8話
上下ジャージにスニーカー、眼鏡をかけた素朴な格好の女性はどこか寂し気な様子でスマホを見ている。
コンビニの中にも入らないでどうしたんだろう? まぁ、他人の状況なんて想像したところで意味は無い。
よし、とりあえず声をかけてみよう。気味悪がられたらさっさと帰ればいいし、高校生ではなさそうだから学校で会うこともないだろう。
「あのー、傘ささないんですか?」
「え?」
女性がこっちを見る、整った顔をしているが見た感じ普通だ。一重まぶたで存在感も薄い。
「え、あ、いえ。まぁ、そうですね。小銭をポケットに入れてきただけだったので、これに全部使っちゃったんです。あはは、、」
女性は苦笑いしながら手に持っている袋を少し上げて見せる。
「中で雨宿りしないんですか?」
「あー、、えっと。コンビニの中はあまり好きじゃないんです」
「そうなんですね…。あのー、良かったら入っていきませんか? 近所なんですよね?僕も近いですし、こんな所で雨が止むのを待っててもアレですし」
アレってなんだよ…と思いながらも誘ってみる
「え、いいんですか?」
「ええ。あまり深く考えず、パパっと帰りましょうよ」
「あ、ありがとうございます。では、失礼します。」
ちょっと恥ずかしそうに女性が傘の中に入ってくる。あー、良い匂いがする~。なんで女の子の髪ってこんな良い匂いがするんだろう。
ドキドキを悟られないようにキョロキョロしながら歩き出した。我ながら積極的な事をしたもんだ。
「家はどこら辺ですか?」
「あぁ、この通りを右に行って15分くらい歩けばすぐです」
「わかりました」
「お兄さんはどっちなんですか? 道が逆だったら迷惑ですし、いいですよ」
ギクッ
実は逆だし、歩いて15分って結構遠くない?とか決して思ってないよ!
「あ、あ~、ちょうど僕もその辺なんですよね。せっかくなんで家が見えるくらいまでは送りますよ」
「いいんですか?」
「気にしすぎですよ。男は女の子に見栄を張りたい生き物なんです、素直に甘えてください、アハハ」
「ふふ。わかりました」
女性がちょっと笑ってくれた。寂しげな表情もなんかよかったけど、やっぱ笑顔の方が素敵だ。
少しの間、黙ったまま歩く。聞こえるのは傘に弾く雨音とちょっとうるさくなった車の横切る音。う~、気まずいな、何か話しかけよう。
「何か悩み事でもあるんですか?」
「え!? なんでわかるんですか?」女性が少し驚いた感じで聞いてくる
「いや、なんとなく。はじめスマホを見ている時の表情が暗く見えた気がしたので」
「一目でわかるくらいひどい顔していたなんて、ダメダメですね私…」
当てずっぽうで言ってみただけだったんだけど、本当に悩み事があったなんて…。もしかしたらあの寂しげな表情がなんとなく気になっていたのかもしれない。
「悩み事が無い人なんていないですよ、別に悪い事じゃありません。…あのー、ずっと黙ってるのも緊張しちゃうので、良かったら話してもらえませんか? 僕みたいな関係無い人間の方が言えることってあるじゃないですか。」
「そうですね…。人間関係とか、仕事とかに疲れちゃって…」
「そうなんですか。人間関係はこじれると大変ですよね、仕事にもプライベートにも支障をきたしますし」
「みんな好き勝手言って。誰も私のことなんて考えてないんじゃないかって気がして…。自分の意見が言えない私も悪いんですけど」
「さじ加減が難しいですよね。僕はまだ学生なのでよくわかりませんが、お姉さんの周りの皆さんも生きていくためにいろいろ我慢して、誰かに押し付けたりしてるんですね」
「…。どれだけ我慢すればいいんでしょうね。我慢していればいつか解放されるんですかね…。」
「…。そうですねぇ…。」
おっと、軽い気持ちで始めた会話が深い所に入ろうとしているぞ…
でも、話してくれるということは少しは心を開いてくれいるということなのだろう。
もともと種をまいたのは俺だし、がんばって話を聞こう。