第十二話「五階層」
パソコンが起動するような電子音。
差し込んだ鍵穴が発光し、いくつかの装置が起動し始めた。
室内の床や壁面。
そこかしこに光のラインが走り始める。
照明器具のようなものは他に無いが、その光だけで室内は十分な光量で満たされていた。
二度目の迷宮探索。
タルタロスの迷宮へ、俺たちは再び訪れている。
俺たちは移動用のエレベーターに乗り込み、鍵穴に鍵を差し込み部屋を起動させていた。
一層、二層は石造りで遺跡っぽい迷宮だったのだが、この部屋はSFを感じさせるメカっぽさで占められている。
遺跡の中にあるにしては科学的で、この部屋は異物感が強い。
前回帰るときも同様だったのだが、俺はそのことに驚きを感じていた。
小心者の俺は、もとより、ココに来たくて来ているわけではない。
この部屋に入った時より、好奇心に満ちた目で周囲を調べているじいさんとはわけが違う。
驚きは、俺に緊張を与えるのだ。
その緊張は、これから進める迷宮探索への不安なのか――
俺の中に、この先、この力がどこまで通用するのかという不安が湧き上がってくる。
――ブォォォォン
感じるのは浮遊感。
冷蔵庫のファンに似た音が、室内に満ちた。
風の動く低い音。
それに僅かな振動をともない、この部屋は動き始める。
ありがたいことに、その音と振動は、湧きおこる不安へと重なると、ノイズとなって俺の気を紛らわせてくれた。
部屋が動き始めて数分もすれば、それにも慣れ、心にも余裕ができてきた。
「五層だっけ?」
俺は金髪ローブくんに、この部屋の行き先を尋ねた。
心に空いた余裕から質問する余裕も生まれ、行き先を尋ねてみる、なんてこともできていた。
話題はなんでもいい。
人と話すことで緊張を緩和し、心の余裕を更に大きくしたかっただけなのだ。
「はい、そうです。五層ですね。
彼等が攻略していたのがそこまでなので……。
さすがにアンリさん達のように八層までとは……」
金髪ローブくんは、幼馴染み二人を意識して、彼等から目をそらした。
――彼等の実力。
中堅冒険者たちにとって、大抵の場合、五層が壁になっているという。
それまでの階層とは打って変わり、格段に攻略難度が跳ね上がるかららしいのだが――
難度の高さ、その理由を聞いてみる。
「五層は――
主にオーク、インプ等の種族が生息しています。
奴らには、僅かにですが知能がありますので、協力しながらこちらを襲ってくるようですね。
統率された動きによって難易度が上がり、こちらも集団で挑まなければ、なかなか対応できなくなってくるようです……」
なるほど、それなら彼等では無理かも……。
これまで戦ったゾンビやスケルトンは、集団ででてくることはあっても連携を組んで襲ってくることはなかったと思う。
ただでさえ厄介なのに、さらに連携まで組まれたら彼等にとって、難しいのは当然だろう。
とりあえず、これまでの敵は、目の前の人間に襲いかかることしか考えてないので何とかなっていた。
ゾンビたちだと、目の前にマッチョくんや莉奈さん、それに俺みたいな前衛が守れば、そこに集まってくれていた。
だから後衛を守りやすかったのだが……。
連携を組まれて、弱い味方を狙われたりしたら、俺たちは守りきれるのだろうか。
いくら、現状、戦闘が余裕だったとしても、受け持てる敵の数には限度がある。
緊張が、再び蘇りそうになった。
心配事が次々にわき上がる。
俺は莉奈さんを見た。
彼女の殺生に対する拒絶感――
これも、心配事のひとつだ。
莉奈さんの第一印象、それは、態度はキツ目、見た目はギャル。
なんの悩みもなさそうな、傲岸不遜な女性――
見た目だけで判断すると、そう感じる。
だが、俺は長くはない期間だが、これまで彼女と一緒に行動してきて、実は、そんな見た目とは違う一面を感じていた。
根っこの部分は優しい、小心者。
簡単に言えば、そうじゃないのかと感じてしまう。
敵と戦った時の殺生に、そのことが如実に現れているように感じられるのだ。
一層目で、何度も慣れようとしてたようだが、どうしても生き物系の敵のとどめをさせないでいた。
スケルトンやゴーレムなどは大丈夫みたいなのだが……。
実際、俺だってイノリさんに戦闘術をインストールしてもらわなければ、こんなに冷静に敵を殺すことなどできてない。
元居た世界での俺は、ハムスター一匹、猫一匹殺すのだって無理だったわけだしな。
今だって戦闘術入れてもらっても、殺生の嫌悪感は拭えないのだから、ソレを考えると、莉奈さんのことは仕方ないと言えば仕方ないのだが……。
現代人の感覚が抜けきらない彼女。
優しいだけではない。
俺には、心のどこか、殺生を経験することで、元の世界の住人だという証……倫理的な感覚までをも、殺してしまうことに、彼女は怯えているようにも感じられた。
それらは、コチラの世界に染まってしまうことに対する、彼女なりの抵抗とも考えられるのだが、この世界で生きて行くのに覚悟が決められない臆病者、というのが正解なのではないだろうかとも思ってしまう。
「――なによ」
俺の視線に気がついた莉奈さん。
高圧的な気配を含む抗議のジト目。
おぉう。
「なんか、目つきがいやらしいんですけど……。
言いたいことがあるなら、はっきり言ってよね」
目つきがいやらしいは余計だ。
生まれつきの目をディスるのはやめて欲しい。
「いや、今後の戦闘のことを考えていただけだよ。
人の姿した妖魔が出てくるっていうからさ……」
莉奈さんは視線をそらす。
「心配しなくても戦うし。
とどめは……。
その辺に居る人たちに、まかせばいいじゃん……」
そう言って、手に持ってブラブラしているスタンロッドで冒険者たちを指す。
「そうは言うけどさ――」
前回は戦闘に余裕があった。
場合によってはそんな方法も可能だろう。
でもな。
この先、敵はどんどん強くなっていくはずだ。
俺は、いつかこれが、取り返しのつかないことになるんじゃないかと心配しているから言ってるわけなんだが……。
しかも、とどめを刺さないだけで殺すことを黙認しているということは、やはり優しいということよりも彼女の自身の臆病さが原因だと思えてしまう。
だが……。
コミュ障の俺は、ここでも強く言い返すことができない。
事なかれ主義の日本人精神が、いらぬ所で頭を出す。
俺たちの間に、気まずい空気が漂った。
……ま、臆病なのは俺も同じか。
しばらく続く沈黙。
沈黙のなかで存在感を増す、エレベーターの駆動音――
そのノイズが、今度はやけに耳障りに聞こえるのだった。
――ティンッ
体感では長く感じたのだが、実際にはそれほどたっていないと思う。
長く感じた原因である気まずい沈黙を破るように、ベルの音が目的地に到達したことを知らせてくれた。
激しく鉄が擦れる音が響き、ガラガラと音をならして格子状のシャッターが開く。
そこには――
俺たちが見た一層。
少しだけ下りた二層。
今まで見てきたそれらの狭隘とした風景とは、明らかに違った光景が広がっていた。
その光景に、警戒しながらもエレベーターを降りる。
――そこに広がるのは、広大な空間。
遥か高く存在する天井は、東京ドームの天蓋のような形で、お椀のように頭上に広がっているのがわかった。
ちなみに、今、東京ドームをたとえに出したが、高さも広さもそれよりも数倍大きく感じる。
このヘルメットの暗視機能。
俺はそれによって、天井を目視することができていた。
これがなければ、暗闇でそれらは見えていなかったと思う。
なので天井の形などは、金髪ローブくんたちには見えていないハズだ。
彼らの感覚に合わせるため、暗視機能を切ってみることにした。
今度は一転、夜のような暗黒の空間。
いや、正確には暗黒ではない。
所々にかがり火が燃え、光を作り出している。
ただ、なにぶん空間が広い所為で、焼け石に水、的な光となっているだけなのだ。
かがり火の光は、開けた空間を埋め尽くす、ゴツゴツとした岩肌や、沼のように泥濘んだ地面を、俺たちに垣間見せる。
ここは少し丘のようになっている場所のようだ。
背後は壁面――岩肌である。
今、移動してきたばかりの、俺たちが出てきたエレベーターのシャッターが、開いた時と同じように音をたてて自動で閉じた。
エレベーターの脇には扉がある。
その扉からは帰還用のエレベーターに乗れるのだろうか。
さらに、その横には上階に上る螺旋階段があった……。
――さてと。
俺は、後回しにしていたモノに目を向けることにした。
ん? なぜ後回しにするのかって?
それは……。
一番ソレが見るべきものだからだったからだ。
暗黒の中に、一際目立つモノが見える。
俺はソレをじっくり観察するため暗闇に目を凝らした。
点在するかがり火。
それらは、その目立つモノに近づくにつれ、その数を増やしている。
幾分離れているので、かがり火ひとつひとつは星のように小さく見え、光量も少ない。
しかし、その目立つモノに集まる光は、数千もに見え、横に広がることによってその目立つモノの大きさを俺たちに実感させた。
炎は揺らめいているので、星が瞬くように揺れている。
そのことが、無生物であるはずのその目立つモノを、巨大な生物が横たわっているよう、俺たちに感じさせ、威圧感を放っていた。
暗視機能を起動させる。ついでに望遠機能も――
その目立つモノ。
そこには、この空間の中間ぐらいの高さを占める、かなりの高さの城壁が空間一杯に居座っていた。
岩とレンガによって作られた城塞のようなものが、ドーム状の広大な空間に建てられているのだ。
タルタロス、五層――
より一層高い難度で、冒険者たちの行く手を阻む階層。
オークやインプが巣食う場所には、難攻不落をイメージさせる砦が横たわっているのだった。
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