第二十一話「天使胎動」
死神の頭に、莉奈さんの拳が突き刺さる。
その威力は強く、俺の目から見てもわかるほど――
ヤツの頭蓋はゆがみ、そこには亀裂が走っていた。
「やあぁぁぁぁぁァァァァッッッッ!!!」
彼女は、そのままの勢いで死神を押し倒し、拳ごと床へ叩き付ける。
石造りの床が蜘蛛の巣状に割れ、大きく広がった。
死神の頭蓋は破壊の限りを尽くされている。
だが、まだその眼窩には青白い炎が残されていた。
その時――
ヤツの身体は、黒い霧へと変わろうとしていた。
――逃げられる!
俺は咄嗟に、ダガーを腰から引き抜いた。
「逃がすわけ無いじゃんッ!!
グレイプニルッ!!!!」
莉奈さんがそう叫びながら飛び退くと、彼女の腰に付いた筒から噴出された網が死神を床へと縫い付けた。
「ぐオオオオォォォォぉおおぉぉォォッ――」
縫い付けられた死神は大気を震わせるほど叫びをあげて暴れている。
ヤツは自分の最後を予感し、初めて雄叫びをあげていた。
死神を捕らえたのは、莉奈さんを拘束していた、あの網である。
『コウゾウッ!!
グレイプニルの強度では、もう何分も持ちませんッ
急いで!!』
イノリさんの声が聞こえる。
俺は手にしたダガーで死神を刺し貫く。
そして数回斬りつけると、その眼窩から炎は消え、霧化する様と同じように大気へと散った。
違う点といえば、その跡には大きめの妖魔結晶石が残っていることか。
――ドルルルン ドルルルルゥゥゥゥッ
わざとなのか、普段は音のしないバイクが、派手な音を流し、立体映像のイノリさんを乗せ、赤い霧を裂いて現れる。
『コウゾウが死神と戦っている間、Xanthosが到着した時点で、リナを拘束していたグレイプニルを回収していました。
グレイプニルは、妖魔のエーテル体をも、捕らえることができます。
なので死神など、死霊系の敵との戦闘には最適でしたね――』
イノリさんはバイクのエンジンを空回しさせ、相変わらず派手な音を鳴らしながら言った。
『ただ――
エーテル体、拘束の技術は素晴らしいのですが、所詮は低レベル文明の技術です。
強度の方はオリハルコンワイヤーの足元にも及びません』
なにを張り合ってるのか、イノリさんは鼻息粗く続けてくる。
しかし、今はそんなのにかまってる暇はない。
俺は儀式の続けられている、ステージの方を見た。
台座の上、白い塊は、ステージの屋根にまで届きそうな勢いで肥大している。
そしてその表面には、金髪王子の大量の血液が付着していた。
金髪王子の顔。
血を流しすぎた所為だろうか、とても青白く見える。
彼はトランス状態で儀式を進行していた。
「まさか、僅かな力の分霊とはいえ、死神が破れるとは……
貴様ら何者だ……」
黒ハゲは驚愕の顔で、こちらを見ていた。
自慢の妖魔がやられて随分ビビっている。
頭のテカり具合も三割ほど減ってるのではないのだろうか。
「もしや、結社の刺客か……ちっッ!」
忌々しげな表情で吐き捨てた。
これは、俺たちに聞いているのか?
見当違いもいい所だから応えに困る。
まあ、ヤツの問いに応えてやる時間はない、俺はステージへ向けてエネルギーボルトを連続で叩き込んだ。
――魔力装填数 4/6
――魔力装填数 3/6
――魔力装填数 2/6
――魔力装填数 1/6
――魔力装填数 0/6
大量の火花と電気が走り、音を鳴らす。
だが、先ほどの通り、俺の攻撃では結界を破る気配がまったく感じられない。
「イノリさん、あの結界破るのは不可能なのかな」
ここは、イノリえもんに聞いてみる。
『そうですね、かなり強力な結界なので手強いですが、それよりも強力な攻撃ならば破ることも可能でしょう。
たとえば――』
「ウェーッ、ハッハッハ!!
この結界はアルマデル奥義書を使用した大天使のもの、人の身で破ることあたわず。
それは妖魔であっても同じだ。
過去、オルクスやアステリオスの攻撃をも凌いできたのだからなッ」
大笑いしながら黒ハゲは、ステージ上から俺たちを見下し、その後、金髪王子の方へと向く。
「そろそろ、儀式は完成される。
この地に天使が舞い降り、その力にてタルタロスを制する時が来たのだ。
天使は、タルタロス最下層に住まうタナトスの力をも取り込み、さらに強大な力となるだろう!」
白い塊は、その卵のような殻の内側に、赤い命を宿しており、さらに表面には飛び散ってしたたる金髪王子の血液が、白い肌に浮かぶ血管のように隆起し、赤く脈動している。
――ドクンッ
――ドクンッ
空気は張りつめ、脈動とともに震えている。
誕生の時は近かった――
「さあ、大天使ウリエルよその姿を現したまえッ!」
黒ハゲは歓喜の声を叫んだ。
両手を振り上げ、白い塊を仰ぐ――
――ビシッ
――ビシィィッ
白い塊に亀裂が走る。
その隙間。
強力な閃光が亀裂から溢れ出していた。
ガラスが割れるような破壊音が周囲響くと、サーチライトで照らされたかと思うような強い光がステージに振り注ぐ。
俺たちは、強烈な光に包まれていた――
§
鐘の音が鳴り響く。
その音は、高く清らかな雰囲気を纏い、天空から響いているかのように遠い。
併せ、賛美歌にも聞こえる声が周囲に満ち、音の広がりとともに聖域を思わせる空間が作られていった。
照らされる光よりも明るい無数粒子がゆっくりと漂い、細氷の如く光っては消える。
俺はその中に、その存在を見つけた。
ヘルメットを着けているので、周囲を包む眩い光の影響はない。
少し眩しいが視界は確か。
光の中心に居る存在がよく見えていた。
膝を抱えた性別のわからない、中性的な人間。
それが浮かんでおり、ゆっくりと落ちている。
いや、人間と言ったが、明らかに違う特徴――
彼(彼女?)の容姿は背中に大きな翼が生えており、そのサイズも成人男性の三倍はありそうな背丈の巨人だったのだ。
黒ハゲはコイツをウリエルと呼んでいた。
俺だってその名前は聞いたことがある。
ゲームとかによく出てくるからな。
イノリさんは、ここは地球とは関係ないと言っていたが、これは偶然の一致なのだろうか。
そもそもタルタロスだって何かのゲームで聞いたことがあるし。
しかし、そんなことを考えてみても、答えが出るはずも無い。
今、大切なことは、目の前の存在――
このウリエルが敵か否かである。
最も、今のこの状況。
敵であることは間違いないのだが……。
ヤツの目は閉じており、眠ったように動いてない。
ただ、高く見上げるステージ屋根に近い位置から、ゆっくりと落ちているだけだった。
それが落下するであろう場所には、件の金髪王子が立っている。
彼はこの光の中、儀式のため、血を出すために切った方ではない手に何かを持ち、それを天使に掲げて語りかけるのだった。
「大天使ウリエル――この黄金の果実を貴方に捧ぐ。
ヘスペリデスの園に植えられし果実を得る者、即ち寂滅の力を得る。
是に由りて得る智慧は、その身に真実の姿を顕現さす」
金髪王子の手に持った果実が宙に浮かぶ――
それは黄金の光を放ち、ゆっくり回転しながら、同じようにゆっくりと上昇する。
黄金が放つ光は、それが神秘的で尊いものだと感じさせるには十分なほど神々しいものであった。
同じ速度で、ゆっくりと落ちている天使にそれは近づき黄金は消えていった。
途端、鐘の音と賛美歌は消える。
静寂が辺りを包むと、ステージを包んでいた光は急速に力を無くしていった。
光が消えると、空の様子、周囲の様子が見えてくる。
あれほど視界を遮っていた赤い煙は、光に包まれた時にはすでになく、周囲は倒れた人たちが折り重なり合い、散じている様がよく確認できた。
まさに死屍累々。
倒れた人たちは青白く、マネキンのように静か――
まるで死んでいるかのようだった。
木々の間から街の明かりが顔を出し、そこでは日常生活が営まれていることを否が応でも自分に認識させる。
俺は、今までと打って変わった雰囲気に、呆然としてしまっていた。
しかし、その時も僅か……。
空が――
一。
二。
三。
――と瞬くと、それと同時に空気が重くなる。
それに留まらず、空だけでなく世界が瞬き始める。
続けてネガフィルムとポジフィルムが入れ替わるかのように世界が瞬いていった。
瞬きのたびに少しづつ重圧は強くなり、身体をステージ上にある天使へ向け引っ張られるように感じる。
き、気持ち悪い。
引っ張る力によって空間が歪んでいるのか。
俺の視界はレンズで屈折したように見えた――
高まる重圧は緊張を生み、その緊張がピークを迎えたとき屈折した世界は元に戻り静止する。
夜の空が、異様な深紅に染まった。
世界が元のポジフィルムの状態に固定されるが、そこは空が赤く染まった異様な光景だった。
赤い空には無数の黒いものが吸い上げられている。
雨が逆再生されるように浮かび上がる黒。
それは赤い空へと消えていった。
――ドォォォン
――ぎゃぁぁぁぁぁッ
――あ゛あ゛ぁぁ
――助けてぇぇ
――ああぁぁぁ
――ぎゃあ゛あ゛ぁぁッ
遠くから破壊音。
そして足元の人たちからも悲鳴が漏れる。
側に倒れた人たちの身体からも、黒い煙のようなものが立ち上り空へと消えているのだ。
シュうシュうと、肉が焦げるように立ち上る黒い煙。
「これって……なに? どういうことっ?」
怯えた表情の莉奈さん。
いつも、つり上がっている眉をハの字にして俺に問う。
ありがたいことに、彼女の一声で、俺は落ち着きを取り戻していた。
「たぶん……。
そこにいる妖魔のエネルギーを集めてるんだと思うよ」
俺はステージ上、膝を抱えた天使を指差した。
そこで初めて気がつく、世界が赤く染まると同時に変容していた天使の姿に――
それまで美しかった顔は、ケロイドのようにただれ、白い肌も同じく崩れている。皮膚は所々はがれ落ち、中の筋肉の繊維までも露出していた。
さらに、白く白鳥のようだった翼はコウモリの羽のように黒く染まり身体を軽く包んでいる。
俺はその姿を見て、ゾクリと冷たい物が背筋に伝うのを感じた。
ヤツが身体を作り替えている。
徐々にケロイドが回復し、露出した組織は、増える皮膚に隠れていく。
それを見て俺は強くそのことを感じていた。
このまま身体が変化し終われば、ヤツの双眸は開き、目覚めるだろう。
そうなれば、俺たちは……。
宇宙であった妖魔を思い出す。
強大な力を持つ妖魔に襲われたらどうしようもない。
俺の第六感はそれを感じ取ったのだろう。
ビンビンと脳内にアラームをならしていた。
「や、ヤバそうだよね……」
莉奈さんは、さらに目に涙をためビビっていた。
迷宮のオークキングの時もここまではビビってなかったと思う。
彼女も俺と同じように、本能的にコイツが危ないヤツなのだと理解しているのだろう。
「どう思うイノリさん……」
……正直、俺のキャパをオーバーしてる気がするんだ。
問題を丸投げするように彼女へ聞いた。
『そうですね……。
現在選択肢は二つあると思います。
Xanthosに乗り今すぐこの場から離れれば、二人は助かるでしょう。
街は壊滅しますが……
彼等の目的はタルタロスのようですので、すぐに他の街まで襲うことはないと思われます。
他の場所に拠点を移して、タルタロス探索することも不可能ではないと思いますので、時間と手間はかかりますがその選択肢もありますね。
あと、もう一つの選択肢ですが――
目の前の忌々しい結界を打ち破り、顕現を阻止。
街は無事に救われ、ワタシたちは今まで通りこの街を拠点とし、タルタロスを探索するというものもあります。
――ワタシはこちらをお勧めしますね』
バイクに乗ったイノリさんは、そう言ってから水色した前髪を指で弾いた。
「イノリさんは、相変わらず簡単に言うなぁ……」
俺は、いつものイノリさん節に少し安心し、これから選ぶの自分の行動へ対してのプレッシャーが僅かに軽くなった気がしていた。
「莉奈もイノリちゃんと一緒、街が壊滅って最悪。
今日行ったお店、またおじさんと行きたいし――」
へぇ、莉奈さん的には、今日のあのお店はよかったのか。
女の子の好みはよくわからないが、なんだかそんな約束でも俺は頑張れる気がした。
ステージでは、黒ハゲと金髪王子が、感極まった様子で何か騒いでいる。
とにかく、この状態をなんとかしないとな――
俺は、奴らを睨み、そちらへ向けて一歩踏み出すのだった。
§




