女神、去る
詰め込みました、長いです。
素顔を晒した私にバカ王子は息を呑む。
「……これでよろしいでしょうか?殿下?」
気合いを入れた美声をわざとゆっくり、刻み込むように漏らすと、正面にいたバカ王子がハッとして無意識に止めていた呼吸を再開したようだ。
そのまま息が止まればいいのに。
「会場の皆々様も、よくご覧下さい。これが私の、醜いと罵られた素顔でございます。どうぞ殿下方のように笑い者にされるがよろしいでしょう」
その場でゆっくり、ゆっくり、優雅に円を描き会場を見渡すように回る私の顔を見た全員が時を止めた。
沈黙。静寂。長い無音の時。
あまりの醜さに呆気にとられて?
違う、違うんだよな。逆だよ。
私は、『美し過ぎる』のだ。
……ごめんなさい、自画自賛だけど許して。
仕方ないんだよ本当なんだから。
造形が整っているとか綺麗な色とかの美しさはもちろん、人間なら、いや生物なら何もかもが見惚れて崇めてしまうような神がかった美しさをしているのだ。
美ッチもバカ共もリローさえも及びつかない美貌ってあるんだよね。
なんというか、空気が違う?
私が顔を出すと周りの空気が変わる、穏やかで安心する空気に変わっていく。下手すりゃ病気も治るような波動まで出す美貌なんだよ?
美ッチ達とは隔絶した顔をしているんだよ、私は。
なんでこんなに美しいかといえば、私の心と繋がっている『愛の女神』が関係する。
私、キナ・エイウーラは『愛の女神ユリフィージャ』の後継者なのだ。
……頭おかしいとかじゃないよ、ホントだよ?
確かに今は人間だけど、時がくれば神へと生まれ変わり『女神』の座に着く事が決められている。
ユリフィージャは私に代替わりしたら純粋なエネルギー体となり世界に還るのだそうだ。よくわかんないけど。
これはあらゆる『神』にとって避けられない慣例らしく、時期がくれば『神』は後継者を探し出して手塩にかけて育て、自分の全てを譲るらしい。
だが、ただの人間が『神』になるなんて途方もないこと、人間の一生使っても普通は成し遂げられない。
なので『神』は『後継者』を『転生』させて魂を鍛え上げる。
私も何度も何度も転生して、その度『愛の女神』になんて成れそうにないから『後継者』を辞めたいと言っているのに聞いてもらえず、今に至る。
『後継者』は人間だが、転生して魂が強くなれば常人とは掛け離れた『力』を持つし、『神』に近づくのだから『半神』とも言うべき存在に変わっていく。
私は『愛の女神』の影響を受けて、外見も『女神』と比較しても遜色ないくらいにまで進化してしまっているのだ。
『女神』だよ?美女に決まってるよね?
『愛の女神』だよ?誰もが愛してしまうような見惚れる美貌に決まってるよね?
『神』だよ?人間が直視出来ないくらいの『神気』を出してるに決まってるよね?
仮面はその『女神』の美貌を封じる為にしていた。
だって混乱が起きるに決まってるからね、私の顔。
でも、もういい。
もうお仕舞いにする。
一回転してバカ王子の方に向き直ると、まだ立ち直れていないみたいだ。
ボッ~と口を開けて阿保顔している。
小刻みに震えてもいるみたい。
そうでしょう、怖いでしょう。
本当に神々しい美貌って怖いでしょう?震えてしまうでしょう?
私なんか毎朝大変なんですよ。
『後継者』っていっても人間ですから、自分で自分の『神気』にビビっちゃうんです。
顔を洗う時にウッカリ鏡を見てしまい鏡に向かって土下座は日常茶飯事だし。
生まれてすぐから初潮を迎えるくらいまでは、『神気』もそこまでないから何とかなるけど、身体が『女』になると途端に『女神化』して大変なんです。
転生する度に大人になるのが怖くて怖くて…。
ああ、今はそれはいいや。早く済ましてしまおう。
「シュナイル殿下?これで気はお済みですか?」
「…あ…。…ああ……な、なに…」
「邪教徒と罵った者の素顔を見れて満足でしょうか?どうです?醜くて情けない姿ですか?その剣でいっそ斬り殺しますか?」
「…っ…そ、そんな…」
バカ王子の向こう、壇上で惚ける神経質と遊び人と愚鈍、ついでに美ッチにもわざと笑いかけてやる。
「エリクス様、アーサー様、マラド様。私は『女神の巫女』であるリリア様には遠く及ばない見た目で悪魔なんですよね?最低最悪な行いで世の中を乱すという…」
「…い、いやっ!それはっ」
「悪魔なんて言ってないよっ!?」
「………美…」
「リリア様。私を邪教徒だと、そうおっしゃいましたね?……嘘偽りはございませんか?」
「…な、…なに、なんで……」
ビビってるビビってる。
『女神』の美貌にビビってるな美ッチ共!
存分に震えるがいいわ!
『女神』は過去に何度も奇跡を起こしてきたから、生きとし生けるもの全てにその恩恵が魂に刻まれている。
早い話、魂が『キナ・エイウーラは『神』だ』と訴えてくるのだ。
今、美ッチ達は無意識化で私を『女神』と認識しているはず。
『神』に冤罪をふっかけたのだから、ビビりもとまらないだろうな。愉快愉快!
私を取り囲み捕縛しようとしていた兵士達や、外野の貴族達は早くも平伏している。
「神様」「女神だ」「なんて美しい」とざわめくのはいいけど、祈ってこないでくれますか?
何もしてあげられないからね?
「な、なんで…。なんでよ?……女神が…、なんで、なんでここに…」
おや?美ッチがガタガタ震えながら私の正体を暴露してくれましたね。
このまま色々暴露させてもらいましょうか。
「…残念です。『協会』の役目を殿下方はご理解していなかった様子…。王太子殿下はどうでしょう?」
殆ど空気になってた王太子に声を向ければ、椅子からずり落ちそうになっていながらもしっかりと応えを返してきた。
私の神気をまともに受けたのに立ち直りが速いな。
やっぱバカ王子とは器が違う。
「……『教会』は表向きには、戦争の早期終結と『女神の巫女』の為にその戦力を我が国に預けてくれたが…。本来の目的は『女神の巫女』の監視、だと…」
「その通りです。王太子殿下はご存知なようで安心致しました」
もちろん『監視』という物騒な理由には訳がある。
『巫女』は『神』と対話できるなんてとんでもない力を持つせいで狙われやすいのです。むしろ"悪人ホイホイ"と言わんばかりに狙われて誘拐されて監禁されたりします。怖いですね。
殆どの場合、権力者や有力者が自分の利益の為に『巫女』を利用するのですが、誘惑に負けて堕落する『巫女』も少なからずいます。
美ッチみたいにね!
だから監視が必要なんですよ。バカをしないようにね。
『教会』は『神』の為に存在する宗教団体ですので、『女神の巫女』にも敬意を払い守護しますが、好んで争いに加担したりはしません。
ただ今回は『女神の巫女』リリアが参戦すると聞き、まさか国に利用されているのでは?と急いで確認すると、なんと自分から立候補したというじゃありませんか。
しかも『女神』のお告げに従って、だそうです。
『戦の神』でもないのに戦えと言う『愛の女神』ってなんだよ、って『教会』は疑問を持ちました。
今回の巫女はどういうつもりなんだ?
何を考えている?『女神』の権威を傘に好き勝手するつもりでは?
戦争で好き勝手はまずいだろ。何とかしなきゃダメじゃねえ?
ヤバい事しないように見張ってよう。誰が?
俺?俺は無理だよ。アイツは?じゃあお前行けよ。
…といった難しい会議が開かれ、そこで一番信頼出来る私が派遣されたわけです。
世界中に影響力のある『教会』なら傭兵として巫女の近くに潜り込むのも簡単。
まぁ、いわば身内の不祥事だから仕方なかったけど、来たくなかったなぁ。
こんな茶番に付き合わされるんだから。
「何故私が『教会』から信頼されているか、お分かりになりますでしょうか?王太子殿下?」
「……か、神、だから、か?いや、でしょうか?」
「あらまぁ、言葉使いを変えなくてもよろしいのですよ?…そうです、私が『女神ユリフィージャ』の分身だからです」
転生とか次期女神とかをぼかすために、あえて分身なんて言ったけど、あながち間違ってないでしょう。
こんだけ神気出してたら反論はないでしょ?
『女神』が『巫女』を見定めに来たのですから、これほど信頼出来る者もいませんしね。
「嘘よっ!大嘘よぉ!!!」
…と思ったら美ッチが絶叫してきた。
うるせーなっ。
顔を真っ赤に染めて唾を吐いてくる姿は、まさに鬼気迫る。怖いわー、化粧落ちるぞ。
「めっ、女神様が、あんたですって?!か、神様がなんで人間にっ、嘘に決まってるわ!!」
「…私の姿を見て、どう思いますか?自分の心に嘘はつけませんよ?ユリフィージャ様が私を遣わしたのは貴女の行いを危惧して…」
「ま、魔法よっ!悪魔の魔法だわ!それで私達を騙して…!『女神』様!どうか奇跡で私を助けてくださいっ!」
魂の訴えを無視して天に祈る美ッチ。
あらあら、大した精神力ですね。魂と神気に抵抗しやがったよ。
(…で?あの祈りを聞いてあげるの?)
『う~ん…。最後にもう一回だけ、改心を促してくるよ…。無理かもしれないけど…』
無理だと思うよー?
ユリフィージャに語りかけると、苦笑とも泣き笑いとも取れる声を残して彼女が美ッチに近づいていく。
『愛の女神』は慈悲深い。
最後の最後まで見捨てはしないが、神は平等でもある。
『巫女』としての役目を蔑ろにした美ッチのせいで迷惑を被った者達がいるのだから、彼女はきっと決断する。
改心すれば良し、しなければ…。
「『女神』様!ああ、やっぱり…」
どうやらユリフィージャが美ッチに接触したようで、美ッチが安心した声を出す。
ちらっと私を見る目が嘲っているから、自分の優位を信じているようだね。
そんなんじゃユリフィージャの優しさは響かないだろう。
案の定、交渉は暗礁に乗り上げたようで、美ッチが「そんな」「嘘だ」「信じない」とか喚く。
だからうるさいよ、静かに祈るのが祈祷だろうが。
仕舞いにはボロボロ泣き出して、「ヒドイ」「最悪」「こんなの認めない、私はヒロインよ!」とか言い出す始末。
はて、ヒロイン?
………うん、ヒロインってあれだよね?
物語とかで出てくる女主人公、の事だよね。
…まさか美ッチ、自分を主人公とか思ってた?
いやいや、確かに『女神の巫女』なんて主人公っぽいけどさ、だからって…。
いやいや、確かに自分は自分の物語の主人公だけどさ、だからって現実でもそう振る舞うか?普通…。
………………怖っ!
予想通り交渉決裂したユリフィージャが帰ってきたが、こっちも泣いているのが面倒。
分かっていたでしょうが、あの美ッチがどんな女か。
『…うん…、でもね…でも…。リリアだって、最初はいい子で、…ちゃんと私と……』
それでも愛していたのだろうね。
裏切られることがわかっていても、『愛の女神』は愛する事を止めたりしないんだから。
……やっぱ、私には無理だよ、そんなの。
やがて美ッチはうずくまり、床に金髪を広げて啜り泣き始める。
おーい、慰めたら?バカ共。
いくら私が美しいからって、惚れた女を放って見惚れるのは如何なものかね?
唯一、気概がある王太子が私に伺いを立ててきた。
「…リリア殿は……一体…」
「………。リリア様本人が一番理解なさっているでしょうが、ユリフィージャ様は彼女を除名致しました。今後、リリア様は『女神の巫女』と名乗る事は許されません。これを破った場合、天罰が下るとお覚悟下さい」
シンと静まった会場に私の声だけが響く。
「…そうそう、私が邪教徒、というのが問題に上がっておりましたね。もちろん私はユリフィージャ様に従う身ですが、皆様のどなたでも異論や物証がある場合はどうぞおっしゃって下さい」
さっきは邪教徒を殺せと騒いでいた外野がピキリと固まった。
はっはっはっ、何も言えないだろうねぇ。
とんでもない失敗をしてしまったと焦っているねえ、いい気味だよ!
さあ、懺悔するがいいさっ!
私は聞かないけどねっ?
「……キナ…さま…」
あ、リローを忘れるところだった。
「…ありがとうリロー。貴方だけよ、私を信じてくれたのは」
「そっ…そんなっ。当たり前です!キナ様は、キナ様はっ…」
うんうん、リローは可愛いねぇ。
『女神』のパワーをこれでもかと出してリローに笑いかける。
どう?どう、リロー!?
私、美女でしょ?綺麗でしょ?
いっつも仮面つけてる変人に仕えてるってイジメられてたよね、ゴメンね。
イジメた奴はしっかりと仕返ししておいたからね?
でもこんなに綺麗だったから許してね?
ってかゴメンね、綺麗すぎて怖いよね。自分でも怖いし調節出来ないし困ってるんだ。泣きたいよ。
泣きたくなったのでリローをギュ~と抱きしめて癒される。
ああ、リローはちっちゃくて抱き心地が最高。
対価に私の無駄にナイスなオッパイを堪能しておくれリロー。ポヨポヨ触っていいよ?
私は頭もナデナデさせて貰おう。うん、サラサラだね。
クンカクンカ…。
……はっ?私ったら何を?!
いかんいかん、私の変態がリローに移っちゃうよ!
離れろ私、離れろこの手っ。未練がましくほっぺたを触るな!
「キナ様、キナ様…。なんて、なんてお綺麗な…」
「ごめんなさいね?今まで隠していて…。素顔がこれだから騒ぎになるのよ…」
「はい、はい、解ります…。キナ様…キナ様…」
……うん?リロー?
ちょっと壊れてきてない?ぽっ~となり過ぎてないかな?
ヤバい、神気に当たり過ぎたか。
もう一度リローに微笑んでから仮面をつけ直した。
途端、圧倒的な神気が消え、金縛りのようになっていた会場が緩む。
中には腰が抜けたまま立ち上がれない者や、祈りを捧げ続けてくる者もいる。
だから祈るな、願いなんか叶えないからなっ。
クルリと顔を巡らして出席者の反応を窺うと、皆萎縮しているようだ。
勇者と褒めたり邪教徒と罵ったり、女神と崇めたり。
ホントにころころと態度を変えるな、人間て。
……あーあ、嫌だ嫌だ。
「何もないようなので、私は無実と言うことでよろしいでしょうか?」
反論は出ない。出るわけないけどね。
寧ろ出したら褒めてやろう。
「……キナ様。誠に申し訳のない事を…」
「ああ、王太子殿下。貴方様が謝罪なさる必要はございませんし、私は受け取りませんよ」
王太子の言葉を遮るなんて不敬だろうけど、今じゃ私の方が偉いからいいよね?
戦争で疲弊した国を建て直す為にも、『国』が頭を下げたという事例は無い方が良いしね。
せっかく助けた国が諸外国からイジメられるなんて面白くない。
王太子には是非、私の神気を堪えた根性で国を復興させてほしい。
「私の方こそ正体を隠しておりましたこと、謝罪いたします。リリア様が不審な動きをしていると危ぶんだユリフィージャ様ですが、下界に直接干渉は出来かねる『神』ですのでこれが精一杯の配慮でした。…結局、リリア様には目覚めていただけませんでしたから…私は御役目失敗です」
何度も説得したんだけどな。ユリフィージャも私も。
鋼の精神力でそれを跳ね退けた美ッチに拍手を贈ろう。すげぇよ美ッチ。
「…さて。本当ならパーティーが終わった後、静かに帰ろうと思っていたのですが…。今のうちにお暇致しましょうか。……おいでなさい、守護者達」
パンパンと手を打ち会場に呼びかける私に呼応して、人混みから三人の男が歩み出てきた。
私の前で跪き敬意を現す彼らは、『女神の巫女』を影ながら見守り助ける『教会』の信者達だ。
美ッチが巫女に任命された時から役目を努めてきた彼等は、今回の事に忸怩たる思いだろう。
君達悪くないよ?
影から守るのが役目で表に出てこれないんだから、やれることは限られる。
寧ろあんな奇天烈行動する美ッチなんかをよくぞ守護してくれたよ。
ボーナス出さなきゃ、昇進させなきゃ。バカンス休暇をあげなきゃね。
「…ご無事をお喜び申し上げます、キナ様」
「御帰還の護衛はお任せ下さい」
「…キナ様を侮辱した不心得者達にはどのような報復を?」
三人が苦い声で問うてきたのは、美ッチやバカ王子達への処遇だ。
『女神』である私への悪口雑言、更に影響力がハンパない『教会』を非難したのだから王子や貴族だろうと処罰は免れない。
下手したら極刑だろうな。
「…必要ありません。私の力不足もありますし、何よりユリフィージャ様がそのような事を望みません。私も教会も彼等を見放す、それだけで充分でしょう」
「…それは…確かに」
「…仰せのままに」
「…ふふっ…生き地獄ですね」
おいおい、地獄はないだろ地獄は。本当の地獄に失礼だ。
『神』への信仰が常識で魂にまで影響がある世界で『神』にケンカを売るってのがどういうことか、しっかりと学べとだけ言っておこうか。
やっと自分達の立場が分かった王子達が私に縋り付こうとするのを容赦なく止める守護者ーズ。いいぞもっとやれ。
「キナ様っ?どちらに行かれるのですか?ぼ、僕は、僕も…」
……リローっ!?久しぶりに聞いたぞ一人称『僕』!
どうしたの、幼児退行?
ヤバい、美少年の僕とか悶えてしまうっ。
冷静になれ私、仮面を被れ私、美ッチ並の女優になれ私!
「…リロー…。今までありがとう。貴方が支えてくれたから私は頑張れました」
うん、これ本当。リローが癒してくれなかったらとっくに全部放棄して逃げてたよ。
「そっ、そんなキナ様っ!僕はキナ様に拾われて…」
「助けたのは私だけど、それは最初だけよ?後は貴方が自分で立って、強くなって、ずっと私を助けてくれた。その時間のなんと長かった事か。貴方の時間を奪ってしまったお詫びに、私の今までの財産を全て譲るわね?どうか受けってちょうだい?」
キナ・エイウーラとして活動していた間にちょこちょこ貯めたお金や、戦勝祝いの報酬に『教会』からのお詫びも含めたら結構な財産だろう。
一生楽して…は無理でも、上々な生活は出来るはず。
「キナ様!?僕もお連れ下さいっ!僕、キナ様の従者です、置いて行かないで下さい!一生お仕えしますからっ!」
…うぉーーー!!
ダメだよリローー!!こんな腐った大人に人生捧げちゃーっ!
私としてはリローをいつまでもクンカクンカしたいけど、『女神』を曝したちゃった私の側はこれからますます面倒で危なくなる。
可愛いリローをそんなとこに連れていけないよ、涙出るけど。
「…リロー。ごめんなさい、リロー。私は人間ではないの。人間の貴方を縛るような事はしたくないのよ。分かってちょうだい?」
「キナ様っ……キナ、さま…」
「優しいリロー、頑張り屋のリロー。貴方は素晴らしい大人になるわ。どうか後悔しないように、自分の人生を生きてね…」
うわぁーーん、リローと離れるなんて嫌だー!
クッソー!美ッチがアホな事しなけりゃ正体暴露なんてしなくてよくて、リローとイチャチャ戦後処理してからラブラブ諸国漫遊な素晴らしい旅に出れたのにー!!
『うわぁーーん!私もー、私もリロー君と別れたくないよぉー!悲しいよっ~!』
(じゃあなんとかしてよユリフィージャ!私をただの人間に戻してー!)
『うわぁーーん、無理ーっ!』
(バカバカーっ!ユリフィージャのバカ野郎っー!)
『バカじゃないもん~!ちょっと抜けてるだけだもんー!バカバカー!』
ユリフィージャとバカバカ言い合いをしてるとリローがぽろぽろ泣き出した。
泣かないでリロー!
私も血の涙をのんで『女神』を演じるからぁーっ!
「……キナ様、そろそろお時間です」
「リロー殿の事はこちらにお任せを」
「決して御心に背くようなことは致しません」
守護者ーズが言いにくそうに私達の間を引き裂いてきた。
くそ、逝かねばならぬか。
「…王太子殿下、それでは失礼させていただきます。御国の復興が叶うよう、私もお祈り申し上げます」
「…御心使い感謝致します、キナ様。貴女様に最大の敬愛を…」
「ありがとうございます。殿下もどうかお健やかに…」
『女神』の祈りを無碍にするような奴はいないから、これで王太子の国治めも上手くいくだろう。
美ッチのせいで色々と起こるだろうけど、それでトントンと言うことでよろしく!
海が割れるように人混みが引き、守護者ーズが大扉まで誘導するのについていく。
ゆっくりゆっくり、歩く『女神』を群衆は食い入るように見つめてくる。
ほんと変わり身速いなコイツラ。
崇めてくるよ、祈ってくるよ、平伏してくるよ。
今更何したって許さないからなー?
最初っから「邪教徒」呼ばわりしてきた奴、覚えてるからね?覚悟しておくように。
「………き………キナさまぁ…っ…」
偉いなリロー。
えぐえぐ泣きながら、それでも私の言い付けを守ってその場を動かない。
君は絶対に良い男に成るよ、『愛の女神』が保証しよう。
可愛い嫁さんが貰えるように全力バックアップしますよ、喜んで!
私も仮面の下で唇を噛み締めて我慢我慢だ。
泣くのは何時でも出来る、今は優雅に退場するべき時。
血の涙が溢れるけどな。
ーーバタンッ!!
空気を揺るがすような音を響かせて、広間の扉は閉じられた。
『女神』は去り、その麗しい残り香だけがその場には残された。
あっさりざまぁ、かな?