10-9 結局はいつもどおりな夜
「ここで残念なお知らせがあります」
「え?」
就寝前、俺はいつものように咲と通話アプリでダラダラと会話をしていた。
「うーん、もしかしたら嬉しいお知らせかな。どっちだろ」
「いやそりゃ聞いてみないと判断できないって」
「それもそうか」
まだ途中だった数学の宿題をそのままにして鉛筆を放り出す。
そして、咲の残念なのか残念じゃないのかよくわからないお知らせに耳を傾けた。
「じゃあ発表するね」
「おう」
「今日の鉄子さんたちの晩御飯で、あのお魚が全部消費されましたー。はい拍手ー」
パチパチと求められるがままに拍手をする。
スマホの向こうから、咲の満足そうなフンスという鼻息が聞こえてきた。
「意外と早かったな」
「まあねー。実はちょっとした秘密があるんだけど、わかるかな〜」
ビデオ通話でもないのに、壁2枚隔てた向こうで咲が得意げな表情をしているのがわかった。
俺は残酷にも咲に正解の答えを突きつける。
「麗美におすそ分けしたんだろ?」
「え!? なんで知ってるの!」
「藤田さんからお礼のメール来た」
「なんだー」
がっくりと咲が肩を落とす(たぶん)。
ゴツンという音は、おそらくテーブルか机に咲の額がぶつかった音だろう。
「向こうではけっこう獲れる魚らしくってさ、それでもこのサイズは珍しいって驚いてたよ」
「ふーん」
どうやら咲的には、あの魚の正体なんかは興味がないらしい。
まあ、俺も食べてる途中とかにその料理のレシピが発明された経緯とか説明されても聞く耳持たないしな。
って、それあんまり関係ないか。
「あー、なんか耳の中がゴロゴロする」
唐突に話の内容が変わる。
まあ、寝る前のダラダラ通話なんて大体がこんなものだ。
俺は耳をホジホジしながら綿棒か耳かきを探した。
「ちょっとー、あんまり掻きすぎないんだよ? また耳から血が出ても知らないんだから」
「いつの話だよ。それ。幼稚園のころじゃないか?」
「小学生のときもやりましたー」
「はいはい。言われてみればそんな気もしてきました」
「まったくー」
ペン立てに入っていた耳かきで、ソーッと穴の付近をコショコショする。
「うー、これこれ」
「あ、もしかして耳かきしてる? あんまり奥までしちゃダメだよ?」
先ほどとはまたちょっと違うトーンで、咲が俺に注意をしてくる。
そちらの失敗は、たぶんまだしたことがない。
「わかってるって。そもそも俺、けっこうビビリだからな」
「知ってるー」
ケラケラと咲が笑っていた。
俺はそんな咲に、ひとつお願いをする。
「なあ咲」
「ん?」
「明日帰ってきてからでいいからさ、耳かきしてくれよ」
「えー、めんどくさーい」
「いいじゃんかよ。やっぱ自分じゃやりづらいよ」
「まあ確かに、下手っぴだよね、耳かき」
「だから頼むよ」
「どーしようかなー」
もったいぶるのはいつもの流れ。
最終的には、咲は俺のお願いを聞いてくれる。
もっとも、その代わりにこちらも咲の要求を一つ聞かされることになるのだが。
「そんなに耳かきしてもらいたいんならさー、麗美さんに頼めばいいんじゃない? きっと喜んで引き受けてくれるよ?」
「なるほど」
思わず咲の話に納得してしまう。
ここで予想外の反応が返ってきた。
「あ、でも麗美さんは耳かきとかしたことないかも。なんてったってお嬢様だし」
なぜか微妙に咲が焦ったような感じになっていた。
どういうことだろうと思っている間に、明日の放課後の予定が勝手に立てられていく。
「じゃあ明日の夜ね。夜ご飯のあとに、耳かきしてあげる」
「お、おう」
「それじゃあ今日はもう寝るから。おやすみ!」
「おやすみ」
ピシューンと妙な効果音を発しながら、いつもは繋ぎっぱなしの通話アプリが咲の方から切られた。
俺的には望んでいたとおりの展開になったはずなのだが、なぜか妙に腑に落ちない。
とはいえ、目の前には明日までにやらなければいけない数学の宿題が残っている。
最終手段である緑青ノートに頼るには、まだちょっと早すぎる時間だ。
俺はとりあえず、日付が変わるくらいの時間まではがんばってみることにした。




