12.未来への願い
遅くなりましたが、エピローグを追加いたします。
「水の花」は最初は水の巫女という意味でタイトルに入れたのですが分かりにくいので実際に登場させることにしました。
そのせいで花が取って付けたように登場してしまいました。これで少しは印象が変わるといいのですが。
注釈:
大麻=神社で神主がお祓いをするときに使う不思議な紙のついた棒
意味がわからなかったのでネットで調べました。今はネットでなんでも調べられるので便利ですね。
昔は国語辞典で字を調べながら小説を読んでいましたがそんな必要もなくなってしまいました。
「お山の怪談と水の花」これにて本当の終幕です。読んでいただいた方本当にありがとうございました(*´∇`*)
風がその薄青い花びらを優しく撫でている。優しい愛撫に微笑むように、その葉を広げ木々の間から漏れて零れる光を浴びている。
池の水は澄み底までも見通せた。風で水面が揺れている。
その傍でご神体を納めるための新しい石造りの祠を運んでくる人足の姿が見える。
地崩れを起こしたばかりの軟らかい地盤では、重機などの進入は難しく、また山に至る道も自動車などが走行できるほどの広さはなく、昔どおり人の手で運んで来るしかなかったのだ。
ゆっくりと神様の住むという池を迂回する形で奥へ運ばれていく。
それを見守るように名もなき小さな花は静かにその風に身を任せている。
池から少し離れ祠の設置を邪魔しない場所に、折りたたみ式の椅子に腰掛ける老婆は、その腕に紫色の生地に金糸で刺繍のされた十数センチほどの細長い包みを大事そうに抱えている。
隣に同じように腰掛けているのは、白装束の老人。手に大麻を持っていることからも神主であろうことは見た目で判るが、髪も顎鬚も真っ白で間違っても夜中に出会いたくない出で立ちだ。
戸上の家の者はその老婆以外にはいるのは陸のみだ。
水上一族に被害が及んでなお、水の御神に対して無関心だった宗家一族は、その呪いが解かれたことにすらやはり興味がないようだった。
また一つ、自らの両親に失望しながら、陸はただ静かに粛々と進められる入魂の儀式を見詰めている。
そのことに心を痛めはいても相方に何もしてやれないことに、自らの心を痛めるのはその相方たる青年。
「あれだよな、水の神様もどうぜなら婆様じゃなくて、せいらにだっこして欲しいよな」
周りに聞こえないように二人に聞こえるだけの小さな声で言って一人笑い声をかみ殺す。
「……確かにな。恩名を賜ったのはせいらだけだし」
固い声で応じる相方に、徹は呆れたような眼差しを向ける。
「そういう意味じゃねぇっての」
「ん?……じゃあどういう意味なんだ?」
見返す徹の表情はそれ以外に何があるのかと本気で考えている顔だ。
隣に立つ清藍に助けを求めて視線を投げるが、清藍はそれと知っていて無視している。
こと話に自分が関わっているのでなんとなく答えずらいのだろう。
やがて祠の設置が終わり絢乃が清藍を呼んだ。
「清藍さん、こっちに」
老齢とはいえその佇まいは凛としている。腰は確かに少し紛っていたが、しっかりした足取りで清藍とともに池を迂回して祠の方へ歩いて行く。
顔の皺にしても勿論ないわけではないが、その肌は色艶が良く頬にはわずかに赤みも差している。薄く紅を差しただけの簡素な化粧のその面は若い時にはさぞかし美しかったであろう事が窺えた。
祠へ歩く絢乃と清藍を含む面々を見送りながら遠巻きに立つ徹と陸。
「婆ちゃんって若い時きっと美人だったよな……」
「……僕も子供時代ん時そう思ったよ。今より大分若かったし。皺なんて殆どなかった。化粧あんまりしないから派手な外見にはならないけど」
「まあ、お前そっくりだしな、ばあちゃんに」
「それ、褒めてる?貶してる?」
女顔であることを気にしているらしい相方には、いくら美人とはいえ女性に似てると言われるのはなんとなく嫌なのかもしれない。
「顔が綺麗なのはいいことだろ?」
「そうかな……。結構困る……ていうか、たまに男にナンパされるし」
「あ~、そういや何回かあったな。でも今なら大丈夫だろ。流石にそんなに背が高い女子そうそういないし」
「………」
不意に黙り込んだ相方に、徹は目線を前方の神事から隣へ向ける。
「もしかして……」
「春先はおかしいのが増えるしね……」
誤魔化すように胸ポケットにしまっていた眼鏡をカチャリと掛けほんの短い間目を伏せた。
「なむ……」
前方では絢乃から紫の包みを渡された清藍が、その包みを解き中のモノを祠の中に納めるところだった。
「これで少しでも水の御神と藍良が安らぐといいな……」
「そうだね、本当に。それが何よりの願いだよ」
それは、二人の心からの願いだった――。
願に応じるように花が揺れる。池のほとりに咲く可憐な花。よく見ると思ってたその花は一輪ではなく、周辺にいくつか同じ色の花が咲いている。きっと山崩れが起こる前は群生していたのだろう。
暗闇の中に山に上っていたせいで、彼らは気づくことかできなかっただけなのだろう。
陸はその花を見て、藍良を思い出した――。
☆
新しい祠の設置は終わり、陸は皆と別れて一人歩いている。
清藍を送ると言う徹に、別に二人に気を使ったわけでもなく、ただ一人で行きたい場所があったからだ。
手には近くのホームセンターの袋を下げて初夏の夕べを歩く。今日はまだ涼しい方だったので、急な坂道を登るにしても楽な方だ。
一息付くために立ち止まれば西に沈み行く太陽を目にすることができた。
新しい祠の設置は、午後一からの開始で、儀式も含め三時頃には全て終了していたが、あるものを探すためにあちこち探し回ったためこの場所に来るのが遅くなってしまった。
ゆっくりと急な登り坂を歩く。市街地の中心部にあるこの丘は春には桜の名所として有名で、四月の上旬には出店も出るような大きな桜祭りがある。
その祭りの際には沢山の人手でごった返し花見をする場所も見付からない程だがいまは、散歩に来た老夫婦や裏手にある大きな公園に向かう子供連れが数組いるくらいだ。
坂を上りきると常設の売店がありそこでアイスや飲み物、ちょっとした食事をが売っている。
年の離れた姉弟なのか若い母親の親子か、かつての自分達を彷彿とさせる組み合わせの女性と男の子とすれ違う。
ほんの少しだけその二人を目で追って、陸は口元に微笑みを浮かべた。
大切な人の面影が脳裏を掠める。
陸は目的地にたどり着くと、持って来たホームセンターの袋から移植ごてを取り出した。
公園のすみに隠れるように設置された墓標を中心に三ヶ所穴を掘る。
そしてそれぞれその穴に薄青いすみれの花を植えていく。
池のほとりに咲いていたあの花にできるだけ似ている花を探して来たつもりだった。
それが終わると更に袋から水のペットボトルを出し、移植ごての背の部分を使い水を分散しながら三つの花たちに掛けていく。
最後にもう一度花の回りを移植ごてで叩いて花の回りをの地面を固めた。
すべての作業を終えると、陸は手を叩いて汚れを払いスコップと空のペットボトルをホームセンターの袋に戻した。
そのまましばらく花の植えられた墓標を眺める。
太陽は西の空にその体を沈め始めていた。
「藍良……貴女は望んでないかも知れない。……でも、僕は貴女にまた会いたいんだ」
例え結ばれることがなくても、触れることすら叶わないかも知れなくても、もう一度……貴女の声を聞きたい。
「貴女の魂を輪廻の輪に戻すから……」
言えなかった一言を伝えるためだけに貴女に会いたい。
――愛しています、と。




