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黒柳悦郎は転生しない 一学期編  作者: 織姫ゆん
四日目 芸術鑑賞会へ
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4-4 いつもとは違う場所のお昼

 

 バスが目的地に着いた。


「お寺……ですか?」


 駐車場に整列し、学年全体で点呼を取っているときに麗美が俺に尋ねてきた。

 今日の芸術鑑賞会の演目は、薪能。

 詳しい内容はよくわからないし、たぶんちゃんと説明されてもまったくわからない自信がある。

 ともかく、そこそこ派手な衣装でなにやらうーあー唸りながら何らかのストーリーが展開される日本古来からのオペラのようなものだ。


「そう。向こうに能楽堂があって、そこで能を見るんだって」

「へえ」


 麗美のその反応は意外だった。

 なんとなく大喜びしそうな気がしてたのだが、どうやら能にはそれほど興味がないみたいだった。


「それよりもご飯だよな、悦郎」


 砂川が串こんにゃくをモグモグしながら現れた。


「精進料理だって。麗美さん、精進料理大丈夫?」

「ショージン料理? 確か、ヴィーガンの料理みたいなものでしたっけ」

「ちーちゃん、ヴィーガンってなんだっけ」

「ベジタリアンのすごいやつ。たぶん」

「なんか……全員フワッとした知識だな」

「だって、詳しくないんだもの」

「右に同じく」

「私もです」


 どうしようもないと言った感じで、俺たち四人は砂川を見る。

 食のことなら砂川。

 なんとなくそんな気がしていたのだが、どうやらヤツは食べ専なようだった。


「僕に振らないでよ。僕が気になってるのは今日のお昼が美味しいかどうかなんだから」

「「「「「なるほど……」」」」


 なぜか一同全員が納得してしまった。

 それもこれも、砂川の人徳(?)と言えよう。


「はい、じゃみんな順番に着いてきてねー。大広間に案内するからー」


 バスガイドさんはいないが、俺たちにはみどり先生がいる。

 クラスごとに整列した俺たちは、順番にお寺の境内へと進んでいった。


 *    *    *


「おー、これが精進料理か」


 大広間にズラリと並べられたお膳の前に、俺たちは座っていく。

 お膳の上には、彩り鮮やかな料理がこじんまりと、それでいて行儀よく並べられていた。

 ボリューム自体は少々物足りない感じもしたが、バリエーションの方は楽しめそうだった。

 食べる前から、どんな味がするのかとワクワクしてきてしまった。


「あ、あの……悦郎さん」


 お膳をのぞき込むようにしながら観察していた俺に、麗美がヒソヒソ声で話しかけてきた。


「ん? どうした?」


 もしかしたらなにか宗教的な事情とかお国柄的な理由で食べられないものでもあったかと、麗美の方に顔を向ける。

 すると麗美は、座っているような座っていないような、微妙な姿勢で居心地悪そうにしながら困った表情を浮かべていた。


「すみません。私、どうやって座ったらいいのかわからなくて」


 なるほどと思いながら俺は、正座の仕方を麗美に実際にやってみせる。

 男であれば胡座でもよかったが、さすがに女子にそれをさせるわけにはいかなかった。

 それに、麗美のスカートはそれなりに短いしな。


「こう……ですか?」


 膝が折り曲げられ、押し付けられた麗美の太ももがグッとボリュームを増す。

 そのままの状態でお尻をつけるのだが、なぜか麗美は不安定なままグラグラしている。


「どうした? そのまま座ればいいんだよ」

「このまま……ですか? でも、そんなことしたら……」


 意を決したかのように麗美はエイヤと腰を下ろす。

 そして次の瞬間、コロンと横に倒れてしまった。


「きゃっ」


 麗美の悲鳴で男子どもの視線がこちらに吸い寄せられる。

 俺は即座に自分の尻の下にあった座布団で、麗美の見られてはいけない部分を隠す。

 すぐに他の女子たちが気づいて、自分のそばの男子の顔を麗美とは反対向きにグイグイと背けさせてくれた。


「大丈夫、麗美さん」


 反対側の列にいた咲がこっちに来て、麗美に手を貸してくれた。


「すみません咲さん。私、あの座り方ができなくて」

「あー、正座ダメなんだ。膝がちょっと硬いのかも」

「わかりませんが、バランスがどうしても取れなくて」

「ちょっと待ってて」


 そう言って咲は席を離れる。

 配膳をしていた作務衣姿の小僧さんに、二言三言なにかを尋ねていた。

 その小僧さんが、大広間を出ていく。

 そして戻ってくると、その手に持っていたものを咲に渡した。

 咲は頭を下げて(たぶん)お礼を言うと、俺たちのところへと戻ってくる。


「麗美さん、これを膝の上にかけて。そしたら胡座でも大丈夫だから」

「アグラ……ですか?」

「あー、そっちの座り方もわからないか。ちょっとやってみせるから」


 俺は麗美の隣で、胡座をかいてみせる。

 一見複雑に見えるがその実は単純な足の組み方を、麗美は見様見真似でやってみる。

 そしてまくれそうになった麗美のスカートを隠すように、咲がその上にひざ掛けをかけた。


「あ、これなら座れます。ちょっと後ろに倒れそうですけど」

「ふふふ、気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」


 俺たちがちょっとばかしドタバタしていると、みどり先生が大広間に入ってきた。


「ん? なに? どうかした?」

「いやちょっと、麗美が正座できなくて」

「あー、先生も苦手なのよ。足しびれるのいやよねー」


 少しピントのズレた発言が、いかにもみどり先生らしい。


「まあいいわ。問題は解決したのよね」

「はい」


 オッケーと言うかのようにピラピラと手を振りながら、みどり先生が大広間の前の方に去っていく。

 そして学年主任が食事の前の挨拶をはじめる。

 待ちきれないとばかりに、お膳を覗き込んでいる砂川。

 砂川と同じように、前傾姿勢になっている麗美。

 とはいえこちらは、倒れないようにバランスをとった結果の姿勢だったが。

 そしてようやく食事の時が訪れる。


「いただきます」


 みどり先生の号令に、学年全員の声が続けられる。


「「「「「いただきます」」」」」」


 はじめての精進料理。

 それは、思っていたほど不味くはなかったが、見た目から期待したほどの美味さではなかった。


「ま、こんなもんだよね」


 食後にドーナツを食べながら、砂川は知った風な顔をしていた。



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