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黒柳悦郎は転生しない 一学期編  作者: 織姫ゆん
三日目 緑青のライバル
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3-5 いつもどおりの午後の授業

 そして午後の授業がはじまる。


「あ゛……」

「どうした悦郎」

「あ……」

「ん? 咲までどうしたんだ?」


 わずかにタイミングをずらしながら、固まる俺と咲。

 おそらく、その原因は同じものだろう。


「緑青さん。少々お聞きしてもよろしいですか? 私、ここがよくわからなかったのですが……」


 そう言って麗美が、緑青にレポートを見せている。

 すなわち、古文のレポートを。


「おー、麗美の字すごい綺麗。っていうか、古文もできるの?」

「はい。できるというほどではないと思いますけど」

「いやー、これはできてる方だってば。悦郎とか、ちんぷんかんぷんだってよく嘆いてるもん」

「そうなのですか? 悦郎さん」


 なかなかの成績上位者たちが、俺に視線を送ってくる。


「だって、こんな何百年も昔の人たちの言ってることなんてわかんなくて当然だろ?」

「だから勉強するんじゃん」

「いやまあ……そうか」


 緑青の正論に、反論のしようがない。


「日本の古典は素晴らしいです。さすが豪大さまの生まれた国です」

「そのわりにはとーちゃん、日本では調査しないけどな」

「そうなのですか?」

「なんか、許可とかいろいろ面倒なんだって」

「ぐふふ。日本のお役所、頭固いからね」


 まるであることから意識を逸らそうとしているかのように、俺たちはそんな風な雑談をしていた。


「もしかして麗美って、日本の勉強古典とかでしてた?」

「はい。といっても、枕草子の現代語訳からですけど」

「なるほどなー。ときどき古風な感じの言葉遣いになるのはそのせいか」

「私、そんなふうになったりしてましたか?」

「うん。たまに」

「悦郎さんも、そんな風に感じてましたか?」

「んー、どうだろ。俺は気が付かなかったけど」

「私は綺麗な言葉だなーって思ってたくらいかな。ちーちゃんみたく古典にも詳しくないと、そのあたりはわからないんじゃない?」


 そして、始業のチャイムが鳴る。

 教室の前の扉が開き、初老……いや、かなりの年配の古典教師、島崎が入ってきた。

 聞いた話では、すでに定年の年齢を過ぎていて、何らかの制度を使って非常勤講師として勤めているらしい。

 よく知らないけど。


「号令」

「きりーつ、きをつけー、れい」


 緑青の号令で、クラスの全員が揃って動く。

 転入初日はやや戸惑っていた麗美だったが、今ではすっかりこのクラスに染まっていた。


「えー、今日はこのあいだの続きから」

「先生! 転入生がいるので少し戻った方がいいと思います」


 オレンジ頭が手を上げ、島崎に意見する。

 島崎はジロリと藤黄を見たあと、その視線を麗美へと移した。


「そういえばそうでしたね。転入生のえーっと……」


 名簿を確認しながら、島崎が麗美に尋ねた。


「麗美・マジェンタ・ソルフェリーノさん。日本の古典についてはどのくらいご存知ですか?」

「はい。うちの家庭教師から日本に行くならこのくらいは知っておいた方がいいと、いくつかの本を渡されました。現代語訳ですが」

「ふむ。タイトルをうかがっても?」

「万葉集……枕草子……徒然草……奥の細道……あ、あと源氏物語です」


 ピキンと島崎のメガネが光り輝いた(ような気がした)。


「ほう、源氏物語も。感想をうかがってもよろしいですか?」


 生徒たちの中にドンヨリとした空気が流れ始める。

 またはじまった……そう思った生徒も、きっと多かっただろう。

 なにしろ島崎は、筋金入りの源氏物語マニアだ。

 紫式部オタクと言ってもいい。

 信憑性はそれほど高くはないが、スマホの待受を紫式部にしているといった噂もあるくらいだ。


「そうですね……私の解釈があっているかは自信がないのですが……」


 それからは、完全に麗美のターンだった。

 俺にはよくわからない単語が、スラスラとその唇から紡ぎ出される。

 それを聞いて満足気にうなずく島崎。

 そして時々麗美に質問を投げかけて、首をかしげたり大きく頷いたり、俺にはわからない謎の空間がそこには存在していた。


「なるほど。だいたいわかりました。もしかすると麗美さんはクラスの誰よりも優秀かもしれませんね。古典に関して、という但し書きはつきますが」


 珍しく島崎が生徒のことを褒めた。

 いつもしかめっ面の島崎は、評価が厳しいことで有名だった。

 そしてそのひと言がオレンジ頭……藤黄の闘争心に火をつけてしまう。


「先生! 私、麗美さんと勝負がしたいです!」

「ほう」


 教室前方の動きを見て、緑青が含み笑いを浮かべながら俺に耳打ちしてきた。


「ぐふふ。まためんどくさいことはじめそう」


 オレンジ頭の藤黄は、成績優秀でもあったがその高すぎる競争心からトラブルメーカーでもあった。

 成績的には低空飛行が多い俺には無関係なことだったが、普段から標的にされていた緑青は自分からターゲットが移ったと喜んでいるようだった。


「あと緑青さんとも!」

「は?」


 残念。どうやら緑青のヤツは、藤黄の標的としてまだ有効だったらしい。


「わかりました。では少しだけ。源氏物語に関する問題を出してあげましょう」

「はいっ!」


 普段は固すぎるほど真面目な島崎。

 しかしながら、源氏物語が関わるとそうではなくなってしまう。

 とはいえ、これは俺たちにとってはまあまあ歓迎される事態だった。

 なにしろ、授業を中断してちょっとゲームっぽいことをしてくれるのだから。

 もっとも、藤黄に標的にされた麗美と緑青にとってはそうでもなかっただろうが。


 *    *    *


 そして授業も終盤に差し掛かり、俺が忘れかけていた事実を島崎がガツンと突きつけてきた。

 まあ、当然のことだが。


「それじゃあレポート回収。後ろから集めて」

「……」


 俺は無言で、固まることしかできなかった。


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