第3話【義理の父との再会】
一週間後、俺は古巣である月岡組の屋敷の前にいた。
義親父から「重要な話があるから屋敷に来て欲しい」と言われ、俺は五十嵐さんに有休を貰って今に至る。
月岡組の歴史は古く、仁義を重んじ、弱きを助け、強き者を挫くーー"任侠"を貫いている組だ。
その根本は暴力に物を言わせる極道とは違う。
それ故に極道と違って村の者から慕われ、門の前から見える屋敷を眺めるだけでも、その威厳を感じさせるーー筈なんだが、現在の組の屋敷からはそう言う物が感じられない。
俺が美化し過ぎたのか、それとも別の理由か……いずれにしろ、今の月岡組からはかつての様な覇気を感じられない。
ーーと、俺が屋敷の門の前で佇んでいるとスーツ姿にサングラスの男が俺の前に現れ、頭を下げる。
「御足労有難う御座います、月岡さん」
「ああ。お前だったか、ヤス。随分と様変わりしたモンだな?
だが、今の俺は破門されて堅気になった身だ。そう畏まらなくて良い」
「いえ、足を洗ったとは言え、月岡さんは自分に任侠のイロハを教えて下さった大恩ある方ですから」
「相変わらず、頭が固いと言うか、義理堅いと言うか」
俺はかつての弟分であるヤスこと安田にそう言って頭を掻く。
「とにかく、頭を上げろ、ヤス」
「はい」
ヤスは頭を上げると俺をサングラス越しにマジマジと見て、フッと笑う。
「それにしても、月岡さんは本当に堅気になってしまったんですね?」
「ん?ああ。義親父の前とは言え、堅気だからな。だから、私服で来させて貰った」
俺はそう言うとヤスの肩に触れる。
「それじゃあ、懐かしむのもこの辺にして案内を頼む」
「畏まりました。此方です」
俺はヤスに連れられ、屋敷に入る。
幾ら、勝手を知ってるとは言え、今の俺は堅気だ。
月岡組の面子の為にもヤスについて行くのが正解だろう。
それに屋敷の中は外からでは解らなかったが、何か事件でもあったのか、ピリピリと殺気立っている。
下っぱに当たる若い連中もいない。
いるのは俺よりも目上の年配な連中ばかりだ。
「若い連中がいなくなったな。出払っているのか?」
「それもありますが、現在の世の中で自己犠牲を求められる任侠を志す若いのなんて皆無ですからね。
月岡さんがいなくなってからはより拍車が掛かって、今ではこの有り様です」
「そうか。辰三の姿もないし、あいつも辞めちまったのか?」
その問いにヤスは立ち止まる。
辰三はヤスと同じく、かつての俺の弟分だ。
昔はよく辰三が女遊びにハマり掛け、その都度、ヤスが嗜め、喧嘩になりかけた二人を宥めるのが日課だった。
そんな辰三の話をしてヤスはサングラス越しでも解る程、沈痛な表情をする。
「どうした?ーーまさか、辰三の身に何かあったのか?」
「それについては義親父からお聞き下さい。自分の口からは答えられません。
ですが、タツは大丈夫でしょうーーまだ、ですが……」
ヤスの含みのある言い方が気になったが、こう言う事に関してヤスは口が堅い。
まあ、義親父から話も聞くんだ。
無理にヤスから聞く必要もないだろう。
「解った。それについては義親父に聞こう」
「そうして頂けると助かります」
ヤスはそう言うと再び廊下を歩き始める。
「話が過ぎました。どうぞ、此方へ」
俺がそう言われて、ついて行くと一際大きな間ーー義親父のいる部屋の前へと来る。
「義親父。月岡さんをお連れしました」
「入れ」
「はい。失礼します」
閉ざされた襖から響く義親父の声にヤスは一礼すると襖を開けて中へと入って行く。
俺もヤスの後について中へと入ると、そこには布団に入って上体を起こす着物姿の義親父の姿があった。
「少しやつれましたね、義親父?」
「お前がいなくなってから何年経っていると思ってんだ、修次よ。
だがな、肉体は衰えても、まだ頭ん中はボケちゃいねえからな?」
その言葉に嘘はないだろう。
それは義親父はギラついた瞳を見れば、解る。
そんな義親父を見て、少し安心した。
義親父は俺を見るとフッと笑う。
「この数年で随分と堅気が板についたな?」
「ええ。結構、苦労しましたが、お蔭様で」
俺が義親父にそう言うと義親父はヤスを見る。
「安田よ。修次と二人っきりで話がしてえ。少し下がっていろ」
「畏まりました。何かあれば、呼んで下さい」
ヤスは義親父に一礼すると部屋から出て行く。
残されたのは俺と義親父だけだった。
俺は義親父の隣へと正座して座る。
そんな俺を見て、義親父が呟く。
「本当に立派になったな、修次よ。
肩書きで苦労したろう?」
「……義親父」
義親父は俺の手を握る。
皺だらけの手だが、それでも、この歳にしてはがっしりしている、その手で……。
「お前には過酷な人生を歩ませちまった。
すまねえと思っているーーだが、後悔はしてねえ。
現在は任侠じゃなく、極道が幅を利かせる時代だ。
そんな中でお前みたいな誠実な男はお天道さんの元で汗水垂らして働くべきだ。
そして、お前はそれに答えてくれた。
これ程、嬉しい事はねえ」
「……義親父」
「破門したとは言え、お前は儂の誇りだ、修次」
俺はその言葉に目頭が熱くなる。
そんな俺に義親父は笑う。
「馬鹿野郎。子持ちの親父が人前で涙を見せるんじゃねえよ」
義親父がそう言ってくれるが、俺は涙を溢すのを抑えられなかった。
ああ。本当に義親父に出会えて良かったーーと、そう思わずにはいられなかった。