第九話「パワーローダー」
宇宙船の第七エリアは複数のモジュール――物資搬入用施設で構成されていた。
俺は今、準備を整えその中の一つに居る。
大きな物資を搬入するためなのか、昇降口の扉は上下にスライドする大きなモノだった。
『妖魔が近づいています――戦闘に備えてください』
全長三メートルほどのパワーローダーに乗った俺は、準備運動に軽く両腕を動かした。金属の擦れる音、重機の重量で床が微かに軋む。
「操縦は慣れてきたよ。
体を動かすのとほとんど変わらない感じだね」
腕を振ったら腕が動き、一歩踏み出せば重機も一歩踏みだす。パワードスーツと言っていたが、本当にそれだ。
『ACHILLESともリンクさせていますので、思考による操縦も可能です。
――コウゾウ、妖魔がきました。
コボルト五体に例の上位妖魔です』
入口が騒がしい。
むき出しのファンや駆動系の音がうるさい倉庫の中。
そんな騒音の中でも、少し離れている俺にも届くぐらいコボルトたちは騒がしい。
落ち着きのないコボルトの気配――
俺はその中に一際黒く重い圧力を感じた。
「逃げ回るのはやめてよ。
ここは精霊力が薄いから、あんまり長居したくないんだよ――」
イノリさん曰く、宇宙船は地球から結構離れているので精霊力とやらが薄いらしい。それは妖魔にとってあまり環境がよろしくないとのこと。
実際、厨二病妖魔はまだまだ元気そうなのだが、お供のコボルト達は苦しそうなのが見て取れる。
「母上はココに居ないようだね。
その向こうの部屋なのかな――」
ヤツは俺の立っている、後ろの扉を見る。
保険のため、ここには持ってきていない。
あの核を渡してしまえばゲームオーバーだからだ。
俺が敵、一体一体を見る。
その度にロックオン表示が敵たちにつく。
――魔力全開。
視線で六体全員をロックすると、俺は「エネルギー・ボルト」と呟いた。
アニメで見るミサイルのように、エネルギーの矢が六本、目の前から射出される。
――魔力装填数 0/6
それはコボルト達の胸や頭に突き刺さる。
奴らは次々と鳴き声をあげ倒れたが、厨二病だけは虫でも払うかのように矢を払いのけた。
やっぱり、効くわけないよな――
わかってたことだけど、少しショックだ。
俺は気を取り直し、魔力を再装填する。
――魔力装填数 6/6
この魔力再装填。
装填できる回数は魔力の数値までなので、今の全快している状態だから十回といったところだ。
あと九回。
数分待てば徐々に回復するらしいが、戦闘中などの緊張状態には回復しないらしい。
五体のコボルトはエネルギー・ボルトに頭部や胸を貫かれ完全に事切れているようだった。
ヤツはつまらなそうに足元に倒れたコボルトを一瞥する。
「やっぱりゴミはゴミか、少しは役にたって欲しいね――」
軽くコボルトの死骸を蹴る――
するとそれは、勢いよく俺の脇を通り抜け、壁にぶち当たった。
少し漏らしたかもしれない。
「ゴミにはゴミのなりの使い方があるか――」
厨二病の顔が楽しそうな顔に変わる。
ニヤリと笑う口が、細くなった下弦の月のように宙へと浮かぶ。
「クククッ。
お前は何の役にたってもらおうかニンゲン――」
殺気を含んだ圧力が、部屋中に満ちた。
「生け贄――それがいいな!
君にはその役になってもらおう!」
お断りだ。
攻撃に備えるため両腕をあげ構える。
パワーローダーの駆動音が鈍く鳴り響いた。
「母上への供物は、極上の恐怖と絶望で味付けしよう!」
早足に、こちらに歩を進める厨二病。
ズンズンと俺に近づいてくる。
無防備に近づくヤツ目掛け、エネルギー・ボルトをありったけ連打する。
エネルギーを含んだ光の矢は、ライトセイバーを降るような音をさせ厨二病へと突き進んだ。
ヤツは、先ほどと同じように、エネルギーの矢を軽く払いのける。
――バチィッ
一つ払いのける。
まるで、青い殺虫灯に飛び込む羽虫だ。
――バチィッ
二つ、三つ、四つ、五つ、六つ。
エネルギー・ボルトの雨の中、それでもヤツは、少しも歩みを止めることはなかった。
「絶望したでしょ?」
不気味な月は、もう目の前に浮かんでいる。
そうやって舐めてろっ!
俺は絶望を奥歯でかみ殺し、カニ鋏のようなパワーローダーの爪でヤツを挟んだ。
ヤツの慢心なのか、エネルギー・ボルトと同じように、この爪を避けることを拒否する。
簡単に避けられるハズの万力に、ヤツは挟まれていた。
「絶望ってのは、希望があるうちはしないものなんだよっ」
ヤツを持ち上げる。
挟んだ爪をフルパワーで絞った。
パワーローダー駆動音が悲鳴に聞こえる。
――化け物がっ。
「そうなるだろうな」とわかっていたが、驚くべきことに厨二病は両手で爪を押し返していた。
――ッくっ、やっぱり保たないか。
この爪でヤツを拘束できるのは極僅かな時間らしい。
俺は素早く自分の身体をパワーローダーから外し、機体をその場に残して跳躍した。
挟まれたヤツを飛び越え、厨二病の背後に回る。
残したパワーローダーに挟まれ、動けない厨二病を背中からダガーで斬りつけた。
そして思考で、パワーローダーの腕を遠隔制御し、さらにその手の万力を締め上げた。
ただ、押し返す厨二病の力はソレをも上回っており、マシンの悲鳴は次第に絶叫へと変わっていく。
――触れるものみな切り裂くダガーは、あっさりと厨二病の身体に傷をつけることができていた。
しかし、それでもやつの邪悪な笑みが消えることはない。
おそらく硬いゴムタイヤを包丁で斬りつけると、こんな手応えではないだろうかという感覚。
傷をつけることはできたのだが、その手応えは限りなく浅く鈍い。
それもそうなのか。
イノリさんのスキャンしたヤツの能力が視界の角に表示されている。
そこにかかれている耐久値は1850。
外殻の、ヤツの皮膚の緩衝値は35。
持っているダガーのダメージ126では、最大91ほどのダメージしか与えられない。
ヤツ倒すには、破壊できれば行動不能になる部位に対し、3700ほどのダメージを与える必要があるということだ。しかし難しいことに、単純に四十一回斬りつければいいという話でもないらしい。同じ場所、同じ傷に四十一回斬りつけるなんて無理だしな。
一応、部位破壊は耐久値の倍なのだが、破壊できないまでも、1850ダメージを与えると、相手の行動には何らかの影響は出てくるらしい……が、それでもこのチンケなダガーでは到底無理な話だった。
これが人間や普通の動物なら話が違ってくる。
浅いダメージで、その部位を破壊しなくても血管を損傷させれば、血が出て失血死する可能性もあるし、筋肉の腱を断つとその部位は動かなくなり、そうなれば破壊されることとほぼ同義だった。
その場合、気にすべきはその部位の耐久よりも防護値であり、傷さえつけられれば耐久など関係ない、ということなのだ。
しかし、この妖魔。
やっかいなことに、そんな生物の常識は通用しないという。
簡単に説明すると、身体の構造がマネキンみたいなものなのだ。
はっきり言って、頭を破壊したからといって、ヤツが行動不能になるといった保証はない。そこに脳という器官がないのだから。
一番良いのは、ヤツの動力である、胸の奥の妖魔結晶石を破壊するのがいいらしいのだが、それにはヤツの胸を貫通し刃をそこまで届かせる必要があった。
そのためには、渾身の力を込めピンポイントに攻撃を叩き込む必要があった。
敵さんだって、いつまでも素直に攻撃受けてくれるわけがない。そこでイノリさんと試行錯誤して考えた一つが、このパワーローダーによる拘束だったのだ。
オリハルコンワイヤーで拘束することも考えたのだが、それだとワイヤーを力任せに引かれれば、一緒に、俺ごと引きずり回される可能性があるので、その危険性を考え却下していた。
もう時間がない。
パワーローダーの力は筋力200に相当するらしい。
ヤツの筋力384。それを拘束するには不十分だ。
だが僅かな時間であれば――
俺は、ヤツの胸へ向けてダガーを渾身の力で突き込む。
このダガーならヤツの装甲を突き破ることができるのだ。この刃が弱点へと届けばいい。
同時にパワーローダーを遠隔操作した。こちらへ向けてヤツの身体を押すことにする。
パワーローダーの力と俺のダガーの力が合わさり、今、俺たちの出せる最大限の貫通力がヤツの胸を――
ゾーンに入った俺の目に、スローモーションで映ったのは、コチラへ押し込むはずのパワーローダーが、相撲で開幕、土俵際に追い込まれる力士の如く、押し返される姿だった。
当然、そのことにより俺の攻撃は浅くなり、ヤツの胸を貫くことができなかった。
――ガ ガガガッ、ガキンッッ!
――ガツンッ!
押し負かされたパワーローダーは、横転させられ床に倒れていた。
――頭の中に、ラウンド終了のゴングが鳴り響く。
平然とその場に立つヤツの姿は、第一ラウンドが絶望的に負け越されている事実を、俺に突きつけているのだった。
§
「魔力を再装填……」
――ピコーン
目の前に「魔力装填数 6/6」と表示される。
再装填は後八回可能。
俺はヤツを正面に捉え、刺激しないようゆっくりとパワーローダーの方へと移動した。
「そんなニンギョウ、お遊びにもならないね。
パワーで、ボクに勝つなんて無理だよ」
そう言うと両手を組み、顎を持つような仕草で首を傾けた。その姿は非常に厨二病臭い格好だが、美しい容姿と相まって様になっている。
「……名前」
少しでも時間を稼ぐため、ヤツに問いかけた。
「……よ、よかったら、名前教えてもらえませんか。
どうも、戦ってる相手の名前を知らないというのも気になるので……」
なぜか、ソレが口をついて出る。
「い、いやっ。その……無理だったらいいです。はいっ」
だってさ、名前とかに弱点のヒントとかあるかなーって思って……。デスなんちゃらとかなら光の攻撃に弱いとかみたいな。
そんな俺の突然の言葉に、ヤツは少し眉間にシワを寄せる。
まずいかな、なんか変なスイッチ入ってキレられたらどうしよう。そう思うが聞いてしまったものは仕方がない。
しかし、そんな俺の心配とは裏腹に、ヤツは笑い始めた。
「クククッ、ニンゲンがボクの名前を知りたいなんてね。
しかし、妖魔の言葉を喋れるニンゲンなんて珍しい。
どこで覚えたんだい?
それとも、誰かと契約してるとか……。
まっ、いっか。あのね、ボクは楽しいんだよ。
久しぶりに、体をもつことができてね。
昔は兄上の迷宮で、暴れることもできたんだけど……。
一度、滅ぼされてからは随分時間がたっちゃったからね。
あっ、因みに、ニンゲンには負けたことはないよ。
だから、ボクに勝てるとか思わないでね――」
漆黒に浮かぶ下弦の月が更に細くなり、その弓なりがきつくなる。
――邪悪な笑みだ。
「……いいよ、機嫌がいいから教えてあげる」
両方の目を閉じ。
両腕を振り上げ、片方を残し、わざわざ挙げた片手を胸へと降ろす。
さも、神聖なことかのようにその邪悪は口上を述べ始めた。
「ボクは眠りの迷宮を支配するヒュプノスの弟、オネイロイの一人、ポベートール――」
そして両目を開け、黒い翼をヌルっと広げた。
「我が母上にキミという供物を捧げよう!
絶望という名の顎で、キミを食い散らかしてあげるよっ!」
邪悪な圧力が俺を押しつぶさんと押し寄せてくる。
何度、繰り返したのか――
芽生えた恐怖心を踏みつぶす。
イノリさんの入れてくれた戦闘術さまさまだ。
上手に恐怖を静めてしまう。
よっぽど豪の者のデータを解析したのだろう。
邪悪な圧力を受け流し、恐怖でこわばりかけた体が自由を取り戻した。
「イノリさん、扉、開けてっ!」
その声に呼応するように、ヤツの背後の昇降口の扉がスライドし、上に上がる。
――宇宙空間。
ものすごい勢いで、室内の空気が外に吐き出されている。空気は激流と化し、周囲の軽いコンテナや小物を巻き込み、宇宙船外へと押し流していた。
それでもヤツは平然と宇宙空間の星々を背にして、激流の中、悠々と立っている。
――化け物。
何度となく感じたソレに加えて、俺の中に一つの感情がわき起こる。
美しいな、と。
さんざん厨二病とバカにしてたのにな。
元の世界でも見たことない光景に、心の底から感動しているのだ。
そう、ついぞ元の世界で経験したことのなかった主人公を、今現在、経験していることに心が震えている。それは先ほど踏みつぶした恐怖心より大きいもので俺を支配していた。
そして、再びパワーローダーに乗り込む。機体の重量は空気の奔流に逆らい耐えていた。
――拳を握りしめる。
パワーローダーの足裏から金属音が鳴る。
この重機には、あの映画と違う点がある。
足の裏に車輪――ホイールが着いているのだ。
安定させるため腰を落とし、重心を下げる。
激流の勢いを借り、やつ目掛けて俺は滑りだした。
「逃げないでくださいねッ! ポベートールさんッ!」
ポベートールを挑発する。
プライドの高いヤツだ、こう言えば避けないだろう。
「ローラーダッシュッだッ!」
俺はそう叫ぶ。
それと同時にパワーローダーは足元に火花をちらつかせ、相撲の“ぶちかまし”の要領でポベートールに向けて突進していった――
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