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二・きつねの少年

 二・きつねの少年


 ***


 翌日、窓の外を見ると、雲一つない青空です。

 ここの空は広くて好きだな、と鮎子は思いました。

 鮎子が起きだした頃にはすでに、みんな働きに出ていました。お母さんは部屋の掃除をしていましたが、鮎子が起きてきたので、朝ご飯を出してくれました。

 食事を済ませると、鮎子のお仕事の時間です。


 白い長袖のカットソーに、濃いベージュのジャンパースカートを着ました。

 タータンチェック柄が鮎子のお気に入りです。

 髪は高い位置で一つに結んでポニーテールにし、前髪は丁寧にブラシで前に垂らしてもらいました。

 おでこが隠れ、黒い大きな目が目立ちます。

「はい。完了。今日も可愛く仕上がりましたよ、お嬢さん」

 お母さんが満足そうに鮎子の背中を軽く叩きます。


「ありがと! 探検いってくるねー」

「ちゃんと防犯ブザーは持ったの?」

「持ったよ、大丈夫」

「あまり遠くには行かないでよ。知らない人には絶対付いていかないこと!」

「分かってるってば」


 アパートを出て、鮎子は昨日通った田んぼを目指します。道を覚えるのは得意なのです。

 もっと小さかった頃に一度迷子になったけれど、それ以降はちゃんと家に帰ることが出来ています。鮎子は記憶を呼び起こしながら、道を進みました。


 ここの信号を右に曲がって、そうしたらお米屋さんの看板があったから……

 独り言を言いながら、迷うことなく歩いていくと、昨日見た稲穂の風景が現れました。


 青空の下に黄金色の世界が広がります。

 コンバインがまっすぐ進み、どんどん稲を刈り収穫していきます。コンバインが通ったあとは、見事に刈り上げられていて、まるでお父さんの頭のようだと思いました。


 田んぼの傍らでは、麦わら帽子をかぶった人たちが、せっせと働いているのが見えます。

 そんな光景を眺めながら周りをうろうろしていると、赤い鳥居が何本か立っているのが見えてきました。

 まるで鮎子に「こっちにおいで」と言っているように感じたので、誘われるまま鳥居をくぐると、参道の両脇には屋台の骨組みが並んでいます。


 あ、ここがお祭りの場所か、と鮎子は気づきました。

 明日のお祭りでは、ここにたくさんの食べ物や遊びものが並ぶのだと思うと、気分が高まります。

 参道を進むと、神社の拝殿が見えました。

 両脇には狐の像が、拝殿の後ろに鎮座する本殿を守るように立っています。


 狐が居る「稲荷神社」って多いな、と鮎子は思いました。

 鮎子が住む東京でも、あちこちに狐の居る神社があります。家と家の隙間にこっそり建っている祠のような場所にも、狐が居るのを見たことがありました。

 それに比べると、参道に屋台が並ぶことが出来る、この神社は立派です。


 鮎子は狐の像をまじまじと眺めました。シッポを上に向け、稲穂をくわえている姿は、なかなか凜々しく勇ましいです。

 神社によく居る狛犬(こまいぬ)は空想の生き物だけれど、狐は実際に居る生き物。

 動物が好きなので、つい目に止まってしまうのです。そして、鮎子の家では初詣には稲荷神社に参拝するので、狐は馴染みのある存在なのでした。



 明日のお祭りは、狐のお祭りなんだなと思っていると、

「見かけない顔だね。どこから来たの?」

 と、後ろから声を掛けられました。振り返った鮎子は、一瞬息が止まるかと思いました。

 そこに立っていたのは、狐のお面をかぶった少年。

 背は鮎子よりも少し高く、スリムな体つきです。髪はまるで稲穂のような黄金色(こがねいろ)

 白い狐のお面をかぶっていますが、洋服は子どもたちが着るような、ごく普通のカーキー色のパーカーにジーンズです。


「えっと……東京から来たんだけど……なんでお面をかぶっているの?」

「これ? これはボクの顔だよ。ねえ、名前は?」

「鮎子。八神鮎子(やがみあゆこ)──それはお面だよね。顔じゃないでしょ」

「そう言われても。これがボクだから。鮎子は引っ越してきたの?」


 ちょっと変わった子なのだろうと思うことにして、鮎子は会話を続けます。


「ううん。お父さんがこっちで仕事をしてるの。だから遊びに来ただけよ」

 ちょっと澄まして答えると、「仕事?」と少年が聞き返しました。

「そう。ほら、今度この町に大きなスーパーが出来るでしょう。あれを建ててるの」

「ああ、あれね」


 少年は少し気のない返事をしました。

 大きなスーパーが出来れば便利になるのに、どうしてもっと喜ばないのだろう。


「スーパーが出来るの、楽しみじゃないの? おもちゃ売り場だって出来るはずだよ」

「そうだね。まあ、それが時代だよね」


 鮎子には意味が分かりません。

 関わり合うのはやめたほうがいいかもしれないと思うのですが、この少年の声は澄んでいて良く通り、聞いていて心地よいのです。


「あなたの名前は?」

「んー。シンシってことにするかな」

「シンシくん」

「そう。それでよろしく、鮎子」

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