シスコン兄貴と男の娘
冬の気配が間近に感じられるようになった今日この頃。
俺はテスト期間が終わって、入れ替えのように始まる朝練へと重い足を進めていた。
「あ、おーい! らーいーちーくーんっ!」
“奴”の声がした。
俺は出来るだけ平常心を保ち、振り返る。
「何だよ…林檎」
「んー?萊地くんが見えたから、呼んだだけだよっ」
きゃぴっと効果音が付きそうなこいつ、佐良 林檎。
焦げ茶の長髪は後ろで一括りに。高い声と女のような風貌を持っているが、訂正しておく。
こいつは、れっきとした男だ。ついでに言うと、俺と同じテニス部だ。
「お前…何かいい事でもあったの?」
「なーに言ってんだよ!テスト終わったじゃねえか!」
ご覧の通り、男だ。
ばしっと俺の背中を叩くこいつは、我が愛しの妹と違って不真面目とでも言うべきか。
なのにテストの点数は平均代なんだぞ?おかしくないか?
「萊地は随分不機嫌だな?どした?」
「…柚子架が最近俺を避けてる」
林檎があからさまに面倒くさそうな顔をした。
「だって聞いてくれよ! 昨日なんかご飯だぞーって呼びに行ったら、勝手に入ってくるな馬鹿兄貴! って枕投げられたし」
「いやそりゃあお前さ、この年代の女子なら当然の反応じゃね?」
「一昨日なんて一言も喋れなかった!」
「一昨日はテスト勉強で忙しかったんだろ。お前の妹ちゃん、超真面目じゃん」
「その前は苺ちゃんと二人だけで流星群見に夜中に出掛けちゃうし…」
「あー…染木ちゃんねえ…」
あの子完全に俺を女だと思ってるんだよなあと独り言を吐く林檎。
いやそれはお前が面白半分で妹達の前に女装して登場したからだろ。苺ちゃんの天然さ甘く見るなよ。
「にしても、お前のシスコン加減はすげえよな…」
「俺はお前の変わり身の速さを尊敬するわ」
「えーっ、本当? 林檎嬉しいっ!」
途端に声を高くし頬を覆って小首を傾げる。
ほら、そういう所だよ。
「まあさ、お前もそろそろ妹ちゃん離れしたら? いくらシスコンだからって、ストーカーはやりすぎだよ」
「だって心配じゃないか! どうするんだよ、誘拐犯とかに連れ去られたら!」
「じゃあお前が付いて行けばよかっただろうが! ストーカーをやめろっつってんだよ、僕は!」
…はっ!成る程。
今気付いたのかよと溜息を吐く。
今度はそうしよう。
「あ、そうだ。萊地、明日暇?」
「暇っちゃ暇だけど…」
「明日遊びに行ってもいーいっ?」
声を作るな、キモイ。
「おいキモイって失礼だろ!」
「何しに来るんだよ、今俺の部屋汚いぞ?」
「あー、そこは大丈夫。部活の話するだけだから。次の試合のさ。」
よかった、柚子架に会いたいとか言わなくて。
明日か…。ん?明日?
何かあった気がする、と頭を捻らせていると携帯の着信音が聞こえた。
画面には、柚子架の文字が。
『もしもし、兄貴?』
「おー、どうした柚子架! 寂しくなったか?」
『切るよ』
「ごめんなさい切らないで!」
電話の向こうでふうっと柚子架が息を吐く。
『明日、苺が遊びにくるって。さっき電話して来やがった。』
「あぁ。そういう事か。苺ちゃんらしいな」
『忘れないうちに電話しとこうと思って。それだけ。じゃ』
ピッと無情に響く通話終了の音。
隣から視線を感じたので、見てみると林檎が眉をひそめてこちらを見ていた。
「ん?何だ?」
「お前、キモイ」
「何でだよ!? 普通に電話してただけだろ!?」
林檎は、何かそう思ったと言い残し、校門をくぐって行った。
酷い奴だ。
★ ★ ★
翌日。高槻家にて。
…こうなる気は薄々してたよ。
「あーっ! 林檎ちゃん先輩だーっ!」
「あ、林檎先輩こんにちは。…今日も女の子なんですね」
ふんわりとした薄いピンクのワンピースに黒いカーディガンを羽織った林檎。
あの野郎、また女装して来やがったよ。
「お邪魔しますっ」
「やめろ、キモイから」
「えーっ? 萊地くん酷ーい! 林檎泣いちゃうよ?」
ごっ、と俺の肩より下にある頭に拳骨を食らわす。
林檎は蹲って呻いていた。
「…こうして見ると、萊地お兄さんと林檎ちゃん先輩付き合ってるみたいだねえ!」
この天然ちゃんは爆弾を投下するのが好きなのかな?
「そうだね。凄くわかる。」
「柚子架!? やめてくれよ、俺は柚子架一筋だぞ!?」
「萊地、妹ちゃん引いてるからやめよ?」
蔑んだ目でこちらを眺める柚子架。
…愛故に、だよな…?
「あ、そうだ。妹ちゃん達も一緒にお話する?」
「わあ! したい! です!」
「え…いいんですか? 部活の話するんじゃ…」
からりと笑った林檎も、爆弾を投下した。
「あぁ、それ嘘。」
もう一度拳骨が落ちたのは、言うまでもない。
「という訳でっ! 第一回、雑談会ーっ! 司会は、林檎だよっ!」
頭にたんこぶが団子状に連なった状態でダブルピースと、ウィンクをかます林檎。
こいつ絶対女でも通るだろう。
「妹ちゃん達、何か聞きたいことはある?」
うーんと考えた二人は、顔を見合わせた。
そしてにやり。
嫌な予感しかしない。
「萊地お兄さんに、彼女さんはいますか!」
苺ちゃんが元気よく挙手する。
柚子架は隣でにやにやしていた。いや可愛いけれども。
「あー、萊地の彼女ね。こいつ度の過ぎたシスコンが祟って、女子が寄り付かないんだよなー」
「度の過ぎたシスコンって何だよ!?俺は柚子架が可愛くて心配なだけだ!」
「兄貴、引いた」
真顔で返す柚子架に心が折られた。
そしてその隣できょとんとした苺ちゃんの次の発言に更に折られた。
「林檎ちゃん先輩と萊地お兄さんって付き合わないの?」
苺ちゃん、こいつ男。
「えーっ、林檎と萊地くんじゃ同性愛になっちゃうよ!」
きゃぴっといつも通り返す林檎の額にも冷や汗が浮かんでいた。
「林檎ちゃん先輩女の子だから同性愛にはならないよ?」
柚子架、お願いだから見てないで助けてくれ。
この天然ちゃん止まらないぞ。
「…はぁ。苺、何度も言うけどね、林檎先輩は男の人なの。女の人だったら、男子テニス部には入れないでしょ?」
「そ、そうなの…!?」
がーんとショックを受けていた。
それより! 柚子架が俺を庇ってくれた…!
「あの、萊地? 心の声駄々漏れだからな?妹ちゃん達全力で引いてるからな?」
「あ、私からも質問いいですか?」
「おお! どんと来いだよ妹ちゃん!」
柚子架が林檎に質問!?
「林檎先輩、ヘアメイク得意でしたよね…。あの、教えていただけませんか?」
俺、ぽかん。
苺ちゃんも、ぽかん。
林檎、ぱあぁっ!
「うん! 僕で良ければ教えるよ!!」
「ちょ、待て待て待て待て! 柚子架!? 何で林檎に教わるんだ!? 苺ちゃんじゃダメなのか!?」
苺ちゃんだって髪の毛弄るの得意だっただろう!?
柚子架は口を尖らせて反論した。
「だって…苺、教え方下手だし」
「柚子架、編み込みも出来ないもんねえ!」
いや苺ちゃん、嬉々としてる場合じゃないよ。
軽く貶されてるよ? もしかして気づいてない?
「ふふっ。じゃあ林檎が一から教えて、あ・げ・るっ!」
女の子モードにチェンジした林檎が自分の髪を解いて弄り始める。
柚子架はそれを見ながら一生懸命、真似していた。
苺ちゃんがそれを見て微笑んだ。
「柚子架おさげしかしないから、この間クラスの子に違う髪型にしてみたらって言われてたんだよ!だから、自分でやりたかったんじゃない?」
そのクラスの子とやらの台詞を、低音で声真似する。
そして林檎の髪と柚子架の髪の完成度が違い過ぎてか、苺ちゃんが声を上げて笑った。
にしても…、クラスの子、ねえ…。
「柚子架ー。お兄ちゃん、おさげの方が似合うと思うぞー」
「兄貴には関係ないでしょ」
冷たっ!氷より冷たいよお兄ちゃん泣くよ!?
「ていうか!俺は柚子架に男なんて認めないぞ!」
すると柚子架は髪を弄っていた手を止め、きょとんとと俺を見上げた。
「何言ってるの?兄貴…クラスの子って、女の子だよ?」
…嵌められた。
「苺ちゃん!?」
「あははっ! 萊地お兄さん引っかかったあ!」
転がり回って大笑いしている苺ちゃん。
柚子架は既に女子モードに入った林檎に指導受けてる。
テストが終わって、苺ちゃんは追試でまだ勉強してるらしいけど。
こんなに楽しいなら、テストの点数も忘れられるなと心の中で微笑んだ。
「あ、兄貴。テストの点数見せて」
「…」
「ああっ!? 萊地お兄さん狡い!私ちゃんと見せたよ!?」
「何ていうか…柚子架ちゃん、お母さんみたいだな」
お久しぶりです、折上です!
今回は、新キャラ・林檎くんをメインに、萊地お兄さん目線で書かせていただきました!
感想やご指摘等、ありましたら是非お願いします!