第1話【平穏な日々】
「……ふぅ」
トラックに荷物を乗せ終えた俺は一息吐くと背筋を伸ばした。
これで今日のノルマは達成だ。
「お疲れ様、シュウちゃん」
その声に振り返るとこの運送会社の社長である五十嵐さんが微笑みながら歩み寄って来た。
「お疲れ様です、社長」
「もう!そんな堅苦しい呼び方しなくて良いってば!」
「そう言う訳には行きません。五十嵐さんはこの会社の社長なんですから」
俺がそう言うと五十嵐さんが苦笑する。
「真面目だねえ、シュウちゃんは。元組の構成員の人だったとは本当に思えない位に」
「社長の配慮のお蔭です。でなきゃ、世間から爪弾きされた俺が今日までやって来れたりしなかったでしょう」
「そんな事ないよ」
俺の言葉に五十嵐さんは首を振ると優しく語り掛けて来る。
「そりゃあ、最初は僕もそんな人を雇って良いか戸惑ったけど、実際に出会ってシュウちゃんは今の子達よりも真面目で誠実だと僕は確信したんだ。
それに仕事も迅速で丁寧だし、他の職場仲間とも馴染んでいる。
今、うちの正社員にしたのだって、そんなシュウちゃんを評価しての事さ。だから、そこは誇って良いと思うよ」
「ありがとうございます、社長」
俺は感謝の意を込めて頭を下げた。
ーーこの俺、月岡 修次は月岡組の元若頭だ。
そんな俺が破門と言う形で足を洗い、堅気としてやっていけるのは社長ーー五十嵐さんの様な人がまだいたからだ。
最近は時代の流れで中小企業も深刻な痛手を被っている。
そんな中、足を洗ったとは言え、組の構成員が職場にいるとなれば、世間は良い顔をしないだろう。
だが、五十嵐さんはそんな俺を世間から守り、正式な社員として雇ってくれた。
これだけして貰って恩義を感じない訳がない。
そんな俺に五十嵐さんは何も言わず、優しく背中を叩いてくれる。
「さてと、湿っぽい話はこれ位にして、仕事も予定より片付いたんだし、今日は一杯付き合わないかい?」
「すみません。今日は慧が初めて料理を作ってくれてるんで……」
「ああ。シュウちゃんの娘さんだっけ?そっか、なら、早めに帰って上げないとね?」
「申し訳ありません。埋め合わせは必ず、します」
「気にしなくて良いよ。でも、シュウちゃんの所は家族円満で良いな。
僕なんか、かみさんに尻に敷かれているからさ」
五十嵐さんはそう言って苦笑して肩を竦める。
俺はそんな五十嵐さんに微笑む。
「さ、もう終わりだし、帰ろう」
「はい。お疲れ様です」
俺はもう一度、五十嵐さんに一礼すると更衣室へと向かう。
「修次さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です、月岡さん」
更衣室へと向かうと先に着替えていた他の職場仲間が声を掛けて来たので、俺は「お疲れ様」と返事をする。
「いや~、今日も働いたっすね?」
「ああ。そうだな」
後輩にあたる坊主頭の与田にそう言われ、俺はそう返すと手早く作業着から私服に着替える。
「それでどうっすか?さっき、中野さんと話をしてたんですが、今日は一杯やってかないですか?」
「悪いが今日は早めに家に帰らなきゃなるなくてな。すまないがまた今度にしてくれ」
「そうっすか。残念ですね」
「そう言えば、さっき五十嵐さんからも誘われたな?
なんだったら、誘ってみたらどうだ?」
「うえっ!社長とっすか!」
「なんだ?嫌なのか?」
「社長、酔っ払うと月岡さんと比較して来るからな~。
月岡さんを見習えだの、月岡さんに教われだの」
「ああ。そうか。その、なんだ?……そりゃあ、災難だな」
「まあ、確かに月岡さんには敵わないっすからね。
俺も中野さんも月岡さんの事を尊敬してるし、俺達も誇りに思ってます。
けど、彼処まで比較されるとモチベーションが上がらないっすよ」
「なら、今度、俺からも五十嵐さんに注意しておこう」
俺は苦笑しながら、そう言うと退勤ボタンを押してシートを入れた。
電子音が響き、退勤時間が記されると俺は吊るされたケースに入れ、更衣室から出て行く。
「それじゃあ、お先に」
「はい、お疲れ様っす!」
俺は職場である運送会社を後にすると真っ直ぐ家路を歩く。
来年で平成も二十五年になる。
俺も来年で三十半ばだ。月日が経つのは本当に早い。
慧ももう四歳か……陽美に似て美人になるんだろうな。
因みに陽美は俺が組の抗争で怪我した時に看病してくれた看護婦だ。
今は俺の妻をしている。俺には勿体無い位の美人だ。
因みに恋愛結婚で告白は陽美からした。
その時の告白の台詞はーー
「月岡さんは私がいなきゃ、また無茶するでしょ?ーーだから、月岡さんが無茶しない様に私がついてて上げる」
ーーと言う内容だ。羨ましいだろう?
それからだったか。組長である義親父が俺を破門にしたのは……。
月岡組は極道ではなく、任侠を重んじる組だ。
構成員も必然的に仁義を重んじる目上の人間が多い。
勿論、若い奴もいるがな。
そんな俺が破門された理由。それは時代の流れを読んだ義親父の配慮によるものだ。
今、思うとそれは正しい選択だったのだろうと頷ける。
義親父はこう言った。
「修次よ。今は任侠よりも極道が幅を利かせる世の中だ。
そんな世の中で任侠の"弱きを助け、強きを挫く"って信念を貫くにゃあ、お天道さんの元で働く必要がある。
お前にはその誠実さや女房や産まれて来る子供がいるんだ。
だから、光の道を進め。そして、後世に任侠の志を残してくれ」
こうして、俺は破門と言う形で組を辞めた。
それから数年して俺は今に至る。
義親父は今も組長をやっているんだろうか?
俺は立ち止まると頭を振る。
いかんいかん。今の俺は堅気だ。
もう昔とは違うのだ。
俺はすっと姿勢を正すと再び歩き出す。
今日は陽美と慧がカレーを作って待っているんだ。
さっさと帰らにゃな。
俺は足を早め、家路を急ぐ。




