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黒柳悦郎は転生しない 一学期編  作者: 織姫ゆん
七日目 校庭の犬
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7-3 いつもとは違う午前の授業

 

「えーっと、それでは……白鳥さん。黒板に出て、式の証明をしてみてください」

「はい」


 三時間目の数学の時間、学年主任は当たり前のように咲を指名した。

 まあそれも当然だろう。

 なにしろクラスで一日中一緒にいる俺たちにとっては、咲が昨日休んだということはそれなりの出来事として記憶されているが、昨日このクラスでは授業がなかった学年主任にとってはなかったことと同じ。

 前回の授業の続きとして考えれば、咲は変わらず出席しているということになるのだから。


「これでどうでしょうか」

「うん……そうですね。正解です」


 学年主任が黒板に大きく花丸をつける。

 俺的にはちんぷんかんぷんだったが、どうやら咲は見事に正しい答えを導き出したらしい。


「では次に……ん? こらそこ、外ばっかり見てない」


 学年主任が窓側の一番うしろ……俺が席替えのときに狙っていた席に座っている近藤を注意した。


「でも、先生。あれ」


 校庭の方を見たまま、近藤が何かを指差す。

 さすがに何かおかしいと感じたのか、学年主任も窓の方に歩み寄って外を見た。


「は?」


 ガタガタと立ち上がり、クラスのおよそ半数ほどの生徒たちが窓に群がる。

 俺は面倒くさがって、立ち上がらない方のグループだ。


「なにかあったんでしょうか」


 俺に合わせたわけではないだろうが、同じように立ち上がって窓際にはいかなかった麗美が俺に尋ねてくる。


「さあな。あとであの連中に聞けばいいさ」

「そうですね」


 授業中だというのに何かをモグモグと咀嚼している砂川が、窓に張り付いている。

 そしてまるで俺に説明でもするかのように、声を上げた。


「犬がいる」

「えっ!」


 反応が早かったのは、緑青だった。

 ああ見えて緑青、犬が苦手である。

 不安そうな視線で、窓の方を見ていた。


「大丈夫だよちーちゃん。校舎の中までは入ってこないから」

「そうだよね。外にいるだけだもんね」

「うん」

「ほらお前ら席に戻る。小学生じゃないんだから。犬くらいで大騒ぎしない」


 パンパンと手を叩きながら、学年主任が教卓に戻った。

 そしてそれにツラれるように、野次馬をしていた生徒たちもパラパラと自分の席へと戻っていった。


「あっ」

「こら刈安。席に戻りなさい」


 ところが、1人だけ自分の席に戻らない生徒がいた。

 刈安睦子。スレンダーというよりはガリガリと言った方がいいような感じの体型で、おしゃれにはあまり興味のなさそうなもっさりとした見た目をしている。

 そんな刈安が、サイズが合っていなさそうなちょっと大きすぎる感じの銀縁のメガネの位置をクイクイと直しながら、先生に申し訳なさそうに言った。


「あのー、先生。あれたぶん、うちの犬です」


 あまり刈安としゃべったことのなかった俺は、そのイントネーションに思わず刈安の方を見てしまった。

 するとそんな俺の頭を、軽く手を添えて咲が元の方向に戻そうとする。


「わかるけど、あんまり見ないの」

「あ、ああ」

「睦子、訛ってるの気にしてるから。だから普段あんまりおしゃべりしない」

「なるほど……」


 咲が俺を制止し、その理由を緑青が説明する。

 見事な2人の連携プレーのおかげで、俺は刈安の個人的な事情を察することができた。


「あ、みどり先生が出てきた」

「え?」


 いまだに外を見ていた近藤が、実況のように校庭の状況を説明する。

 我がクラスの担任であるみどり先生の登場とあって、もうみんなは放っておくことはできなかった。

 再びガタガタと立ち上がり、八割りほどの生徒が窓に殺到してしまう。

 そしてそれは、学生時代のみどり先生の担任だった学年主任も同じようだった。


「あの子……大丈夫か?」


 不安そうな学年主任。

 みどり先生がいつものようにドジをするのではないかと、心配しているのだろう。


「あの……私行ってきていいいでしょうか。たぶん、私のあと追いかけて来ちゃったので」


 犬の飼い主である刈安が学年主任に尋ねた。

 少し考えたあと、学年主任は許可を出す。


「そう、ですね。その方がいいでしょう。あの子に任せておくと、問題がより大きくなりそうだ」


 学年主任の心配はよくわかる。

 今現在の校庭の様子は俺の席からでは見えないが、へっぴり腰で犬に向かっていくみどり先生の様子がありありと脳内に浮かんでくる。

 なんとなくだけど、あの人はどんな犬にも好かれそうな気がする。

 そして喜んだ犬に飛びかかられて……。


「あっ!」


 ザワザワと窓の方が騒ぎ始めた。


「みどり先生が押し倒された!」


 うむ。やっぱりだ。


「刈安さん。ちょっと急いで行ってあげてください」

「そうですね。すみません、行ってきます」


 普段目立たない感じの刈安がダッと駆け出した。

 もっさりとした髪をかき上げ、後ろで一つにまとめながら。

 その姿を見ていた男子の何名かが「おっ」という声を上げた。

 確かにその気持ちはわかる。

 思っていたよりもずっと、刈安の顔はキリリとしていた。


(あの子……あんなきれいな目をしてたのか)


「はいそれじゃああとは刈安さんに任せて、みんなは授業に戻る。はいはいはいはい。席についてー」


 パンパンと手をたたき、生徒たちの統率を取り戻そうとする学年主任。

 いまだに窓の外を見ている近藤以外は全員席に戻り、数学の授業が再開された。


 少しのアクシデントは起きたけれども、こんな感じでいつもどおりの午前の時間は過ぎていった。




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