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四・収穫祭

 四・収穫祭


 ***


 翌日の夕方になると、鮎子の居るアパートにも、祭り囃子の(ふえ)()が聞こえてきました。

 この音を聞くと、もういてもたってもいられません。


「お母さん、支度が遅いってば!」

「もうちょっと待って。お祭りはこれからなんだから、慌てなくて大丈夫。屋台だって今からいろいろ作り始めるのよ、きっと」


 そう言いながら、お母さんはのんびり口紅を塗っています。

 もちろん屋台の食べ物も気になるけれど、鮎子は早くシンシに会いたかったのでした。

 お父さんたちも今日はお祭りに行くようです。きっとそこで、ビールを飲んだり焼きそばを食べたりするのでしょう。お母さんは夕飯は作らずに、鮎子を連れて家を出ました。


 鮎子はきのう神社に行っているので、道は知っています。

「はやく、こっち!」と、お母さんを急き立てて、町の神社に向かいました。


 太陽が西の山の端に隠れ、夜の(とばり)が下ります。

 境内に点けられた提灯の優しい色が本殿を照らし、昨日よりも本殿は堂々としているように感じました。

 神社は町の人で賑わっています。

 屋台では、お兄さんやお姉さんが参道を歩く人たちに声を掛けていて、とても活気があります。


「ほら、鮎子。何が食べたいの」

 お母さんが聞いてきますが、鮎子は上の空です。

 伏見稲荷大社のような大きな神社ではないので、シンシはすぐに見つかると思ったのですが、見当たりません。


 まだ来ていないのかな……もしお面を外してきたら、シンシの顔は分からないことに気づきました。

 来たらきっと声を掛けてくれるに違いないと鮎子は思い、

「お好み焼きが食べたい」と、お母さんに返事をしました。


 お囃子に耳を傾けながらお好み焼きを食べていた鮎子は、ふと何かが鳥居の上を跳んでいることに気づきました。


「あ!」


 それは一匹の狐でした。

 黄金色をした狐が楽しそうに、お囃子の音色に合わせて鳥居の上を跳んでいるのです。

 何度も何度も、行ったり来たり、軽々とジャンプをしたり、宙返りをしたりしています。


「お母さん、あれ見て!」

 鮎子は鳥居の上を指さしましたが、

「え? なに?」

 と、お母さんは全然驚きません。

「狐! 跳んでるじゃん!」

「どこよ」


 お母さんには見えていないようです。そして町の人たちも、こんなにも楽しく狐が鳥居の上を跳んでいるのに、誰一人として鳥居を見上げる人は居ないのでした。


 鮎子は気づきました。

 黄金色をしたあの狐が、シンシだということに。


 シンシは稲荷神の使いの狐だったんだ。


 そう思ったとき、狐が鳥居の上に止まって、鮎子を見下ろしました。

 目をほっそりと微笑ませたその顔は、とても優しい表情をしていました。

 シンシは鮎子を見つめたあと、境内をゆっくりと眺めていきます。その目には、町のたくさんの人が、祭りを楽しんでいる様子が映ったことでしょう。

 この神社は大丈夫。神さまが去ったりすることはないはずです。


 鮎子はたまらず声を掛けます。


「シンシぃ! お話しと稲穂、ありがとうー」


 シンシは満足そうに頷くと、もう一度大きく、華麗に鳥居を跳び、消えていきました。

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