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学園珍事 ファミリア!  作者: ニコ
一学期
45/66

第42話:【A】 されど従者は真紅に沈みて

そろそろテストなので忙しくて執筆時間があまり取れませんでした。

後半が残念な事になっていますが、一週間近い周期で更新したかったので……。

 文一が目を覚ますと、そこは庭だった。


「……なんでこんな所で寝てるんだ、僕」


 眠気を覚まそうと目を擦りながら、自分の頭の中で記憶をまさぐる。

 リーリア三姉妹の来訪、巨大ロボの来襲、そして――


「そうだ、アイツ!」


 がばっと上体を起こし、文一は辺りを見回した。

 果たして、その男は文一のすぐ近くで倒れていた。

 いや、倒れているのではなく、自分の意志で体力の回復に努めているのだろう。


「お前――!」


「そういきり立つな。小鳥遊たかなし 灯夜ともよがいないならば、戦う気はない」


 ふぅ、と息を吐きその男――死乃裂しのさき 刃音はおんは、上半身を起こした。

 そして、そうする事で文一は気づく。刃音の左腕が無いことに。


「何を物珍しそうに見ている。お前がやったんだ」


「僕が……?」


 文一はもちろん、そんな事をした自覚はない。

 あれは、天詩 文一ではなく、ヨモギだったのだから。


「そんな事はどうでもいい。俺は行く」


 自分の腕が無くなったというのに、刃音は抑揚の無い声で言った。

 

「行くって、どこだよ?」


「小鳥遊本家」


 その言葉に、文一は目を丸くする。

 当たり前だ。今の状況では自分ですらも近づけないのに、この殺人鬼が穏便に通れるはずがない。

 そんな文一の様子を見て、刃音は軽く溜め息をつく。


「言っておくが、邪魔をするなら殺す。向こうには、嬢がいるんだ」


「嬢って……みなと、か」


 分かりきった問い、もちろん刃音は頷く。

 文一は小鳥遊の事情の一端を知っている。だが、この状況、釈然としない。


「おいお前、二つ、聞いていいか?」


 だから、文一はこの男に聞いてみることにした。


「……手短に済ませるのなら」


 刃音の了承の言葉を聞き、文一は口を開く。


「どうして今さら、湊は小鳥遊本家なんかに行くんだ? 少し見ただけだけど、そんな復讐したい、っていうわけでもなさそうだったし」


 文一は首を捻る。そう、これが一番の疑問。

 湊は別に小鳥遊町なんかに来なくても、ただ遠い町で暮らしていれば良かったのだ。刃音というボディーガードがいるのだから、そう簡単には手出しする奴もいないだろう、と。


「別に、不思議な事でもないだろ」


 疑問に対する抑揚のない答えは、ひどく簡潔なものだった。


「ただ、久しぶりに姉に会いたかっただけだ」


 文一は、沈黙する。思考して、言葉の意味を吟味して、そして思考が止まり。

 数秒後、口から出たのは間抜けな声。


「……は?」


「嬢もまだ14歳の子供なんだよ。それに、ずっと会ってなかったんだしな」


 本当になんでもなさそうに言う刃音に、文一は詰め寄った。


「で、でも死ぬかもしれないんだぞ!? 大体、小鳥遊に正面から二人だけでケンカ吹っかけるなんて……お前ら、正気か!?」


 小鳥遊の巨大さは、末端とはいえそこで働いている文一は身に染みている。別に魔法などという裏の力がなくても、人海戦術だけで十分だろう。

 そこまで言われても、刃音は顔も口調も崩すことなく告げた。


「死ぬかもしれないとして、お前なら、離れ離れになった家族に会いたいとは思わないのか」


 聞かれて、文一は答えに詰まる。

 義理の、を付けなくても呼べる本当の意味での父、母、妹。もし彼らに会えるならば、自分はどうだろう、と。

 そして文一は、とうとう答えられなかった。


「父親――小鳥遊の総帥は本気で嬢を消そうとしている、それこそ完全に。しかし、二人の姉は、嬢が本当に会いたいと思った二人の姉は、大丈夫だと信じたい」


 刃音の言葉は先ほど通り抑揚がなかったが、それでも表情の真摯さは伝わった。

 それを聞いて、文一は湊の言葉を思い出した。


――それまで、貴方に姉様が守りきれるかしら?


 あぁそうか、と思い至る。

 その言葉は、文一への挑発でも嘲りでも警告でもなかった。

 それはただ、願い。

 「私が会いに行くまで、姉様を守ってください」という思い。

 それをなんだ。自分は、そんな願いを受けて落ち込んでいたのか、と文一は恥じる。


「よし」


 ひとつ、声を吐いてみる。

 そうだ、今の自分では何も分からない。何が正しいのか分からない。

 湊を殺そうとする小鳥遊は、ある意味信念というものがあるだろう。湊と、それを守る為の刃音は人を殺し続けた、それは悪いを通り越して残虐だ。

 文一はこの刃音に手ひどくやられた、それは恨むべきだろう。その刃音は湊を守る為なら何でもするという、それは共感するべきだろう。

 分からない事が頭の中でグルグル回る。なら、やることは一つだけ。

 全てを脳の中で割り切って、ただやりたいことをするだけだ。

 文一は、立ち上がった。


「茜!」


 呼んでみる。が、返事は無い。

 見ると、背表紙が真ん中で折れてページが飛び散っていた。

 あれだけやられたのだから、しばらくは動く事も出来ないのかも知れない。文一はそう結論すると、刃音に声をかけた。


「聞きたいことは二つと言ったよな?」


「あぁ」


「じゃあ質問。湊は、自分の意志で殺人をしていたのか?」


 一瞬、刃音は言葉に詰まったかのように息を呑む。

 そしてしばらくすると落ち着いたように息を吸い、かぶりを振って答える。


「参ったな、お前、そんなことまで考えていたのか」


 その言葉に対して、文一は笑って見せる。

 ヨモギのようないやらしい笑い方ではなく、してやったり、という表情だ。


「……嬢の病気は、正式な名称なんて俺にも分からないが、破壊衝動だ。なんでもかんでも、見ると壊したくなる。が、一番効率がいいのは人間」


「だから、殺させたと」


「あぁ、初めは騙してな。知っているか、心の痛みは体よりも痛いんだ。俺は周りを全て壊したくて、それでも我慢している嬢を見ていられなかった」


 その台詞に、文一は共感した。

 天詩 文一と死乃裂 刃音。小鳥遊 灯夜と小鳥遊 湊。

 出会ったのが逆ならば、二人は逆の立場になっていたかもしれない。

 それほど、文一と同じだった。文一も灯夜はもしそうであるならば、そうしていただろう。

 だからこそ、文一がやることは。


「刃音、だったか。僕も手伝う」


「……何だって」


「手伝う、って言ったんだ。湊がお嬢様と鷹子様に会うのを手伝う」


 どこか清々しい顔をしながら、いないよりはマシだろ、と文一は言う。

 少し戸惑いながらも、足を引っ張るなよ、と刃音は返す。

 こうして、従者二人は手を組んだ。



                 ***



 刃音と湊の出会いは、運命的といえば運命的だった。

 ただしそれは確率の問題であり、実際そこには風情も何もなかった。

 ぶちまけられたゴミ箱に、無造作に投げ捨てられた吸い殻。異臭と無感動な風景が交じり合い、一種の異界めいたものにも見える場所。

 俗に言う、路地裏だ。


「あ……」


 そこで刃音は死にかけていた。

 当時8歳であった刃音は、それでも死乃裂として誰かに認められたくて、無理を言って仕事を請けた。

 人殺しに特別な意味なんか感じず、ただの仕事だと思って。

 それなのに、最後の最後で決心が鈍った。人の怯える顔を生で見て、怖くなった。

 そして、このザマだ。


「……ははは」


 笑った。自分の人生の呆気なさに。だから死ぬのは怖いんだ、と理解した。

 そしてそのまま体の冷えるに任せていた刃音は、一つの足音を聞いた。


「大丈夫ですか?」


 聞こえたのは、舌足らずな幼い声。

 かろうじて残った力で見上げると、そこには白髪紅眼の子供がいた。

 何故か血塗れで、鉄の首輪のようなものをはめて、左手にはガラス片を持って、それでも瞳は輝きを失わずに。


「大丈夫ですか?」


 再び投げかけられた問いに、刃音は小さく縦に頷く。

 ほっとした様子でその少女は刃音に駆け寄ると、具合を確かめるように体を触る。

 そこで、ヌメリと。


「あ……」


 腹部から流れ出る血が、少女の手にまとわりついた。

 それは何かの呪いみたいに、少女の手にべたついて離れない。

 そのまま少女は、呆然とした顔で、刃音の顔に――否、首に手をかけた。

 ぐっと力が込められ、瀕死ひんしである刃音の気道を塞ぐ。


「え、あ、ごめん、なさい……」


 少女は謝るが、それでも手は止まらず。

 結果、少女は持っていたガラス片で自分の手を刺した。

 痛いだろう。痛くてたまらないだろう。そんな事、子供がすることじゃない。

 それでも彼女はその先にあるものを知っていて。その悲しさを知っていて、そんな事をしたのだ。


「ごめ、ん、なさ、っい」


 痛いだろうに、少女は謝って、刃音を引きずる。

 陽の当たらない路地裏から、表通りへ。

 相変わらず全身は痛かったけど、明るくなった。


「あ、り……と……」


 ほとんど言葉にならなかったが、刃音は久しぶりに礼をした。

 それでも少女は一心不乱に、何かの衝動に震える手を握り締めながら、前へと進んでいく。

 守りたい、と思った。

 痛みを知っていて、傷だらけで、いつも何かと戦っていて、それでも目だけは死んでいない、生きる意志溢れる彼女を。

 守りたい、と思った。

 例え、彼女自身を苦しめる形になっても。



                    ***



 小鳥遊本家は、小鳥遊別荘からそれほど遠い訳ではない。

 だから文一達は、すぐに辿り着いて。すぐに、絶望した。


近江谷おうみがたにに、北川妹……それに魔術結社」


 敷地内。刃音が門を腕力で破壊すると、そこには様々な武装をしたスーツ姿の男たち、そして見知った顔。

 近江谷 怜哉れいや、響玖の友人の一人。

 北川 聖、小鳥遊 鷹子の専属メイド。

 そして、昨日分かれたばかりのリーリア姉妹。


「天詩、だったか? その様子では、俺達に協力する為に来たわけではないらしいな」


 そして、今話した怜哉の足元。

 そこに、ぼろきれのようになった湊がいた。


「嬢……」


 刃音は走り出す。文一と戦った時よりもさらに速い。

 途中で黒スーツが立ちはだかるも、片手で軽くぐだけで冗談みたいに飛んでいく。

 しかし、その先には……


「刃音、落ち着け!」


 文一も速度面で刃音にかなり劣るが、走り出す。

 刃音の先にいるのは、拳銃を構えた怜哉。そして詠唱に入ったローラだ。

 それでも刃音は走った。ただ湊だけを見つめて。


「くそっ!」


 とりあえず刃音に制止がきかないと判断した文一は、話し合いでもできないかと片手を上げて、停戦を求めようとした。

 しかし、刹那の内に腕はとられて背後に回される。そのままうつ伏せに倒れこみ、肺の酸素をすべて吐いてしまった。

 文一は背中にある感触の正体を確信していた。こんな流れるような動き、一人しか知らない。


「北川妹……!」


「今は黙ってください、ふみくん」


 聖は文一にだけ聞こえるように耳元で囁くと、次に周りにも聞こえるように宣言した。


「天詩 文一、少しでも動けば関節を外します。それでも足りないと言うのなら筋肉を外してあげましょう。まだ動くのならば、骨を折ってでも動きを止めさせてもらいます」


 文一は動けない。自分では聖に勝てない事が分かっている。

 聖は抜群に巧いのだ。本気でやれば一聖にも勝てるだろう。

 そして、そのまま。


「うおおおおぉぉぉ!」


 叫ぶ刃音。文一は、刃音の抑揚ある声を初めて聞いた。

 しかしもちろん、そんなものではどうにもならない。

 怜哉によって肩と、ももが撃ち抜かれる。

 倒れる刃音。追い討ちをかけるように四方八方から放たれる銃弾。

 それら全てを身に受けて、刃音は真紅の池を作った。ただ、叫ばず。悟りきったかのような穏やかさで。

 文一は、届かないと知りつつも手を伸ばす。

 とても短い間だったが、確かに共感できた彼に。


「刃音!」


「ふみくん、動かないで!」


 耳元での制止も聞かず、文一は手を伸ばした。

 そして刃音は、膝から血溜まりへ沈んでいく。

 最後に、文一にも誰にも分からないように、刃音の口は動いていた。声も出せず、でも動いていた。

 文一に向かって、「ありがとう」と。





このシリアス話、あと6話で終了予定です。……先は長い。

でもまぁそろそろ少なくなってきた娯楽分を補給しなければいけないので、そろそろ人気投票みたいなのをやりたいと思います。

いやまぁ、普通の人気投票じゃないこともやるんですけどね? うふふふふ……。

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