第4話【疑惑と銃と】
俺はしばらくしてから泣き止むと涙を拭い、真剣な表情になって義親父に問う。
「そう言えば、ヤスーーいえ、安田が気になる事を言ってましたね?」
「ああ。辰三の事だな?」
俺の言葉に義親父は表情を強張らせ、着ている着物の前を緩め、その肩を見せる。
そこには真新しい包帯が巻かれていた。
それを見て、俺は辰三が何をしたのか察して思わず、立ち上がる。
「まさか、辰三が義親父を!?」
「そのまさかだ。辰三の奴が儂をハジキで弾いた」
「そんな……まさか……」
俺は困惑しながら座り直すと、義親父の包帯の巻かれた肩を見詰める。
だが、それはすぐに疑問へと変わった。
「義親父を辰三が撃つ理由が解りません。
おまけに辰三はハジキはからっきしだった筈です」
「おうよ。お前の言う通りだ。
辰三の奴が儂を殺るなら、下手くそなハジキより、得意な獲物であるドスを使うだろうな。
おまけに辰三が俺を弾いたのは視界が悪い新月の夜と来ている。
そんな中、辰三が儂を狙い撃てるとは思えん」
「……つまり、これは仕組まれたモノだと?」
「十中八九な。後ろ姿は辰三だったが、儂は偽者だと思っている」
俺の言葉に義親父は頷く。
何者かは解らないが、辰三に罪を被せて義親父を銃で弾いた。
こう考えれば、線が繋がる。
だが、何の為に?
月岡組は他の組織に比べりゃ、昔よりもかなり縮小した。
正直、襲撃するメリットがない。
海外の組織の仕業か?
いや、それこそ、ないだろう。
なんせ、傘下とは言え、下っぱの辰三に変装したんだからな。
ヤスならいざ知らず、銃の苦手な辰三に罪を擦り付けたとなると爪が甘過ぎる。
何より、組織的にも接点がなさ過ぎる。
……駄目だな。情報が少な過ぎる。
そんなあれこれ思案する俺の表情を見て、義親父が問う。
「お前の考えは大体解る。他の組織が儂を弾く理由だろ?」
「はい」
「正直、儂にも解らん。
他の組とも揉め事を起こしたなんざ聞かねえしな。
だからこそ、少々面倒な事になっている」
「ーーと言うと?」
「上のモンは辰三が俺を殺ろうとしたと決め付けちまった。
特に古参の奴らはやられたらやり返すって考えの奴が多いからな。
今は組の若いモンを総出して辰三を探している。
見付けたら殺せって指示でな?」
義親父はそう言うと着物を着付け直し、真剣な表情で俺を見る。
「堅気になったとは言え、お前は曲がりなりにも辰三の兄貴分だ。
恐らく、辰三もお前を頼りに訪ねるだろう。
堅気になったお前を巻き込むのは不本意だが、辰三を保護してやってくれ」
「解りました。辰三の事は必ず」
「頼んだぞ」
そこまで言って、真剣な表情の義親父が破顔する。
「ところで慧ちゃんは元気かの?」
「え?ええ。慧なら元気ですよ。
この間は陽美と一緒にカレーを作ってくれました」
「羨ましいのう。儂も慧ちゃんのカレーが食べたいぞい」
やれやれ。義親父の悪い癖がまた始まったか……。
俺とは血が繋がってないとは言え、育ての親である義親父は孫娘に当たる慧が可愛くて仕方がないのだ。
こんなデレデレした表情は他の連中には見せられんな。
俺は苦笑しながら義親父に口を開く。
「なんなら、遊びに来て下さい。慧も喜びます」
「おおっ!良いのかの!」
「勿論、お忍びで来て下さいね」
「ほっほっ。解っておる解っておる」
そう言うと義親父は布団から跳ね起きる。
「こうしちゃいられん!今のうちに何を着ていくか考えねばな!」
「お、義親父!?傷は大丈夫なんで!?」
「んなモン、慧ちゃんに会えると解ったら、屁でもないわい。
慧ちゃんの今の年齢だと、やっぱり、あのアンパンのヒーローかの?」
「え、ええ」
「そうかそうか!なら、今から下見に行くかの!」
そう言うと義親父は嬉しそうに小躍りする。
それこそ、銃で撃たれたとは思えん位に……現金なモノだ。
俺は苦笑しながら、孫娘に会えると解って本当に踊り出す義親父を見守り続けた。