7-9 いつもどおりとはこれな夜
「今日の麗美さんのカレー美味しかったねー」
「あのナンっぽいヤツもよかったな」
「そうだよね。厳密にはナンじゃないらしいけど、私には違いがよくわからなかった」
「まあ、いろいろあるんだろ」
「うん」
就寝前の時間、俺と咲はいつものように通話アプリでダラダラと取り留めのない話をしていた。
「そういえばさ、今日の美術の授業のときの似顔絵なんだけど」
ピロンと咲から画像データが送られてくる。
「これ、やっぱ似てるよね」
「いやいやいやいや、もうちょいいい男だろ」
「そう?」
「……すまん、言い過ぎた」
「あははっ。わかってるって」
「いい男はちょっと言いすぎだけど、これちょっと鼻の穴強調しすぎだろ」
「そうかなあ」
咲が送ってきた俺の似顔絵を見ながら、いろいろなことを言っているうちに、俺はようやくその違和感に気づいた。
「いやちょっと待て」
「ん〜、なにかな〜」
含みがあるような咲の反応。
どうやら、最初からそれに俺が気づくのを待っていたようだ。
「これ、加工してるだろ? 授業中はこんなじゃなかったはず」
「あはははははっ。やっと気づいたか」
「あのなあ……」
そこから話が脱線していく。
「っていうかさ、最近のアプリってすごいよね。こんなに自然にいじれるんだもん」
「いや、まあまあ不自然だろ」
「それはこれがイラストだからだよ。写真だったら、もっと自然」
「動画でも加工できるようになってきたしな。もう何を信じたらいいのかわからん」
「んー、自分の目じゃない?」
「それが一番信じられん」
「あはははっ。確かに」
みんながいいと言っているものはいいような気がしてしまう。
自分が気に入っているものは、いいように見えてしまう。
逆にみんなが悪いと言っているものは悪いような気がしてしまう。
自分が気に入っていないものは、悪いように見えてしまう。
人間の感覚なんて、そんなものだ。
「よーするに、自分の気に入っているものを好きなように楽しんで生きればいいってことなんじゃない?」
「まあそうだよな。何かしら専門的に研究したりするんじゃないかぎり、そのへんを気にしても仕方ないしな」
「そういうことー」
「っていうか、そのへんAIってどうなんだ?」
「は? なに急に」
「いやちょっと不意に思ってな。AIってのはホントに好き嫌いとかないのか?」
「んー、どうなんだろ。結局は機械だから、そういうのってないんじゃない?」
「でも限りなく人間に近い感覚になってきたりするんだろ? そしたらやっぱ、人間みたいに好き嫌いも覚えちゃったりするんじゃないか?」
「でもさ、そしたらそれ、AIじゃなくてよくない?」
「あー、まあなあ」
話しているうちに、どうしてそんな話をしているのかがわからなくなってくる。
そしてわけがわからないまま、さらにわけのわからない話をしはじめる。
「つーか、こうやって話してるお前がホントのお前か、もしくはどっかのコンピュータが作り出したAIかもそのうち見分けがつかなくなるんじゃないか?」
「ふっふっふー、実はもうすでにそうだったりして」
「なに!?」
「っていうか、そもそもが全部AIが見せてるVRの映像だったりして」
「……なんか怖くなってきた」
「うん。私も言ってて、ちょっと怖かった」
「そういう映画あったよな」
「仰け反るやつでしょ?」
「ああ」
相変わらずの取り留めのない話。
でもそれが、俺と咲のいつもどおり。
そうして、俺たちの夜は今日も更けていった。




