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8.願いは遥か遠く

そろそろクライマックスです。戦闘シーンは苦手です(泣)


とはいってもこの手の物語でアクションなしなんて、そうそうあるわけもなく……。


次こそ過去に夢に見たシーンを投稿することが出来る…は…ず。

 はっと清藍せいらんは顔を上げた。そして辺りを見回す。


 誰かに呼ばれたような気がしたのだ。眠ってしまっていたのだろうかと思う程、前後の記憶がぼんやりしている。 


 規則正しく時を刻む音に気付き時計を見る。既に九時を大幅に回っており、一人暮らしのマンションには彼女以外誰もいる筈はない。


 本来気にも留めない小さな音すら大きく聞こえる程に、そこは静寂に包まれていた。それ故に聞きたくない音までが耳に入ってしまう。秒針の進む音と微妙にずれて鼓動を続ける自分の心音。今までこの音が聞こえなかった事が不思議な程だ。


 彼女に関わる者には不幸が訪れるという噂のせいで、友達もろくに出来ない彼女には、誰かを家に泊めるという経験すらないため、この時間に部屋に誰かがいることなどあり得ないのだがそれでも気に掛かる。その声は聞き覚えのあるもので。


 そして、猛烈な不安に駆られる。喪失の痛みを思い出し躰が小刻みに震える。寒さを覚える季節ではないというのに。


 震えを抑えるように両の腕で自分を抱きしめて、心を静める為に目を閉じ深呼吸する。


 規則的な心音と呼吸音だけに意識を向け、次第に落ち着きを取り戻し始めると、ある疑問が心の中に浮かび上がった。


 ”考えるな”と何処からか聞こえた気がした。それは傷付き過ぎた自分の心が発するシグナル。これ以上傷付かぬ為の。だが……。


 そう。考えなければ苦しむ事もないのかも知れない。誰かが傷付いても、それは自分の痛みではない。誰かの悲しみに触れさえしなければ、自分が心を痛める事もない。それでも。


 それでも、従うことが出来ない命令だった。


 自分だけが楽になればいいのならば、彼女は他者など求めないのだろう。だから、思いを巡らす。


 あの声は誰のモノだったのだろう。


 聞き覚えのある声。それは最近聞いたようでもあり、遙か昔に夢のような幸福しあわせの中で聞いたようでもあった。


 愛しい声色。男か女かも判別できないあの声は、彼女が求めてやまない幸福の香りをはらんでいた。大切な誰かの声に違いはない筈なのに……。


 マサカ、アノフタリニ、ナニカ……。


 そう思った瞬間に再び鼓動が跳ね上がる。


 今、彼女にとって最も大切な人物といえば、真っ先に浮かび上がってくるのは……。


 シャープペンシルを握ったままの右手が小刻みに震えている事に気付き、少女は左手でそっと押さえてみるが震えはやむ気配を見せない。ゆっくりと震える右手を開き、シャープペンシルをノートの上に放り出すと、左手でゆっくりと右腕を上下に撫で擦った。


 一度は治まり掛けた動悸どうきは今度はなかなか治まってはくれず、何とも言えない嫌な予感が彼女を支配していく。


 レポートでもまとめていたのだろうか、参考書もノートも失念したように放り出し、立ち上がる。


 壁に掛けてあった薄いグレーのストールを掴み、部屋を出ようとして思いとどまる。


 こんな時間に二人の家に押し掛ける訳にはいかない。戸上の家は、気安く夜更けに遊びに行けるような場所ではない。


 一度は諦め、机に戻り掛けたが、それでも気になる。逡巡しゅんじゅんは動きにも現れていた。心の迷いを現すように、右に左に部屋を歩き回る。


 たっぷり十分以上も迷った末に、清藍はストールを羽織った。


 二人が無事なところを確認出来さえすればそれでいい。


 明日になれば会えるというのに。不安は膨れあがるばかりで、夜明けを待つ余裕すら今の彼女にはないようだった。


 彼女は少女が夜更けに歩き回るという事の危険さえも失念し、マンションを後にした。


 この季節には不自然な寒さ故か、暗闇故か、それとも不安故か。自転車を走らせる清藍の足は自然と早くなり、結構な速度を出しながら、記憶を頼りに二人が戸上の家へ急ぐ。


 そして、程なくたどり着いた場所で見た光景は、彼女の不安を更にあおるものだった。


 深夜だというのに開け放たれた門。煌々(こうこう)と灯された明かり。出入りする住人らしき人々。


 まさか、という思いが増大する。


 彼女の顔色は蒼白そうはくになりつつあった。


 出入りする人々は互いに何事か話し合っている。


 不安が頂点に達した清藍は、近くの人を捕まえ何かあったのか問い掛けた。


 家人は清藍の出現に戸惑った様子だったが、彼女が二人のクラスメイトである事を告げるとあっさりそれを信用し気安げに答えた。


 それによると、二人は今日の夕方から姿が見えない事。学校の裏山に向かうという書き置きがあった事。学校の裏山には彼ら一族の所有する土地があり、二人はそこへ行っただけで、その場所への見回りは彼らの仕事のようなもので心配はいらないというような事を教えられた。


 半分安心し、半分残った不安を抱えながら、とりあえず彼女は帰途についた。


        ☆


 社が破壊され、何人もの術者の手により強化を施された封印がすべて吹き飛ばされた後、目の前に浮かび上がってきたのは、直径二メートルはあろうかという水で出来た巨大な顔。


 濁った水で形成されたそれは、地上五メートルの空中で制止し、二人を見下ろした。


「久しぶり、か……」


 一分の隙もなく剣を構え、それを見上げる青年がつぶやく。


「今度こそ引導を渡してやる……」


 それに答えるように黒髪の女性も、いつでも術を放てる体勢で仇敵きゅうてきを睨み付けていた。


 その全てが水で構成され、機能しているかどうかさえ不明な大きな瞳は、二人を捉えて離さない。


 幾重にも施された封印の残滓ざんしが、彼女を取り囲み色のないおりのように彼女を取り囲んでいる。封印の意思を破壊されたそれらは、破壊した女性をさいなむ様にうごめいていたが、無造作に振り上げた女性の左手に吸収されて消えた。


 陸はその力の流れを感じ閉口する。他者の力を吸収して自分の力に変換するなど、通常の術者じゅつしゃの出来る事ではない。


 デスマスクを連想させるその顔には、冷ややかな目で二人を見下ろした。


“いつぞやの小僧たちか……”


 声は二人の頭の中に響いた。目の前の顔はどんな動きも見せていない。池から切り離し、空中に浮遊してもなお対流しているらしく、その表面は刻々と色を変え、様々な模様を浮き出させていた。


“今度こそお前たちをひねり潰し、我は自由を取り戻す”


 禍つ神とは言えどかつては神として崇められていた存在だった。それにしてみれば、人間如きに今こうして拘束されていたこと自体が屈辱な筈である。彼らを対等の存在として見ていない事からもそれは伺えた。


「「させるかっ!!」」


 二人は同時にえた。そしてその怒声どせいが戦いの始まりを告げた。


 足が濡れるのもいとわずに陸が油断なく池に足を進める。その間に日上は剣の鋭さを増す術を発動した。陸の透明な刀身に淡い輝きがともる。


 それを待ち構えていたように、陸は走った。剣を下段に構え”顔”へ向かって切り上げる。剣圧か、刀身に掛けられた術故か、刀身が触れた池の水がそこから左右に分かれ、傷のような物ができた。


 切り上げられた”顔”はすぐに元に戻った。が、効果がない訳ではないようだ。


 元々魔力で創り出された剣だからか、それは敵の魔力を削るようだ。僅かに、”顔”から放たれる力とも言うべき何かが薄れる。


「……水の御神にこいねがう」


 陸がそれに斬りつけている間に、日上は術を一つ練り上げていた。彼女の左頬の紋章が鈍く光っている。


 短い気合いの声を発しながら繰り出されたそれは、彼女の前の水を凍らせ、氷柱を作り出しながら真っ直ぐに突き進んだ。


 絶妙なタイミングで氷柱の影響圏内から逃れた陸の脇をすり抜け、池から生えた何本もの氷柱は”顔”を串刺しにした。


「蒼き雷、我が呼びかけに答えたまえ」


 小さい呟きはすぐに轟音にかき消された。


 間髪おかずに晴天の夜空からその氷柱を目掛け雷が落ちて来た。氷柱は避雷針の如く雷を吸収し、それを直に”顔”に伝えた。氷柱が雷の一撃を受け、衝撃と熱で溶けながら崩壊する。


 最初から全開の攻撃だった。長引けばそれだけ自分たちが不利になる事を二人は良く知っていた。この池で戦う限り、池から魔力を取り出せる敵の方が、明らかに有利なのだ。


 日上の手から新たな術が繰り出される。


 四方の陰から木々の陰が延び、意識ある刃となって半ば凍り、半ば蒸発している敵に襲いかかる。


 陸は敵の意識がその刃に向けられた隙を狙って、崩壊しつつある氷柱を驚くべき脚力で駆け上がる。氷柱を足掛かりにし、”顔”より高く跳ね上がった彼は、落下の勢いを殺す事なく、未だに陰にその身を削られ続ける敵に向かって剣を振り下ろした。


  氷よりも硬い何かが砕け散る音が響く。


 凍り付いた池の端に着地し、青年は構えを解かぬまま様子を伺う。今の攻撃がどれくらい利いたのか確認するために。効果の程によっては、連携を変えなければいけない。少女も次の術の構成を考えながら静かに待っていた。


 水を凍らすほどの冷気とその後の落雷という急激な変化により、周囲は極端に気温が低下し、落雷の中心点辺りからはむっとするような霧が発生していた。白い霧に阻まれて、二人は敵の状態を良く知ることが出来ない。しかし致命傷に至っていない事は判っていた。


 やがて、二人にとって永遠とも等しい刹那が過ぎ、目の前に再び姿を現せたそれは……、攻撃を開始する以前と全く変わらない魔力の気配を漂わせてそこにあった。


「嘘だろう……?あのタイミングで回復する余裕があるのか?」


 苦しげに呻いたのは青年の方だ。


”愚かな……。この森はわれの領域”


 その声は嘲りの響きを多分に含んでいた。


 つまり供給源は池だけでなく森全体ということなのか。


 ”顔”はこの森のどこから魔力の供給を受けているのだろう。それが判らなければ二人の勝機は見えないように思える。そして、戦いながらそれを見抜くのは至難の業だった。


 魔力の蠢く気配がした刹那、池の水嵩みずかさが見る見る増し、まるで津波のように波打ち、二人を飲み込んだ。


 魔力を含む重い水の圧力に揉まれ、あり得ない程の深みにさらわれていく。


 池は最も深い場所で腰が浸かる程の水深の筈で、長身の二人が足が付かぬ程の深さなど存在しない筈だ。


 冷たさと息苦しさに思うように身動き出来ず、陸が意識をなくし掛けた時--僅か数十秒のことだったが--陸の足下に足場らしきものが出現し、見る見る彼を押し上げていく。


「げほっ」


 水面にあがった直後、飲み込んだ水を吐き出し、青年は辺りを伺った。


 彼の足下には氷の柱。その右後ろで同じ様に氷柱の上で、苦しげに呼吸する女性に目を留め、彼を水面に引き上げたのが彼女の氷の術である事に気が付いた。


 感謝の言葉を述べる時間すらなく、水の禍つ神から第二陣の攻撃が放たれる。


 風を切って飛来する、人の腕程もある氷刃を垂直に飛んで避け、陸はその氷刃を足がかりに再び前方に飛ぶ。同時に背後の少女の術が発動し、青年の剣に重力の力が宿る。持つ者には変化がないが、それを食らう者には数十倍の重さとなる。


「はぁっっ!!」


 気合いと共に降り抜く。鋭さを増した剣に、更に重さを乗せ叩き付けられた”顔”に追い打ちとばかりに、熱のない月の光が刃となって降り注ぐ。


 たん、と身も軽く再び氷柱の上に降り立った陸は、援護の術を放つ女性と共に絶望的な眼差しで、先程と変わりない魔力を湛えた敵を見上げた。

H30-09-03 投稿時にルビ振り済み。

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