丈夫。神さまが去ったりすることはないはずです。
鮎子はたまらず声を掛けます。
「シンシぃ! お話しと稲穂、ありがとうー」
シンシは満足そうに頷くと、もう一度大きく、華麗に鳥居を跳び、消えていきました。