第十一話「今後を考える」
無重力が身体の制御を奪う。
俺は流されるままに身を任せていた。
暗闇の中に浮かぶ星たち。
その中にひときわ目立つ物体。
それは車輪状のパーツ中央に円筒状のパーツが刺さった形状をしており、ゆっくりと回転していた。
いや、ゆっくりと回転しているように見えるのはその物体の巨大さのせいなのか。
それは太陽光を斜めに受け、暗闇のなかでくっきりと白く輝いていた。
そう、それは俺が今まで乗っていた宇宙船。
それから射出された一つの光が、徐々に俺へと近づいてきていた。
――でかいな。
近くに来るとよくわかるが、デカい。
スケールのデカさに、今更ながら感動する。
外から見たらこんな形だったのか……。
宇宙船から離れ、近づいてきた小型宇宙船。
それは球体をしたもので、その宇宙船へとワイヤーを絡めた。
イノリさんが俺を回収しに来てくれたのだろう。
『やりましたね、コウゾウ』
モニターに映る、これ以上ない笑顔のイノリさん。
『倉庫区画モジュールを切り離す際、地上へ落ちるように調整しました。
数時間後には、かなり深い角度で、ガイアの大気圏に突入するでしょう』
「あんなの……地上に落ちて大丈夫かな」
この宇宙船を外から見た後だと、一個のモジュールがどんだけ大きかったのかわかる。
『あのスピード、体積だと触れる大気は大量に圧縮され、内部ですら二千度以上になると思われます。
地上に到達するまでには大破し、焼き尽くされるかと――いかにポベートールといえども無事にはすみません』
「脱出されないかな?」
『この距離なら仮に脱出されたとしても大丈夫ですよ。
結界により本艦も隠されていますので、脱出して探すことも不可能に近い状態となっています。
それに、途中で気がつかれないために、コウゾウに時間稼ぎの戦闘をしてもらっていたのですからね。
よっぽど戦闘が楽しかったのか妖魔結晶石が離れていくことに気がついてませんでした。
本当にうまくいきましたよ。
モジュール内のカメラがまだ作動しています。
遠隔操作で覗くことも可能ですが――見ますか?』
モニタに映るイノリさんが、今までに見たことない意地悪な顔でいってくる。
「おいおい、ちょっと性格悪いんじゃない――」
『なら、見ないんですか』
「見るよ」
当然見るでしょ。
モニタに映し出されたポベートールは、怒りの形相で壁面を破壊している。
だが、壁の表面は破壊できるものの、外壁に穴をあけることはできない様子。
「くそっ! くそっ!! ニンゲンがぁ!!!
ニンゲンごときがあぁぁぁぁ!!!
くそおおーーーーッ!!」
ヤツの表情からは余裕を含んだ笑みがすっかり消え失せ、必死さが伺える。ざまぁ。
「イノリさんもういいよー」
負け犬ウォッチングはこのぐらいして、早いとこ船内へ回収してもらおう。
俺にはこれから、たくさんやることがあるのだから。
§
『再度結界を展開し、脅威は退けました。
が、少々問題が発生したようです。
コウゾウ、相談なのですが――』
船内で体を休める俺へ、立体映像のイノリさんが困った顔で相談してくる。
『地上にて――
コウゾウが降り立った地上にて、世界変容災害以前に我々が使用していた施設を探索して欲しいのです』
「し、施設??」
『はい、現在この船――
ノアの結界を再調整した際に判明したのですが、結界に使用している核――妖魔結晶石が覚醒し始めていることが判明しました。
覚醒反応が微弱なため、すぐに覚醒するというわけでは無さそうなのですが……。
今後、あと千年間は、妖魔から身を隠す必要がある我々にとって、そのことは非常に見過ごすことのできない問題なのです。
我々は世界変容災害初期――魔素禍の前に、この宇宙へと避難しました。
地上へと残り、世界の変容へと抵抗した人類は、我々とは違い、妖魔に対する膨大なデータを有しています。
なので、地上へと赴くコウゾウに、地上に存在するいくつかの施設を調べていただき、その研究データを用いて核の制御を――』
「ちょっ!?
調べるってイノリさん。
その施設に直接行かないとだめなの?
なんか通信とかでチャチャッと……」
『無理ですね。
我々とコンタクトのとれる者たちはもう居ません。
なので、無人となった施設に赴き、その施設の稼働とリンクが必要となってきます』
冗談じゃない。
これから地上に降りて、異世界ライフを満喫する予定だ。
そんなことしてる暇なんかない。生活基盤だって整えなくちゃあいけないし。
「いや、ホント、勘弁してください。無理です。無理無理。
俺はコレから地上に降りて生活基盤を整えないといけないんだから、無茶言わないでください。無理です」
まず、安定した収入と住む所を探さないといけない。
もう引きこもりは嫌だ。あとは嫁も。やることはたくさんある。
『それは困りました――
コウゾウの装備しているACHILLESですが、この船にはそれ一着しかありません。
お受けできないとなればACHILLESを回収し、情報を初期化した後、我々は別の方法を考えるしかありません』
「――なっ!?」
俺は言葉を失う。
この全身タイツを取り上げられたら、地上ではただのおっさんだ。確実に野たれ死ぬ自信がある。
『貴重な装備ですが、依頼を受けてもらえるようなら、報酬として貸して差し上げてもよかったのですが――
しかし、無理なら回収させて頂かないと』
これって、拒否権ないじゃん。
さすがイノリさん、やることがきたない。
「ちょっとまって、やらないなんていってないじゃん。
無理だっていってるの、だって地上って広いんでしょ?
それとも簡単なの?? 危険な所にあるかもしれないし……。
さっきみたいなのが出てきたら、今度は絶対勝てないって」
『大丈夫です。安心してください。
地上帰還カプセルは、その施設の一つに着陸するようにしますので、その施設の稼働は楽勝です。
施設の中には妖魔と戦うための研究設備もあり、それを使えばACHILLESの強化をすることが可能なハズです。
まずはその簡単な施設から稼働させ、パワードスーツの強化をしてから、今後について考えてみるのはどうでしょうか。
幸い、時間の方は差し迫った状況ではありません。
現状から判断すれば、妖魔結晶石が完全に覚醒するにはまだ百年はかかると思われます』
そんなに時間あるなら、生活の基盤を整えながら進めることができるかもしれないけど……。
まあ、今のこの世界について、あまりにも、なにも知らない状態だから考えてみても結論なんてでない。
イノリさんの言ってる通り、まず、その施設を稼働してから考えてみることにしよう。
「……その施設を稼働させるのはいいけど、生活基盤を整えて、俺が地上で生活できるようにしてくれないと……。
それができるなら協力してもいいし、無理そうでも依頼を託せる人、それを探すぐらいで勘弁してくれるならできる気もする……」
『かまいませんよ、その施設を稼働してもらえればACHILLESの初期化なども可能なので、地上でスーツを他の者に譲渡することも可能です』
ふう。
どうなるかと思ったが、話はまとまりそうだ。
『――ただ、定住するにも、色々な土地を見て回らないと判断が難しいのではないでしょうか。
施設起動の旅は、そのためのいい機会ですよ』
よけいなお世話だ。
だが確かに、住む所を探すにしても旅をしないといけないだろう。
その、ついでだと思えば、悪くない気もする――
「途中で住みたいとこ見つけたり、長期間滞在したいとこができたら後回しになるけど……それはいいの?」
『それは、仕方ありません――
先ほども言ったように緊急性が高いわけではないので、寄り道や別の目的ができれば、その後でもかまいません』
「うーん、ならいいか……。
ところで初めに行くとこって、近くに町とかあったりする?」
『百年前から、施設上に町が出来ているようです。
色々と研究されているようですが、起動してないところを見ると解析されてはいないようですね』
「それって、中に入っちゃっても大丈夫なのかな。
その町が管理してたりするんだろうし――まずくない?」
『大丈夫です。施設内に侵入すらできていないようなので、施設内まで見つからず、入ることができれば問題ないかと思われます』
人と戦闘とか最悪だ、できればしたくない。
妖魔は殺したが、さすがに人だと……
想像するだけで怖くなる。
『こちらが、現在、地上の地形です』
目の前に地球儀のようなホログラフが現れ、それがパカッと展開し、一枚の地図になった。
おお、地図アプリの航空写真みたいだ。
「あれ? ――地形が違う……」
日本らしいものが見当たらない。
しかもユーラシア大陸ってこんなんじゃなかったよな。でも微妙に似ている気もするし……。
判断が色々と難しい。
『はい、携帯端末を解析する際、判明しましたが、コウゾウの世界とワタシたちの世界は異なる世界のようです』
「でも、世界がいっぺん滅びてどうのって――」
『その――世界変容災害以前の時代も、コウゾウが暮らしていた世界と違うようです。
文明や歴史など、非常に似てはいますが違う点も多々あります』
「あ、そうなんだ……」
全身から力が抜ける。
俺はがっくりと肩を落とした。
――未来の世界、ってわけでもなかったんだな。
少しショックなのは、未練のようなものがあるからなのだろうか。
いや、未練以前に、ここが未来だったとしても元の時代に帰れるわけでもない。
ただ。
この世界に、俺とのつながりが何もないと知ると、なんだか孤独感が半端ない。
俺は、この世界に受け入れてもらうことができるのだろうか、少し不安になってくる。
『パラレルワールドのようなもので、星が誕生する以前で分岐した地球、というのが一番近いと思います。
なので、似たような名前や歴史などがあるかもしれませんが、同じものとは考えない方がいいかもしれません』
「うむむ、似ているだけの世界ってことか」
『すみません。推測の域をでないので、ハッキリとしたことは断言できません。
それに、この世界では時間を加えた四次元に加え、余剰次元も推測されています。
観測されていない、新しい次元軸にはパラレルワールドへ繋がっているものがあっても不思議ではありません』
おいおい、話が難しくなってきたぞ。
縦、横、高さ、時間で四次元ってことかな。
五つ目の次元ってなに? 五次元のこと?
『魔素とは余剰次元の力が作用して生じる現象であり、魔法はその余剰次元の力を知覚することで操ることができると言われています』
「魔法使う人はみんな、五次元が見えてるってこと?」
『残念ながら、人の脳はそれを認知することはできません。
余剰次元が起こす、我々の認知することのできる次元への影響を知覚することはできますが、余剰次元が直接見えている訳ではありません。
時間を感じることはできても、空間のように自由に、時間を自由に移動することはできないように、その次元からの影響のみを感知できるのです。
因みに亜人は、その余剰次元からの影響を知覚する能力が、人間より優れていると言われています』
「へー、じゃあ妖魔は?」
『余剰次元に存在していたものが、こちらの次元で我々でも知覚できる形になったものが妖魔です。
亜人は人という種が余剰次元をより上手く知覚できるよう進化したものです』
「んー、じゃあ妖魔なら五次元が見えてるのかな」
『いえ、こちらの次元で身体をもった時点で、その形、法則にとらわれ余剰次元を見ること、理解することができなくなっていると思われます。
但し、元はアチラに居た存在ですから人類以上には余剰次元を知覚できているのではと――』
「じゃあ、答えてくれるとして、ポベートールに五次元のこと聞いたら教えてくれるかな」
『それは無理だと思います。
言語というツールでは余剰次元を説明できないからです。
さらに言うと、この次元の物理法則では五次元の世界を理解できないと思われます』
言葉にできなくても、こんな感じとか説明できないのだろうか。あんまり納得できない。
『ポベートール自身も、コチラの体をもっているので余剰次元を認知できなくなっています。
その為、余剰次元を思い出そうとすることができても、理解ができないので説明することができません』
「体のせいで理解できないなら、死ねば向こうに戻るのかな?」
『戻るというより、今度はコチラの次元への干渉手段が制限されます。
相手も我々が知覚できないように、こちらのことが知覚できなくなるのです』
くそぅ。わからない。
「……考えても仕方がないか。
知った所でどうともできそうにないし――
とにかく、これから向かう地上についての情報の方が俺には重要だ」
理解は諦めた。
話がそれてた気もするし。
「地上の人たちってどんな生活してるんだろ?
どのくらい科学が発達してるとかわかる?」
『これから行く地域は乗り物や産業の動力は蒸気機関です。
内燃機関もありますが、機械技術に比べ化学技術が進んでないことと、現在の技術で採取可能な地域の石油がワタシたちの時代に枯渇していますので、あまり浸透していません』
石油が枯渇って、さらりと凄いことをいってくれる。
蒸気機関ということは石炭を使っているのだろうか。
『燃料は石炭や魔石――石炭は蒸気機関に使いますが、多くの内燃機関は魔石を液体にしたものを燃料に使用しているようです』
「魔石って、あの妖魔結晶石のこと?」
『はい、そうです。
入手方法が特殊なので、今の所、多くの国では一般的な動力ではありませんね』
「ふむ、じゃあ、石炭があるならガスは?
天然ガスとかどうなんだろ?」
『扱いが難しいようで、ガス灯などはありますが、あまり一般には普及していないようです。もちろん電球もありません。
電気に関しては、まったく研究されていないわけではないのですが、魔素の濃度が濃い地域は磁場が乱れやすくなるので、研究する場所が限られており、あまり進んでいない状況ですね。
従って明かりもオイルランプや獣脂蝋燭が主です』
――イノリさんが教えてくれる情報は多い。
しかし、人から言葉で伝えられる情報では、俺の理解力の低さも重なり、その世界で生活している自分の姿が具体的に思い浮かばない。
イノリさんの話を聞く限り、中世ファンタジーよりもスチームパンクとかに近いのか。
文明レベルが低い地域は、中世だったり、さらには石器時代に近いところもあるらしい。
地域間の移動にも障害が多く、外洋には大型の妖魔が存在するので沿岸付近が主な航路となっている。世界一周もまだのようで、未だに新しい大陸が発見されたりもしているとのこと。
俺がこれから降りる町はスチームパンク寄りで、普通の人間族が大半を占める場所らしい。
百聞は一見に如かずという。
地上に降りてみるのが手っ取り早いのだろうが、その地上に降りる不安を払拭したいがために聞いている部分もある。
しつこく質問を続けていたが、結局、だらだらと話を続けるよりも疲れを取るため寝ろとイノリさんに心配をされる。
戦闘の疲労もあるし、体調を整えておくことの方が優先だと説得された。
ここは宇宙船の中なので、夜と昼の境目はない。
この宇宙船に飛ばされてから二十時間が過ぎようとしていた。
緊張に次ぐ緊張の連続で眠気も飛んでいたが、言われてみると確かに眠い。
体内時計的には、眠たさは通り過ぎた後だった。
空腹も――今更だが酷い。
上陸した時に時差ボケとかになったら怖いので、地上に合わせて起床することになった。
あー、不安だ。
不安は解消しないが、俺の質問タイムはこの辺でお開きとなる。
ソイなんとやらという、カロリーなお菓子に似た合成食料を分けてもらい、腹を満たした後、俺は眠りにつくことにした。
§




