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7.縁(えにし)浅からぬモノ

 今年の春にこちらに戻って来てから集めてきた情報を反芻(はんすう)して、(とおる)は考えを巡らす。今日あった一連の騒動も加味して考察を練らなければいけないかもしれない。


 本来こういった事実関係の検証は苦手な性質(たち)ではあったが、だからと言って全くしないでいいというものでもない。


 戸上当主の絢乃からも考えなしで突っ走り、味方に迷惑をかけることが多いと叱責されている。


 特に今回は天秤に掛かっているのは自分達の命だけではないのだから。


 討伐に失敗し、更に封印さえも失敗すれば現状は今より悪くなる。現状は、清藍(せいらん)水上(みかみ)一族が全ての呪詛(じゅそ)を肩代わりしているだけで、本来はこの街全体に流出される筈のものなのだから。


 光の属性を得意とする日上(ひかみ)一族は、闇の(けが)れに敏感だ。それは、その関係が相克(そうこく)であるからであり、傍系の中では特に宗家からの信頼が厚い理由もそこにある。


 呪詛に対する守護やその解除にも長けており、術者は全て討伐前にはこの守護を用意し持参していく。


 自身で編み上げる者も少なくなかったが、それ以外の者は編み上げた物を譲ってもらうのだ。特に日上の者が編んだものは質が良く、ついでに闇への防御術式が編まれていることが多い。


 今はほぼ絢乃(あやの)(こしら)えている。自身が育てた孫のような存在を思い、編み上げるそれは、日上製を上回る最大の護符となって彼らを守るのだ。


 というのも、今回のような神と見紛(みまが)うほどの力をつけた怪を――彼の怪はここ百年以上この土地を守護している。文字通り神と(まつ)ってなんら差し支えない――討伐するとなれば、その際四散する呪力は半端なものではない。


 そして、それらは得てして最後に止めを刺したものへ向けられることが多かった。更に力あるモノであれば受けた者を中心にその地域全体に拡散する。


 神を殺すと言う事は、神の力を込めた最後の一撃を被ると言う事だった。


 呪詛は神の怒りそのもので、受けた人間が例え生き残っても確実にその命を削り取るものだ。


 それが人間に害をなす神であったとしても、人々の生活を守る為の神殺しであったとしても変わらず、神を殺したものへ平等に降りかかる。


 呪詛除けは、それを避けるために術者たちが古くから編んできたもので、その歴史も古い。術者を説きにその家族をも守るため幾重にも施され、改良され続けてきたが、今回ばかりは通じるかどうかは疑問が残る。


 そこまで考えて、徹はぎりりと奥歯を噛み締めた。


(なのに、藍良の骸を守護の強化に使っただけではなく、その魂さえもこの地に縛り付け、それでも抑え切れず溢れてくる呪詛を何の罪もない清藍(いもうと)に肩代わりさせるなんて)


 誰かが言った声が再び頭の中を木霊(こだま)する。


 この討伐が失敗に終われば、お山の神は自由を取り戻し、山から災厄が流れ出す。力の減退した表の神職どもでは到底抑えられるものではない。


 今の不完全な封印でさえ、いくつもの命と引き換えに成されたものだというのに。


 その代償を払わされたのは主に水上(みかみ)の家の者達。もはやこの土地の水上の生き残りは清藍一人だ。陸が聞き出してきた事故などの犠牲者の殆どが、水上の家に連なる者でその中に清藍の養夫婦も含まれていた。


 その殆どが、戸上家の者も確認できない程、力の薄まった者達であったため、身を守るための呪詛除けを編むことすらできず、死の理由も知らずにその命を散らしていったのだ。


 犠牲の上に成り立つ平和など、価値があるのだろうか。


 この犠牲を戸上の者は当主以外誰も知らなかった。


 抑えきれなくなったかの神を、命と引き換えに最初の封印を施したのは藍良だ。では、藍良の骸と清藍を使った一連の封印を行った人物は?その後の犠牲は副次的なものと考えても、そんな大掛かりな術を行使できる人間はそういるものではない。


 それだけがいくら調べても何の手がかりも見つからず今に至っている。


 徹は底の知れない悪意を感じずにはいられなかった。水の属を持つものに対する異常なまでの憎悪。このまま時が過ぎれは清藍も呪詛に蝕まれて力尽きるだろう。


 そのときこそがこの悪意の主の思いが成就する時なのだとしたら?


 何のために?術者の力を削ぐためならば宗家当主を狙うのが筋ではないのか。しかし、藍良はその時既に次期当主候補の一人だった。狙い目としてそう的外れと言うわけでもない。


 陸は深い闇を睨む様に見上げた。その視線の先は、存在すら判じない何かへ向けられていた。


           ☆


「奴を手に入れたいとか変な欲は出すなよ?」


 山道を注意深く登りながら、不意に(りく)が彼女に語りかけた。それは忠告。


 その言葉にぎくりとなる。味方に引き入れることが出来れば……。はっきりとではないが、それを望んでいたのは確かだった。しかし、それは五分五分以下の勝率を更に下げるであろう事は判っていた。


「邪気に染まっていても奴は元々このお山の主だ。百年以上ここを守ってきた神に等しい存在だぜ。いくら希代の術者とは言っても二十歳ソコソコの年しか生きていない若造(おまえ)には手に余るだろう?」


 その通りだ。未熟さは何より自分が痛感している。


「……わかっている。生きて帰らなれば意味はない。確かに手に入れたい誘惑に駆られているが……」


 思いのほか素直に今の気持ちを白状した。神を殺す事も忍びなかったが、あれを味方に引き入れることができれば、回復の力を手に入れることが出来る。そんな存在を消し去ってしまうのは惜しかった。しかし、現在の自分の戦力では倒すだけで精一杯だろう。強大な敵を相手に、攻撃を避けつつ解呪を行うなど、無謀としか言えなかった。しかも解呪は彼女には不得意な分野だ。


 本来、太陽の力に由来する筈の日上一族であったが、彼女が主に行使するのは、闇属性と氷属性、変化術だ。変化術とは、身体能力の向上や属性変更など防御、支援系が主であるが、体力の変換吸収といった珍しいものもあった。


 闇属性と氷属性は、対象から光と熱を奪い去る事に、そして変化術は月の光に由来している。


 その答えに陸はほんの少し頬を緩めた。


「ならいい。神殺しの名は俺が背負ってやる」


 前を見詰め先を急ぐことに専念していた彼女が勢いよく振り返った。強い眼差しが整端な横顔を映す。


「駄目だ。そんな事はさせられない。これはもともと私の我が侭だ。呪詛は私が被る」


「これは譲れん。呪詛除けの術に関しては俺の方が上だろ?」


 呪詛除けこそ日上家の本領であるというのに、彼女が今持つ呪詛除けは絢乃が作ったものだった。


 陸の持つそれは陸が長く創意工夫をして作り上げたもので、彼の性質と上手く絡み合い一層強固なものに仕上がっている。結果、今までもとどめは彼が刺すことが多かった。


 その事に彼女は密かに心を痛めていたのだ。共に戦っているというのに自分だけが安全な所で守られているような気がして……。


 呪詛除けのような細かい制約の多い、制御の難しい術は彼女はどちらかというと苦手だった。彼女は派手で細かい制御のいらない大がかりな術を好み、またそれを行使するに足る強大な力を有していた。反対に陸は精密な計算の元、複雑な呪式を編み込むような術を得意としていた。


 更に何かを言いかけた彼女を制し、彼は微笑んだ。


「大丈夫だ、俺の力を信じてくれ」


 勿論信じている。そうでなければ背中を預ける事なんて出来はしない。だから、今回もまた頷いてしまう。


「……判った。だがもし避けきれなかった時は解除には力を貸す。それくらいはやらせてくれるだろう?」


「ああ、頼りにしているよ」


 二人は微笑み会う。それは修羅場をくぐって来た歴戦の戦士の笑み。


 そうして向かう先には、強い水の香り……。目的の場所はもうすぐそこだった。


          ☆


  密集する木々が僅かに開け、満月に近い月を臨めるその場所からは強い水の気が立ち上っていた。


 小さな水音。たたみ三畳ほどの場所からは湧き水が小さな池を形成し、池の最も低い所から小さな清流が始まっている。その池の四方には大きな岩が置かれ細い注連縄(しめなわ)が渡されていた。苔生した岩肌には白い札のような紙が張り付いている。


 何かが祀られているのは間違いないだろう。小川のちょうど反対側に小さな社があった。


 社の裏には太い杉の木が二本、社を守るように立ちその間にも注連縄が結ばれている。


 二人は小川の左右に立ち、その社を無言で見詰めた。


 二人の目にはその社から立ち上る禍々しい邪気が映っている。


 その禍々しさ故にこの山の神は社に閉じ込められ、他に害をもたらさないよう細心の注意を払って幾重もの封印が施された。だがその封印が十分でなかったのか、神の力が強過ぎたのか、その災いを完全に遮断することは出来なかった。


 神を社に閉じ込める事に成功した者の血筋に連なる者が、その呪いを受けてしまったのだ。何故閉じ込めた者が呪いを受けなかったのか?答えは簡単だった。その者は既にこの世にいないからだ。


 彼女たちの良き理解者にして、清藍の年の離れた姉であった女性、藍良が今ここに立つ二人と共に神殺しを行う為にここに訪れたのはもう七年も前のことだ。


 既に一族の中でその才能を現していた陸と、当主の後継候補の一人として宗家に引き取られたばかりの彼女が初めて組んだ仕事であり、最初で最後の失敗でもあった。


 深手を負い、怒り狂う敵を前に、力尽きて座り込む二人を救うために、彼女は自分の命を費やしてそれを社に封じ込めた。止める間もなかった。最後に彼女が二人に願ったのは自分以外肉親のいない年の離れた妹の事。


『妹をお願いね……』


 二人は命が失われ、冷たくなっていく彼女の(からだ)を抱き締めながら、彼女の遺言を守る事を約束した。しかし、結局は二人は本家に呼び戻され、清藍はどこかに養子にし出され、約束は果たされないまま今に至っていた。


 再会はまるで仕組まれたかのように、運命的だった。(まが)つ神の住む山の麓に建てられた大学に入学して来たのは、その影響を探るため。まさか彼女までがその呪詛逸らしの贄になっていようとは。


 禍つ神の呪いを一身に受けつつも、姉譲りの強さが彼女を支えていた。


 その呪いは本人でなく、最初は彼女の心を許した人間へ向けられるもので、彼女を可愛がってくれた養父母もその後の唯一の理解者だった恋人も亡くし、それでも狂うことすら出来ず彼女は孤独の中で生きていた。


 もっと早くここに来るべきだった。二人は彼女を見つけた時に思った。それでも間に合った。傷ついた彼女の心は静寂の中で沈黙の血を流し続けていたが、それでも生きていてくれた。


 彼女を孤独なままにはさせない、これからは。だから、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。たとえ呪いを解いても彼女を一人にしてしまったら何の意味もない。彼女は孤独を癒してくれる相手を欲しているのだから。


 二人は顔を見合わせた。どちらかともなく頷き合うと、陸は左の掌を天へ向け 、彼女は右掌を外に向けて額の上に翳す。


 陸の掌に、彼女の左頬に文様が浮き出した。両者とも最初は薄い紫に見えていたが、青年のは紫、少女は黒に変化した。二人が意識を集中するにつれ徐々に濃く浮き出していく。


 変化は陸の掌に先に現れた。掌の上の空間がぼんやりと光り出したかと思うと、あろう事かそこから細身の剣が生えて来たのだ。剣は切っ先から現れ、ものの数秒で全身を現した。


 刀身はどんな素材で出来ているのか透明。だが触れるだけで切れそうな程に研ぎ澄まされている。握りやすそうな束は銀。全長は一メートル程だ。全体に細身で優美な印象を受ける。


 陸は右手で束を掴むと慣れた動作で一降りし、彼女を庇うように一歩前に進み出て構えた。


 それを見計らうように彼女は呼吸を止め、極限まで高め凝縮し右手に凝った力を解放した。狙うは目の前の社……。


 音もなく、光もなく、ただ純粋な力のみのそれは、狙い違わず社にぶち当たり、社とその辺り一帯に施された封印を吹き飛ばした。

 何か今回はいつにもまして文がしつこい気がする。読めない字もたくさんあるかもしれませんね。

 ルビと訂正は明日以降にさせていただきます。さーせん


H30-9-01 ルビ・訂正行いました。

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