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三・お稲荷さん

 三・お稲荷さん


 ***


 シンシと名乗った少年は、「こっちに来てごらんよ」と、鮎子を本殿の裏に誘いました。

 そこは小高い丘になっています。のぼりきると、眼前には稲穂の海が広がっていました。

 そして稲穂の海の奥に、お父さんたちが建てている大型スーパーマーケットも見えます。


「ちょっとのぼっただけなのに、こんなに見渡せるなんてすごい。きれいだな」

「ここの土地は平らだから、稲作に向いているんだよ。昔から稲荷神(いなりのかみ)に守られて米を作っていたんだ」

「稲荷神? それって狐だよね。狐の神さまが守ってるの?」

「んー。たしかに稲荷神社には狐がいるけど、狐が神さまってわけじゃないよ。狐は神さまの使いなんだ」

「なんで狐が?」


 鮎子が不思議そうな顔をしてシンシを見つめます。

 自分の話に真剣に耳を傾けてくれていると分かったシンシは、嬉しそうに続けました。


「狐はね、山から下りてきて、田んぼを荒らすネズミを食べてくれるから。田んぼを守って秋の実りを伝えてくれる動物だからだよ。だから食べ物の神さまである稲荷神は、狐を使いとしているんだ」

「稲荷神社は食べ物の神さまなんだね」

「生きていくのに必要なものだろ」

「そっか。だから稲荷神社って、あちこちにあるんだ。東京でもよく見かけるなって思っていたんだ」

 シンシは優しい声で「鮎子は賢いね」と言いました。

 その声が心地よくて、鮎子は嬉しくなります。


「東京だって、今はビルばかりの町になっているけど、昔は田んぼもあったんだよ。そして村ごとに稲荷神を祀っていたんだ。昔から稲荷神を祀っているところには田んぼがあったんだよ」

 自分が住んでいる場所に田んぼがあったのかもしれない……鮎子は想像してみましたが、やはり実感できません。

 鮎子が首をひねっていると、シンシは笑いました。


「東京はあまりにも変わってしまったから仕方ないよね。それにね、稲荷神には商売繁盛の神さまっていう役割も出てきたから、今の東京だと、そっちのほうの御利益を求めて参拝する人が多いんじゃないかな」

「なんで食べ物の神さまなのに、商売繁盛?」

「稲荷神は、お米などの穀物が豊かに実る五穀豊穣を司っているんだ。お米などの食べ物がたくさん出来れば、暮らしも豊かになるだろ。商売だってうまくいけば、暮らしが豊かになる。そうやって農家の人たちだけじゃなくて、商売をする人たちにも信仰されていったから、稲荷神社の数は本当に多いんだ。日本にある神社の中で一番多いよ」

「そっかー。だからうちは稲荷神社に初詣に行くんだ。お父さんの会社の商売繁盛のためなんだ。シンシって物知りだね」


 鮎子が笑顔で言うと、お面をかぶっていて表情は見えないはずなのに、シンシは嬉しそうでした。

「私ね、一度家族で京都に行ったことがあるんだ。あそこのお稲荷さんはすごいね。赤い鳥居がたくさんで、不思議な場所だったな」

「ああ。伏見稲荷大社はすごいよ。あの鳥居の数だもん、使いの狐の力も相当だよ。知ってる? 使いの狐は鳥居を一つ飛び越えるごとに力がつくんだよ」

「えー! 伏見稲荷の狐さんは、あの数の鳥居を飛び越えるの? どんだけの力になるんだろ」


 鮎子は想像します。

 本殿の後ろにそびえ立つ稲荷山に建てられた多くの鳥居を、狐がぴょーんぴょーんと飛び越える姿を。

 一つ飛び越えるたびに、狐の身体が輝き、艶々した毛並みになっていく姿を。どれだけ神々しいかを。


「稲荷神社の鳥居はね、信仰している人が建ててくれるんだよ。だから、鳥居の数が多ければ、それだけ信仰の厚い神社になるんだ。信仰が厚ければ、神さまも力を付けるんだよ」

「ここの神社の鳥居は……五つだね」

 鮎子は境内を見下ろし、鳥居の本数を数えながら言いました。


「そうだね。それでもこの町に住む人たちは、この神社で収穫祭をしてくれる。伏見稲荷大社は全国からたくさんの人がくるけど、この神社は、この町に住む人たちの神社だから、それでいいんだよ。感謝をしてくれる人がいれば、神さまは頑張れるんだ。逆に誰からも感謝されなくなれば、神さまはいなくなってしまう。神さまの使いもいなくなってしまう」


 シンシの声が寂しそうで、鮎子は胸が痛くなりました。


「シンシ、大丈夫?」

「スーパーが出来る場所ね……」


 シンシはポツリと言いました。


「あそこにも前は田んぼがあって、小さいけれど稲荷神社があったんだ。でもあそこでお米を作る人が居なくなって、土地は荒れてしまった。稲荷神社の神さまは力を失って去ってしまったんだ。ボクの仲間もね」

「シンシ?」

 狐のお面の目が、少しだけ潤んでいるように見えました。


「仕方のないことだって分かっているよ。時代はどんどん変わっていく。暮らしている人たちにとって便利なように変わっていく。それは良いことだとボクも思うよ。だけど、その土地にあった記憶がなくなってしまうのが、ちょっと切ないのさ」


 シンシが見ている先には、建設中のスーパーがあります。鮎子はなんだか少し、申し訳ない気持ちにもなりました。


「──シンシが話してくれたから、私は覚えておくよ」

「え?」

「お父さんたちが建てているスーパーがあったところに、昔は田んぼがあって、稲荷神社があったこと」

「──ありがとう」

 シンシは嬉しそうに鮎子の手を握り、そう言いました。



 小高い丘からおりて、二人は本殿に戻ってきました。

「明日の収穫祭、お母さんと来るつもり。シンシも来るんでしょ?」

「もちろん」

「そしたらお祭りで会えるね」

「そうだね。楽しみにしてるよ」

「明日もそのお面付けてくるの?」

「だから、これがボクの顔だって」

「シンシってヘンなの」

「そう?」

「うん。すごくヘン」

 鮎子は楽しそうに笑いました。


 シンシは少し照れながら、

「これ、鮎子にあげる」

 と、どこからか稲穂を出してきて、鮎子に渡します。

 一本の稲穂には、小さなお米がたわわになっていました。


「え? 私にくれるの?」

「うん。ボクからのおくりもの。話を聞いてくれたから」

「ありがとう」

「じゃあ、また明日」

「うん、またね。ばいばい」

 鮎子は稲穂を手に、神社を出ました。


 稲穂は黄金色で艶があり、命に充ちている感じがします。

 シンシの髪の色もこんな色だったな。変わった子だったけど、鮎子はシンシのことが気に入りました。


 空が青く、気持ちの良いこの町で、ちょっと変な友達が出来たことも嬉しく思えたのでした。

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