8-6 はじめての場所にたどり着けない
「思ったより早く着いちゃったね」
「そうだな」
汁谷の駅を出た俺と咲は、周囲に広がる地元とはレベルの違う華やかさに少し圧倒される。
「何度来ても慣れないよここ。楽しいような気もするんだけど、すっごく疲れもする」
「わからんでもない。時間の流れ方がなか違うよな」
「うん」
キョロキョロとあたりを見回していた俺は、ふとしたことに気づいた。
「っていうか麗美は? まさか迷子になってないよな」
「さっきまで一緒にいたはずなんだけど……」
咲と2人、麗美の姿を探す。
アイツは目立つからすぐに見つかるはずだが……。
「あ、いた」
「どこ?」
「ほらあそこ」
「あ……」
咲の指差す先を見る。
なるほど。そりゃはぐれるわけだ。
「ねえねえねえ。金髪さん1人? これからどこ行くの?」
「いえ、婚約者と一緒です。あと咲さんも」
「あはははっ。面白いね君。俺も今度その冗談使おうかな」
頭がプリンになった2人組が麗美に声を掛けていた。
2人で前後をはさみ、麗美が逃げられないようにしている。
「はーいはいはい、そこまでそこまで。ごめんねえ、俺の連れなんですわ」
めんどくさいことになりそうな気もしなくもなかったが、放っておくわけにもいかず俺はとりあえず麗美の前に出た。
後ろのプリン頭その2も気になったが、今は仕方がない。
っていうか、是枝さんたちは何してんだろう。
「なんだお前。今俺たちがお話してるとこなの。ナンパなら順番待ちしろっての」
「いやいやナンパじゃないから。聞いてたでしょ? 俺がその婚約者だから」
「ぷぷぷぷ。今どき婚約者って、そんなのありえなくなーい」
「いや俺もそう思うんだけどよ」
「あー、こっちにも可愛い子いるじゃん。ねえねえねえ、君も一緒に遊びに行こうよ」
「え、ちょ……」
こともあろうか後ろのプリン頭その2は咲にロックオンしてしまった。
さすがに2人同時には守りきれない。
どうしたらいいのかと俺が迷った瞬間、スキンヘッドにアロハシャツ、さらにはサングラスをかけたいかつい男性がスッと咲とプリン頭その2の間に身体を割り込ませた。
「んもー、二人ともいい身体してるっ。ねっ、ねっ。そんな小娘に関わってないで、ボクと一緒にラムしゃぶ食べに行こうっ」
「は?」
「なんだおっさん」
なかなかにいかついその見た目とは裏腹な、妙に甲高い声。
一瞬その男性もまた咲たちをナンパしに来たのかと思ったが、どうやらその食指はプリンたちの方を向いていたようだった。
「ほらほら、そっちのお兄さんは女の子連れてさっさとどこかに行ってちょうだいっ。ボクがこのおにーさんたちと仲良くするのに邪魔でしょっ」
軽くサングラスをずらし、パチっと俺に向かってウインクをしてくるいかつい男性。
そのセリフで、俺はその男性の意図がようやくわかった。
俺は麗美と咲の手を取り、急いでその場を離れる。
「行くぞ、2人とも」
「う、うん」
「あのでも、あの方が」
「いいんだよ。俺たちのために時間稼いでくれてるんだから」
「はあ……」
どうやら麗美は、状況がイマイチ飲み込めていないようだった。
「おいこら待て!」
「おい! せめてどっちかは置いてけや!」
「ぷんぷんっ! 無視しないでちょうだいっ! おにーさんたちは、ボクのことだけ見てればいいのっ!」
「ぐえ!」
「のわっ! な、なにを……うぐうっ!」
背後から聞こえる、プリンたちのうめき声。
彼らがサングラスおじさんに何をされたのかはわからなかったが、きっと目にしたら同情したくなるような事態に巻き込まれているのだろう。
くわばらくわばら。
都会の街には、いろんな人がいるんだな。
* * *
「あれ……こっちでいいのかな?」
「あ、悦郎さん。あの建物、さっきも見ました」
「うーむ……」
俺たち3人は、見事に道に迷っていた。
「若竹さんのライブ、もうはじまっちゃう?」
「いや、開演までまだしばらくあるけど……」
思ったより複雑な汁谷の街並み。
都会なんだから目印とかいっぱいあるだろとか思っていたが、逆にありすぎて迷ってしまった。
そもそも目印にしてたコンビニが、交差点を挟んで両方にあるってどういうことだよ。
「私、美春ちゃんにメッセージ送ってみるね」
「ああ」
咲がスマホを取り出し、メッセージアプリで若竹と連絡を取る。
だがしかし、返事はあまり期待できないだろうと思っていた。
なにしろ今日は若竹のライブに誘われて汁谷に来たのだ。
本番前に俺たちと連絡を取っているようなヒマは、向こうにはないだろう。
まあ、ライブなんてやったことないからもしかしたら時間あったりするのかもしれないけど。
「んー、ダメみたい。やっぱり忙しいのかな」
「だろうな」
「ですよね、本番前ですもんね」
「ああ」
咲も麗美も、俺と同じ結論に達する。
「仕方がない。その辺のコンビニで聞いてみるか。たぶんライブハウスの名前言ったらわかるだろ」
そうして俺たちは手近なコンビニに入り、とりあえずチョコを一枚だけ購入してそのレジのときに店員さんに道を尋ねてみた。
しかし……。
「ダメか」
「外国の方でしたね、店員さん」
「まあうちの地元でも結構増えてきたしな」
日本語はかなり流暢な店員さんではあったが、チケットに書いてあるライブハウスの名前には心当たりがないようだった。
「うーむ、どうするか」
「もう一回地図を見ながら歩いてみようか」
「しょうがない。そうするしかないか。とりあえず大きな通りに……」
諦めて俺たちが動き出そうとしたそのとき、聞き覚えのある勢いのある声が俺の耳に届いてきた。
「ああっ! 黒柳悦郎っ!」
「そういうお前は香染たまきっ!」
「フルネームで呼ぶなっ!」
そりゃこっちのセリフだ、と言い返したかったが香染相手にそれをやっているときりがないのでその言葉はグッと飲み込む。
そしてもしかしてと思いながら、俺は香染に尋ねてみた。
「あのな香染。もしかしてだが……」




