第九話「中央公園」
〈三人称 視点〉
「最近じゃ、よくあることなんですけどね――」
新米警察官ダニーはこういった。
目の前の女性は、手にもった手帳にペンを走らせている。
頬の丈で、くるりとカールしている髪。
パーマのかかったボブカットは、少し空気を含み、ほおの高さでふんわりと膨らみカールしていた。
そしてその固まりは女性の動きに合わせ、ポンポンと軽やかに弾む。
ダニーは続けて、
「記者さんなら聞いたことあるでしょ。つい一年前ですよ。
北へ2kmほど、この公園を延長したって話――」と言った。
女性は、走らせるペンを止めずに頷く。
ダニーの言っているのは、今から三年前――
憩いの場として親しまれている公園が、三番街で働く市民から思いのほか好評となり、開発されることとなった延長工事のことだった。
そしてその工事は一年前に終了し、現在公園は南北に5kmという広大なものとなっている。
「その時、拡張する区画に住んでた移民の連中が、立ち退きにあって住む所がなくなっちゃってねぇ……。
結局、行く所がなかったのか、公園に戻ってきてホームレスになっちゃったんですよ」
彼は胸の前で腕を組み、顔をしかめる。
「それからは、治安が悪くなる一方。
昼間はまだいいんだけど、夜はスラム並に強盗や強姦なんかがおきるようになっちゃってねぇ……。
こっちは迷惑な話ですよ。
そのせいで、早朝の見回りが増えちまうんだから……。
聞いてくださいよ、また夜勤が増えたんです。
この間なんてねぇ……。
俺が夜、居ないからって、彼女は浮気するわ……。
こんな時、女って「寂しかった」だの言うっスよ。
こっちからすれば誰のために働いてるんだってってね――
って、約束。忘れないでくださいね。
いい娘、紹介してくれるって話。
え、話が、それてるって?
――あーっ、そりゃすみません。例の件でしょ。
わかってますって」
少し大げさに肩をすくめたダニーは。
「俺に聞いたって言わないでくださいよ――」
と、そう言って自身の見た光景を思い出しながら、目の前の女性に話し始めるのだった。
§
〈三人称 視点〉
時間を少し遡ることとなる。
これは新米警察官ダニーが体験した話。
ブリストルの三番街に隣接した、南北へ5kmほど伸びる広大な公園がある。
――中央公園。
それはブリストルを走る川、ベイズ川で隔てた北側都市にあり、名前通り、その都市の中央に存在していた。
その公園。
そこには複数の湖があり、それらは川や地下水脈でつながっている。
元は自然の森だったようで、昼間は市街地に住む人々の憩いの地になっていた。
そこは都市が建ちはじめる前の、昔からあるアングリアの自然を残し保護している公園だったのだ。
しかし昼のそういった表情とは別に、夜にはホームレスが住み着き、犯罪の温床になっているのも事実だった。
その公園の一番大きな池――
そこで彼女は発見された。
彼女が発見された時間。
それは早朝。
市街部の道路に設置されたマンホールからは、もう寒いせいか、もうもうと水蒸気が立ち上っている。
第一発見者は、ブリストル都市警察の警察官二名。
彼らは都市が大きくなるにつれ起こる、昨今の治安悪化のせいで朝も早くから駆り出されていた。
朝の公園。
昨晩の軽い雨のせいで、いつもより空気が冷たい。
そばの水面には水蒸気が舞い、森に軽い霧を作っていた。
――おおぇぇぇぇっ
――おおぇぇっ
幻想的な光景。
それに似つかわしくない、嘔吐音が森に吸い込まれていく。
「おい、大丈夫か――」
年配の警官が、新米警察官ダニーに言った。
しかし彼を心配する声も動揺を孕み、微かな震えと熱を含んでいた。
「うぇっぷ。なんなんスか……あれ……」
ダニーは吐き気を堪えて先輩警官に尋ねる。
彼は腹の中を空にすると、やっと吐き気に耐えることができるようになったようだった。
「お前は……
遺体を見るのは初めてだったよな……」
治安の悪化に呼応して、殺人件数は増えていた。
警官たちは毎日のようにおこる犯罪に対し、それらに出くわす機会は多い。
現にそのために、自分たちは朝も早くから、こんな所を見回させられているわけなのだから。
「バックや――
財布まで残ってますよ……。
物取りじゃありませんね……」
ダニーはふらふらになりながらも、手に持った警棒で被害者の側にあるバックをつついた。
「喉から下腹部にかけて、パックリ――
さらに、手足はもがれている……。
しかも、随分と綺麗な仕事だ、まるでチキンでも解体してるみたいだな……」
獣の被害を受ければ、死体は荒らされる。
しかし今回、それは見て取れなかった。
バラバラにされたパーツが、池のほとりに散乱している。
辛うじて残っている乳房や髪の長さ、所持品から女性だと判別できた。
血は抜かれているのか、血痕は異様に少ない。
気温のせいか腐食も少ないようだった。
そう考えると、バラバラ殺人という猟奇的な殺され方にしては耐えられる絵面のハズだ。
しかし、ダニーがこれほど気分が悪くなり吐いているのは別の理由がある。
臭い。
臭いがキツいのだ。
腐臭ではない――
濡れた地面に転がったそれらは、生臭いさを空気に放つ。
腐食というより膿みに近い、粘り気のある臭いを周囲に振りまいていた。
そんなねっとりとした臭いは、絡み付くように周辺の者たちを襲う。
「……逆さ十字」
しかし、その匂いが、鉄臭い血の臭いへと変わる。
周囲を調べていた先輩警察官の前には、地面に大きく血液により描かれた、黒い羽根と大きな鎌の入った逆さ十字があったのだ……。
「うっぷ。趣味の悪い……悪魔崇拝かなんかみたいですね……。
早く報告に生きましょうよ……。
俺、報告に行って来ていいっスか?」
ダニーは先輩警察官に懇願する。
早くこの場から離れたいのだ。
しかし、そんなダニーを無視して先輩警察官はなにかをつぶやいていた。
ダニーは自分の要望が聞き入れられてないことに、落胆を現す。
「……明るいブロンドか。
しかも、根元から……ということは、ここでも珍しい天然もの……。
そして、この逆さ十字……。
……おい、ダニー!」
さっきまで、自分の話など聞いていないように見えた先輩が、突如振り向きダニーに呼びかけた。
突然のことに、ダニーは「アッ、はい!」と返すしかできない。
「状況を詳しく説明しないといけなくなった。
俺が報告に行く。
すまんが、ここで遺体を見張っておいてくれ」
先輩の無情な命令に、ダニーの顔は情けなく歪んだ。
「この前も似たいような事件があったんだ。
これは詳しく説明する必要がある。戻って来るまで――たのんだぞ」
そう言い、先輩はダニーの両肩をつかむ。
逃げられない状況にダニーは絶望を感じた。
本当に自分はついてない。
あと何時間、こんな所に居なければならないのだろう。
通信機器は、この間の大規模通信障害より大半が故障していた。
稼働できるモノがある場所まで、3kmはある。
たぶん報告してると――戻ってくるまでに一時間位はかかりそうだった。
昨日、同僚にカードで負け毟り取られたことを思い出す。
最近の自分は本当についていなかった。
ふと、ダニーは夜勤の前に、今夜、彼女と会う約束したことを思い出した。
なにか話があるらしいが、この調子なら、おそらくその話もろくなものじゃないだろう。
「俺も……なんか嫌な予感がします……」
新米警官ダニーは先輩に答えた。
先輩は静かに、力強くうなずく。
そして、いい笑顔で「今度、おごるよ」といって走り去って行くのだった。
§
〈コウゾウ視点〉
俺たちは、迷宮から街へと戻っていた――
あの後、一階層の主を倒した俺たちは、二階層へとその足を進めていた。
――とはいっても、その日の目標は一階までだったので、二階層の入口を覗いただけだったのだが……。
俺たちは二階層へ向かうため、螺旋階段を降りる。
ついた場所には広間があり、そこには扉が一つと、奥へ進む通路が一つあるのが確認できた。
広間にある扉の方――
そこへは、一階層主を倒した際、手に入れた鍵で中へ入ることができた。
中は部屋自体が動き、迷宮入口まで戻ることのできる「エレベーターのような」施設だったのだ。
「エレベーターのような」と俺が言ったのは、従来のエレベーターのように上下移動のみの機構ではなく、謎の構造で横へも移動していたからだった。
実際移動した時に、横方向にもGがかかっていたので、たぶんそうなのだろう。もちろん上下にも移動しているのもわかった。
それについては、冒険者たちは「エレベーター」と呼んでいるので、俺もそう呼ばせてもらうことにする。
そして、そんな「エレベーター」を使い、迷宮の入口へと数分で、俺たちは戻ることができたのだった。
驚くことに、次回からはそのエレベーターで、二階までショートカットできるらしい。
主を倒し、手に入れた鍵でショートカットができる。
現在、ブリストルの冒険者たちに攻略されているのは最大七階層まで。
そこまで、全てこの方式で進められることは確認されているらしい。
同行している彼らは、五階層までは下りられるとのことだった。
ブリストルの最前線が七階層までと聞くと、彼等は半分よりももっと進んでいるので、中級といえど優秀な方ではないのだろうか。
帰る時に、冒険者たちとその話をしてみた所、五層までは比較的進みやすく、そこそこの経験を積めば進めるレベルなのだという。
五階層を攻略できるかどうかが、中級と上級の分水嶺だということなのらしいのだ。
彼等は迷宮に入るようになってから五階層まで、一年でたどり着けたのだが、悔しいことにそこから三年ほど先には進めていなかったらしい。
しかも、五階層に着いた頃に、十人いたメンバーも、停滞し続ける五階層攻略に見切りを付け、一人、また一人と抜けてしまい、三年目には三人だけになってしまっていたのだ。
そして、そのメンバーでは尚のこと五階層攻略からは遠ざかってしまい、教授の依頼を受けるまでは、迷宮で稼ぐことは諦めかけていたという話だったのだ。
――コンコン
扉をノックする音が聞こえた。
長々と説明してしまったが、今、俺は街のホテルで休んでいる。
特に目立ったトラブルもなく、今日、街についた俺たち。
そこでパーティは解散し、ホテルでチェックインをすませた。
俺と莉奈さんは、それから各自部屋へと別れていったのだったのだが……。
――コンコン
再度、ノック音が響く。
……莉奈さんか。
何か問題でも起こったのだろうか?
日頃のトラブルメイカーっぷりから、そんなことを思い浮かべてしまう。
そういえば、この街へついた当初は、排水溝を詰まらせたとか騒いでいたのを思い出す。
そりゃ、もとの世界の日本と同じぐらい、ガンガン、シャワー浴びてたらそんなことにもなるだろうさ。
やれやれ。
俺は三度目のノック音が聞こえる前に、扉を開いた。
「よかった……。
コウゾウさん、外出しているかと思いましたよ」
廊下には、迷宮で得たものを両手いっぱいに抱えた、金髪ローブくんが立っていた。
その顔は、「えへっ、来ちゃった」的な感じの顔で、非常にウザい。
可愛い女子ならウェルカムなのだが、男子はご遠慮願いたかった。
「迷宮で得たものについては、君たちにまかせたハズですよね。
換金してから、等分で分配してくれたので十分ですから――」
俺は彼にそう返し、扉を閉めようとした。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ。
タルタロスで見つけた、未鑑定のアイテムを、一緒に見てもらおうと思って来たんですよ」
……未鑑定?
ああ、あの首飾りか。
金髪ローブくんが、魔力を感じるとか言ってたアイテムを思い出す。
「思い出しましたか? くっ……重たい。
と、とにかく中に入れてください。
僕が鑑定してみますので……」
……しかたない。
俺は彼が入りやすいよう、扉を大きく開き、手で押さえ、中へと誘導した。
「へぇー、こんな風になってたんですね。
僕は教授と同じ一般用ですから、冒険者用のホテルって初めて入りましたよ」
部屋のテーブルに荷物を置き、金髪ローブくんは、よほど重かったのかパタパタと手を揺すって痺れを取っていた。
「そんな、対して変わらないでしょ――
友達の部屋に入ったことはないんですか?
同郷だと聞いたけど……」
俺の問いに、金髪ローブくんは苦笑いをして答えた。
「僕は途中で大学に行きましたから……。
冒険者になった彼等とは会ってなかったので久しぶりなんですよ。
それに僕は故郷でも嫌われてましたからね……」
手に刻まれた入れ墨のようなものを撫でながら、彼は語尾を濁した。
「――まっ、まあ、それはいいじゃないですか!
鑑定ですよ、鑑定!!」
彼はそう言って荷物の袋から首飾りを取り出す。
俺は、それをまじまじと見つめた。
首飾りにはシルバーの逆十時に、黒い羽根のようなもの、それに大きな鎌が意匠されている。
なんだかDQNが付けてるシルバーアクセサリーっぽい感じだ。
「一人で鑑定すると、アイテムが呪われていた場合、助けてくれる人が居ませんからね」
彼はそう言い、袋の中から金で装飾されたベネチアングラスのような高級感のあるボトルを取り出す。
「僕に異常が見られた場合、この聖水をかけてください」
そう言うと、彼は腕まくりをして、首飾りを両手で持ち、胸の高さへと持っていった。
「聖水でもダメなようなら、ホテルの方を呼んで教会へ連れて行ってくださいね」
彼はコチラを見て、作業を理解しているのか俺の表情を確認をする。それに対し、俺はわずかに頷き「わかった」と短く返事をした。
「では、いきますね――」
彼は両手に力を込める。
「夢魔の女王モーリアンの名において、精霊たちに命ずる。
このタリスマンに力を宿せ――」
周囲の空間に光の粒が吹き出し、それが金髪ローブくんへと纏わり付いた。
その光は次第に頭上に集中し、手に持った首飾りへと落ちて流れ込んでいく。
――バチィイッ
首飾りはひどい静電気のような音と、青い光を発した。
「ひっ――」
金髪ローブくんは衝撃で両手を離すと、テーブルの上に首飾りがジャラリと落ちる。
――魔力装填数 5/6
俺は咄嗟に手を伸ばし、ヒールを彼にかけた。
「くっ、有り難うございます……」
彼は入れ墨のある方の手を、抑えて息をきらせていた。
――呪われたのか?
俺は聖水を掛けようと、聖水のボトルを持つ。
「ま、まってくださいっ!」
そんな俺を、金髪ローブくんは大きな声で制止した。
「大丈夫です……。
私の魔法と反発しただけなので……。
呪われた……わけではありません……いててっ。
でも……コウゾウさん、これで、これが何かわかりました。
これは……神と絆をもったタリスマンですね」
「タリスマン?」
「お守りと言った方がいいでしょうか。
あ、でも教会のシンボルではありませんよ。
これは、古の神の力が込められているものですね……」
わかるようでわかってない俺は、首を傾げてしまう。
「コウゾウさんも魔法を使われますが――
それは……あの時現れた精霊と契約されたからですよね。
どこかで魔術の知識は学びましたか?」
たぶんキャンプの時の話だろう。
あの時、皆の前でイノリさんが出てきたのを思い出す。
彼はイノリさんを精霊と勘違いしているのだ。
そして俺の様子を見て、知らないだろうと判断した金髪ローブくんは続ける。
「うーん、魔術の知識がないとわかりませんよね……。
では……少し、説明させていただきます」
紙とペンを取り出し、俺に見えるように、それらを持った。
「そもそも人間は――
ご存知の通り、僕たちの少ない魔力では魔法を発現させることができません」
魔術師本人のそんな言葉に、いささかびっくりすると、彼はドヤ顔を返してくれた。
「それではなぜ、我々は魔術を行使し魔法を発現できるのかという話になってきます。
答えは簡単です。
魔術を使って神や精霊、悪魔の力を利用しているからなのです――」
教えるのが楽しいのか、ノリノリで説明を続ける。
彼は「神族及び魔族」「人間」と二つ紙に書いた。
「彼らの力を利用する際、魔法を発現するためには、彼らと自らの魂に繋がりをつくらなければなりません。それは絆といっていいでしょう。
なので全ての魔術師は神族及び魔族との絆を魂にもっています。
そこで、魔法を発現させるために、彼らと絆をつくるには、どうすればよいのか――」
そう言って「神族及び魔族」「人間」の文字を線で結び「絆」と書く。
「答えは彼らと契約をする。
それが、彼らと私たちの魂の間に絆をつくることなのです」
「絆」の横に「契約」と書いた。
「この刻印を見てください――」
金髪ローブくんは、手に書かれた入れ墨のようなものを見せてきた。
その入れ墨は二本のハルバードとカラスを象っている。
「これは刻印と呼ばれ、魔族と契約した証なのです」
「絆」と「契約」の文字のそばに、更に「刻印」と書いた。
「契約した神の刻印を持つ者は、その神の加護により、周囲に存在する精霊に命令することができるようになるのです。
命令された精霊が魔法を発現し、人の手では再現できない奇跡を起こすのが、僕たちの使っている魔術なのです。
あっ、ここで言う精霊とは、コウゾウさんが契約している精霊とは違って、顕現していないエネルギーに近いものですからね」
「精霊」と文字を書き、「神族及び魔族」と書いた文字から矢印を引いて「精霊」の文字に伸ばした。
その矢印に、「命令」と書く。
そして「精霊」から、新たに矢印を伸ばし、そこに「魔法」と書いた。
「ただ、契約はだれにでもできるわけではありません。
契約を交わす相手との相性が良くなければならないのです。
例えば僕の場合は、夢魔の女王モーリアンと呼ばれる魔族と契約しています。
僕の地元はチェスターと呼ばれる村なんですが、その北にある森の中に彼女が訪れていました。
僕はその魔族にそこで偶然出会い、気に入られて契約を交わしたのです……」
手に書かれた刻印を押さえ、彼の顔は曇った。
「契約には代償が必要です。
代償を捧げることで、僕は彼女の眷属となりました。
それにより風の精霊へと命令することが可能になり、魔法を発現できるようになったのです。
ここまでは、わかりましたか?」
俺は頷いて答える。
「ただ、これにも抜け道があります。
いや、少し違うか……。
むしろ、その方が世間では一般的ですね。
代償が必要な契約を交わさず、神の名を借りる方法……。
魔術師と呼ばれる方たちは、こちらの方法で魔術を行使することが多いのです。
そしてそれに必要なのが、このタリスマンや魔導書の存在なのです。
タリスマンや魔導書は、それ自体が彼らとの絆を持っているので、それらに宿る絆を使い、神の名を借りることで魔術を使うことが可能なのです。
ただ、それにも相性がありますけどね……。
そしてこの首飾りは、僕の魔法と反発しました。
それは僕の魔法が、他の神の力を帯びているからだと考えるのが妥当でしょう。
僕が、この首飾りをタリスマンだと判断したのには、そういった理由があるのです――」
なるほど――
「俺のバックには、大物がついてるんだぜ」そう言って精霊に命令して魔法を発現してるってことなのか。
ん、じゃあ魔力ってなんなんだ?
たしかイノリさんの表示してくれるステータスにも魔力ってのがある。
それに俺の場合は、この全身タイツが魔力を操作し、魔法を発現しているような節がある。
そもそも、俺は魔素がよくあるファンタジーとかで出てくるマナみたいなものだと考えていたがそれも違うのか?
よくわからないな……。
今度、そこら辺りのことをイノリさんに聞いてみよう。
この全身タイツも、もしかしたらイノリさんに返さなくてはいけない日がくるかもしれない。
約束では、定住したい土地や嫁が見つかったら、この全身タイツを返さないといけないからな。
まあ、今の所。
この全身タイツを初期化する施設も見つかっていないし、見つかるのも当分先の話だろうから、考えても詮無きことだろうとは思う。
だが、俺は、この世界で生きていくと決めたんだ。
いずれ来るかもしれない、全身タイツというチートを失う時に備え、新たなチートとして魔法が欲しくなってきてしまう。
しかも魔法って、なんだかロマンじゃん。
知っておいて損はない気がする。
この際だからもっと魔法についての疑問点を、金髪ローブくんに聞いてみよう。
「そうなんですね――
説明ありがとう。よくわかりました。
しかし、神と契約してるって凄いね。
差し支えなければ、代償とはどんなものを払うんだろう?
もしかして寿命とか――」
「――だ、代償ですか……
あ、その……僕の場合……」
金髪ローブくんの顔が、ゆであがったように赤くなる。
耳が、ものすんごく赤い。
「あ、言い難いことならいいよ――」
「――ど、童貞ぃ……です」
「――えっ?」
「ど、童貞ぃ……です」
「……」
俺の聞き間違いか。
金髪ローブくんのヤツ。童貞とかいってるぞおぃ。
そんなの代償でもなんでもないじゃないか。
むしろ差し上げたいものだろう。
「そ、それは――
た、たとばの話なんだけど……
もし、俺がもし童貞だとしたら……。
もしの話だよ、もしの……
その……、君の……地元の森に行けば、俺も契約可能なのかなっ……」
俺は焦る気持ちを抑え、なるべく気持ちを落ち着け、金髪ローブくんにさりげなく契約について尋ねてみる。
魔法を得られて、童貞も捨てられるって。
俺にはいらないものが、あちらの欲しいもの……。
あげれば俺が欲しいものが手に入る。
ウインウインにもほどがあるじゃない。
この年まで童貞で良かったと、初めて思えてきた。
「……おそらく……無理です。
夢魔の女王モーリアンは……その……
十二歳未満でないと契約しないと伝えられていますから……」
――ショタコン妖魔。
頭にそれが浮かぶ。
ひでぇ話だ。
この世にそんな旨い話はないということを実感させられる事実。なにがウインウインだ、ちきしょう。
「……僕は……。
十歳の時に、森で迷って……その……」
衝撃の事実。
金髪ローブくん、十歳で童貞喪失のお知らせ。
俺氏完全敗北、金髪ローブくんの大勝利である。
赤くなり、蚊の鳴くような声で喋る彼。
なに言ってるか聞き取れないぜ。まじで。
しばらく、その赤みは引くことがなく、やっと聞き取れたのは「食事に行きませんか」の言葉だった。
そういえば、夜もいい時間になっている。
食事も、すませてなかったな……。
そろそろ、莉奈さんがお腹が減ったと、やって来るはずだ。
結局、今の所、彼女は俺が居ないと、この世界の人間と話すことができない。食事をするのも一苦労だ。
タイミング的に丁度良い、金髪ローブくんの誘いに乗り、俺たちは食事にでることにした。
しかし、妖魔にも色々いるんだな。
想像の中で、色々な夢魔像を想像してしまう。
やはりSMの女王様風なのだろか。
うん、今晩はこれを使うことにしよう。




