第7話【ただ一つの願い】
気が付くと俺は白い天井を見上げていた。
恐らく、病院だろう。
『……俺は生きてるのか?』
致命傷だと思ったが、一命を取り留めたのだろうか?
手足の感覚はないので重傷だったには違いない。発した声も何か変だ。
運が良いのか悪いのか……。
しかし、困ったな。これじゃあ、陽美達を養えん。
「気が付きましたか?」
その言葉に俺は焦点の合わぬ目を向ける。
後遺症なのか解らんが、視界がボヤけて良く見えない。
背丈からして慧の友達か何かか?
それにしては随分と大人びた口調だ。
『君は?』
「私の名はガブリエル。シュージ・ツキオカ……貴方は死んだのです」
『冗談は止めてくれないかな、お嬢さん。
現に俺は君と会話しているだろ?』
「まだ新しい肉体に慣れてない様ですね。
もう少しで視界と声帯が構築出来る筈ですから、お待ち下さい」
『君。幾ら、慧の友達だからって悪ふざけは止めてくれないか?
おじさんは危ない目にーーん?』
そこまで言い掛けて、俺の視界が急速にクリアになる。
そして、見たのは金髪の美少女だった。
その背中には翼が生えてるなーーとは言え、陽美とハネムーンした時に見たガブリエルって天使よりも子供っぽい。
これはコスプレって奴だとしたら、質の悪いイタズラだ。
そこまで考えて、俺は自身の手足を見る。
『おいおい。嘘だろ?』
そこにあったのは光に包まれた身体だった。
いや、俺自身が光と言ったところか……。
白い部屋だと思った場所もただただ白い空間だった。
流石にこんな状態を見れば、自覚してしまう。
『本当に俺は死んだのか?』
「はい。貴方は銃で撃たれて死にました」
『なら、俺は地獄に行くのか?ーーいや、君が天使なら天国か?
生前はそんなに自慢出来る生涯じゃなかったから、まさか、天国とはな。
しかし、それなら陽美や慧を待てるな。
慧が大人になったら見分けつくだろうか?
また三人になったら、天国でピクニックと洒落込むか……いや、慧の子供もいるかも知れないし、大賑わいになりそうだな』
「……随分とポジティブな考えをされるんですね、ツキオカさんは?」
金髪の美少女ーーガブリエルは呆れた様子でそう言うと形をなそうとする俺を引き寄せる。
「ツキオカさん。死した貴方は私達の世界に転生します」
『私達の世界?転生?』
「異世界転生と言うモノです。ご存知ないですか?」
『生憎とそう言うのには興味無くてね』
「簡単に説明するとツキオカさんに私達の世界を救って欲しいのです」
『断る。自分の世界くらい自分で守れ』
俺がバッサリ切り捨てるとガブリエルは拳を握り絞める。
「私だって、そうしたいです。
ですが、私達、天使は地上を見守る事しか出来ません。
それが私達、天界の掟です」
ガブリエルの沈痛な表情を見て、俺はちょっと言い過ぎたかなと思う。
『すまん。そちらの事情も知らんのに少し言い過ぎた』
「いえ。ツキオカさんの仰る事は最もですから」
ガブリエルはそう言うと顔を上げ、俺を見詰め直す。
「申し訳ありませんが、この世界に来た以上、ツキオカさんに選択肢はありません」
『そうか』
「ですが、勿論、ただでとは言いません。
貴方の願いを一つ叶えて差し上げます。
イケメンになりたいとか、能力が欲しいとか、私の可能な限り何でも、どうぞ」
俺はそう告げられ、しばらく考え込む。
『一つだな?』
「はい。先程も言った様に私に出来る範囲でですが……」
『なら、元の世界へ戻りたい』
俺の言葉にガブリエルは目を丸くする。
「あの、私の話を聞いてましたか?
申し訳ありませんが、それは出来ません。
ツキオカさんは既に彼方の輪廻から外れましたから。
出来たとしても、世界に拒絶されて幽体の状態です。滞在も出来ません」
『それで構わない』
俺は更にそう言うと意図が解らないと言う顔をするガブリエルに告げる。
『俺の願い。それは家族に別れを言う事だ』
「え?そんな事で良いんですか?
肉体を強化したいとか、魔法を使いたいとかでなくて大丈夫ですか?」
『君の世界がどんなものかは知らない。
だが、俺にとってはこれこそが重要な事だ。頼めるか?』
ガブリエルはしばし、考え込むとゆっくりと頷く。
「解りました。それがツキオカさんの願いなら」
ガブリエルがそう言うと俺は眩い光に包まれた。