9-9 いつもになってもいいけどいつもすぎると飽きる夜
「あ、また降ってきた」
「ん? あ、ホントだ」
就寝前、いつものように咲と通話アプリで話していると、窓の外からシトシトという雨音が聞こえてきた。
「止んでたのは帰りのほんの2〜3時間だったな、今日は」
「うん」
天気予報では明日の朝には晴れると言っていたが、そこまで降らなさそうな気もする。
そのくらい弱々しい、小雨中の小雨といった感じの、ほとんど勢いのない緩んだ蛇口からポタポタと水滴が漏れているような程度の雨でしかなかった。
(ん?)
カーテンを締めた窓の向こうが、ほんのりと明るくなった。
もしかしてと思いながら、俺は立ち上がり窓へと歩み寄る。
そしてカーテンを開けた。
「あははー。こういうのは久しぶりだね」
「そうだな」
予想通り、俺の部屋の窓の向こう側……咲が部屋の窓を開けてこちらに顔を出していた。
「霧雨って感じ? 傘ささなくても大丈夫っぽいね」
「そうだな。どっちかっていうと、傘さしても意味ない感じだな」
「だね。ちょっとした風で吹き込んでくるし」
窓の外に降っていたのは、雨というよりもちょっとした水分量の多い霧といった感じだった。
それが重さのせいで下に向かって落ちている。
それが雨って言うんじゃないのと緑青あたりならいいそうだったが、雨と呼ぶにはそれは質量が足りなさすぎているようにも思えた。
「これ、もしかしたらなにか呼び方があるのかもね。この不思議な雨も」
「ああ」
「麗美さんあたりなら知ってたかも」
日本語ネイティブじゃないからなのか、麗美は日本語の表現に関して俺たちより詳しいことが多い。
勉強した教材がそういう類だったのか、やけに詩的な表現が多かったりもするが、そもそものキャラクターのおかげかそんなに嫌味ではない。
「明日、いい天気になるといいね」
「そうだな」
窓際に頬杖をついて、咲が空を見ている。
俺も同じように、うっすらと煙のような雨が降っている夜空を見上げた。
「明日の朝も魚だから」
「げ」
「げって、そんなに嫌だった?」
「イヤっていうか、あれ妙に油っこくないか?」
「あー、うん。ごめん。ちょっと料理失敗した。あんまりみたことない魚だったから」
「そうか。咲でも失敗するんだな」
「そりゃそうよ」
「まあ、失敗したとしてちゃんと食べてやるから安心しろ。俺は食べる係だからな」
「ふふっ。じゃあいろいろ試してみるね」
「ああ」
見ている間にも、少しずつ雨は上がり始めているような感じがした。
雲も薄くなり、うっすらと空の向こうには朧な月が見えているような気もしなくもない。
とはいえ、こうしてずっと夜空を見ているわけにはいかない。
明日もまた学校がある。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「うん。寝坊しないようにね」
「任せろ」
「あはは。じゃあおやすみ」
「おやすみ」
いつもと同じような挨拶を、いつもとは違って直接顔を見ながら咲とかわす。
そしてベッドに入り横になり、部屋の電気を消して目を閉じる。
ほぼ同じようなタイミングで、窓の向こうの咲の部屋の明かりも消えた。




