第39話:【A】 狂った虚無は否定を連れて
今回は文章が微妙です……前話で感じた手ごたえは錯覚だったのか……。
ここはどこだろう、僕は何をしていたんだろう。
あぁそうだ、起きなければ。
早く戦わないと。アイツが――刃音がお嬢様の所に行く前に。
おい、茜……茜?
どこだここは。どうして何にもないんだ。
僕はどこに居る? どうしてこんな所で居る?
そもそも、“居る”のか? 腕は? 足は? 体は?
あれ……どこだここは。
どうして僕は、こんな何も無い所に……。
***
太陽は空の中ほどを過ぎ、既に時刻は午後へ移っていた。
そんな中、刃音は小鳥遊本家へと向かおうとしている。
邪魔はされた、そのおかげで多少の傷も負った。それの応急手当に少し時間がかかったが、それだけだ。
やはり小鳥遊 灯夜は重視されていないんだろうな、と刃音は思う。
小鳥遊家の戦力がついていたならこう簡単には行かなかっただろう、この出来損ないの魔法使いが相手だからこそ容易く勝てたのだ。
「さて、行くか」
平坦な声で呟くと、刃音は足を前に向ける――が、その時、背後で音がした。
ジャリ、と砂地を踏みしめる音。
「…………何が、起きた」
刃音は確認した。
あの魔道書は武器化が砕かれた時に表紙もページも無残に引き裂かれ、もう魔道書としてはまったく役に立たないだろう。
あの男も左腕をほとんど砕く形で切り裂きその上で頭を叩いた、脳震盪と痛みでしばらく立ち上がれるはずは無い。
しかし、そんな刃音の考えを嘲笑うように。
再び、音が鳴る。
「や、お久しぶりこの世界」
振り向くと、そこには文一が深呼吸でもするかのような姿勢で立っていた。
いや、それよりも。
彼の目は先ほどとは違う、狂っている。
絶望と徒労を塗りつくしたような。
痛みと歪みを濃縮したような。
そんな壊れた瞳だった。
「何故まだ立ち上がれる」
「は? 足もあるし神経も筋肉も繋がってるし、立ち上がれないはず無いだろ?」
刃音の質問に対して、当然のように文一は答える。
そのまま面倒くさそうに頭を掻いて、ため息を吐きながら言葉を続ける。
「で、さ。物は相談、僕に対してもう攻撃を加えないのなら、見逃したげる」
「何……」
まるで立場が分かっていないような言葉だった。さきほどまで倒れていたのはどちらだというのだ。
もちろん刃音は見逃すつもりなど無い、口約束だけで追撃が無いとは限らない。
「誰が、見逃すか」
「うん、まぁ、そうだろうとは思ってたけどさ。あぁもう、しょうがない。面倒くさいし気持ち悪いし嫌なんだけどなぁ」
そのまま、面倒くさそうな姿勢のまま壊れた瞳をこちらに向けて。
その口元を、ニタリと嫌らしく歪めて。
そして、文一は宣言した。
「僕は、お前を否定する」
刃音が斧を振り上げ、走る。そのまま片手で鎖を持ち、どんな体勢からもどんな攻撃でもできる様に姿勢を整える。
だが――
【消えろ。この世を、お前を、お前の動きを――】
文一の口からこぼれるのは詠唱。魔法の準備。
出来損ないの魔法使いであるはずの彼は、単体で魔法を唱えている。
ただどんな攻撃が来ようと、刃音には回避する自信があった。
それが、攻撃であるならば。
【僕は、否定する】
詠唱が完成。
その後起こった事は、爆発でも雹嵐でも地割れでも真空でもなかった。
刃音のたち位置が、走り出す前と寸分変わらぬ場所に、寸分変わらぬ姿勢で立ち尽くしていた。
「……あ」
何が起こったのか刃音自身にも分からない。
その時、文一が口を開く。
「『経過否定』、まぁ気にすんな。僕の魔法は分かりにくいからな」
刃音は文一の詠唱を聞いていた。「消えろ」というのが始めの言葉。
魔法において初めの言葉は重要な意味を持つ。それこそが魔法の方向性を決めるからだ。
消えろ、それはつまり――
「俺がそこまで走ったという事実を消したのか」
「より正確には、お前がそこに移動するまでしていた行動、それにより影響された空気の流れなんかもな」
ニタニタと嫌な風に文一は笑う。
それに向かって、刃音は再び走り出した。
【消えろ。――】
しかし次は鎖を持って、遠距離からの投擲。
斧は不規則に回転しながら文一に向かっていく、例え刃が当たらなくても骨の一本ぐらいは覚悟しなくてはならないだろう。
【世界を、――!】
詠唱の途中で文一は横に跳び――そして、倒れた。
刃は完全に回避した、ただ足を滑らせただけだ。
草程度しか無い平らな地面で、いくら急いでいたとはいえ、“まるで体になれていないかのように。”
【お前を、お前の――】
倒れながらも詠唱する文一を前に、刃音は鎖を引いて斧を手元に戻そうとした。
その前に、文一の詠唱が完了する。
【考えを、僕は、否定する】
そして刃音は、手を止めた。
金縛りにあったわけでもなんでもない、ただ“何をしようとしたのか忘れてしまった”のだ。
「今度のこれは『思考否定』ね。ホラもう諦めろ、僕が手加減してやってるんだからさ」
「あ……ぐ」
刃音が感じているのは、久しぶりの恐怖。
戦闘での恐怖ではなく、この人間から感じる恐怖。
一体、これは――
「誰だ」
「あ? ふつー、戦闘中に自己紹介とかする?」
「…………じゃあ、名乗ろう」
名乗り、決闘――いや、血闘の合図。
お互いがお互いの存在をかけて闘う通過儀礼。
それを行ってまで確かめる価値はある――これは一体誰だ? ただの執事では、絶対に無い。
まず、刃音が名乗りを上げる。
「小鳥遊 湊の従者、死乃裂一族のはぐれ者、死乃裂 刃音」
「へぇ、死乃裂って事は霜月ね。なるほどなるほど、じゃあ僕とも因縁があるわけだ」
壊れたような瞳のままで、嫌みったらしい口元をそのままに、その人間は名乗った。
「僕単体としては……んー、便宜的にヨモギかな。
この体の総体という意味でなら、師走家次代当主権利放棄済の超能力者、師走 蓬だ」
その言葉に、刃音は顔を強張らせる。
「どうして、冠位十二ヶ月がこんな所で執事なんか……」
「お互い様だろうよ、その台詞はそっくりそのまま返す」
冠位十二ヶ月、旧暦に対応した十二家系から成る超能力者の家系。
例えば11月の霜月、例えば12月の師走。
特化技術体型並列組織、旧くからの家系、冠位十二ヶ月。
「で、どうする? やめとく? いやだって僕って強いしさ、うん、本気でやるならここら一帯消し飛ばせるし」
ニヤニヤと笑いながら、ヨモギは話す。何の気負いでも誇張でもなく、刃音などは簡単に倒せると。
それに対して、刃音は言葉と行動で返した。
「ふざけるな。師走の能力は、そのようなものじゃない」
瞬で距離を詰め、斧を横方向にスイング。
ヨモギは、やはり後ろへとすっ転ぶようにして回避する――が、そのまま転がっていく。
二転三転したところで回転終了、がばっと跳ね起きた。
「あー、うん、やっぱ慣れないな、この体。僕の感覚は7歳程度で留まってるしねぇ」
そしてそのまま、壊れた瞳で刃音を睨み、言葉を続ける。
「で、今のは敵対行為だな? 消すぞ? 掻ッ消すぞ、ハハッ、おら、逃げ回れ」
刃音はそのまま鎖を握り締めて斧を投げた、遠距離用の戦略である。
その行動を選んだのは単にそっちの方が早く片付くと思っただけなのだが、それが幸いした。
【消えろ。我が力のカタチは「否定」、我が力のイロは「神」――】
唱えられたその魔法は、魔法ではなかった。
魔法でも妖怪でも科学でも超能力でもないもの、世界の深奥に接続するというそれらの行為の上位。
刃音は知らない。こんなもの、使える人間は限られている。
これを使う条件は――ただ、ひたすら、一つの方向に向かって、狂っていく事なのだから。
【僕は! お前を! 否定する!】
それは呪文の朗々とした響きではなく、喉から搾り出した悲鳴とも雄叫びともつかぬ声だった。
それにより、現れたもの。
初めは小さな光だった。
それがヨモギの目の前に現れ、斧に触れた。
そして、斧は消え去る。
「な……」
砕けたのでも溶けたのでも盗られたのでもなく、消えた。
欠片になっていくとかそんな生易しいものではない、そんな余韻を残す演出など一切無い。
ただ、光に触れた所から、何か壁の後ろにつっこんだような――ただこちらからは見えないだけ、と思ってしまうほど簡単に消えた。
「ハン、頑張れよ、もっと頑張れよ。あぁ、僕はお前みたいな奴は好きだぜ。大好きだ。あぁ、一つを守るために一生懸命になってるやつは大好きだ」
だから30秒逃げ切れば許してやるよ、とヨモギが言うと。
光の球は、急に質量を増した。
大きさは確認できない、光の量が増えてもはや直視できないのだ。
手が生えたように思う、首も足も。
しかし見る事は出来ない、存在していると分かっているのに姿を見ることは出来ない。
まるで神のように、超然と。
「さぁ、やろうか――『全否定!』」
動いた、光の神――デウス・エクス・マキナが。
「ぐ……」
刃音は走る、敵のほうではなく反対へと。
気づいた、気づいてしまった。
これはもはや敵ではなく、干渉する全てを壊してしまう災害だ。
走る刃音に向かって、緩慢な動作でデウス・エクス・マキナが近寄っていく。
触れれば一撃、斧のように一瞬で消される。よもや転移や不可視といった子供だましではないだろう。
ヨモギの奥の手は、触れたもの全てを消滅させる人型だ。
「は、ッは、ホラ、逃げ回れ。まだ10秒だ」
庭を踏み砕き――否、踏み消し、木を薙ぎ消し、空気を消し裂いて、消滅の光は迫る。
刃音にそのまま、根元を消滅させられて倒れた木が直撃した。
「残りタイムカウントー、じゅーう、きゅーう」
刃音はしかし、その木を腕力だけで取り除いてデウス・エクス・マキナに投げつける。
もちろんそんな事では毛筋ほどの傷もつかないが、自由の身になった刃音はそのまま駆け出した。
「はーち、なーな、ろーく」
屋敷の外装が振り払われ、瓦礫が刃音に向かって落ちてくる。
それを避けているとその間にデウス・エクス・マキナは近づいており、その腕を振り下ろした。
無音、である。おそらく近くに存在する音すらも否定しているのであろう。
「くっそ……じゃあなんで姿が見えるんだ……」
音を消すならば光も消えるだろうと、刃音は単純な愚問を口にした。
「ん? そりゃノリですよ、っハハ、見えた方が楽しいだろうが。ほれ3秒」
それに対しても余裕で答えるヨモギ。
そしてデウス・エクス・マキナは腕を振り下ろす。刃音は横に飛ぼうとする。
しかし、不幸な事故が起きた、刃音の足元には瓦礫が落ちていたのだ。
着地に失敗した刃音はそのまま地面へと無様に倒れこんだ。
そしてもちろん――デウス・エクス・マキナは追撃する。
圧倒的な光で細部は見えないが、刃音は、それを爪だと思った。
左腕から伸びる突起、それが刃音の左腕に突き刺さった。
「ぐ、ぎがあああぁ、ぐ、ぁ」
痛みは無い、ただ今まで腕であった場所の感覚が無くなるだけだ。
それは途方も無い喪失感となり、刃音を襲った。
風に吹かれた煙のようにデウス・エクス・マキナがその姿を掻き消した頃。
刃音の左腕は完全に消え去っており、その断面は初めから何も無かったかのような肌色だった。
しかし、痛みは無くとも精神的にはかなりの痛手であり。
結果、死乃裂 刃音はそのまま気絶する事となった。
***
あー、終了。
ハン、消し尽くそうかとも思ったけど、中々強いじゃないか死乃裂。
約束は守ろう、……いや、ま、面倒くさいだけだけどさ。
しかし僕が出る羽目になるなんてな、文一は何やってんだか。
お前はシアワセにならなければいけないのに。
師走 蓬の為に、天詩 文一と僕は存在しているのに。
お前のシアワセの為なら、僕は何でもやってやる。
気に入らない奴を、邪魔な奴を、面倒くさい奴を、嫌いな奴を、消してやる。
あぁ、だから安心して眠りやがれ。お前は何があろうと死なないよ。
いや、死ねないんだよ、お前は。この僕が居る限り。
ハハっ、死にたいと思うおうがなんだろうが僕がお前を生き残らせてやる。
だからシアワセになりやがれ。
それが、師走 蓬が最後に託した命令だ。
何人かの方は気づいたかもしれませんが、裏文一=ヨモギの技は小説用語です。
デウス・エクス・マキナ、強引な展開の事を言うらしいです。ご都合主義の別の言い方みたいなもんだと僕は考えています。
そんな感じにヨモギの技は反則なんですよ、って意味を込めてみました。
いやだって触ったら一撃死ってお前はマ○オの敵キャラか、ってな感じで(笑)
企画、スゴイ事になりました。
10人越えました、すごいです、いや企画主の僕が読み切れるかどうか分からないです。
これ、実を言うとお互いの作品を混ぜる事での宣伝効果も狙ってるんですよね(笑)
という訳で、読者様も是非、ファミリアとクロスオーバーした他先生の作品も覗いてみてください。もしかしたら楽しい作品が見つかるかもしれませんよ?
では、今日のところはこの程度で。
……やっと折り返しな所……コメディは遠い……読者様はついてこれているだろうか……。