9-7 いつもどおりのつもりがいつもどおりじゃなかったコンビニ
「緑青またなー」
無言で手を振りながら俺たちとは別の出口へと向かっていく緑青。
雨上がりの駅で、俺と咲と麗美は緑青とは別れていつものようにコンビニへと向かった。
「なんか、コンビニって用がなくても行っちゃうよな」
「まあ、行けばなにかあったりもするしね」
「ふふふ、それがコンビニのすごさです」
テレビをつければ当たり前のように新商品や季節商品のCMが流れ、電車の中の電子公告でもコンビニ提供のミニ番組やなんかが湯水のように流されている。
たとえ帰りに寄らなかったとしても、コンビニの存在自体に触れない日はないのではないか。
そのくらい、俺たちの生活にはコンビニが浸透してしまっていた。
「でもさ、ちょっと怖くなるよな。もしコンビニがなくなったら、めちゃくちゃ不便じゃない? っていうか、昔のコンビニがない時代って、どうやって生活してたんだ?」
「どうって……普通にスーパーで買い物してたりしたんじゃない?」
「いやでも、スーパーって夜になると閉まるだろ」
「そうだけど……」
「それなら、私が知ってます。なにしろ、私の国には日本みたいないろいろなコンビニがありませんから」
「あ、そうか」
時々忘れてしまいそうになるが、麗美はつい最近日本に越してきたばかりだ。
生まれてからほんのちょっと前までは、海外で暮らしていた。
つまり、俺たちの知らない文化の中で大きくなったということだ。
「まずですね、夜はそんなに出かけません」
「まあ、そうかもな。お店やってないだろうし」
「それもありますけど、治安の問題もあります」
「え、意外。麗美さんの国って、なんとなく平和な感じなのイメージしてた」
「平和ですよ? 戦争とかももうずっとありませんし。でも、そういう国でも夜は危険なんです」
「そうなんだ……」
いつもより厳しめの口調の麗美に、咲は思わずかしこまってしまう。
俺もまた、麗美の意外な面を見た気がしてちょっとだけ身が引き締まる。
「日本の基準で考えちゃダメです。この国のふわふわした不思議な安心感はすごいです。もちろん褒めてるんですよ」
「そうか……俺はこの国しか知らないからな」
「ふふふ。一度外に出てみるとものすごくわかりますよ。日本の特別な感じが。もちろんいい意味だけじゃありませんけど」
「なるほどなあ」
そんなことを話しているうちにコンビニに到着する。
「あ、コンビニがない暮らしの話ができませんでしたね。それはまた今度で」
「ああ」
自動ドアが開き、おなじみのメロディが俺たちを迎えてくれる。
そして、若竹のだるそうないらっしゃいませが……。
「いらっしゃいませ!」
「あれ?」
「あー、こないだ来てくれたでしょー。みーちゃんの友達なんだってねー」
「へ?」
いつもとは違ういらっしゃいませが、俺たちを迎えてくれた。
そしてその声に、俺はなんとなくだけど聞き覚えがあった。
そしてその声の主も、そんなようなことを言っている。
「ねえねえ、覚えてる? 私。持田小豆!」
カウンターから身を乗り出しながら、上目遣いで俺を見てくるコンビニのバイトさん。
色使いは派手なのにデザインが地味という謎のコンビニのユニフォームだったが、なぜかその子が来ているとセンスのいいおしゃれな服に見えてくる。
明らかに、普通ではないオーラを纏った女の子だった。
「悦郎さん」
「ちょっと向こうでアイスでも物色してきて」
スッとなぜかいつも以上にピリピリした空気をまといながら、麗美と咲が俺の前に出てきた。
まるで、俺とそのコンビニバイトさんとの間を遮るように。
「あー、聞いてる聞いてる。幼なじみさんと転入生さんだよね? うんうん、ホントにかわいいんだね。アイドルとか興味ない?」
まるで香染を思わせるようなセリフを、満面の笑みを浮かべながら2人に言うコンビニバイトさん。
さっきまでの笑みと同じ笑みではあるのだが、なんとなく雰囲気が違うような感じがする。
そして、咲と麗美の雰囲気も……。
「悦郎さん、私モナカチョコジャンボが食べたいです」
「私バリバリくん」
アイス探しのミッションをかなり強引に俺に押し付けてくる咲と麗美。
どうやら、俺をこの場から追い払いたいらしい。
「ふふふ、すごい防衛反応。なるほどねー」
なんだかよくわからないけど、確かに俺はこの場にいないほうがいいらしい。
といっても同じ店内だからほんの数メートルではあるが、とりあえず俺はアイス売り場の方に移動することにした。
(なんだろう……もしかしてあれが、女の戦いってやつなのだろうか)
緑青のやつがいればからかい混じりにいろいろ解説してくれたかもしれない。
あと若竹に、あの子がここでバイトしてんのはなんでか聞いといた方がいいのかもしれないな。




