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文学部といっても色々な部活がある。
演劇部やブラスバンド部などはその中でも体育会系に寄っている部活だろう。こういった部活の見学は練習の邪魔になる可能性や入部が前提となっているイメージがあるので今回の目的では見学しにくい。
見学するのであれば見学者を簡単に見逃してくれる部活がいい。
彼がいなければ入部する意味はない。見つけるまで入部をほのめかすようなことはしたくなかった。
考えた結果、文芸部を見学することにした。部室の場所は図書室。
図書室は棟の階一つ占有するぐらい大きく、一つの部が部室として使うには大きすぎる部屋。
文芸部の活動は知らないが、これほど大きな部屋を使っているのであれば立派な部活なのであろう。
しかし、放課後の図書室はあまり訪れたことはないがここまで静かなものなのだろうか。
遠くの運動場からかすかに声が聞こえるが、図書室前の廊下は部屋の中で部活動を行っているとは思えないほど静かだった。
それは図書室の中に入っても同じだった。何しろ人が一人も見えない。
本棚の間など図書室内を隅々まで歩いたが結果は同じ。
活動中のはずの文芸部の姿を見つけることはできなかった。
「部室間違ったかな?」
部の紹介では確かに図書室と記載されていたと思っていたが……。
もしかしたら今日は部活動は休みなのかもしれない。部活のポスターをもっとよく確認して活動日を調べておけばよかった。
「なにかご用でしょうか?」
「ひぃ!?」
誰もいないはずの図書室で声をかけられた。あまりの唐突さに心臓が止まるところだった。
「……あれ?」
あたりを見渡しても人はいない。
「あの? どうしました?」
声の出どころは出用のカウンター内のようだった。
近づいてよく見ると返却日を記載している黒板の裏に隠れて一人女の子が座っていた。
小柄すぎて今まで視界から完全に隠れてしまっていたようだ。
下手したら小学生にも見えるような外見は、小動物のようでかわいい。
図書委員なのだろうか。なぜかエプロンを着用している。
普段から図書室にいる図書委員であれば文芸部について知ってるかもしれない。
「ここって文芸部の部室であってる?」
「はい、文芸部の部室は図書室です」
間違ってはいなかったようだ。
しかし間違っていなかったところで誰もいないのでは見学しに来た意味はなかった。
「文芸部に、なにかご用でしょうか?」
「ご用というほどじゃないんだけど、部活を見学しようと思ってたんだけど」
「そうなんですか!」
なぜか喜んでる図書委員。
「誰もいないみたいでさ、もしかして今日は文芸部休みだったりする?」
「文芸部は毎週平日は毎日活動していますよ」
「誰もいないのに?」
「いえ、私が文芸部です。ほかの人は来ていません」
一人しかいないのか。
「文芸部は、普段から人が少ないんです」
この文芸部は「部活に入っていない」というレッテルから逃れるだけの幽霊部員が集う部活のようだ。
身に覚えがあるだけに実際に活動している側を見ると罪悪感が込み上げてくる。
部室が図書室ということは専用の部室が用意されてないということでもある。つまり昔から活発な活動はしていないのであろう。
「見学者なんて今まで見たことありませんでしたので、驚きました」
人をレアキャラみたいに言わないでほしい。
しかし俺も普段文芸部に見学に来ようと思ったことはない。もしかしたらレアキャラなのかもしれない。
「なんであなたは一人で図書室いるの?」
「わ、私は図書委員なので、貸出の担当もしてるんです」
部活動のついでに委員会の活動も押し付けられているのか。
きっと頼まれると断れないような性格なのだろう。
彼女以外の図書委員も見当たらないことを考えると、彼女の将来が心配である。
「……将来詐欺にあわないよう気を付けてね」
「はい? 気を付けます?」
そろそろ本題に入る。
彼はまだ校舎に残っているのに図書室にいないため、文芸部である可能性は低いのだが念のため確認しておこう。
「文芸部って男子いる?」
「え? わかりません。私以外の部員を見たことはないので」
「……そう」
少ないどころか、ほかの部員すら見たことなかった。それで部活動といえるのだろうか。
「わかった。ありがとね」
確定ではないが、文芸部は候補から外してもよさそうだ。
まだ放課後が始まって1時間も経っていない。今ならまだ他の部活にいく余裕がある。
「あの、見学しないんですか?」
「え?」
しまった。
文芸部にも見学をしたい旨を伝えてしまっていた。
既に見学する気はないが、何やら期待している目で見られている。断りづらい。
簡単に出ていけると思っていため断り方も考えてない。
かわいい子からのお誘いだ。「見学する意味ないから」と断るのはさすがに忍びない。
後ぐされない断るのは難しいがとりあえず活動内容を聞いて理由を考えよう。
「文芸部って具体的に何やってるの?」
「やってること……ですか?」
軽い質問だったが、相手にとってはそうでもなさそうだ。
考えているようだがなかなか回答は帰ってこない。
「そ、そうですね……放課後に本を読んだり、とか……」
「それって文芸部入らないでよくない?」
「……図書だより、作ったりとか」
「発行してるの図書委員って書いてたけど?」
「……本の貸出手続きとか」
「それも図書委員の仕事じゃない?」
「えーっと……」
(もうないのか……)
簡単に断れそうだった。
しかしカウンターに俯いて沈黙している様子を見ていると、こちらが責めているようでかわいそうな気がしてきた。
こちらは部活に入っていない暇人なのだ。仮入部ぐらいはしてあげてもいいのかもしれない。
活動内容が少ないのであれば負担になることもない。
いや、本来の目的を見失ってはいけない。
彼と同じ部活に入らなければ部活動に意味はない。
ここは「入部する気はないから見学しない」と強気に断るべきだ。
「ほ、ほかの部も見学したいから!」
強気に断ることはできなかった。
どうもこの子の顔を見ると正面から断るのは悪い気がしてくる。
「だ……ダメですか……?」
「うっ……」
上目遣いは卑怯ではないだろうか。
「また明日来るから!」
問題を先延ばしにしてしまった。これ以上滞在すると意思が引きずられかねない。
俺は誤魔化すために急いで図書室から逃げ出した。