第十七話「予兆」
本日二話目です。
「っで、だから君は、それをかぶってるってこと?」
今日の夕食は、宿泊ホテルの地下にある冒険者の酒場――
ではなく、ホテルから何十ブロックも先にある、一般市民が集う酒場に来ていた。
なぜかって?
そりゃ、少し前に「莉奈さんが酒場で暴れ回ったから、出入り禁止になった」それが一番の理由だった。
そんなわけで、俺たちは、よその酒場に来ている。
まあ、よその酒場に来てるのはいいのだが、一つ問題があったので、俺は、その問題である格好について、我慢できずに尋ねてしまう。
普段、莉奈さんの格好は、全身タイツの上に、シャツやズボンを着、さらにコートを羽織っている。
一見すると、全身タイツはあまり見えず、その容姿の所為もあってか、この街にとけ込んでいる様だった。
しかし、今は、それに足してフルフェイスヘルメット姿という格好となっていた。
違いはそれだけなのだが、元世界、日本のコンビニや銀行なら、即、入店禁止の姿だ。
そんなどうかした格好の彼女なのだが、先ほどの俺の質問に、元気よく「うん!」と頷いていた。
俺はその姿を見て、笑顔を引きつらせてしまう。
最近、落ち込んでいたようなので、元気なのは嬉しい。
しかし、ヘルメットだけのことなのだが、彼女の格好がTPOから逸脱しているのが問題だった。
異世界に来て、たいして過ごしてない俺がTPOとか、おかしな話だが、そんな俺でも、ここで「それはないよな」と思ってしまうしまう。
普段着にヘルメットだから、そのアンバランスが余計に不気味なのだろうか。
冒険者には、変なヤツや怪しいヤツがいる。
だから、いつもの酒場なら、なんとなくその格好でもギリセーフな気もするが……。
この酒場は、いつも俺たちが通っている冒険者向けの酒場ではない。
ビルの地下にある、アングラな雰囲気の酒場などではなく、素朴な木造レンガ造り二階建てのエールハウスなのだ。
内装は古い木造で、お世辞にもキレイとは言えないが、アットホームで優しい雰囲気だ。
まあ、内装だけがその雰囲気を作っているわけではなく、大部分は、主な客層である一般市民の老若男女たちのお陰である所が大きい。
喧騒が、冒険者たちの酒場と違って優しいのだ。
正直な話し、俺は、こっちの店の方が好きだ。
だって、いつも行く所って……
マフィアとか、その情婦っぽい見た目の人ばっかなんだもん。
いつもの酒場は、ヌルい日本人的感覚の俺には怖すぎる代物だった。
さて、冒険者用達の酒場への愚痴はさておき、莉奈さんの格好へと話を戻す――
そんなフルフェイスヘルメットの怪しい人間が、一般人の憩いの場に入って来たら……。
うん。
ビビるよね、みんな。
ほら、あそこのカッポーなんて、彼氏にヒソヒソ耳打ちしてるし。
酒場のねーちゃんの尻を触り、はしゃいでる陽気なおっさんなんて、莉奈さんの姿を二度見をしていたぐらいだ。
中に入り店員を見つけると、注文する莉奈さん。
店員は彼女を見て、確実にビビっていた。
そんな店員を無視し、席につくと
「これかぶるの、イノリちゃんと相談して思いついたんだよっ♪」
と、得意げに(今はシールドの透明度を上げているので表情が見える)彼女は喋る。
その声は明るい。
ヘルメットを被ることで、この世界の人と会話ができるようになるからだろうか。
その方法はヘルメットを通し、聞こえた言葉をイノリさんが通訳し、莉奈さんが発した言葉を、イノリさんがコチラの言葉にしてスピーカーから流す。
そうすることで、コチラの世界の人間とコミュニケーションをとることができるというものだった。
彼女はそれが、嬉しくて仕方がないのだろう。
この街に来てからというもの、俺を通さないと、ろくに買い物もできない状況はつらかったんだと思う。
まあ、女子には、男子に言えない買い物があるんでしょうよ。男子にも、あるしね。
だけどなぁ……。
周囲からの浮き具合が酷い。
今は、俺と会話しているので、調整して顔が見えるようにしているが、それまでは真っ黒で顔なんか見えてなかった。
本人は顔出してない、サングラスにマスク状態だから恥ずかしくないかもしれないが、顔出してるこっちからすれば、そんな格好の莉奈さんと歩くのは、いくらブサメンとはいえ恥ずかしかった。
さっきも、スモーク処理したヘルメットのままで店員に注文していたから、さらに相手をビビらしちゃったし……。
そんなことを考えてると、食事がやってくる。
揚げた白身の魚と芋、ローストされた牛肉っぽい肉にデミグラスソースっぽいのをかけたもの、それにビールと水もだ。
莉奈さんは、流石に食事のためヘルメットを脱ぐ。
「でも、でも一応、言葉もね……覚えようと思うんだ……。
だって、今の調子だと何年もかかりそうじゃん、帰るの……」
帰るの……か。
そりゃ、諦めてないよなぁ……当然。
彼女が、俺たちについてきている理由――
それは、加護の回復と、もとの世界への帰還方法を探すためだ。
彼女なりに、いろいろ思うところはあるのだろう。
黙っていられるよりかは、こうやって考えていることを話してくれる方がありがたい。
「……。
こ、ことば……よかったら、教えてよ……」
莉奈さんは小声でつぶやく。
「ん? 何?」
小さくて、聞き取り難かったので、俺は聞き返した。
「だ、か、らっ!! 言葉!
この世界のっ!」
耳を赤くして、涙目で莉奈さんは訴える。
「そんなの、一緒にいるんだから当然教えますよ――」
勇気を出して、言ってくれたのだろう。
俺の言葉に、彼女は「ホッ」と一息、安心してくれたようだった。
「莉奈、あんま学校の成績よくなかったんだけど……
大丈夫かな……。
でも、おじさん。
こっちに来て、そんなにたってないよね。
なのに、そんなに喋れるなんて、見かけによらず凄いんだ」
俺の言葉はイノリさんのインストールで覚えた言葉だ。
そういえば、説明してなかったな……。
俺は、一通り、そこらへんの事情を説明する。
「えー、ずるいって。
莉奈もそれで覚えたいー」
ま、当然だろうね。
「でも、さっきも言った通り、なんか、ベースになるものを先に入れないといけないみたいなんですよ……。
どうも、ヘルメットだけじゃ無理っぽいんです」
イノリさんから、そんな感じに聞いている。
『はい、確かに、先にβ版スキルニューロンMODを専用設備にて脳に処置しないと、言語のインストールは無理ですね』
ヘルメットからイノリさんの声が聞こえる。
「あ、イノリちゃーーん」
莉奈さんは、嬉しそうにそう言うと、ヘルメットを目の前に引き寄せた。
『β版スキルニューロンMODを導入するには、ノアの設備が必要です』
あの、歯医者の椅子みたいなやつか……。
嫌なことを思い出す。
『コウゾウは処置の際、子供のように駄々をこねていましたが……
リナなら素直に処置させてくれそうです――
本当に残念ですね』
駄々こねるとか。
あの手術台みたいなの、目の前にしたら絶対怖いって。
「うぅ、莉奈には無理かぁ」
莉奈さんはヘルメットに抱きついてため息をついた。
『ガルニア帝国で発見した施設にはありませんでしたが、これから見つけるものには、それらを可能にする設備があるかもしれません――
やはり、基地起動が、二人の早急にやるべき今後の課題ではないでしょうか』
イノリさんは、それが目的。
だから急がせてくるけど……。
そうは言われても、ねぇ。
「でも、前から思ってたけど、基地の場所は知ってるのに、その施設になにがあるとかは、なんで知らないの?
イノリさんたちの施設なんでしょ?」
前から思ってた疑問をぶつけてみる。
『それは……
わかりました。
コウゾウ、リナには今後も協力して頂く上で、我々のことを理解してもらうことが、活動を円滑に進めるためにも必要ですよね――』
イノリさんの言葉を聞き、莉奈さんはかしこまったように姿勢を正した。
その姿を見て、なにを話されるのかと緊張し、俺も姿勢を正す。
『そもそも、地上にある施設は、私ども――
世界変容災害人類避難用宇宙船ノアに避難した者たちが設置したわけではありません』
「それは聞いてたと思うけど……。
でも、中に入れたり、なんかいじってたよね? 設備。
それに、同じ装備もあったし」
自分たちのものでない割には、勝手知ったるなんとやら、の感じでいろいろあさってたよね。イノリさん。
『はい、それは、ワタシたちと同じ文明――
宇宙へ避難せず、地上へ残り、妖魔と戦い続けた人類が設置したものだからなのです。
当初、ワタシたちは宇宙に避難したとはいえ、地上との連携はとれていました。
しかし、妖魔との戦いの中、次第に連絡がとれなくなり……。
その中でも最後まで、連絡の取れていた者たちが設置していたのが、現在、場所が特定されている施設――
ワタシたちが探しているものなのです』
以前、金髪ローブくんやじじいたちが話していた、神々や妖魔に滅ぼされた、古代の民の話を思い出す。
『地上に残っていた者――
あるものたちは妖魔に破れ、あるものたちは前文明を捨て妖魔たちと共存しました。
現在連絡のとれる文明はありません』
たしかに、とれてたら真っ先にそこに行くか……。
『妖魔、魔素の研究は、宇宙に居た我々よりも、彼等のほうが進んでいました。
もちろん、覚醒しかけた妖魔結晶石の制御も、起動の理由ではありますが、コウゾウやリナがコチラの世界へ召喚されたのは、どう考えても妖魔の影響です。
コウゾウたちの世界への帰還方法――
その手がかりが、施設より見つかるかもしれないのは否定できないでしょう。
なので現状、施設の起動を薦めているのです』
莉奈さんの目の色が変わる。
「ほ、ほんとにっ!?
か、帰れるかもしれないってことっ!?」
そして、俺にも、その真偽を問うように詰め寄った。
「うーん。それはイノリさんに聞いてください。
話を聞く限り、可能性はあると思いますけど……」
あんまり、希望的観測を約束するのもよくないかなと、言葉を濁す。
「ま、ママに会いたいよぅ……」
莉奈さんがつぶやいた。
だよなぁ――
異世界に放り込まれた女子高生なら、そう願って当然だ。
俺だって、仲の良かったとは言えない肉親のこと、ふと思い出したりしてしまう。JKなら、なおさらだろう。
今後、そこらへんの、莉奈さんに対するケアも考えてたほうがいいな。
長期間の異世界生活。
ホームシックによりウツ病になったら目もあてられない。
しかしなぁ。
思えば、自分がウツ気味の引きこもりだったハズなのに、他人のウツのことなど心配している状況がおかしかった。
この世界にきてから、他人に必要にされることや、目標ができたことで、そんな以前の自分が鳴りを潜めているのだろう。
――お前は、そんなやつじゃなかっただろ。
自分の心の底から湧き出る違和感。
それが心のどこかでしこりになってつかえていた……。
――ド クン
重い空気に包まれる感覚――
身体が、水の中に沈んでしまったような感覚に、突如襲われる。
「――っ!」
驚いた顔で、莉奈さんがコチラを見ていた。
どうやら、彼女も同様の感覚に襲われたらしい。
他の人たち。
客や店員を見るが、彼等はなにも感じてないようだった。
『コウゾウ、リナ。
ここより5kmほど先――
中央公園にて、かなり大掛かりな魔術が行使されました。
儀式は、まだ、完成されていませんが、魔素の上昇率、範囲、諸々から計算すると、あと一時間以内に術式が完了すると推測できます』
さらに続きを聞くと、その儀式が完成すれば、この街全体に影響を与え、壊滅する可能性があるとのこと。
「――ど、どうしよう!?」
莉奈さんは慌てている。
「と、とにかく、君はこのヘルメットを装備して――
俺は、自分のやつを宿から取ってくる!」
とにかく。
俺はホテルに置いているヘルメットを回収し、いつ戦闘になってもかまわないように備えないといけない。
『Xanthosを黒の森からコチラへと移動させています。
三十分後には合流可能かと――』
とにかく、みんなが気付いてないようなので、街が危ないのなら俺たちがなんとかしないといけない。
今、この街にどうにかなられては困るのだ。
俺たちはヘルメットを回収するため、早急に店を後にするのだった。
§
〈アッカネン莉奈 視点〉
「おじさんっ――
莉奈、先に公園に行くっ!!」
私は、おじさんにそう言った。
店の外へ出ると、莉奈は満月が出ているのに気がつく。
満月は、元の世界で見てたものより大きい。
少し赤みを帯びているようにも見えるし。
「ダメ!
危ないですから……」
莉奈の言葉は、おじさんにすぐに却下される。
「だって!
早く行かないと――
街が危ないじゃん!!」
私は食い下がった。
だって――
だって――
こんな時こそ、莉奈は役に立たなきゃ。
こんな時こそ、頑張らないと。
こんな時こそ――
『コウゾウ、大丈夫です。安心してください。
私が監視してますので――
早急に状況を把握するためにも、斥候としてリナを現地に向かわせましょう』
イノリちゃんが、莉奈の後押しをしてくれる。
それも心強かった。
「――でもっ!
やっぱり危ないです」
今度は、おじさんが食い下がった。
――おじさん、莉奈だってやれる!
今度こそ、役に立ちたい!
莉奈は強い意思を込めて、おじさんを見る。
おじさんの瞳は動揺で揺れているのがわかった。
『ひとまずリナが先行し、公園付近でXanthosと合流、それならどうでしょうか。
もし、コウゾウが間に合わないときには、リナが一人で践み込まなければなりません。
――ですからコウゾウ、急いでくださいね』
本当は……。
正直、不安だ。
でもね、がんばりたい。
莉奈は、強い子になるためにも頑張りたかった。
「――ッく!
時間もないし……わかりました!
絶対、危険なことしちゃダメですからね! 莉奈さん!」
おじさんはそう言うと、ホテル目がけて走っていった。
イノリちゃんの誘導で、莉奈は公園へと向かう。
このスーツのおかげで、息をきらすこともなく、十数分ほどで公園付近にたどり着いた。
公園と街を隔てる大通り。
マンホールからは水蒸気が立ち上り、通気口のような所からは、汽車が通る音が聞こえてくる。
でも、いつもなら多いハズの人の気配がまったくない。
何かおかしいかも……。
視界の先にある公園は、高いレンガ塀と鉄の柵で囲まれている。
公園への入口は、背の高い鉄格子で閉められてるし。
公園へ近づくために急いで大通りを渡る。
石畳は靴底とぶつかり、カツカツと高い音をならしていた。
その音がビルと公園の塀に反響し、人通りのない通りの静かさを際だたせている。
『……なるほど、人払いの結界ですか。
それに、敵意を隠蔽する魔法……。
リナ、敵に見つかりました。
攻撃される可能性があります。気をつけてください』
えぇ!?
そんなに急に言われても――
イノリちゃんの言葉にびっくりする。
視界にウインドウが開き、地図が現れる。そこに赤い点が表示されていた。
走り出した途端に、そんなことを言われても、スピードはそんなに急に落とせない。
――えーいっ!
一か八かっ!
莉奈は公園入口付近の塀目がけてジャンプした。
塀の上は思ったより高くて届かない、すぐに重力が莉奈の身体をつかまえる。
だけど、じっとしているわけにはいけない。
莉奈は、すぐにワイヤーを塀の上に飛ばした。
そしてワイヤーを絡め、壁を駆ける。
満月がやけに目につく空。
東西に伸びる塀。
莉奈はその上に立っていた。
「これなら、大丈夫じゃない?
イノリちゃん――」
これだけ背の高い塀だ、普通の人は上がって来れないだろう。私は、そういって塀の上から周囲を眺めた。
『――リナ、攻撃がきます!』
イノリちゃんの声。
わかってる。莉奈は、その前にその攻撃に気付いてたんだって。
公園に茂った木の中から、黒い塊が飛びだしてくる。
そいつから繰り出される攻撃を、細い塀の上でバク転しながら躱してやった。
「――っち。
殺気抑える魔法、かかってんじゃねーのかよ」
そいつは、塀の上で静かに宙返りし、一段高い門を挟む柱の上に立っていた。
あいつは……知ってる。
あのガラの悪いバーで……
莉奈にちょっかい出してきたヤツ――
「誰か来るかもしんないから、ここで見張ってろって言われたけど……本当に来たな。
ん? 誰かと思ったら――
ああ、あのときのお前か……。
今日は、あの時みたいにはいかねーからな。
屈服させてやるよ――」
自信に満ちあふれた、そいつの笑み。
莉奈は背中に、一気に鳥肌がたつ。
前の時とは違い、イノリちゃんが言葉を変換してくれるので、あいつがなにいってるのかわかった。
あんなに喜んでいた機能なのに、今はなんだか煩わしい。
それは、莉奈の努力を汚されたようで……
なんだか、腹が立つ。
「お前みたいな女――
見てっと無茶苦茶にしてやりたくなっから」
あー、気持ち悪いことを言われた。
健司といい、こいつといい、なんでいつも莉奈にはこんな奴がよってくんの……。
あいつのニヤニヤした顔が気持ち悪くて、さらに腹が立つ。
絶対、ボコにしてやる――
莉奈は心の中でそう決意して、拳を握りしめた。
§
GWも終わりますので、次からは一話掲載となります。
三日に一話予定で、次回 九日(水)予定です。




