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嵐の前の

ぼくは治療院でお風呂に入っていた。


異世界のお風呂はどういうものなのかと気になっていたけど、中世ヨーロッパ式に似ているなと思った。

日本の古いお風呂では、ドラム缶のようなものを下から火で温めていくのが普通だけど、中世ヨーロッパでは、鍋で沸かしたお湯を湯船に入れてお風呂を温める継ぎ足し方式だ。


治療院のお風呂も、まず湯船に半分ほど水を張り、そこに鍋で沸かした熱湯を継ぎ足していって、ちょうどいい温度のお風呂を作っていた。

普通はみんな大衆浴場に行くらしいけど、患者さんの洗体のためにお風呂を作ったらしい。

使い終わったお湯は、浴室の隣りが川になっているので、そこに流してしまうという仕組みだった。


お風呂の中でぼうっとしながら、元の世界のこと、この世界のこと、アリシアさんのこと、殺人鬼のことなどを考えていると、浴室の扉の向こうからアリシアさんの声が聞こえた。


「緒音人さん、お風呂、冷たくないですか? お湯を継ぎ足しましょうか?」


「あ、いえ、大丈夫ですよ」


お風呂はちょうどいい湯加減だった。

そろそろ体でも洗おうと湯船から出て、石鹸がわりの木の実を手に取った。この木の実から出る汁が、頭や体を洗うのに使えるらしい。現代のように泡立つものではなかったけど、十分に汚れを落としそうだった。


ぼくが木の実から出る汁で体をこすっていると、また浴室の扉の向こうからアリシアさんの声がした。


「緒音人さん、お背中、流してさしあげますね」


えっ!? と思うが早いか、アリシアさんが浴室に入ってきた。

しかもアリシアさんは服を着ておらず、裸にバスタオル1枚というあられもない姿だった。


えええええええええええええええええええええええっ!?!?

どどどどどど、どういうこと!?!?


ぼくが激しいパニックに陥っていると、アリシアさんがぼくに向かって近づいてきた。

バスタオルで隠れているとはいえ、大きな胸のふくらみが、タオルの上からでもはっきり分かる。ぼくは恥ずかしくなり、思わず目をそらして後ろを向いてしまった。


「お背中、流してもいいですか?」


アリシアさんの優しい問いかけに、ぼくは真っ赤になり、『だめです!』と言い出したくなる思いと、『良いです!』と言いたくなる思いが複雑に絡み合い、

「だいです!」

と訳のわからない返事をしてしまっていた。アリシアさんは優しく笑った。


ぼくの背後で、はらりとバスタオルが落ちるのが目の端に見えた。アリシアさんがバスタオルもつけなくなった……!! ぜ、全裸……!?


アリシアさんはぼくの背中側から両肩に手を当て、そっと耳元でささやいた。


「この間、あなたを後ろから抱きしめて『ヒール』しましたよね…」


ぼくは心臓が爆発しそうになっていた。


「そんなふうにして洗って差し上げます……」


え…… それってもしかして、胸で背中を洗ってくれるっていうこと!! そんなばかな!! そんなことしていいはずがない…… いやっ、いい!! でもだめ!! いや、いい!! でも……


そんな思いを駆け巡らせているうちに、アリシアさんの体が少しずつぼくに近づいてくる……

む、胸が…アリシアさんの胸が…… 背中に当たる……!! やわらかな、大きなおっぱいが……ああああ……


ごりっ



背中に当たったのは分厚い胸板の感触だった。

???


意味がわからず振り向くと、そこには司祭さんがいた。


「ははは! やはり男同士、こうして密着して体を洗い合わんとな!」


豪快に爆笑しながら司祭さんはぼくを抱きしめた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」


大汗をかきながらベッドから飛び起きた。

治療院の治療士たちが眠る大部屋だった。

ぼくは夢を見ていたらしい。

ぼく以外の治療士たちはもう全員起きているらしく、部屋にはぼくひとりだった。


汗を拭きながら一呼吸ついていると、叫び声に気づいたアリシアさんが駆けつけてきた。


「大丈夫ですか? なにかありましたか?」


アリシアさんは心底心配そうな顔をしていた。

ぼくは、夢の中とはいえ、アリシアさんに恥ずかしいことをさせてしまったことが申し訳なくなり、とてもアリシアさんの顔を見ることができなかった。アリシアさん、ごめんなさい。


ぼくが恥ずかしさにうつむいていると、アリシアさんは静かに近づき、優しくぼくの手を握ってくれた。


「ここには、あなたの味方ばかりです。いつか話せるようになったら、あなたの苦しみを、わたしにも背負わせてください」


アリシアさんのあまりの優しさに、ぼくはまた恥ずかしくなってしまった。

すっかり、重い過去のある人物だと思われてしまっている。

恥ずかしいけど、アリシアさんには、ぼくの本当の過去をちゃんと話さなくては…


ぼくがそんなことを考えていると、鐘の音ともに、治療院の1日が始まった。


まずは早朝、患者さんたちが起きる前に治療院中の掃除をするらしいけど、それはもうすっかり終わってしまっていた。

この時アリシアさんは、病室の窓から見える木々や花のお世話もしているらしい。ガーデニングを作るアイディアを出したのはアリシアさんで、患者さんたちの心を豊かにできるように、ということだった。


その後、治療士たちが交代で朝ごはんを食べつつ、朝の回診が始まる。

入院している患者さんのところをまわり、様子を見ながら、症状が軽い人には中級魔法『ヒール』、重い人には司祭さんの上級魔法『ヒールフル』をかけてまわる。


昨日の事件で患者さんの多くが逃げ出してしまっていたが、それでも新しく治療院を訪れる人達は跡を絶たなかった。


実際に治療を見ていてわかったのだけど、風邪やインフルエンザのような症状の人には『ヒール』で自然治癒力を上げ、大やけどなどの早急に治療が必要な怪我や重病人には『ヒールフル』で自分の自然治癒力以上の回復をうながす、というやり方で診療しているみたいだった。


ぼくも、『ヒールフル』で患者さんたちの治療を手伝った。極限魔法『リヴァイヴ』は使うことが難しいけど、上級魔法の『ヒールフル』なら、妄想だけでも発動するのは証明済みだった。


『ヒールフル』が使えるのは司祭さん以来の人材らしく、これが使えるだけですごく重宝してもらえた。

この日は市場で馬車が転倒する大事故があったらしく、倒れた出店や馬車の下敷きになり大怪我した患者さんたちが多く来院し、午前中には司祭さんの『ヒールフル』が打ち止めになった。

その点、ぼくは1000年間溜め込んだ童貞力のおかげで、ほとんど無限に『ヒールフル』を使うことができたため、朝から夜までフル稼働で、患者さんたちを治療し続けることができた。

最後のひとりを治療し終わった時、すっかり空には月が出ていた。

ぼくは時間が経つのを完全に忘れてしまっていた。


最後の患者さんは骨折したおばあちゃんで、骨折を『ヒールフル』で治した時、おばあちゃんに手を握られ、「痛いのが治まった……ありがとう、ありがとうよ……」と言われた時、ぼくには得も言われぬ充実感があった。

ぼくには案外、この仕事が向いているのかも知れない。できればずっとこの仕事に就いていたかった。しかしその日の夜、入院患者さんの回診が終わり、治療士たちが控室に集まってその日の報告会をすることになった時、司祭さんが重い口を開いた。


「アリシアと緒音人くんは、ここからしばらく離れたほうがいいかも知れん」

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