第四話「イノリ」
二度寝から覚めても、まだそこに居るし。
正確には、二度寝なんてできなかったけどね。
耳元で魔女っ子が五月蝿かったからな。
そう、ここは俺の自室でもベットの上でもない。
AIは、俺の持ち込んだ“ドキドキぱらだいす 私立 魔導聖女学園”を解析したのだ。
そして、その情報を利用し、自身を魔導少女イノリちゃんの立体映像で再現していた。
『では、アナタは第七エリアを占拠している妖魔達と、一切、関係のない存在なのですね』
魔導少女イノリちゃんの声優の声だ。
こんな状況だが、少し感動してしまう。
正直、ゲームはまだやっていないので、キャラクターの性格や口調などは詳しくは知らない。
でも、この作品を買おうと思ったのは、俺が気に入ってる声優がイノリちゃんの声をあてている――そんな理由もあったからだった。
まあ、だからといって、さっきの調子で喋られるとさすがにウザい。口調は普通に戻してしてもらっている。
立体映像の体は俺の周囲を漂い、キラキラしたエフェクトが軌跡を描いていた。
ショートで水色の髪型。
その髪に付けた、でっかいリボンを後ろになびかせ、ヒラヒラさせている。
目の前でヒラヒラしているので思わず手を伸ばして掴んでみるが、手応え無く、手がそのまま空を切った。
「……さっきから何度も言ってるけど……違うよ。
俺もなぜ、ここにいるのかまったくわからないからね……ここが何処なのかもわからない……。
ほんと……勘弁してほしいよ……」
『そうですか……』
俺の顔前に、自分の顔を近づけるAI。
イノリちゃんの顔は、少し考え込む表情になった。
――すごい。
二次を三次にしているが、違和感はない。
まるっと女子だ。
それに、こんな息のかかりそうな距離まで女子に近づかれたのは久しぶりすぎる。ドキドキが止まらない。
『ここは、世界変容災害人類避難用宇宙船ノアです。
この船はラグランジュポイントにて、地上の魔素が減少するまでの間、コールドスリープにて人類を避難させる施設です』
「避難用宇宙船?? ラグラん? マソ?
えっ、地球ってなんかヤバい状態なの?」
ちょっと、何を言ってるのかよくわからない。
ファルシがパージでどうのとか言われてる気分だ。
『地球――この惑星は、ガイアと呼ばれています。
そのガイア軌道上にて、地上を観測している人工衛星を使い、惑星の状態を観察していますが……
現在魔素は人類が生存可能な範囲内の濃度であることが判明しています。
地上には亜人を含めた魔素に適応した人類が繁栄しており、文明は一度、崩壊してしまったものの、再び築きあげられ繁栄している、といった状況ですね。
そういったことから、アナタの言っている「ヤバい状態」ではありません』
マジか――。
わからないところも多いが、わかる部分だけでも衝撃的な内容だ。「ここは地球だったのかーっ!?」ってクライマックスに最初っからたどりついた気分である。
俺はAIに疑問をぶつけ、それに、一つ一つ答えてもらうことにした。
完璧には無理だが、少しでも状況を理解したい。
そしてある程度、質疑応答を繰り返すと、俺は十分とは言えない状況だが、手に入れた情報を頭の中で噛み砕いていった。
にわかには信じられないが、一万五千年前に、人類は一度滅亡したらしい。
最初、世界には超能力者や異能の力をもった者が現れ始めた。
そんな状況で、エルフやドワーフなどの亜人が取り替え子で生まれ始め、加えてドラゴンや精霊が各地で確認されるなどの異変が世界で頻発した。
そして、ある日。
世界各地で何処からともなく魔素が溢れ始め、大地は汚染され始めた。
汚染された地域からはさらに妖魔が産まれ、世界は混沌に。
地震、津波、超自然現象も追い打ちをかけるように人類を襲い、その影響で自然環境や地形なども変わってしまったらしい。
国家や科学文明は滅び去り、魔素に適応したわずかな者達がコミュニティを作るのみ。
一万五千年前に、元の人類は地上から消え去ったという。
文明が滅びる前、宇宙に逃げ出ていたこの船は、魔素がなくなるまで生き残った人類を乗せコールドスリープに入ったのだった……。
それから、約一万五千年の時が過ぎ現在。
正直、話を聞いた後も信じることができない。
誰かが「どっきりでした~!」と、でてきてくれることを期待してしまう。
「なんで……まさか未来って……」
どうしてここに居るのか、さっぱりわからない。
苦情を受付けてくれる窓口はないし、サポートセンターもないようだ。
頼れるのは、目の前の、魔法少女の格好をしたAIしかいなかった。
『ワタシたちは、地上の妖魔より隠れるため、魔力結界を展開していました。
しかし先日の、大規模な太陽フレアにより発生した磁気嵐を結界に受け、綻びが生じ、その隙に妖魔の侵入を許してしまったのです。
おそらく、その際、使用された転移魔法に影響され、アナタはこの場所へ召還されたのかと――』
そんなのどうしようもないじゃない。
どうしたらいいのかも分からないし、俺はただただ、途方に暮れるしかないじゃない。
やり場のない様々な感情を抱え、硬い床へ仰向けに倒れ込んだ。
どうしろってんだよ――。
このまま俺は、ここで死ぬのだろうか。
餓死かな――なんて思う。
母さんたち、どうなったんだろ――
まず、母親の顔を思い浮かべるあたり、俺はマザコンか?
いや、思い浮かべられるのがそれぐらいしかないほど、今の俺は人間関係が希薄なのだ。
それに、こんなことになる前日。
母親が幼馴染みが結婚したことを、いちいち電話で報告してきたのだ。
しかも遠回しに、いろいろ探りを入れてくるのがウザかったのを覚えている。
俺がバイトやめたの、知ってたんだろうか。
発破を、かけたかったのかもしれない。
あーあ。
向こうだって、碌なことなかったじゃないか。
絶望的なのは、こっちに居るのとそう変わったもんじゃないな。
そう思うと自虐的な笑いがこみ上げてくる。
俺は目をつぶり、考えることを放棄した。
眠ろ……。
色々諦め、目をつぶる。
『――あの、よろしいですか?』
声優の声なので、現実感がなく環境音のように感じ、自分しかいないのに自身に投げかけられた言葉だと、最初は判断できなかった。
『――よろしいで「なに?」』
食い気味に、返事をかぶせてしまう。
別に、怒っているわけではない。ズレたテンポが、ぶつかってしまっただけだった。
『船内の物資……食料などは、眠りから覚めた我々が使用するためにあります。
分けることができるモノで、アナタが長期間生活することはできません。
そこで一つ提案があります。
地上へ向かうための小型ポットがありますので降りてみませんか? 地上へ』
「――えっ」
『地上にて繁栄している人類は、少し魔素の影響が強いだけでアナタと大差ありません。おそらくコミュニケーションも取れます。
文明レベルは、アナタたちの居た世界よりも落ちますが、コミュニティにとけ込むことも可能でしょう』
「――ほ、ほんとに? そんなこと……」
そんな、都合のいい話があるのか。
降ってわいた話に、希望の光が見える。
『ただし……、一つ条件が――』
……ほらね。そうそう、おいしい話なんてないか。
この条件、ってのが、絶対くせ者のハズ――
『あなたの力を貸してください。
第七エリアを占拠している妖魔が、こちらのエリアへ進行してきています。
すでに警備ドローンも五体ほど、行動不能にされてしまいました。
お願いします。妖魔の撃退、協力してください』
想像以上の、くせ者だった。
「無理無理無理っ! 撃退って、戦うの!? 無理だって!
ダイエットしようと思ってウォーキングしたら、足つっちゃったぐらいだよ、俺って。無理だって!
そうだ! ほ、他に、誰かこなかった??
ここにくる前、何人か一緒にいたからさっ!」
『いえ、妖魔以外、人類はアナタしか召還されていません』
「うう、俺一人だけって……。
わかってるよ、俺一人で階段、下りたんだからさ……俺しか来てないよね……。
うぅ、あれか、俺がブサメンで引きこもりだから、こんな酷い目にあうのかなぁ……」
『もちろん、妖魔に対抗するための武装も用意しています。
このまま、こちらのへ進行されると、我々のみならずアナタの生命も危うくなってきますよ』
「武装って……そんなの有るんなら、誰か一人、武闘派を目覚めさせてよ!」
『それが、一度コールドスリープを解くと、今の施設で再度コールドスリープに入ることができないのです。
我々はまだ、現時点では覚醒し地上へ入植する段階ではありません。動ける人間がアナタしかいないのです。
ワタシ達とアナタの生命を守るためにも、是非、よろしくお願いします」
これって、お願いって言ってるけど強制じゃんね。
引くことも進むこともできない現状。
俺は、この「お願い」を聞くしかないんだろうか……。
ラノベではみんな、活き活きと生きている。
それなのに、俺には異世界に来たって、絶望しか残ってないじゃないか。
§
――黒の全身タイツ
簡単に表現するなら、それだ。
俺は、それを着せられている。
そう、着せられている。
体の各所に、腕輪やらプロテクターはついてはいる。
だがしかし、全体的にお笑い番組の全身タイツ感は拭えない。これは俺のスタイルが悪いせいなのか。
タイツと言っても、ダイバースーツに近いかもしれない。
だが、そんなオシャレでアウトドアな人たちが楽しむ趣味を、俺はたしなんだことがない。そんな俺にはこれが全身タイツとしか思えなかった。
タイトなジーンズならぬ、タイトな全身タイツに体をねじ込む。
いつの頃からか、ぽっこりし始めたお腹を締め上げられ若干キツいが耐えられないほどではない。
しかし締め上げたせいなのか、鏡で見ると、さっきより少しばかりほっそりしているじゃないか。
さらに靴パーツの上げ底で、若干、足も長くなった気がする。
でもね、少しばかり体型が改善されたところで俺は年季の入ったブサメン。この姿がキモくないわけがない。
「これ、もーちょっと、別サイズないかな……。
LLサイズ的な、ゆったりしたの――」
『この武装は、どんな体型にもフィットするハズです』
「でも……やっぱり、キモいよね?
モジモジ君みたいで、キモいよね?」
『…………』
「えっ!? 黙られると、微妙に傷つくんですけど……」
『モジモジ君が何かはわかりませんが、主張の少ない平たい顔が、見方によっては愛嬌を出していて、可愛いかもしれません』
「あ、ありがとう。
褒められてる気は全然しないけど、とりあえず、礼は言っとく」
『そんなことはどうでもいいので、気を取り直して、武装の説明をしますね』
そんなこと……どうでもいい、……だと。
言っちゃったよ、この娘。言ったよね? 今。
AIの言いように納得できてはいないが、ゴネていても話が進まないので、素直に話を聞くことにする。
『この武装はACHILLESという名称で、素材はミスリルとオリハルコンを使用したものです。
ミスリルは魔力の伝導率をあげるために使用。
オリハルコンは魂と結びつくことで、使用者の精神と感応し、硬度、性質などを変質することが可能な、特殊な金属です。
このオリハルコンを使用することで、撃退した妖魔から魔力を回収し、成長することを可能にしました。
このスーツは硬度や性質、魔力伝導率などを、妖魔の魔力により改善することができる、高性能な長期作戦用進化型装備なのです』
「おっと、ミスリルとかオリハルコンとか、なんだか急にファンタジー用語ぶっこんできたね、この娘」
『そうですね。それらの素材は、我々の時代でも架空のものとして認識されていました。その扱いはオーパーツで、生成方法は解明されていません。辛うじて加工ができる程度です。
特にオリハルコンなど、魔素禍以前から国家戦略でおこなわれていた超文明遺跡発掘、それにより発見されたものを使用しており、とても貴重なものなのです』
「いいの? そんな貴重なもの、使わせてもらって」
『それだけ、事態は切迫しているということなのです。
あと――オリハルコンの件とも関係しますが、そのACHILLESを装備する際に、装備者の精神、魂はオリハルコンと強く結びつけられてしまいます。
様々な影響が装備者の身体にでますので、装備する前にアナタの身体を解析いたしました――
結果、その身体に、妖魔の力が付与されていることが判明したのです』
「ええええ!
それって大丈夫なの??」
俺はその言葉にギョッとする。
『力の内容ですが、妖魔言語翻訳、妖魔への印象上昇、などの効果がありました。
おそらく、コチラの世界に転移する際、付与されたもののようです。
ACHILLESは先ほど述べたようにオリハルコンを使用していますので、そのまま装備してしまえば状態異常と判断し、コウゾウの中のそれらの力を異物として精神、魂から排除してしまいます。
付与されていたものは、どこにも結びつけられておらず、その力で妖魔へと変容するというわけでは無さそうなので、あえて、それらを排除しないように、ACHILLESにその力を認証させました。
もしかすれば、妖魔との交渉に役に立つかもしれませんので、不本意ながらの処置です。
アナタの肩に我々の命運がかかっている。そう言っても過言ではないでしょう。失敗は許されませんから』
とりあえず、俺が妖魔になるとかそんなのじゃ無いらしい……。
でもな、言っておくが俺はプレッシャーに弱いんだぞ。
この娘はなんで、こんなにプレッシャーをかけるようなことを言うのか。
まあ、敵を倒さないと俺の命も危ういので、やらないという選択肢はない。と思う。
「わ、わかりました……。
ところで君のことなんて呼べばいい?
君とか、AIとか、言い難いんだけど……」
そういえば、俺の名前も言ってない――
俺の携帯を調べてたみたいだから、知ってるかもしれないが、とりあえず自己紹介は必要だろうな。人として。
「知ってるかもしれないけど……。
俺は倉井耕蔵
呼び方は、君にまかせるよ」
『コウゾウですね――
ワタシの名前は、世界変容災害人類避難用宇宙船管理システムです』
「げっ、長いから」
なげぇ。
略しても、呼びにくそうだ。
『では、呼びやすい名前を考えてください』
「うーーんと……じゃあ、イノリちゃんって呼ぶよ、いいかな?」
ゲームの名前をそのままつけてみる。
『はい。では、それで登録致します。
あの、ちゃんは敬称でしょうか――』
緊迫感のない口調で話す俺たち。
これから出会う敵――
妖魔とやらがどんな相手なのか俺は知らない。
イノリさんと軽く会話しながらも、その不安が頭から離れない。軽口を叩くのは、緊張しないように努めているからだ。
当然だろ。
命のやり取りが、この先、待ち構えているのだから。
そんな経験、平和な日本ではもちろんない。
大丈夫かどうかなんて保証はないし、判断することもできない。
不安をしこたま抱えたまま、俺はイノリさんのナビを受け、第七エリアへと向かうことにしたのだった。
§