第一話「黒の森」
狼型の妖魔が十一匹。
俺はダガーの一振りで、妖魔の身体を切り裂き、死体へと変えた。
今、倒したのは七匹目。
残り四匹はギャルこと、莉奈さんが相手をしている。
彼女は現代から来たJK。
当たり前かもしれないが、生き物を殺すことに忌避感が強かった。もちろん俺だってそうなのだが――
今は異世界。
しかも戦闘中なのだ。
そうも言ってられないのが現状で、殺生については俺も考えないようにし、戦っている。
だが、彼女はそこまで割り切れないのか、結局これまで生き物を殺したことはない。
それ故に、彼女は目前の妖魔を倒せずにいた。
妖魔も、集団が半数以下となったのに引く気配がない。
このままでは埒があかないので、俺は莉奈さんに加勢し、さらに妖魔を倒すことに。
莉奈さんは、俺に次々と切り裂かれている妖魔から目を背け顔を歪ませた。
戦闘が終わった後には、辺り一面、どす黒い妖魔の血が水たまりをつくり、ヘルメット越しにも臭ってきそうなほどの惨状が目の前に残る。
莉奈さんは、それからも目を背けていた。
妖魔の死体には妖魔結晶石が。
俺は死体の胸を切り裂き、一つずつそれを取り出していた。その作業も、ここ数日で手慣れたものとなっている。
遠巻きに……黙ってそれを見ていた莉奈さんは、俺の作業が終わるのを確認すると、暗い顔でとぼとぼと側に近寄ってくるのだった。
「お風呂に入りたいし……
お布団で眠りたい……」
血を拭っている俺に、彼女はそう言った。
衣服の残骸として残っていたなけなしの布。
着ていた服は、逃走中の橋の上で、とうにボロボロとなり果てており、今の俺たちはシンプルに、ピチピチの黒い全身タイツにヘルメット姿であった。
タイツの中は体温調整完璧。
汗、垢などの老廃物も吸収してくれて、イノリさん曰く、時間はかかるが、中でした小や大でも吸収し外へ塵や水蒸気として放出してくれるそうだ。
まあ、だからといって中で出したりはしないし、寝る時に毛布や寝袋も必要ないからといって、屋根の無い寝床では気持ち的にも休むことができなかった。
その状態が一週間以上続くと疲労と精神的ストレスがたまっていくるのは当然だろう。
気持ちはわかる。
俺だって、そうしたい。
でも現状、逃亡生活で無理なんだからしかたないじゃない。
「ごはんだって……
普通のでいいから食べたい……」
女子からのわがまま。
もてない男子なんだから、それぐらい甘んじて受けいれろ――
元居た世界にいるリア充パイセン達は、そう言うかもしれません。
ですが、難度が高すぎます。
引きこもりだった俺。
こめかみの血管は、切れそうなほどピクピクしており、ストレスがマッハすぎて、死にそう。
具体的に誰というわけではないですが、リア充パイセン、ボスケてって気分。
俺はため息をつき、「そうだね」と言って、妖魔から回収した結晶石――彼女は回収すらも手伝ってもくれなかったのだが、集めた結晶石を平等に分け全身タイツへと吸収した。
さて、居もしないリア充パイセンへと助けをもとめるのは脇におき。俺たちは今、森の中を絶賛行軍中だ。
――この森は、昼でも薄暗い。
元の世界でもよく見たタイプの木なのだが、それらにしては背が高く、樹齢何百年ありそうなほどに大きい。
さらにその大きな木についている大きな枝は、不気味に歪み、空を覆うようにひろがっている。気持ち悪いったらありゃしない。
黒ずんだ土とむき出しになった木々の根、その間から顔を出す尖った岩たちが、さらに俺たちの不安を煽る。
そんな奇妙な木々が視界を埋め尽くし、その周囲に広がる薄くかかったガスは、磨りガラスように太陽の光をにじませていた。
にじませているのは光だけではない。
ガスのせいで影さす森は、視界と一緒に意識すらもぼんやりとさせ夢の中に居るような気分だった。
さて、現在までの経緯を説明せねばなるまい。
この前までは橋の上逃げてた自分たちが、突然森の中にいるのだ。メタ的話だが、読んでいる方たちは混乱するだろう。本当に申し訳ない。
とりあえずこの森。
舗装された道などない。
悪路すぎて乗ることは極力控えているのが現状。
バイクは特殊なものだから、自動操縦で人が乗っていなくても走ることはできたので、俺たちは乗らずについてきてもらっていた。
だって、莉奈さんがうるさいんだもの。
揺られすぎて、嫌なんだってさ。
もしかすると俺と密着するのが嫌でそういってるのかもしれないけどね。
そんなわけで、俺たちはほぼ徒歩で、まるでトレイルランのように、結構な勢いで走りながら、この気色の悪い森の中を踏破しようとしていた。
なっ、この厳しさ。
軍隊でもないのに行軍とか言いたくもなるだろ?
戦闘だって、さっきので何回目だ?
この森の中の妖魔の数は異常だ、数えるのも嫌になる。
森に入る前だって、思い起こすと、今まで町はおろか村にも立ち寄らず他人とも一切接触しない生活を続けていた。
帝国の追跡から逃れるため、痕跡を残さないよう注意していたためだった。
そんなことができたのも、ひとえに、イノリさんの索敵レーダーのお陰であり、さらには人工衛星からの情報のおかげでもあるのだが……。
とにかく、食事と寝床の確保は難しかった。
そりゃそうだよね、人に会わないのなら、それらは自分で調達しないといけない。
しかし俺たちは、転移させラレたての都会派シテーボーイたち。それなりの道徳と倫理がある。
某、泣けるアニメの如く、畑に生えている野菜を盗ったりだとかは気が引けた。
必然的に、自分で自然のものを採り、それを食べることになってくる。
別に、採れるならいいじゃないかって?
いや、考えてもみてくれ。
それらは、なんとか採れるかもしれないが、調味料も鍋も皿もなにもないわけで……。
当然、料理なんか、まったくできなかった。
火をおこすこともできないので、食べる物は木の実ばっかりだ。
あ、言っとくが木の実は、クルミとかブナの実、低い木についているドングリみたいな、なんとかナッツだ。フルーツとかではない。地っっっっっ味なやつだ。しかも煎ってないから渋いしまずい。
逃げ出してから二日目。
山中で、使われなくなった猟師小屋の廃墟らしきものを発見。
その中から、誰も使う人はいないだろうと、マッチと調理器具、道具袋など、使えそうなものを再利用させていただいていた。
さっき良心がどうとか、道徳がーとか言ってた、どの口が言うかと思われるかもしれないけど、いろいろ限界なのもあったのだ。許してくれ。
少し良心が傷むが、これによって、簡単な調理ができるようになり、途中の川で魚を取って食べることができるようになったので、結果よかったのだと思うことにした。
だが調味料の塩や香辛料はない。
生くっさい、味のしない川魚ぐらいしか取れない。
ね、そりゃ、不満もたまるわ。
だから、莉奈さんの主張はわからないでもない。
俺だって不満だ。
でもね、出来ないことをブツブツ文句言われても、ストレスがたまるだけだし、言った方はスッキリしてストレスが減るかもしれないが、言われた方はたまったもんじゃない。
あーあ、一人の方がよかった。
そう思っちゃうよね。
だって、人間だもの。
くそぅ。
それもこれも、ガルニア帝国とかいう、厨二臭い名前の国のせいだ。二度とあんなとこ行くか。
俺は悔しさを、ぎゅっと、拳の中に握りしめた。
だが、そんな俺たちの、涙ぐましい努力の甲斐あってか、橋から脱出した一週間後、ガルニア帝国の国境に隣接した、黒の森と呼ばれる森にまで、無事……怪我なく、たどり着くことができていた。
森なら今までいくらでもあったんじゃないかって?
当然、今までの道中も森や山などあったのだが、この森はそれらのいずれとも違っていた。
黒の森に隣接している大きな国は、ガルニア帝国、アングリア王国、フィリス共和国の三国がある。
しかしそのいずれもが、この森を自国に組み込むことはできてはいないらしい。
どの国も兵を派兵し、妖魔を倒しながら開拓したのだが、まったく成果を見出せずにいたからだ。
この森は魔素が強く、人間が住むには適さない。
作物は育たず、木々等は異様に歪んでいる。
森には外からでは考えられない強さの妖魔が跋扈し、そこを開拓する人たちの生命の危機が常に脅かされるのだ。
この環境をどうにかしない限り、開拓など、どだい無理な話なのである。
かくして、何処の領土にも所属をしない、アンタッチャブルな森、黒の森が出来あがったのだった。
そんな危険とわかっている場所。
森は範囲が広すぎて、妖魔が出てこないか警戒するぐらいしか兵も割かれていない。
だれも入る者はおらず、国境の監視はザルのようなものとなっていた。
俺たちはそれを利用し、森を抜けて、この国を出ようと計画していた。
当然、森の中は危険が多い。
だが、この全身タイツを着た俺たちなら、十分対抗できると考え、この森に挑んだのだった。
さて――ならば、この森に入り、どこへ行くのか。
答えはアングリア王国である。
俺たちは、そこに向かっていた。
理由はいくつかある。
あるのだが、そのうちでもイノリさんからのお願い……施設の起動というのが理由の大半をしめていた。
正確には、アングリア王国に、基地があるわけではない。黒の森にそれはあるのだが――
イノリさんの話では、フルマラソンより多い一日60kmほど歩いたとして黒の森を抜け、アングリア王国に着くには一週間もかかるというのだ。黒の森の広さも想像できるだろう。
森の中の基地の位置は、そのアングリア王国への途中にあった。
しかし、今回、それは通り過ぎ、先に一週間かけてアングリア王国へと向かうことにしていた。
森を抜ける際、直接そこへ寄ることもできる。
たしかにそう、そこに直接向かえば話は早いいのだが、それには色々と問題があった。
もっとも大きな理由が、この魔素の濃さと、森が広大だということに起因している。
考えてもみてくれ。
魔素の影響で、森の中には食べられるものなど存在しないと思った方がいいのだ。しかも妖魔の肉は人間には毒素が多すぎて食えないらしい。
何日分もの食料を運び、森の中で何日も活動する――
とても、俺たちには無理だ。
今の俺たちには、余裕がない。
基地についたとして、この時代では遺跡であり、食料類は期待できなかった。
俺たちが基地を起動させるには、アングリア王国に行き、再度、黒の森に挑めるだけの下地を整えなければならなかった。
ガルニア帝国は論外として、フィリス共和国も選択肢として考えていたが、黒の森に関しては、アングリア王国の方が一日の長があるらしい。
それはアングリア王国にある、ブリストルと呼ばれる都市が関係していた。
この都市は、冒険者たちの集まる街としても知られているらしい。
街で冒険者たちが準備を整え、黒の森や中にある迷宮に潜り、妖魔結晶石や財宝を集めていた。
そうやって、そのプリストルは冒険者の街として発展してきたらしい。
ん? なんで、そんなことを知ってるのかって?
イノリさんは本などの資料を、ページをめくらなくても外からスキャンするだけで読めるのだ。
帝国に居た際、イノリさんはその蔵書を逐一調べていた。
そこで得られた情報を、俺たちに教えてくれていたのだ。
その帝国の知識に加え、彼女は基地の、だいだいの位置を把握していた。
それらを総合し、基地を起動させるには、もっと細かな情報をアングリア王国で集め、食料など体勢を整えてから、黒の森に挑むのがいいだろうと結論をだしたのだった。
袋の中に今まで採取した木の実を目一杯つめこむ。
水は山小屋で貰った革で作られた水筒に入れ、一週間分の食料は蓄えた。
現在、俺たちはその森の中を進んでいる。
黒の森に入ることにより、帝国領を脱出することはできていた。
その森の中で、すでに一日が過ぎようとしている。
そこで発生したのが、冒頭。
ギャルちゃんの「わがまま」であった。
これから、残りの六日間。
先が思いやられるぜ。
まあ、街につけば、人ともコンタクトできるだろう。
そうなればギャルちゃんのストレスも減り、この「わがまま」もいくぶんかは減る。俺もストレスから解放される――
俺はそう願わずにはいられなかった。
妖魔結晶石を吸収した俺たちは、そんなこんなで、不気味な森の中を、走りながら突き進んでいるのだった。
§
「絶対ヤバいよ……
食料だって、ほとんどないじゃん!」
曰くギャルちゃん。
俺たちは森に入ってから一週間が過ぎていた。
え? なにがヤバいって?
そりゃねぇ……。
まあ、そこは、ご想像通り。
入る際に用意した、一週間分の食料が底をついたのだ。
今現在、黒の森の外に近づいてはいるのだと思う。
イノリさんもそう言っていたので、少しは心に余裕があった。
しかしそれにしたって、あとどのくらいかかるのだろう。
すでに、今朝の食事は抜いていた。
トニー、腹ぺこで力がでないよぅ。そんな感じなのだ。
「そろそろ、この森でないとヤバいって……。
今日にはでられるって、おじさん、いってたよね……」
『まさか、これほど妖魔と遭遇するとは思いませんでした。
一応、少ないルートを通っているのですが……』
「イノリちゃんは悪くないよぅ……。
ってか、おじさんが食べ過ぎなんじゃない?
少しはダイエットすればいいのに」
よけいな、お世話だ。
「……もうそろそろ、森は抜けれるんだよね?」
『はい、不確定要素を排除すれば……
単純に距離だけだと、あと二日もあれば、脱出可能です』
――ごくり
二日……だと?
近くではなかったのか。
その間、飯抜きとか……断食ダイエットよりキツい。
思わずツバを飲み込む。
しかも、喉も乾いてきた。
ここは……
わがままギャルを、無理矢理にでもバイクへ乗せ、強行突破するべきか。
「二日ぐらい……たぶんいけるよね。
よかったー、でられそう……」
いつも、腹減ったと、文句言ってたのはお前だ。
だいたい、二日間、飲まず食わずは、命に関わるぞ。
それは飯を抜いたことがない、現代っ子だから言えることだ。特に水がやばい。
くそぅ。
こいつ……オリハルコンワイヤーで、バイクに括りつけてやろうか。
そんなことを、本気で考え始めたときである。
『南東の方角、1km先。
戦闘が行われているようです』
いつの間にか、立体映像で現れたイノリさん。
彼女がバイクにまたがっている。
イノリさんは、俺たちのヘルメット内、HMDにウインドウを表示させた。そして、そこに地図を映す。
自分たちを現す光点。
それを中心に据えた周辺地図だ。
離れた所に赤い光点が一つと、それとは少し離れた所にもうひとつ。
最初の赤い光点に、複数の黄色い光点が密集していた。
この黄色いのが混ざってる場所が、戦闘しているところなのだろう。
『黄色の表示は戦闘中の人間です。
大型の妖魔に、襲われているようですね。
あれは――
この森に入ってから、一度戦闘した熊型の妖魔です。
今まで、この森の中で出会ったものでは最強なのではないでしょうか。
通常の人間だとすると……このまま全滅もありえますね』
「どどど、どうするの?」
莉奈さん、不安顔で急にしおらしくなる。
俺の側に寄ってきた。
今まで、散々、妖魔を倒してきたのを見てきたのに……。
まだびびってるのだろうか。この娘。
『コウゾウ。
いいことを思いつきました』
はい。
イノリさんの、いいこと思いついた入りました。
「偶然。
気が合うね、イノリさん。
今、俺も思いついた所だよ――」
だが、今回は俺も一つ、いいことを思いついていた。
顔を俺に向けニヤリと笑うイノリさん。
ブサメンも、とびっきりの笑顔で返してやる。どうだ。
なにがなんだか、わかってないギャルは、頭の上に?が浮かんでいるような阿呆面を晒している。
人間がいるということはね……
食料も持ってるわけで……。
ここで助けて、恩でも、いっぱつ売っとけば――
イノリさんは空中に浮き、俺はバイクにまたがる。
「莉奈さん、早く乗って――」
俺はギャルに、後ろに乗るよう促した。
非常時だからか、それに彼女は大人しく従う。
俺たちは、鴨がネギ背負ったような獲物に向け、走り出していた。
§




