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大事な物を忘れておりました

「いっただっきまーす!」


ジュリアは両手でチーズバーガーを持ち、口を大きく開けて噛み付いた。


別に用意してもらった子供用の椅子のお陰で、食べにくいという事も無さそうだ。


ハンバーグの肉汁が断面から溢れ、ジュリアの指を伝って皿の上にこぼれ落ちる。


「んぐんぐ……うまーい!」


「汚ねえな。もっと綺麗に食えよ」


ノゾミは右手のフォークでチキンを押さえ、左手のナイフでそれを切ろうとしている。


「でも、ハンバーガーという料理をを楽しむ上では、

むしろジュリアさんの豪快な召し上がり方が正しいと思いますわ」


マシャはスプーンとフォークを上手く併用し、パスタを一つに丸めている。


「マシャー、違うよ?」


ジュリアは口の周りをソースやら何やらで汚したまま、拭きもせずにマシャに物申した。


「あらジュリアさん、どう違うんですの?」


「これ、チーズバーガー!」


「……そうでしたわね」

「ノゾミ、店員を呼んで」


アカネに名指しされたノゾミは、今まさにチキンへかぶりつこうとする所だったが、

寸前で手を止めた。


「どうしたアカネ。料理は全部来たぞ」


「コーヒーのお代わりかな?」


「良いから呼んで」


「すいませーん!ちょっと良いっすかー!」


ノゾミが声を張り上げると、店員がアカネ達のテーブルに小走りで駆け寄って来た。


「追加のご注文ですか?」


「これはどういう事?」


アカネは店員を軽く睨み付け、自分の直ぐ手前を指差した。


そこには、ローブが注文した筈のお子様ランチが置かれている。


猫の顔を模した専用の皿の中心にケチャップライスが盛られていて、

その周囲にコロッケ、焼きソーセージ、少量のパスタ、ミートボール、

林檎を切って作ったウサギ等が添えられている。

店員がこのテーブルへ料理を運ぶ際に、お子様ランチをアカネの真正面に置いたのだった。


これではまるで、アカネがお子様ランチを注文したかのような絵面になってしまう。


アカネは小柄で痩せているが、お子様ランチを好む様な年齢では無い。


もう一つ付け加えるなら、アカネは少食であり固形物をあまり口にしない。


「えっと……」


だが店員は、自分に対してアカネが何の不満を抱いているのか分からなかった。


ジュリアとノゾミはそれぞれの料理に夢中だが、マシャは口に左手を当ててクスクスと笑っている。


ローブはアカネの顔に目をやりつつ、何食わぬ顔でサンドイッチを齧った。


「あっ!」


店員が何かに気付いた様子で声を上げ、アカネは指を下ろす。


しかし、店員は何を思ったか、アカネ達から離れて行ってしまった。


アカネは料理を並べる基準の訂正、

つまりは最年少のジュリアを差し置いて自分にお子様ランチを割り振るという、

その理不尽な子供扱いが気に障った訳なので、ただ詫びの一つでもあれば良かったのだが。


直接指摘すると恥の上塗りになってしまうので、

アカネとしては出来れば言わずに察して欲しかった。

「アカネ、食べないの?」


ジュリアがソーダ入りのグラスを掴みながら言った。


「食べないし、これはローブの料理よ」


「アカネちゃん、どうして怒ってるの?」


「それ美味しい?」


アカネはローブの質問を無視し、逆に質問を返した。


ローブは1秒程真顔でアカネと見つめ合った後、


「うん!」


と、笑顔で元気良く答えた。


「すみませんでしたぁー!」


店員が大慌てで戻って来る。


「大事なものを忘れておりました。これ、ですよね?」


店員は赤紫色の花が描かれた小さな旗付きの、一本の爪楊枝を手に持っていた。


それを、お子様ランチのケチャップライスど真ん中に突き刺す


料理を並べ変える等の、アカネが真に求めていた配慮は一切見られなかった。

アカネは最早屈辱や怒りが1周回ったらしく、ただジト目で旗を凝視している。


「ごゆっくりどうぞ」


店員はペコリと頭を下げると、また慌ただしく去って行った。


「ハハハ、そうだよな。お子様ランチっつったらソレ、欠かせねえよな……」


ノゾミは笑いながら、右手のフォークでお子様ランチを指している。


「アカネ様、偶然そこに置かれてしまったという事にしておきませんか?」


「それならまずジュリアでしょ」


「アカネちゃん、それ僕のだからこっちに寄せて良い?」


「どうぞ」


アカネは手を添え、お子様ランチの皿を自分に引き寄せるローブの動作を手伝った。


「有り難う」


「ローブ、絶対ここに負けちゃ駄目よ」


「えっ?うん、僕頑張るよ」


唐突な激励だったが、ローブは両手をグッと握り締め、アカネに応えて見せた。

「ローブさん。わたくしのこのパスタ、

店員さんノゾミはお勧めなだけあって中々の美味ですわよ。

宜しければ後でお裾分け致しましょうか?」


「うん!マシャ有り難う!」


「どう致しまして、ですわ」


「じゃあ俺のチキンひと切れと、そのソーセージ交換してやるよ」


「えっ、ソーセージは1本だけなんだけど。

ミートボールならふたつ有るから、こっちにしてくれないかな?」


「あ、ダブルバーガー作るの忘れてた!」


「そのまま忘れときなさい。行儀悪いわよ」


「ぶー……」


ジュリアは不貞腐れ、ソーダのストローを咥えて息を吹き込み、ボコボコと泡を作っている。


「それも止めなさい」


「じゃあ先にソーセージ貰っとくぞ」


「ミートボールにしてよぉー!」


「ウフフ。賑やかで良いですわね、アカネ様?」


マシャが貝の身をフォークの先端に刺し、口元へと運ぶ。


「賑わい過ぎて疲れるんだけど……」


アカネは椅子の背にもたれかかり、ボーッと空を眺めた。


水色の青空は透き通り、所々に薄い雲の欠片が浮かんでいた。


賑やかな時間が過ぎて行く。


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