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第2話【幸せな一時】

 自宅近くまで来ると建築中の家や遊具の撤去された公園が視線を横切る。

 此処も数年したら、また変わるかも知れんな。

 俺はそんな事を考えながら我が家の扉を開ける。


 扉を開けるとカレーの良い匂いがした。


「ただいま」

「おかえなさ~い!」


 俺が帰って来ると娘の慧がヒヨコのアプリケのついたエプロンを着けたまま、バタバタと廊下を走って俺にしがみついて来る。


 ……天使や。


 俺はしがみついて来た慧の黒い髪を撫でた。


「ただいま、慧。良い子にしてたか?」

「うん!けい、いいこにしてたよー!」

「そうか。エラいぞ」


 そう言うと俺は此方を見ながらクスクスと笑う陽美を見る。


「ただいま、陽美」

「お帰りなさい、貴方。ご飯にする?

 それとも、お風呂にする?」

「そうだな。まずは飯にするかな」


 俺が陽美にそう言うと腹が肯定する様にグウと鳴った。

 それを聞いて、慧がキャッキャとはしゃぐ。


「おとうさん。おなかなった~!」

「うん。お父さん、今日も頑張ったからな。もう、お腹ペコペコだ」


 俺は慧に微笑みながらそう言うと三人で居間へと向かう。

 昔は「ご飯にする?お風呂にする?それとも、私?」と選択肢があったが、慧が産まれてからは互いに自重している。

 その言葉を次に聞く時は慧が弟か妹が欲しいと言った時だな。


「今日はカレーよ。慧が頑張ったのよ?」

「えへへ」

「そうか。慧ももうお姉さんだな?」


 俺は慧の頭をもう一度撫でると台所でカレーを温め直す陽美の準備が終わるのを待つ間、慧と二人で夕方にやるアンパンが主役のヒーローアニメをテレビで見る。


 この辺りはまだ四歳の子供だ。

 俺は胡座を掻いて、その上で「がんばれ!」とアンパンのヒーローを慧と共に応援する。


「二人共、ご飯出来たわよ」

「まって~!いま、わるいやつをやっつけているところだから!」

「陽美、もう少しで終わるんだ。待ってやってくれ」

「ふふっ。はいはい。解ったわよ」


 陽美はそう言うとクスクス笑いながら、慧を乗せて胡座を掻く俺に寄り添う様に座る。

 俺はそんな陽美を抱き寄せ、互いの頭を預けた。


 このささやかな幸せがいつまでも続けば良い。


 そう思わずにはいられなかった。

 アニメが終わると俺はテレビを消し、椅子に座って陽美がよそったカレーを食べる。


 カレーの具材である不揃いな大きさの野菜が慧が頑張った事を思わせる。

 因みにカレーは甘口だ。


「おとうさん、おいしい?」

「うん。美味しいよ」


 俺は慧にそう言って笑うと小鍋の中のカレーがなくなるまでおかわりし続けた。


「ぷはー。ご馳走さま。本当に美味しかったよ、慧」


 俺は口をカレーまみれにする慧にそう言うと腹を擦る。


「もう。食べ過ぎよ、貴方」

「折角、慧が作ってくれたんだ。残したら勿体無いだろ?」

「ふふっ。本当に慧には甘いんだから」


 陽美は微笑みながら、慧のカレーまみれになった口を拭く。


 俺は席から立ち上がって流しで自分の使った皿とスプーンを洗う。

 その間、慧は幼稚園であった事などを陽美に話をしていた。


 それから食休みをしてしばらくしてから、俺は脱衣場で服を脱ぎ、風呂へと入る。


「ふぅ」


 身体と頭を洗ってから湯の張った風呂に浸かった。

 その際に俺は背中の墨の薄くなった桜を守る鬼が彫られた刺青に触れる。

 刺青を入れる際、義親父は俺に尋ねた。


『修次よ。刺青ってもんは親に貰った身体を傷付けて一生背負うもんだ。

 お前はそれにどんな魂を籠める?』


 それに対して俺はこう答えた。


『俺は家族をーー桜を守れる漢になりたい。それを守る為なら俺は鬼にもなってやる』


 そう言った時、義親父は満足そうに笑った。

 堅気になっても、あの誓いは忘れない。

 守るべき家族は組の者から慧と陽美に変わったが、それでも俺の信念は揺るぎない。

 俺の誓いはこの刺青がある限り、思い出すだろうし、生涯忘れないだろう。


 十分身体を温めると俺は風呂から出て、身体をバスタオルで拭いてから寝間着に着替え、居間へと戻る。

 居間に戻ると慧は夜にやっている魔法少女が活躍するコミカルなアニメを見ていた。


 俺はそれを椅子に座って眺める。

 そんな俺に陽美が缶ビールとつまみの入った木製の皿を置きながら俺の向かいに座る。


「貴方、何を考えてるの?」

「ん?ああ。大した事じゃない。

 このまま、慧が大きくなって嫁ぐだろ?

 その時、陽美ーーお前と今の様にこんな風に笑い合えれば良いなと思ってな?

 その時、俺はーー」

「貴方」


 そこまで言うと陽美がそっと俺の手に触れ、心配そうに俺を見詰めた。


「貴方はもう昔とは違うの。

 だから、そんな生き急ぐ考え方をしないで?」

「……陽美」

「あの子の事はゆっくり見守りましょう?ね?」

「ああ。そうだな」


 俺はそう言うと陽美の手を握り返す。


 そうだ。今の俺は堅気だ。

 昔の俺とは違って、生き急ぐ考え方をしなくて良いんだ。


 そう思ってかぶりを振ると俺は潤んだ瞳の陽美の栗色の髪にそっと触れ、唇を近付けーー


「おかあさんたち、チューするの?」

「きゃあっ!」

「うおっ!」


 ーーいつの間にこっちを見ていた慧の言葉に驚いて慌てて顔を離す。


「け、慧?テレビは良いのか?」

「いま、しーえむちゅうなの」

「そ、そうか。ははっ」

「それよりもおとうさんたち、チューするの?ラブラブ?」

「も、もう!慧ったら!」


 俺と陽美は慧に質問責めに合い、困った顔をする。

 幼い慧の前でキスするのは恥ずかしいもんだ。


 ーーと、電話が鳴り、陽美はこれ幸いと逃げて行く。


「もしもし、月岡ですーーえ?お義父さん?」


 電話の相手を聞いて、俺はそちらを振り返ると困惑した表情の陽美を見て、顔を曇らせる。


 何か良からぬ事が起きたーーそれを確信したからだ。


 青ざめた顔をして受話器を俺に差し出す陽美に近付きながら問う。


「どうした、陽美?義親父がなんて?」

「お義父さんが貴方に会いたいってーー」


 俺は真剣な表情で受話器を手に取ると電話を代わる。

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