第52話:ファミリアセカンドシーズン!(後編)
更新大幅に遅れました。テストだったんです、スイマセン。
中学生編です。あのあと文一はどうなったかというと、次の話に持ち越しです。
無茶苦茶怖い。
それが運転席に座って脇目も振らずにハンドル操作している女性の、素直な心境だった。
「すまない。俺なら自分の足でも帰れるのだが」
「い、いえいえ……ついでですので……」
女性は小鳥遊の家でメイドをしていて、免許を持っているので普段から灯夜たちの送り迎えをしていた。
だが、今回の仕事は一味違う。なんと言ったって、小鳥遊 湊と死乃裂 刃音を乗せているのだ。あの、本家の方を半壊に追い込んだという二人なのだ。
なんで普通に学校なんかに通うんだろうか、などと自分では計り知れない暗部に思いを馳せる女性。仕方がないことだとしても、やっぱり怖い。
(でも……なぁ……)
今の所、湊の方はともかくとして(同僚である文一を物理的な意味で襲っていた。彼は逃げるように車から降り、走って学校へ向かった)、この男は誠実そのものだ。とても襲撃なんかをする人物には見えない。
刃音は信用してもいいかもしれない、などと思いながら軽く後ろに視界を向ける。
「しかし嬢は大丈夫だろうか……いじめられないか、変な男が寄り付かないか、勉強についていけるか……いざとなったら生徒を殺し、教師を脅してでも……」
刃音への信用を取り下げると共に、湊の学校デビューの成功を祈る女性であった。
***
「今日からこのクラスに、新しい仲間が加わります」
はきはきと、新任の先生(男)が教卓から言う。
なんだか嫌な予感がする。今朝はあの人――ムゥ先輩と会えて楽しかったけど、その次は嫌な事が起こりそうだ。
「真紀真紀ー、どうしたの? すごく怖い顔だよだよ?」
隣から、風香が心配そうな声をかけてくる。
「ん……ちょっと、嫌な予感が……」
きっとムゥ先輩が金髪だったからだ……だからあの女の事を思い出して嫌な気持ちになっているだけなんだ……。
精一杯自分の予感を打ち消そうと努力してみるが、やっぱり無理。なんだか、全力で嫌な予感。
そんな感じに神経を張り詰めているから、背後から接近する手の動きにすぐに気づいた。
「ちょえや!」
「あぁ痛っ!」
椅子の足一つを支点にしてクルリと回り、その女みたいに細い、嫉妬するくらい白い手首を捕まえた。
手を伸ばしてきたのは予想通りの人物、可愛い顔に隈取りみたいなフェイスペイントをして、巫女服に身を包んだ“男子生徒”だ。
コイツは黒椿峰 甲陽。学校があるこの町の偉い人らしいが、結構みんな気にせずいじってる。
「ぼ、僕はただ天詩さんが心配だっただけで……あぁ、なんて野蛮なんだ……これだから天詩さんは苦手なんだ……」
「椿、苦手ってなんにでも言ってるですです」
こうして二人がそろうと、隈取+女装巫女服と化粧+ゴスロリドレスが並ぶわけであり、制服超自由なウチの中学内でもかなりフリーダムなコンビとなる。制服で登校している私が馬鹿みたいだ。
「とりあえず、ただの予感だから……ちょっと、風香は逃げておいた方がいいかも」
「ま、また暴れるのですですかー!?」
いやだって、敵の予感だし。殴りたい時もある、人間だもの。
「えー、では、入ってくださーい」
先生の言葉と共に、前のドアががらりと開いて、女の子が入ってくる。
…………。
「どうも皆様、始めまして」
礼儀正しくお辞儀をしたそれは、金髪碧眼だった。しかも、顔立ちがどことなくアイツに似ていた。なんだかムカつく……けど、それだけで殴りかかるのは理不尽かもしれない……けど、なんか……どうしよう。
「名前は、小鳥遊 湊と申します」
「サァーチアンドッ! デストロォイ!」
とりあえず筆箱を投げた。あいつの……アイツの関係者じゃん! 思いっきり名字一緒じゃん! 妹かなんかじゃん!
私の投げた筆箱は赤くなって湊とやらの首筋を狙う。音速を超えた威力を思い知れ!
「あらあら、危ないわね」
しかし、命中しなかった。湊が腕を下げるとストンとその手にナイフが滑り込み、そのまま狙い過たず筆箱を迎撃する。
「君の方が危ないよ……」
静寂の中、甲陽の小声がやけに響いた。
第一印象、スゲー危険人物。私はこれが普通だからいいとして……あの女、絶対なんか危ない人だ。あの女の妹っぽいし。
「ま、まさか……第二の暴君登場なのなの!?」
「風香、第一は誰か、オネーサンに言ってみなさい」
とりあえずギリギリと首元に手を当てる……つもりが、意識を落としてしまった。いっけな〜い☆
まぁ、結構いつもの事なのでみんな気にしてない。風香、最近は2、3分で起きるし。
それよりも、今の問題はアイツと、アイツのせいで冷めた空気だ。
「え、えーと……とりあえず、質問などはー……?」
ナイス新任教師! 明らかに冷めた教室の空気が熱狂に包まれた。元々このクラスはかなり豪胆なのだ、これも私の教育の賜物よ……。
「お家はどこ?」「趣味はある?」「今日のパンツの色は!?」「んーと、好きな食べ物」「携帯持ってる? アドレス教えて!」「本当の同い年? 大人びてるけど……」
爆発的に騒々しさを増す教室、みんな健全に学生してるなぁ三人目以外。
「家は小鳥遊町の方にあるわ、名前で分かると思うのだけれど、責任者の娘なの。趣味は……そうね、刃物の収集かしら? 食べ物で好きなのは、色々あるけどグラタンなんかも好き。携帯電話はまだ持っていないけど、今度もらうつもり。大人っぽいのは早生まれだから、そう思っておいた方が幸せ。そして、今日のパンツは姉様のを借りているから白よ」
色々と危ない気が……って、最後の答えたー!?
「白!? しろしろしろー! しーろー!」
「な……! 大葉がやられたー! みんな気をつけろ、これは転校生の精神攻撃だ!」
「お前も鼻血でてるから! 思いっきり攻撃直撃してんじゃないでふぅ!」
「ヤバイ! 駒村が興奮しすぎて変な語尾に……って、一人倒れてるにょー!」
「お前も変になってるじゃん! みんな落ち着け、ここはサイケデリックがエキセントリックでフォーエバーダイナマイトだ!」
中一には刺激が強かったらしい。ていうかウチのクラスの連中は純すぎだ。
まぁ、それはどうでもいい……私が聞きたいのはただ一つだ。
「貴女……お姉さんと一緒に住んでるの?」
湊はこちらを振り向き、警戒するように目を細くした。やっぱり、私が筆箱を投げたって気づかれてる。
「えぇ、そうよ……それが何?」
やっぱりそうだ。ここからが、本題。
「天詩 文一……知ってるよね?」
少しぐらい予想できていても良かったものなのに、湊は少し怯んで、何か喉に詰まったようにした後、落ち着きすぎなくらい落ち着いた声音で返してきた。
「もちろん。それで……貴女は、“文一さん”とどのような関係なのかしら?」
その反応と、言葉に込めた意志で、私は気づいた。
「いえいえ……どうも、“兄貴”が世話になっているようで」
向こうもきっと気づいただろう。
すなわち……ライバル!
「うふふ……こちらこそ。ねぇ天詩さん……これから、よろしく、ね」
「そうね湊、よろしく。……これからが、楽しみ、だわ……」
そう、本当に楽しみだ……楽しみ、だ。
***
「えー、では、小鳥遊さんの席はー・・・・・・」
教師が迷うように視線をさまよわせる。目線がちょうどこちらに向いたタイミングで、私は手をあげた。
「先生、私の隣ならば空いていますので席を運びやすいと思います」
「あぁ……そうですね。では、小鳥遊さんはローラさんの隣ということで」
目論見どおり、小鳥遊の末っ子は私の隣の席になった。面倒くさい仕事だが、小鳥遊財閥の命令なので無視するわけにもいかない。
死乃裂が複数の構成員を生徒にしているように、私――ローラ・リーリアもこの中学の生徒だった。もちろんただ勉強に来ているだけではなく、いざという時の為にショルダーバッグには武器である懐中時計も入れている。
そして今回言い渡された仕事は、小鳥遊 湊のエスコートだ。つまりは、学校に馴染めるように尽力しろと、そういうことらしい。
無茶を言う。私だって、あまりクラスになじめている方じゃないのに。
「では先生、私は湊さんと一緒に机を運びますので、ホームルームを続けてください」
「はい、よろしくお願いします」
言葉と同時に席を立つ。背中で曖昧に先生の声を聞き流しながら、湊の肩を叩いてうながした。
それに湊も答え、二人して教室を出る。
しばらくの無言。教室からある程度離れ階段に差し掛かったところで、始めて湊が口を開いた。
「あの……ローラさん? 私、今までは学校なんて知らなかったので……えっと、よろしく」
「はい。どういう施設かはある程度教えます。また、破壊衝動が起きた時は言ってください、私は保健委員なので怪しまれずに連れ出せます」
階段を下りながら、事務的に答える。
どうしてこんな危ない奴が学校に来ているのか。答えは本人の希望だから。
煩わしい。どうして小鳥遊はこんなに無茶ばかり通すのか。どうして姉様たちは言いなりになったままなのか。目的を果たすのだって、小鳥遊無しで出来ないという事はない。
「広い、のね・・・・・・」
沈黙が辛いのか、彼女は適当に呟く。
「はい、一般的な校舎のサイズだと思います」
一階に下り立ちながら、背を向けたまま事務的に答える。この階段の裏に、余った机と椅子があるはずだ。
さっさと持ってこようと裏手に回ろうとし――上から、何か騒々しい音と声が響いてくるのを確認した。
「あぁ……天詩さん、それはいくら僕でも死ぬよ? 死んでしまうよ……。ねぇ、考え直しなよ、どうして僕がこんな……」
「限りなくうっさーい! 真紀ちゃん式人間爆弾ver甲陽! 落ちろー!」
「ほ、ホントに落としたしたー!?」
何か降ってきた。人間っぽいものが。湊目掛けて勢いよく。
彼女はあら、なんて呟いて迎撃した。詳しく説明すると、両手をクロスさせて頭の上へとかざした。それに直撃して、人間っぽいものはぐべば! とかいう音を出した。
また真紀の馬鹿か……。
「いやっほーい! 授業抜けてきたよ感謝しやがれー!」
「真紀真紀、合法的にサボりたかっただけじゃあ……」
予想通り、真紀と風香が降りてきた。いつもいつもうるさい奴ら。
「何しに来たんですか、真紀? 湊さんと貴女はあまり仲が良いとは思えないのですが」
「いや、湊はいかにも非力そうな女の子だし、ローラはもやしっ子だし、私が机運んであげようかなって」
「私は平均であってテメェが馬鹿力なだけだ、と事実を述べておきます」
やたらと発育がいい上に、やたらと運動神経のいい女だった。机を片手で振り回す腕力とか胸とか100メートル走8秒台とか胸とか二階から落ちても受け身で平気とか胸とか。
そうしているうちに、後ろでひっくり返っていた黒椿峰が起き上がった。
「天詩さんが机なら、僕は椅子を運ぼうか……?」
「椿はじっとしているがいいですです。力ないんだから」
風香に一刀両断されていた。
みんな、馬鹿だ。馬鹿ばっかりだ。この世界の人間は、この国の人間は能天気で馬鹿だ。
この場にいる人間は全員、普通じゃ無いものに関わっているのに。天詩機関に如月機関、黒椿峰の自治組織、魔術結社、小鳥遊財閥。直接も間接も、意識も無意識も関係なく、全員が裏側に関わっているはずなのに。
締め上げて情報でも吐かせれば、あるいは人質にでもすれば、私たちの目的にある程度近づけるかもしれないのに。
私は『帰る』ためならば、何でもするつもりなのに。
「……とっとと運びましょう。真紀は机を、私は椅子を持ちます」
どうして私は、そんな簡単な事も出来ないんだろうか。
真紀は笑顔で机を持ち上げた(片手で)。風香はそれを慌てた表情で見守り、湊はそれを微笑ましそうに眺めていた。黒椿峰も、さりげなく湊の近くに立って体の弱そうな彼女をフォローしている。
お人好し。このお人好し達は全員、天詩文一に関わりのある者だ。
天詩文一。目的の為に悪人になろうとしている、便宜上の味方。正直、あいつは嫌いだ。負けたからとかじゃなくて、人間性が。
志は低いくせに、その目標内であるならば奴は貪欲だ。自分の弱い所を把握していて、それ以上の結果は望まない。ただ、自分の力以下の結果を許さない。
努力しようともしないくせに、低い目標を持って満足しようとする。諸々の事情を除いて奴の性格だけ、私の目から見れば――ただ、のらりくらりと自己満足を果たしたいだけの人間だ。
お嬢様を守りたい、と彼は言っていた。そういうのなら、それ以外はきっと、心の底ではどうでもいいのだろう。
自分を慕っている妹も。仕事場の同僚も。幼馴染みの親戚も。守りたい人の妹も。もちろん、一ヵ月半寝食を共にした魔術師も。
だからきっと、彼は究極的には一人ぼっちなのだ。目標以外を見ようとしない。見る努力すらしない。
あの、先を見ることを諦めて終わったという師走 蓬みたいに。
どうして私は誰かを傷つけてまで目的を果たそうとしないのか、この夏休みでやっと分かった。
たとえ、私が孤立していても。みんなが特別仲良くしてくれなくても。私は繋がっていたかった。
彼みたいになるのが怖かったのだ。精神的なものか物理的なものかは違うとしても。
「何やってんの? 早く来ーい、チビの方の金髪ー」
「真紀真紀ー、確かにローラは湊よりはるかにチビだけど、本人の前で言うのはどうかと思うよー」
真紀と風香の声を聞いて思った。
でもやっぱりとりあえず、コッチから仲良くしてやる気にはなれないなぁ、と。
なーんかコメディ一辺倒の話はやりにくくなってきました、この頃……展開的な問題で。
何かネタも薄いですしねぇ。
この頃、面白い小ネタ思いついても結構忘れるんです。メモ取るように習慣付けた方がいいのかな……。
では、次回は文一と湖織の話です。シリアスばっかり……と思わせておいてコメディも入れるつもりです。乞うご期待。