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03 食料集め

 夜明け頃から雲行きが怪しかったのだが、異世界二日目は雨で始まった。

 土砂降りとまではいかないがけっこうな雨量で、雑な造りの屋根が雨漏りをしている。しかしそれは枝の位置を微調整し、隙間に枯れ葉をねじ込むだけで解決した。これで雨漏りなしだ。基礎構造の優秀さのおかげで簡単な補修で済んだ。横から少し降り込んでくる問題はまた後日なんとかしよう。


 高床式でもなんでもないため、足元は普通に浸水している。俺は棒立ちで雨の森を眺め、降りやむのを待った。昨日の慣れない運動のせいで全身が筋肉痛で、立っているだけで痛い。

 初日で頑張って住居作りをしたのは全く正解だった。初日で屋根を確保できなかったサバイバリスト達は今頃びしょ濡れだろう。他のサバイバリストの場所にも雨が降っているのかは分からないが。


 雨は普通の雨らしく、指で触っても溶けたり焼けたりはしない。舐めてみても変な味はせず、どうやら水が降っているだけのようだ。

 水晶的特徴を持つ生き物がいる以外、異世界の環境は地球によく似ている。不思議だが、考えてみれば当然かも知れない。

 異世界の大気の組成が地球と違ったら、それだけで呼吸困難を起こして全滅だ。「2000日生き延びる」という目標が設定されているのなら、上手くやれば2000日生き延びられる環境――――地球によく似た環境だという事だ。

 人間は平均的生存圏とかけ離れた環境で生存できるほど優れた適応力はない。地球上でさえ深海に行けば圧死するし、砂漠に行けば脱水で死ぬし、南極に行けば凍死する。異世界とはいえ、人間が生存できる環境であるというのはありがたい。


 降りしきる雨に身震いし、肌を擦りながら森を眺めていると、何やら動く物を見つけた。雨の中を四足歩行で少しずつ近づいてきたその生き物はアリクイに似ていた。大型犬サイズで、額に赤色の宝石のようなものがついている。

 もしあの宝石アリクイが人を襲う生き物だったら……単純な格闘なら勝てる、か?

 引っかかれて怪我でもしたら事だし、倒して肉が手に入るとしてもやりたくはない。防具なし、武器は切れ味最悪の石器ナイフだけというのは心細い。

 一応しゃがんで住居の奥に身を寄せ、完全には隠れられないにしろ姿を見られにくいようにしておく。雨のカーテンが人間の輪郭をボカしてくれる事を期待する。


 観察していると、宝石アリクイはどうやら俺が昨日伐採した木の切り株の断面を舐めているようだった。

 アリでもいるのか? それとも樹液が出ている?

 人間だけではなく動物にとっても雨は体温を奪う危険な天候のはず。雨の中をわざわざ出歩いているのは、それほど飢えているのか、防水・保温性の高い毛皮を持っているのか。いや、地球の常識では考えられない特殊な生態に基づく行動という可能性も。


 考えながら観察していると、不意に宝石アリクイが動きを止め、鼻を動かしてこちらを見た。

 いや、見ていると思う。距離と雨に邪魔されて流石に目の動きや表情までは分からない。

 こっちに来るか? と思って身を固くした次の瞬間、宝石アリクイの宝石が光り、深紅のビームが飛んできた。


「!!!!!???」


 ビームは頭のすぐ横を撃ち抜き、焦げ臭さと煙が漂って来た。振り向きたいが、動いたところに二発目を撃たれたら頭を吹っ飛ばされそうだ。全身全霊で本能的恐怖で逃げ出そうとする体を停止させる。

 宝石アリクイはじっとこちらを見ていたが、やがて元来た方へ引き返していった。


 完全に姿が見えなくなってから更に数分待ち、大きく息を吐く。振り返ると、屋根に綺麗な拳大の穴が空いていた。穴の縁は真っ黒に焼け焦げている。

 危なかった。念を入れて隠れていなかったら死んでいた。


 アドレナリンがどばどば出て息が荒くなる。死ぬかも、死ぬかも、とは思っていたが実際に死にかけたのはこれが初めてだった。

 しかし恐れていたほどの恐怖感はなかった。ヒヤッとした、危なかった、以上の恐ろしさは感じない。

 なるほど。「死ぬ」というのは恐れていたほど恐ろしいものではないようだ。少なくとも俺にとっては。

 ……頭大丈夫か俺。二日目にしてもう精神崩壊を起こしてるような。いやでも本当にそんなに怖いと思わないんだよな。怖いと思わないのが怖い。精神科医に診てもらいたいが精神科医がいるはずもなく。


 屋根に開いた穴を手で塞ぎながら雨天待機を続ける。宝石アリクイビームの後は何事もなく、正午頃に雨は上がった。

 宝石アリクイが危険生物だと分かっただけで午前の収穫は十分だろう。なお、宝石アリクイが舐めていた切り株を確認してみると、芯の水晶質の部分だけが綺麗になくなっていた。どうやら水晶質は食用? になるらしい。


 さて。午後からの行動だが、サバイバルの最重要項目「住居」「水」「食料」のうち、住居と水は揃った。住居に穴が空いているが補修は難しくない。

 次は食料集めだ。


 食料がなくても水があれば三週間生きられるというが、水だけで二週間生き延びているとして、元気に動き回れるか?

 そんな訳がない。

 三週間ただ生き延びるのと、三週間元気に生き延びるのとでは天と地ほども差がある。例え水があっても、食料無しで活動できるのはせいぜい一週間。その後はまともに動く体力も気力もなくなり、ただ水を飲んで命を繋ぐだけの半死人になる。早めに動くに越した事はない。


 そして食料問題は火の確保と連結している。食料に熱を通す事で、毒性成分の熱分解、殺菌、消化効率向上などが見込めるからだ。

 もっとも異世界の毒や菌に火が効くのかは怪しいところ。これだけ地球に似た環境なら解毒殺菌効果も期待していいと思うが……とりあえずこの世界の生き物が持っている水晶を火で炙ってみて、爆発したり毒化したりしないか確認する必要はありそうだ。


 既に30時間(一日の長さが地球と同じだとするなら。体感では地球時間と異世界時間は大差ない)は何も食べていない。水だけだ。

 昨日は随分歩き回ったし動き回った。慣れない環境で慣れない事を山ほどして、全身が筋肉痛でもある上に、睡眠時間は浅い眠りを一時間。十全に動けるのは今日と、せいぜい明日までと考えた方がいいだろう。明日を過ぎても何も口にできなければポテンシャルがガタ落ちしていき、死に向かって転がり落ちて行く事になる。


 午前中の大雨のおかげで森には大小様々な枝がぼろぼろ落ちていた。生木は放置して、焚火用に枯れ木だけ回収していく。回収した枝は濡れているので、拠点近くの木に立てかけて乾燥させる。葉っぱがたくさんついた枝も数本回収して屋根の補修もついでに済ませておいた。

 昨日のうちに回収して屋根の下に入れておければ乾かす手間も省けたのだが、そんな余裕は無かった。悔やんでも仕方ない。


 食料探しは沢で重点的に行った。岩をひっくり返し、水草を退け、窪みに手を突っ込む。

 見つけたのはメダカサイズの小魚、米粒大の水生昆虫が数種、手のひらサイズのカエルに、2~5cmのカニ(?)だ。

 水生昆虫は小さすぎるから除外、小魚もすばしっこ過ぎて捕まえる労力と得られるカロリーが釣り合いそうもないのでとりあえず除外。

 食用になりそうなのはカエルとカニ(?)だ。

 カエルは初日にも見かけたヤツで、大体普通のカエルだが背中に半透明の白い結晶を背負っている。試しに引っ張ってみたが、ガッチリ皮膚と癒着していて取れそうもない。観察する限りどうやら亀の甲羅のようなものらしい。

 カニ(?)の方は大体カニなのだが、足が二本しかない。二足歩行で、両手はハサミ。基本構造がカニなのでカニと呼ぶが、角度によってはそこはかとなく人間っぽく見えるため不気味だ。あと甲羅は例によって水晶でできている。


 火は無いから生食……は最終手段にしたいところだ。安全性が心配だし、大自然に生きていた生き物を捕まえて直で口に入れるのは心理的抵抗が大きすぎる。試しに口元に持って行ったら手が止まったぐらいだ。火は通したい。


 火の確保には乾いた木が必要だから風乾が完了するのを待つしか無い。それまでに気になっていた事を一つ解決しておきたい。

 つまり、この世界の生き物が持っている水晶質は食べられるのか?


 水晶質の正体は不明だ。弾いた音や感触、見た目はプラスチックっぽいが、まさかプラスチックではないだろう。

 ……ないか? 異世界なんだしプラスチックを生成する生き物に溢れたヘンテコ生態系が確立していても不思議ではないが。

 とにかく成分分析装置などないので、持っている知識を総動員して調べるしかない。糖質が結晶化した物質だったりすると大変ありがたい。


 宝石アリクイは木の芯の水晶質を食べていた。食用になる可能性はあるはずだ。

 だが期待はし過ぎない方がいい。人間は玉ねぎをバクバク食べるが、犬が真似して食べれば死ぬ。宝石アリクイにとっては食料でも、人間にとっては劇毒という可能性も……

 いや、これ以上考えても仕方が無い。さっさと調べよう。


 俺はカエルが背負っている結晶をナイフで砂粒一つ分ほど削り取り、舌の先に乗せた。そのまま五分ほど待つ。


「…………」


 舌が痺れたり幻覚が見えたり動悸が激しくなったり、といった異常は出てこない。とりあえず舐めただけで死ぬレベルの劇毒ではないようだ。

 次に舌を口の中に引っ込め、呑み込む。そして一時間ほど待つ。待っている間に、沢から平らな石を運んで拠点の床に敷いた。床を高くして寝床の浸水を防ぐのだ。ついでにゆるやかな傾斜を水平に近づけるように高さの調節もしておく。

 作業の間、体に異常は出なかった。


 また次の段階だ。今度は米粒一つぶんを噛み砕き、呑み込んでみる。また一時間待つ。待っている間に寝床のグレードアップを進める。石の上に沢の底からすくってきた砂利を厚めに敷き、更にその上に緑の葉っぱの中から柔らかいものを選んで敷いた。寝転んでみたが、地面に直接寝ているのとあまり変わらない。思っていたより快適ではなかったが、浸水しなくなっただけマシだろう。地面から伝わる湿気と冷気も軽減されるはず。


 水晶質の摂取量を米粒一つから爪サイズ、小指一本分、と増やして段階的に試していったが、特に体に異常は無かった。

 栄養になるかは不明だが、毒ではないらしい。たぶん。一日後に効いてくるような遅効性の猛毒だったら死ぬな。そこまで気にしていたら何も食べられないから気にしていられないが。


 しかし食料候補に全部この多段階毒性検査やるのめっっっっちゃダルいな。でもやらずに毒で死んだら馬鹿すぎるし、他に確かめる方法も知らないしなあ。

 地道にやるしかない。カエルとカニは一応沢に石で囲いを作り、閉じ込めて蓋をしておいたが、明日の朝には逃げていそうだ。


 日が沈む頃には細めの枝は乾いていたので、土台の平らな木に木の棒を当てて擦る着火法を三十分ほどためしてみたが、失敗した。

 こすりはじめて一分で焦げ臭くなったので、なんだ簡単じゃん! と喜んだのだがぬか喜びだった。焦げ臭くなってからが果てしなく、煙がほんのり上がってきたかと思えば消えてしまう。木が割れたりボロボロになったり水が滲んだりと道具の欠陥もあった。木の材質が悪く、そもそも見た目は乾いていても芯までは乾いていなかったらしい。雨あがりで空気が湿気ているのもマイナスだ。

 試行錯誤して手をささくれだらけにしてマメを作っただけで暗くなり、手元が見えなくなる。本日の作業は終了だ。もどかしい。


 厄介な事に手を持ち上げるのも億劫になってきた。明日には何か食べて体にカロリーを補給したい。カエルの生食も覚悟しておかなければ。

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