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第12話【スラムの教会】

 城門のところまで来ると俺は鎧姿の門番から金貨の入った小袋を受け取る。


「悪いな」

「……」


 門番は俺の言葉に答えず、次の連中に金貨の入った小袋を渡す。


 そう言えば、リエルに会うのを忘れていたな。


 俺は立ち止まると踵を返して城に戻ろうとした。

 門番が動いたのは、その時である。

 門番は次の連中に小袋を渡すのを中断すると城に戻ろうとする俺を手にした槍で牽制した。


「……何のつもりだ?」

「金貨は一人一回だ。引き返して再度貰う事は出来ん」


 成る程な。俺がズルをして金貨をもう一度、入手するのと思ってか……。


「金貨は手持ちだけで十分だ。

 ただ、リエルに用があるの思い出しただけでな」

「リエル様に?何の為だ?」

「少し確認したい事があってな。それでも入れては貰えないのか?」


 俺の問いに門番は考え込むが、しばらくして首を左右に振る。


「駄目だ。アイン王様に一度、城から出た勇者は魔王討伐まで入れるなと言う命令を受けている。

 如何なる理由であれ、通す事は出来ない」

「そうか。すまないな」


 俺はそう言うと小袋から金貨を数枚取り出し、門番の手に握らせる。


「手間賃だ。任務中に邪魔をして、すまなかったな」

「気にしなくて良い。

 だが、曲がりなりにも金を貰ったんだ。

 助言位はして置こう」


 そう言うと門番は城門の先にある大通りを指差した。


「リエル様について知りたいのなら、大通りを出た先にあるスラムの教会に行く事だ」

「スラム?」

「行けば、解る。もう少し付け加えるのならスラムでは勇者ってのは歓迎されない。

 精々、気を付ける事だ」

「そうか。助言助かる」

「俺から言える事はそれ位だ。あんたに加護がある様に……」


 門番はそれだけ言うと金貨を貰うのを待っている連中の列へと戻って行く。


 スラムか……。


 まあ、行くだけ行って見るとしよう。


 俺は城門を後にすると大通りとやらに出る。

 そこは活気で賑わう市場の様な通りであった。

 そんな通りを見渡しながら歩いて行くとナイフとフォークの交差する看板に視線が止まる。


「……ふむ」


 少し腹も減ったし、ちょっと飯でも食うか。


 そう考えて俺がその店に近付くと明らかにこの場に似つかわしくない薄汚れた服の少年がぶつかって来る。


「おっと、すまないな」


 俺は少年に詫びると、その少年はキョトンとした顔で此方を見る。


 俺が少年に謝った理由ーーそれはぶつかった事にではなく、少年が俺の持つ金貨の入った小袋に手を伸ばしたところをはたいた事についてだ。


 少年はしばらく、状況が掴めないと言う様な顔をしていたが、やがて、スリが未遂に終わった事に気付くと俺の横を走り去って行く。


 その際にまるで親の仇でも見る様な目が俺の興味を引いた。

 恐らく、あれがスラムの人間なんだろうが、あの憎しみの込められた瞳は昨日今日会った人間に向ける物ではない。

 俺は逃げた少年を追う様にして歩き出す。


 喧騒が聞こえたのは次の瞬間であった。


「この盗人め!俺の前で盗みなんざ、百年早いんだよ!」


 その叫びに駆け出すと先程の俺からスリをしようとした少年が鎧を着た男に殴る蹴るを繰り返されていた。


 俺は殴る蹴るを繰り返す男の手を掴んで止める。


「なんだ、テメエは?」

「そこまでにして置いた方が身の為だ。

 こんな大通りで暴力沙汰をしていたら問題だろう?」

「スラムの連中がどうなろうと知った事か!ーーいででで!」


 俺は男の手を捻りながら、その耳元で囁く。


「何か勘違いしている様だから助言しよう。

 此処には新たに召喚された勇者達がいるんだ。

 どの様な理由であれ、そんな彼らの目の前で暴力沙汰を起こせば、良い印象は得られまい」


 そう囁くと俺は男から手を放す。

 男は手を擦りながら俺から離れると周囲の反応に気まずくなったのか、後退る。


「しょ、しょうがねえな!

 俺も鬼じゃねえし、今日はこれ位にしてやる!

 次からはもう盗みなんてするなよ!」


 男は弁解する様にそう叫ぶと逃げる様に去って行く。

 まあ、あの様子からするのなら、立場をわきまえた輩なのだろう。

 傍若無人な輩だったなら、俺も相応の覚悟はしていたのだが……。


 俺は殴る蹴るをされてピクリとも動かない少年に近付く。

 身体を丸くして致命傷は避けている辺り、これが初めてじゃないのだろう。


 だが、男の籠手やら金属のついたブーツで殴られたんだ。

 背中が痣だらけになっている。


 加えて、俺が来る直前に良いのを貰ったのか、気を失っているらしい。

 俺は少年を肩に担ぐと周囲を見渡す。


「すまないが、こいつを治療出来る場所はあるか?」


 俺の問いに答える者はいない。

 新参の俺に心を開いてないからか、それとも、こいつがスラムの人間だからか……。


 仕方なく、俺はその場を去ろうとした。


「教会に行きな」

「ん?」


 その声に振り返ると野菜を売っている老婆が指差す。


「此処の通りを抜けた先にスラムの教会がある。

 そのシスターは優しい人だから、面倒を見てくれるだろうよ」

「ありがとうございます」


 俺はその老婆に頭を下げると教会を目指して再度、歩き出して行く。


 俺の目的とも一致するし、飯は後ででも食えるからな。

 とりあえず、こいつの治療を優先しよう。


 俺はそう判断するとドンドン先へと進む。


 大通りを抜けると途端に崩れかけた家や全焼した家などがやたら見える場所へと出る。

 そこには少年と同じくボロ着に身を包む老若男女がいた。

 その誰もが此方を冷たい目で見て来る。


 此処がスラムか……。


 俺は周囲を警戒しながら先を進む。


 幸い、スラムの住人との喧嘩などはなかった。

 だが、やはりと言うか、少年同様に此方を憎しみの籠った目で見て来る。


 その訳に俺はなんとなくだが、思い当たるものがあった。

 まあ、これについてはあくまでも憶測なのでシスターとやらに聞いてみよう。


 俺はスラムの中でも丁寧に扱われているのか、他よりも綺麗な原型を留めている教会へと近付き、その扉をノックする。


 しばらくすると無表情な顔のシスターが扉を少し開けて、此方の様子を窺う。


「何か御用でしょうか?」

「怪我人がいる。手当てをしたい」


 俺がシスターの問いに手短に答えると彼女は扉を開け、少年を担ぐ俺を中へと入れる。


「此方へどうぞ」


 俺はシスターに先導されてベッドのある部屋へと案内される。

 部屋では様々な人物がベッドを使っていた。

 ある者はベッドに空きがなかったからか、床で寝ている。


「宜しいですか?」


 満員のベッドの一つで横になっている人物にシスターが声を掛けるとその人物はゆっくりとベッドから這い出し、ベッドを譲ってくれる。


「感謝します」


 俺はベッドを譲ってくれた人物ーー痩せ細った男性に頭を下げると肩に担いでいた少年をそっと下ろすして、ベッドへと寝かせた。


「後は私が見ますので、貴方様は礼拝堂でお待ち下さい」

「ああ。解った」


 俺はシスターに頷くと部屋を後にして、礼拝堂にある椅子の一つに腰掛ける。


 しばらく、椅子に座って待っているとシスターが扉を開け、溜め息を吐きながら戻って来た。


「大丈夫か?」

「ええ。後頭部の怪我を除けば、殆どは軽傷ですから」

「あの少年の事もそうだが貴女の事もだ、シスター」


 俺がそう問うとシスターはクスリと笑う。


「優しい方なのですね」

「そう言う訳ではないがな。此処へあの少年を連れて来たのは、ついでみたいなものだ」


 俺はそう言うとシスターに真剣な表情をして問う。


「リエルについて聞きたい」

「リエル様に、ですか?」

「確か、ガブリエルに言われたんだったんだったな。私の石像を使徒を探して下さいと」

「ーーっ!?それは本当ですか!?」


 俺の言葉にシスターが動揺する。


「もし、それが本当なら、この像に手を触れて下さい。

 それで本当か、どうか、解ります」

「解った」


 俺はシスターに頷くとやや美化されたガブリエルの像に触れた。


「ガブリエル。聞こえるか?」

『……カさん!……ツキオカさん!』


 俺がそう問い掛けるとノイズ混じりのラジオの音声の様なガブリエルの声が響く。


『良かっ……無事……いたん……ね?』

「すまんが、聞き取り難いんだが」

『信仰が……低くて……ん声が……』


 難儀だな。ガブリエルの声がたどたどしくて聞き取れない。


『詳しくは……スターに……』

「ああ。シスターに聞けって事か……解った。そうしよう」


 俺はそう告げるとガブリエルの像から手を放し、目を輝かせるシスターに顔を向ける。


「まさか、本当にガブリエル様の使徒だったとは……」


 シスターが、そう告げると教会にいるスラムの連中が一斉に膝をついてこうべを下げた。

 ガブリエルの加護、恐るべきだな。


 はて、これからどうなる事やら……。


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