第十話「無重力」
「ふーん、星界にボクを落とすつもりなんだ。
確かにそれならボクを滅ぼせるかもしれないけど……。
本当に落とせるとか思ってるの?」
地中深くに根をはる巨木のようにビクともしない。
巨木相手にぶつかり稽古なんかしたことないが、そんな感じだと思う。
ビクともしないどころか押し返されているじゃないか。
足裏のホイールの悲鳴がそれを思い知らせてくれる。
ポベートールが歩くたびに、ヤツの足元が金属音をたて凹む。
パワーローダーはジリジリと後退させられ、子供の癇癪のようにキーキー音を出し火花をちらした。
――まずい、俺の計画が失敗しそうだ。
シガニーさんも真っ青だ。
――ガキンッ
掴まれているパワーローダーの爪がアルミカンを潰すように歪む。
“ぶちかまし”した後、拘束するために挟んだ爪を逆に掴み返されていた。
ヤツの筋力を舐めていたのは俺だったか。くそぅ。
とにかくこの腕をどうにかしないと、大事なものと爪が折られちゃう。
すると浮遊感。
ヤツは今までにないほど力をこめ、パワーローダーを持ち上げた。子どもか女性ほどの身体のヤツが、三メートルもある巨体を持ち上げる姿は、傍目から見ると冗談に見えるだろう――だけど、これは冗談じゃない。
脇汗が尋常じゃないほど出ている。
汗が肌を伝う。
ヤバい、ヤバい、ヤバぃ。
ぐるっと、立ち位置を反転させられた。
ヤバい、まぢヤバぃ。
落とす側から落とされる側に変わった。
ここで“うっちゃり”でも、決められたらよかったのだが、力の差がありすぎる。
重機使ってもこれかよ――
絶望しそうになるが、否。まだまだだ。
ありったけの力を使い、持ち上げられた体勢から床へと足を着く。
そして、ヤツを爪で挟んだままローラーダッシュを逆回転させ、バックしながらぽっかりと口を開けた宇宙へ向け走り出した。
急な力の方向転換に、かつてない火花が足元に散る。
続けて機体が僅かに進み始めると、俺はパワーローダーを脱ぎ捨てた。
逃げられないよう遠隔操作で、ポベートールを挟んでいるパワーローダーの爪に力を込める。更に全力で宇宙空間へ向け機体を蹴りあげた。
機体を踏み台にしてジャンプ。
なんでもいいから、壁面の掴めそうなものに向け俺は飛んだ。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
かつてない声を張りあげる。
蹴りの力とローラーダッシュの力、吐き出される空気の流れがすべてその重機に乗る。
挟まれたポベートールは、未だ拘束を外せた様子はない。
さすがのヤツもぽっかりと開いた黒い口へ、引きずられている。
「おおおおおっ、これは凄いね、引きずられるよ――」
床にはローラーダッシュの跡が二本、轍のように刻まれ、入口まで伸びていった。
ヤツの顔は、まだ笑っている。
――悪い予感しかしない。
いつもそうだ。
元の世界に居たときだって、計画を立ててうまくいったことなんて一つもなかったじゃないか。
勉強している時だってそう。
仕事をしている時だってそうだった。
準備に準備を重ねて、これで大丈夫だと思っていても成功なんてしたことがない気がする。
いつもそうだから、成功のイメージが湧かない。
不安がいつも側にあった。
そして、不安が失敗を呼ぶ気がした。
――ズドン
ヤツが、足を床に深く突き刺した。
――ズドン
体を床に固定し、再びパワーローダーを持ち上げる。
ヤツは、そのキレイな顔から想像もできないような声をだした。
「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっっ!」
地の底から湧き出るような低い声とともにパワーローダーが宙を舞った。
一本釣りのカツオのように船内奥に放り投げられる。
ごおぉんと鈍く、床に転がった。
さすがにパワーローダー重量が重いのか。
外に排出される空気の流れに流されることはなかったが、自分から動くこともできなさそうだった。
だって焼き切れたであろうモーターから、煙が出ているのが見えるもん。煙が凄い勢いで外へ流されている。
ヤツはゆっくりとコチラを見据えた。
第二ラウンド終了のゴングが頭に響く。
もう、あと俺の取れる行動は少ない。
おそらく、次が最終ラウンドになるはずだった。
§
転がるパワーローダーの影に移動する。
掴まるものがないと俺の体重では、外に吹き飛ばされてしまうからだ。
イノリさんの話では、船内は重力を発生させる装置が作動しているので、地上と同じように重さがある。
じゃあ、それを切れば、ヤツのパワーを少しでも封じれるんじゃないかと聞いたら、他の装置や設備が、無重力になると色々と支障がでると返されてしまった。
それにヤツは空を飛ぶことができる。
無重力下での体の制御は、俺の方に不利に働く可能性が高い。
そんな訳で、重力発生装置は未だ作動している。
重量のあるパワーローダーの物陰に隠れれば、俺の体重でも排出に耐えることができていた。
そんな中でも、ポベートールは平然と歩いていた。
床に足を突き刺しながら。
某吸血鬼かよ。
突っ込みたくなるが、それどころではない。
最終ラウンドは、至極不利な状況で始まっていた。
『準備、完了しました』
イノリさんの萌ボイスが聞こえる。
くそぅ。あまりの癒しに、泣きそうになったじゃないか。
『大丈夫です。
コウゾウならできます。一緒にがんばりましょう』
なんの、保証もないいい加減な言葉だ。
イノリさんの『大丈夫です』が、大丈夫だったことなんてこれまでひとつもない。
だけど、その「一緒にがんばりましょう」に不安を拭われる。
俺が元の世界で必要だったのは、人からかけられるこんな感じの言葉だったのだろうか――
仕事だって、勉強だって、彼女だって、この言葉をかけてくれれば、がんばれたかもしれない。
はは、だめだな。
それじゃあ失敗したのは、人のせいじゃないか。
同じことの繰り返しだ。
そんなことを悔やんでも今は変わらないし、ここには失敗したとき、責任をかぶせられる他人はいない。
いや、何にでもかぶせることはできるのだが、結局の所、自分の責任は自分でとるしかないんだ。
あの引きこもり生活で、あれほど思い知っただろ。
自分の人生を使って、俺は絶望を知った。
緩やかな、諦めに似た絶望を――
その怠惰な生活の責任は、結局自分でとるしかなかった。
父親、母親、友達、元同僚。
俺はうまくいかないことを、人のせいにしすぎていた。
結局、自分の人生ではない、他人の人生に乗っかって生きてきたから、人のせいにして諦めてばかりで、なに一つ、うまくいかなかったんだ。そりゃ主人公じゃないよな。
でも、やり直せる。
イノリさんは、この船のために俺が必要だという。
イノリさんとの協力関係ができ、俺の新しい居場所ができた。
打算的なものだっていい。
それでも現にイノリさんの声に力を貰っているしね。
それでいいじゃないか。
俺だって自分の人生を生きるため、イノリさんを利用しているんだから、おあいこだ。
――死んでたまるか。
地上に降りて、俺の自身の人生をやり直してやる。
人生に目標ができた。
ささやかでもいいんだ。もといた世界では、ついぞ持つことがなかった、嫁とか子どもとか、俺の家族を作ってやる。
俺は自分の物語の主人公になるんだ。
「イノリさん、これで決めるよ」
――返事はない。
俺は、ポベートールを睨む。
「まだやれそうだね、そうこなくっちゃ」
ヤツは嬉しそうだ。
俺はワイヤーを射出しヤツの腕を絡めとる。
空気の激流に流されながら、もう片方の手でナイフを構えプロテクションと呟いた。
――魔力装填数 5/6
身体が仄かに発光し、プロテクションが発動したことを確認する。
この魔法は自身の装甲値を2上昇させ、30までは衝撃を吸収してくれる魔法だ。
焼け石に水かもしれないが全身タイツの緩衝値に加え、一度は攻撃を防いでくれる。
そして俺は、ワイヤーをたぐり寄せポベートールに近づくことにした。
今度は手錠デスマッチ、もといワイヤーデスマッチだ。
§
「逃げなくていいのかい。
ニンゲンごとき、僕にかかれば紙切れのように、引き裂くことができるんだけどね――」
「逃げてたら、倒せないですし、おすし」
ヤツの美しい顔が、楽しそうに歪む。
「言ってくれるね、ゴミクズがっ!」
ヤツも、俺がワイヤーをたぐり寄せ、進む距離より多く、床に足を突き刺し近づく。
ぐい、ぐい。
ズン、ズン。
あと一歩。
あと、ひと引き。
先に動いたのはポベートール。
ヤツはその凶悪力を秘めた腕を振るった。
俺は両腕をクロスさせ、振り下ろされる腕を受ける。
床が凹む。
ものすごい衝撃が、脳天から足元まで走った。
プロテクションが一撃ではじけ飛ぶ。
き、きつい。
だが、まだ一撃は耐えられた。
すぐさま、俺はプロテクションを使う。
――魔力装填数 4/6
「あはは、軽くふっただけで、ヨロヨロじゃないかぁ」
軽いビンタの動作で俺を叩く。
ワイヤーで結ばれていない、ダガーを持った手で、それをカンフーの様に捌いた。
――が、しかし重い。
それにかまわず、ヤツはビンタを繰り返す。
一撃、一撃が必殺の一撃に感じる。
直撃は避け、辛うじて、さばいてはいるが、手の感覚が麻痺してくる。
一撃ごとにプロテクションを使うが、秒単位で装填数が減っていった。
――魔力装填数 3/6
――魔力装填数 2/6 ・・……
――再填数
――魔力装填数 5/6
――魔力装填数 4/6 ・・……
攻撃しないと勝機はない。
俺は受けた一撃を回転の力に変え、回し蹴りをヤツの顔に叩き込んだ。
――片手かよっ
やつは軽々と、踵を掴んでいた。
周囲に点いたライトの光が線になる。
掴まれた足が、抜けそうな勢いで引っ張られたからだった。
ヤツは腕を振り、壁面に俺を叩き付けた。
プロテクションがはじけ飛び、もう一度連続で叩き付けられる。
壁面は盛大に凹み、俺は床にどさりと落ちた。
―――――――――――――――――――――――――――
【左 腕】負傷:18(骨折)
【右 腕】負傷:9
【胸 部】負傷:18(骨折)
【右脚部】負傷:18(骨折)
【左脚部】負傷:8
―――――――――――――――――――――――――――
体中の骨が、折れた気がした。
起き上がることすらできない。
俺はすかさず、プロテクションとヒールを自身にかけた。
――魔力装填数 4/6
――魔力装填数 3/6 ・・……
――再填数
――魔力装填数 5/6
――魔力装填数 4/6 ・・……
もちろん、一度のヒールでは回復するわけない。
再装填を二度使い、やっと動けるぐらいになった。
魔力は残り4ほど。再装填もあと4回だ。
「早く立てよゴミ、じっくりかわいがってあげるから……。
泣いたり笑ったりできなくしてやるよッ!」
ポベートールの邪悪な圧力で、ヤツの周囲が歪む。
くそっ、もうそろそろいいハズ。離れるか。
回復した身体を使い、転がったパワーローダーに向け全力で跳ね跳んだ。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
パワーローダーにギリギリ届くという位置まで、ジャンプできた。俺はすかさず機体を掴む。
一連の動作を見ていたヤツは、逃がさんと言わんばかりに俺を追って近づいてきた。
「イノリさん! 切り離してくれ!」
――浮遊感
室内が無重力になった。
室内のあらゆるものが浮き上がる。
パワーローダーもそうだ。
俺はヤツに絡み付けたワイヤーを急速に巻き上げる。
その勢いでポベートールへ向けて、弾のようになって飛んでいった。もちろん、目の前の重機をつれて。
「パワーローダーだっ!!!」
ワイヤーの巻き上げ、外へ流れ出る気流を使って、ヤツにソレをぶつける。
重力がないので、威力はそんなにないかもしれない。
だが、遠隔操作で動かしたパワーローダーの爪で、ポベートールを再び挟み込む。
やつに絡み付いたワイヤーを解き回収した。
そして、外へ向けてパワーローダーごと蹴り付ける。
その勢いで壁面に飛び、その壁面を地面のようにして着地した。
俺は、壁面を蹴り上げジャンプし、またパワーローダーに飛びかかって機体を蹴りあげる。
「ぶっとべええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
――ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
蹴りと拳の連打を叩き込む。
「なめるなああああニンゲンんんん!!!
こんなものでぇ どうにかなると思うなああぁぁぁ!」
ヤツは漆黒の翼を広げる。
空を飛んで、パワーローダーを押し返していた。
「ゴミクズが、ボクをどうにかできると思ったかあぁぁぁ!!」
遠隔操作で、パワーローダーの溶接用バーナーを作動させた。
爪で掴んだヤツの肩を、鉄を溶かす温度で焼いた。
「小賢しいなぁッ! ニンゲン!!!」
怯んだポベートールの飛ぶ力が一瞬だけ弱まり、宇宙空間へすっ飛ぶ。
「やったか!?」
――って、ああぁぁぁああああぁぁぁ
フラグ立ててしまった。
破壊音とともに、パワーローダーがはじけ飛ぶ。
宇宙空間に漆黒の翼をもつ、悪魔が浮かんでいた。
「ただでは、殺さんぞニンゲン!!
比べ用の無い、絶望と後悔を味あわせてやる!!」
ヤツは飛来物の間を縫って、コチラへとぐんぐんと近づいてくる。
そしてヤツの手は、俺のヘルメットを掴んだ。
――ドゴォッ
衝撃で、意識が一瞬飛んだ。
掴んだまま、壁面を引きずりまわされる。
――ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガアアッガガガガッ
「くそがっ! ニンゲンごときが!」
頭を持ったまま、今度は床に叩き付けられる。
やばい――意識が飛ぶ……。
ボロ雑巾のようになった俺を、ヤツは自分の顔近くまで近づけた。
「いいこと思いついたよ!!
さっきから、ボクを星界に落とそうとしてるようだけど、自分が落ちてみるといい!」
ポベートールは今までで一番の、とびっきり邪悪な笑顔を見せた。
「星界は過酷な世界だ!
その鎧でどれだけもつんだろうな! 一日か二日か!
星界で、その棺桶の中で、死の恐怖に震えるがいい!
ゴミの分際でボクを怒らせたことを後悔しろ!
絶望の中、後悔しろッ!!!」
俺の頭を持った手を、振りかぶる。
宇宙空間へ向け、俺は投げつけられた。
――魔力装填数 5/6
――魔力装填数 4/6 ・・……
――再填数
――魔力装填数 5/6
――魔力装填数 4/6 ・・……
回復魔法を使うが、体中が痛い。
ダメージを受けたときの痛みが、回復のスピードに追いついていなかった。
俺、よく頑張ったよな。
あんなやつとよく戦ったよ……。
引きこもりしてた俺からは、想像もつかないほど頑張った。
母さんとか父さんが見たら、なんて言うだろうな……。
思い浮かんだ両親は渋い顔をして、ゴミでも見るような目で俺を見ている。
あれだけ文句をいって嫌っていたのに、そんな風に見られているのに、俺はまだ両親のことを考えていた。
――周囲の闇に、綺麗な星が見える。
音は聞こえないが、ヤツが笑っているのはわかる。
コチラを見ているポベートールが、勝利の高笑いをしているのだろう。
結構なスピードが出てると思うが、ゾーンのときと同じように時間がゆっくりと流れている。これは走馬灯か。
ずいぶん昔だが、別れた彼女を思い出す。
いや、別れたなんてもんじゃない。
彼女にとっては、付き合ってもいなかったんだろうな。
楽しそうに、男と部屋に入っていく彼女を思い出す。
あんな笑顔、付き合ってからは一度も見たことなかった。
男と笑っている幼馴染み。
付き合っていない子供同士だった頃は、彼女もまだあんな風に笑っていたと思う。
何がだめだったんだろうな。
ただ、ただ悔しい。
……だが俺は、新しい世界で自分自身の物語の主人公なると決めたんだ。
こんな思い出、キレイさっぱり捨ててやる。
俺はゆっくり、ポベートールに向け中指を立てていた。
笑っていたヤツが笑顔の彼女と重なる。
「イノリさんッ!! ハッチを閉めて!!!!」
ポベートールが乗った、搬入用施設モジュールのハッチが閉まった。
自分が外へ出ると、状況がよくわかる。
宇宙船から切り離されて、ぽつんと宇宙を漂う、搬入用施設モジュールの姿。
ソレはヤツを乗せ、向こうに見える青い星へ向け、落ちていった。
「やったっ!! ちくしょう!!!
ざまああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
俺は雄叫びをあげていた。
宇宙空間を漂う自身に、超巨大宇宙船が近づいてくる。
俺は勝利を確信していた。
――どうやら、俺は生き延びることができたようだ。
§




