第56話:魔法について【後編】
文章が微妙な域を通り越してます。なんつーかもう、今回は一杯一杯でした。
その部屋に居るのは少年一人と数人の女性。マンションのワンルームにこの光景はいささか似つかわしくないが、それは少年も感じている事である。
部屋の中央のテーブル前に座った少年――天詩 文一は、冷めた目で周囲を見つめていた。そして、その対面の女性――フロレランス・リーリアを軽く睨みつける。
「で、あんたら魔法使いは異世界人だって事か――はん、ファンタジックな世の中だな」
「ですよねぇ」
皮肉に邪悪に言い放つ文一の気勢も読まず、フロレランスはにこにこ笑って答える。
「でも、本当なんですよ。私たちはこの世界と隣り合った世界、“二つの大地が向かい合う世界”から来ましたぁ」
「二つの……?」
あくまで笑いながら、計り知れない。一応は仲間であるが、文一もフロレランスの事は信用していなかった。
口をついて出た疑問に答えたのはフロレランスではなく、キッチンから盆を持って現れた妹の方だった。
「ただの地形で、あんたには関係ないよ。ただ、物理法則がちょっとずれているだけさ」
妹――メギトスは盆の上の茶を並べながら、片手間のように説明した。
納得しないながらも、特に納得しなければいけない件でもないようなので、文一はとりあえず質問を保留。続くフロレランスの説明を待つ。
「どこまで話しましたか――えぇ、まぁ私たちはその世界で“魔族”と呼ばれている存在でして……あぁ、角や尻尾はありませんからご心配なく。ただ、種族名として“魔族”“人間”とあるだけですからぁ」
「なるほど、なんとなく分かってきた。つまりフロルさん、あんたらの言う魔族っていうのが……魔法を使える人間、って事なんだな?」
その確認の一言に、フロレランスは何一つ考えていないような夢見る微笑みのまま、首肯した。
きっかけは些細なことだった。
ただ、文一が魔法の概要は知っていても、どうしてそれが存在するのかという事を知らなかったのが原因だ。それ故に、会社――このマンションの一室で偽装の勤務時間を削り、魔法について訊ねた。
魔法は、超能力と比べると確実性に劣る。威力はあっても細かい調整が効かないというのが文一の印象だ。
超能力は、使える人間にとってはある意味で生理現象である。例えば霜月――死乃裂の肉体能力超過は、相手を殴る場合になど、「拳を握る」や「腕を振り上げる」という当たり前の無意識動作の中に「超能力を使う」という手順が組み込まれるのだ。
魔法は、下地となるのが才能であれ、最終的には技術だ。燃やしたいと思えば即燃えるのではなく、頭の中で複雑な手順を踏まなければならない。そしてその上、“魔力”――実際、そう言えるのか微妙、というのが文一の考えだが――が無くなるという状況もある。
さてそれでは、どうして魔法などというものが出来たのか。その答えは……
「そっか。元々別世界の技術なら、そりゃ超能力と被ることは無いよな」
超能力者が居ないならば、確かに魔法は発展するだろう。確認はしていないが、その世界ではただ一つの異能であるはずだ。
「正確には“心を神様に影響させる”超能力、なんですよ」
文一の呟きに、この部屋に居る最後の一人――葉月 春日が答えた。部屋の隅で大きな本を抱えながら、体育座りで鎮座している。
「だからこそ、魔法は一人一芸でリスクも高いんです。自分の“個性”を軸に世界に介入する式を構築して、さらに消費して使いますので。一歩間違えれば発狂モノですよ――まぁ、若の使っているアイツは、無個性を個性として使っているので、影響は無いはずですけど」
「待て待て。意味が分からない。僕が色々知ってる前提で話すな、春日」
喋り続ける春日を、文一は片手を上げて制する。春日もそれでふと気づいたように、言葉を止め、考える素振りをしながら再び言葉を紡ぎだした。
「んー……そうですね、例えば……
***
「例えば俺の場合、氷の魔法を使うだろう?」
時を同じくして死乃裂本社会議室。煉斗以下三名による、魔法についての話は続いている。
「氷の魔法、ねェ……俺ァあんま見た事ねェけど」
輪末がコクコク頷く中、煉斗は首を傾げる。愛は相変わらず煉斗以外は興味がないと言った風情で、窓の外を眺めていた。
そして、煉斗の疑問に答えるために説明している園城は、ふと視線を宙に漂わせると、いきなり口を開く。
【凍れ。宙にて大気の固定を命ずる】
魔法、だと言う事は煉斗も知っていた。自分の目の前にごく小さな氷の柱が出来上がるが、一瞥しただけで顔を再び園城の方へ向ける。
「オーケー。ンで、それがどうしたって? お前が異世界人だッてのはとりあえず信じたが、魔法についてがわからねェ」
「ミセスも言っていたが、余計な事を言うとお前が無駄に混乱してしまう。大雑把に行くぞ」
園城は備え付けのホワイトボードの前まで歩き、ペンを取った。
「まず、この世界は目に見えている部分と、見えていない裏側がある」
まずは真ん中に大きな丸。
「これはゲームと同じように考えてくれれば良い。グラフィックとプログラムは連動しているだろう?」
煉斗にとっての分かりやすい例え。案の定、彼は多分にうなずいた。
「あぁ……つまり、俺たちが歩くだけでも、内部でじャあその処理の為に動いているプログラムがあるッて事か」
「その通り。その世界を計算するプログラムは、こちらでは神様と呼ばれている。神様があるからこそグラフィックである俺たちはそれぞれで考え、動くことができるわけだ」
こつこつ、とペンの尻側でホワイトボードを叩きながら説明する園城。対し、煉斗は眉をひそめた。
「待て……ゲームと俺らじゃ違うだろ。俺たちはそれぞれ考えて行動している。あらかじめ作られた予定調和を演じてる訳じゃあねェんだぞ」
「その通り、そういう意味ではゲームより少しは上等だよ、この世界は」
言いながら、園城は図に書き足す。中心の丸から何本も線を引き、その先には小さな丸を作る。
「この小さい丸が人間だと考えてくれ。つまり、“人間の動き方”を考えるプログラムがこれだ。まぁ、脳だと思ってくれて構わない」
「つうこたァ、神様とやらが計算しているのは“どうなったか”って事だけか。それが元になって、俺たちはまともに考えて動いていると」
「物理的な計算や精神に及ぼす影響、その他諸々だな。それで、次は異能力について話す」
次に園城は無数ある小さな丸の内、無作為にいくつか選び、もう一本、中央の大きな丸に向けて線を引く。
「異能力とはつまり、神様に対して普通の人間とは違う影響の及ぼし方が出来る人間だ。受けるにしても、送るにしても、脳から中央に別の形でアクセス出来る……さて、ここまでで分からなかった所はあるか?」
「ごめん、初めからもう一回」
煉斗は馬鹿だった。特に一方的に聞くことに対しては。
「……お前、意見を述べたり、それが的中したり、鋭いのかもと思っていた所で……」
「いや、その場の思いつきだから。ごめんごめん、自分の言った事すら忘れてるよ」
僕モードでごまかしを図る煉斗。
「まぁいい、可愛いから許す。忘れた箇所は愛にでも聞いてくれ」
ごまかされる園城。
さらに空を眺め続ける愛に、ルービックキューブを始めた輪末。なんかもうまとまりがない連中の魔法についての会議はまだ続く。
***
「ごめん。初めからもう一回」
マンションの方もそんな感じだった。
「分かりませんでしたかぁ……私たちにとっては常識なのですが」
「若……確か、蓬様の知識を引き継いでるんじゃないでしたっけ?」
教師側の二人から漏れる溜め息。しかしそれで文一の理解力が良くなるかというと、そんな事もなく。
「いや、蓬の知識はおぼろげだから、実際ほとんど役に立たないんだよなぁ……問題文はないのに回答だけ知ってる感じ」
面倒くさそうに弁解する文一。
「まぁいいです。若だから許します」
許しちゃう春日。
「ま、俗っぽい言い方に改めましょう。地球は生きていて、私たちが歩こうとすると、その考えを分かってくれます。それで、私たちが“歩く”をした時にどうなるか、それを考えて自分の表面、つまり私たちが生きている世界に反映するんですよ」
理解半分、と言った曖昧な表情で、一応文一は頷いた。実際、本人の言う通り方法は分かっていても理屈が分かっていない状態なので、理解は早い。
「で、私たち超能力者は“歩く”“喋る”なんかの普通な事と同じように、“自分の内面を変える”“身体能力を強化する”なんて事ができる訳です。まぁ、パソコンにキーボードだけじゃなくてマイクまで付いてるって感じですかね。入力装置が多いんですよ」
***
「以上。分かりやすく要約した」
死乃裂の方でも愛の説明が終わった。
「オッケ、分かった。パソコンやらゲームやらを絡めてくれると、理解が早くて助かンぜ」
「さっき基礎の部分だけでも悟ったのはそれが理由か……」
煉斗満足。園城溜め息。
とにもかくにも、これで魔法についての説明が終わった。
「さて、では煉斗、どうする? もう帰るか?」
いち早く立ち上がったのは園城。未だにルービックキューブ六面揃えに挑戦している輪末を余所に、会議室から出ようとする。
「あ、いやその前に……明後日の予定、聞いていいか?」
その園城を引き止めるように、煉斗は口を開く。何気ない言い方だった。
しかしその食いつきたるや凄まじい。
「なんだ煉斗デートの申し込みかハッハッハいいだろう浮気だろうがなんだろうが俺はぐへぇ」
もちろん殴られた。次は、何気なく懐に隠していたメリケンサックで。
「ぐ……煉斗、どうしてそんな野蛮な装備を……」
「愛さん使うなら、刃物よりこっちのが都合いいンだよ」
チッと舌打ち。いつもの事なので軽く流すが、やっぱりストレスは溜まるらしい。
「俺が言いたいのはなァ、晩餐祭に参加できるかッつう事だ」
晩餐祭。特進市四町主催の秋の四大祭、その中でも如月町で開かれる祭である。
学生主体のイベントという名目の晩餐祭だが、実際は大人の参加者の方が多いぐらいだ。最先端科学の発表なのだから、専門の道の進もうと思う学生や無垢な小学生は見学に行くが、中高生ぐらいになるとそんな“実験大会”に興味はなくなる。さらに言うならば、バイキング形式の食事があるため、参加費もお値打ちなのだ。
もちろん煉斗も今まで参加していなかったわけで、その言葉を聞いた園城は疑問に首を傾げる。
「いや、行けない事はないが……どうしてまた、そんな事を?」
「真さん……愛さん作ッた研究者がな、面白い物があるから見に来い、だとよ」
煉斗としては、彼の意図を少しでも早く掴みたい所だ。自分のやっている事がもし目的と正反対だったりしたら、目も当てられない。
そんな相手からの誘い、罠というならばこの状態が既に罠であるのだし、悪くなりようがないので断る理由は無い。
そして、もし何かあったときの為に戦力を整えない理由も無い。
「うー」
ようやく六面を揃えて、満足そうに汗を拭く振りをした輪末は肯定の返事。
「輪末はオーケーと。園城、お前も行けるンだよな? 金がねェだのほざくなよ……むしろ俺の分も払え」
「あぁ、もちろん参加でき……は!? なんでお前の分も払うんだ?」
じっと見つめる園城に、煉斗は冷や汗をかきながらゆっくり視線を逸らす。いつも通りのリアクションと言えばそうだが、今回の過失は園城ではなく煉斗の方にあった。
「いや……なんというか……同じソフトで二通りの限定版とか卑怯だよねーというか……」
「買うな! 仕送りだけで生きているくせに、どうしてそう散財するんだお前は!」
「えぇいもうウッセェなァ! テメェは俺の保護者か!」
「少なくとも、ミセスに頼まれてはいる! 今日という今日こそは許さんぞ、同居だ! お前の行動を監視するため、同居させてもらうぐへへへへ」
「……ッ! それが目的かテメェ! もうその笑い方から邪な意思が透けて見えンだよっ!」
二人の声が、会議室中に高らかに響き渡る。空を見て鳥の数を数える愛に、再びルービックキューブをバラす作業に取り掛かる輪末。
未だ殺人しない殺人者達は、今日も愉快である。
***
「で、明後日は来ないからな」
「えぇ、分かっていますぅ」
文一も文一で、灯夜の命令を遵守するために祭へ赴こうとしていた。
とはいえ、彼の懐も最近は結構潤っている。二ヶ月もバイト代は半端じゃなかった、そこはさすが末端とはいえ財閥といった所。
「姉様は行かないの? 確か、毎年バイキングだからって湯水のようにお酒飲んでたよね」
「今年は小鳥遊総帥の方に顔を出さなければいけないのです……残念」
妹の言葉に答えるフロレランスは、心の底から残念そうに、憂いの表情で溜め息を吐いた。そこまで思い詰めなくても。
「というわけでメギトス、貴女は文一と行ってきてください」
「分かった、姉様」
しばらくして、姉妹は頷きあう、当然のように。
「待てい」
止めたのはもちろん文一。
「いつの間に僕が連れて行く事になってるんだよ。社員ではあるけど、引率じゃないんだぞ」
「社長命令です」
職権乱用である。
「うん、私の方が上司なんだからね。出来れば、ローラも一緒にお願いするよ、文一」
さらにはメギトスも続く。
「……分かったよ。別にそれほど無茶な事でもないし。でも、年上を呼び捨てにするのはやめてくれるかな、メグちゃん」
「あんたもメグちゃん言うな」
顔を赤くして、メギトスは文一にローキック。防がれたが、めげずに攻防を繰り返す。
ガスガスゲシゲシと地味な決戦を繰り広げる二人の間に、春日が割って入った。
「なら、私も行きます! 若と貴女を二人っきりにする訳には行きません!」
「え、いやだからローラも」
「姉妹ですか! 姉妹で食っちまうんですか若!」
「ははは黙れ春日、お前はそんなに僕に嫌われたいか」
「いーやー! 若に嫌われるー!?」
魔術結社も、大層賑やかであった。
魔法とかについては漠然と理解する程度で――というか、深い所まで見るつもりがないなら理解しなくても読めます。ぶっちゃけ。
で、分かった人もいると思いますが、ファミリアの世界観の基礎はどちらかと言うとファンタジーではなくエセSFです(エセってところが重要)。
でもまぁ、理の立て方がサイエンスチックなだけで、思いっきり乱暴すぎる理論ですので。世界の成り立ちから現実否定してるし。
では、最近連載以外にも短編を進めねばならず、少し厳しくなってきているコニ・タンでした。更新遅れるのは勘弁してください……。