第38話:【C】 緑裂激突
今回、実は文章の見直しをしていなかったりします。
白咲――否、死乃裂 煉斗は走っている。
あの場は湖織に任せ残った妖怪たちと第一研究局に突入したのはいいのだが、妖怪の数が減ったせいで煉斗は単独行動を余儀なくされている。
もっとも裏口、つまりは暗殺。
目を引かない方がいい訳だし、その観点でいえば悪い事ばかりではないだろう。
(あとはアレだな……小鳥遊の奴が幽閉される前に片付けねぇと……)
チッ、と舌打ち。
曲がりくねった通路を進み、局長室へとほぼ勘だけで進む。
とは言ってもここは人を迷わせるための迷宮ではない、最低限の案内板はあるし、構造もある規則性に従っている。
そういう場所で地形を読み取るのは死乃裂で叩き込まれた、少しばかり複雑なだけの研究施設ならば、たいして迷わずに目的地へと辿り着けるだろう。
(殺し――か)
躊躇いは無い、この職業に就くからにはいつかやるだろうとは思っていた。
しかし、やはり生理的な嫌悪がある。
――私たちの殺人はね、汚いモノなの。生物が二次的な欲求の為に同種の生物の生体行動を止める事――何よりも背徳的でしょう?
死乃裂の仲間になった時――元々死乃裂だった父が内輪の彼女と再婚した時――煉斗はこの道を選んだ。
そして、義母となった彼女、『核爆夫人』と呼ばれる本名不明の彼女が初めに教えたのはこんな言葉だ。
生き物として、食欲の為に殺すのは当然だ、性欲の為に殺すのは一般的過ぎるし、睡眠欲の為というのも珍しいがやらない訳ではない。
しかしそんな単純な問題ではなく、もっとゴチャゴチャしたもの――二次欲求の為に殺すというのは、社会的道徳的以前に、生物的にやってはいけない事だ。
それをするならば相応な覚悟で臨みなさい――と、彼女は言いたかったのかもしれない。
(母さん。生きていたなら、“僕”を止めたんだろうか。……そもそも、母さんが生きてればこんな事はしないんだけど)
懐に手を入れ、持ってきていた十字のペンダントを握り締めようとして。
いきなり、前から何かが飛んできた。
「っ!」
懐に手を入れていたのが幸いした。
そのまま強引に手をずらし、拳銃を抜き放つ。
撃っている暇――無い、そう判断すると、外套の中から顔の高さに拳銃を放り投げた。
ガキン、と鉄を弾く音が間近で聞こえ、拳銃は耳元を掠めて後方の床へ。
目線だけずらして確認する煉斗。拳銃は銃身が歪んでいて、もう使い物になりそうも無い。
「……誰だ?」
あくまで静かに、誰かに伝える気の無い独り言のような声が響いた。
そして外套からアーミーナイフを一本抜き取り、右手で握り締める。左手は素手だ。
そして、再び無音で――否、煉斗でも聞こえるかどうかという小さな音と共に、何かが飛んできた。
今度は予測済みなので、割合余裕を持って右方へ飛び退く。
仮に得物が消音機能付きのライフルのようなもの――あくまで、そのようなもの――として、音から考えると敵は遠い。
だからこそ――というのもあるが、その何かは的確だった、的確すぎた。
普通、銃弾は周囲の気候や銃自身に対する負荷、反動や手ブレなどで思ったとおりの場所には撃てないものである。
しかしそれは逆に言えば着弾点がある程度ランダムだという事なので、欠点とも言えない。現実に、銃弾とは首の動きだけで避けられたりするものではないのだ。
しかし敵の攻撃は真っ直ぐに煉斗の右目だけを標的にしていた、それが回避できた大きな要因の一つ。
(……さぁて、どうするか)
またもや目線だけで背後を見るが、そこにあるのは銃身が歪んだ拳銃一つ。
別の物が見当たらないという事は、敵の狙撃手の使った何かは、既にその形でその場所には無いことを意味する。
(空気抵抗で無くなった――いや、それにしちゃあ音からの時間差が長すぎる。光線や電磁の類ならまァ、分っかりやす過ぎるな。直接干渉するタイプの音波やらは視認できねぇし、つーこたぁ、――異能力の領域、か)
異能力、魔法や超能力、妖怪の類。
科学でその領域に行き着く事が出来るというのは煉斗も聞いた事がある。
どの能力も干渉の手順が違うだけで本質的には同じ、なればこそ人の手で行き着くこともまた道理、と。
第三射、またもや無音に近いなにかが迫る。
(さってと、茶番は終わりだ)
敵は狙撃手としては優秀だが、戦士としてはまだまだ弱い。
同じ所を三回連続、次は本当に漫画か何かのように首の動きだけで回避。
それと共に首を捻り、消える前のそれを少しでも目に焼き付ける。
速度、良し。方向、良し。やはりそれは異能力――アニメでよくあるような、光の弾丸だった。
すこしオタク心を揺さぶられながらも、煉斗は走る。
「速さと向きさえ分かりゃあな、位置ぐらい簡っ単に割りだせんだよぉ!」
凶暴に、凶悪に、叫んで懐からもう一つの拳銃を出す。
全自動の装弾数10発前後、弾倉の予備は無いのでそれで打ち止めだ。
向こう側に居る人影――逆行で姿は良く見えないが、小柄だ――は、驚いたように硬直。
ガガガガガ、という連射音と共に肩にかかる銃圧、達人にもなると勢いを流せるというが、煉斗はそれほど銃が上手くない。今でも撃つごとに肩が外れるんじゃないかとヒヤヒヤする。
飛び散る薬莢、立ち込める硝煙、それを五感で感じながら、煉斗は拳銃を外套へ収める。
「びっくり、した」
と、急に“後ろから”声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは女。
煉斗の物とは違いおそらく本当に雨具であろうレインコートを纏った少女だ。しかし少女だと分かったのはその胸の膨らみ故で、顔などはフードでまったく見えない。
しかし、フードの間から覗く髪の色は若草色、それによって煉斗は、彼女が人外である事を悟った。
その彼女が携えているのは大型の銃、やはりこれも漫画でありそうな実用性皆無の人間ほどもある大きな銃だ。
「テメェか、さっきから俺を狙ってたのは」
「えぇ、そう、です。十分に、狙って、ました」
いちいち区切る口調が鬱陶しくて、煉斗は眉をひそめた。
しかしその瞬間にも、少女は大型銃を振り上げる。
ここは戦場なのだ、自己紹介なんてしている場合じゃない――まぁ、一騎打ちならそれがアリの場合もあるが。
とりあえずこの場合は違った。少女は煉斗に蹴りを入れる。
「ぐっ――!」
足で押さえ込み威力は抑えたが、衝撃だけで後ろに飛ばされた。
やはり人間ではない、そんなことを確認しつつ目を前に向けると。
少女の周りに、ノイズが現れた。
ジジ、と音を立てて少女の姿が掻き消える。そして、次の瞬間には再びノイズ。
少女は、煉斗の背後に居た。
「もらい、です」
ズドン、という鈍い音。
光の弾丸は煉斗の背中で弾け、そのまま彼を吹き飛ばした。
「……っ! があぁ!」
2メートル3メートルと転がりながら吹き飛び、短く悲鳴を上げる煉斗。
痛いというより、熱い。
そうとしか認識できないほどの衝撃だった、単純に体を抉らない分、体の外側に痺れたような痛みが残る。
しかしそれでも左手を動かし、投擲用のナイフ――先が当たらなくても側面が肉を裂くようになっている――を取り出して、投げた。
そのナイフが少女の鼻先まで辿り着いた頃、再びノイズ。
少女は、煉斗の真上に居た。
「ち、っくしょ――がっ!」
銃身――あのサイズでは砲身というべきか――が光り始めると同時に、煉斗はナイフを投げた左手を強引に使って転がる。
数瞬後、煉斗が居た位置には大穴が開いていた。
「むぅ、巧い、ですね。存在移動が、無ければ、やられて、ました。まぁ、そこが、人間との、差ですね」
悠々と着地しながら少女は語る。
存在移動、それが「ノイズの移動法」の名前。
「知るかよっ!」
煉斗は右手に握りこんであったアーミーナイフを無造作に放り投げる、が、やはりポイントシフトで避けられる。
しかしそれは織り込み済みだ、その後、ポイントシフトによって現れた少女に、煉斗は手榴弾を放った。
こんな大規模な武器は必要ないと思っていたが――人生、何があるか分からないものだ。
しかし。
「諦めた、方が、無難、です。みーは、存在移動だけは、抜群に、上手いのです」
そして居たのは煉斗の背後、死角に少女は立っている。
「なっ――!?」
戸惑いながらも肘打ちを試みる煉斗、しかしもちろん当たらない。
空中に居る時は弾丸を、降りればナイフ、徒手空拳も交えて使い、しかしそれでも少女は当たらない。
「あああぁぁぁ!」
煉斗の拳が空を切った時、少女は既に斜め前で砲身を向けていた。
「死乃裂にしては、あっけなかったですね」
少女は言う、煉斗は体を動かせない。力を込めた拳を放った後は、体重移動の関係ですぐには動けない。
「死乃裂なのに、身体能力超過が、あまりにも、お粗末過ぎる。特化された箇所も、見当たらない」
それを聞いて、煉斗の表情は硬直する。
禁句、言ってはいけない事。生粋の死乃裂ではない煉斗にとってそれは図星。
普通、死乃裂が持つ能力と呼べるものは、その異常なまでの身体能力だ。
煉斗もそれは十二分に持っているが、ただ一つ、人間離れしているというほどの特化されたものがなかった。
例えば死乃裂 符弓なら器用さ、例えば死乃裂 刃音なら腕力。
それが、煉斗には無い。
――煉斗、お前は何も心配しなくていい。俺に任せろ。
蘇るのは、父の声。
(俺に任せろ――だと。あのクソ親父が、クソヤロウがっ! 誰が、誰がテメェなんかに頼るかよ! あぁそうだよ、お前になんかに頼るぐらいなら、僕は――俺は、人殺しになってやる!)
「がああああああああぁぁぁぁ!!」
感情が、爆発する。
こんな所で死ぬなどと、出来る訳がない。
そうだ、もう自分には親に対する意地だけではなく。
後ろに、守るべきものがあるのだから。
思考が延長する、脳から脳髄へと運動神経へと伝達がスムーズになる。
「なに、が」
少女がそこまで言った時、煉斗は空薬莢を蹴り飛ばす。
デタラメのようなその一撃は、確かに少女の右の瞳に直撃した。
「ぐ、が、あああああああぁぁぁぁ!」
叫ぶのは少女の番、もがき倒れ、光の弾丸は上方へと飛び去った。
つまりは天井、第一研究局の一分が崩落し、土煙が辺りを舞う。
目の前がほとんど見えないその状態で、動く人影は一つ。
「うおおあああぁぁぁ!」
煉斗だった。
その右手には再びナイフを構え、矢のように走る。
まるで位置が分かっているかのように少女を見つけ出し、白刃を閃かす。
しかし少女も予想はしていたのか、巨大な砲身を煉斗に向けた。
それはほぼ同時の出来事。
極大の光弾が煉斗の腹部を抉ったのと。
ナイフが少女の右の目へと突き刺さるのは。
「がっ……!」
「ぎ、ぃ……!」
苦痛を噛み殺したような声も同時。
しかしここからの反応は双方、違うものだった。
煉斗は膝から床へと崩れ落ち。
少女は、存在自体が幻であったかのように、ガラスのように割れてしまった。
***
「始めまして、煉斗君。妹がお世話になっています――と言った所で、聞こえんか」
しばらく後、煉斗が倒れている場所に青年と少女が現れた。
青年のほうはおそらく成人しているだろう、決して頑強とはいえないがすらっとした健康な体を持ち、しかしそれに反して髪はボサボサと上下左右にはねまくっている。
「…………」
対する少女はこれまた目立つ格好だ。
肩口で綺麗に整えられている髪は黒ではあるのだが、ただの黒ではなく夜空の黒に黒絵の具をぶち込んで墨汁をたらし醤油を間違ってかけてしまったかのような、絶対的な黒。
着ている服は空色のワンピースで、あまり動きを阻害しない服装と言えるだろう。
しかし彼女はその利点を生かすつもりは無いのか、じっと無言で煉斗を見つめている。
「裂黒、その少年を――」
「愛」
言いかけた青年に、静かな、しかし確かな意志をこめた声で少女は割り込む。
「そうだったな、愛。その少年を運べ、お前の相棒予定だ」
「……黒煉?」
じっと、少女は煉斗に向けていた目を青年に向けなおし、首を傾げてみせた。
「あぁそうだ、だから早く運べ」
「…………了承」
そして少女は煉斗を背に乗せる。
自分より大きな彼を、まるで疲れて寝てしまった弟を背負うように。
そしてその場には、観緑という少女であった物――ガラスのように砕けた破片の中央部にある緑色の球体だけが残った。
さて、今回は文章が上手く行きました。
これだけささっと頭に浮かぶなんて久しぶりで、時間を忘れて執筆してたり(笑)
上手い小説を書くには模倣から始まるらしいです。
好きな作家の文体が移り、それを指針にして自分も書くわけですから当たり前といえば当たり前なのですが。
という訳で、作者というのは基本的に自分が尊敬する作家二人ぐらいの影響を受けて、そこに自分テイストを加えて文体を確立する訳ですね。
自分は榊 一郎さんと鎌池 和馬さんでしょうか、御二方ともラノベ作家ですが(笑)
西尾 維新さんには憧れますが、自分の感性では無理だと既に諦めております(笑)。
では、戯言終了。
次回は――誰になるかまだ決めてなかったりします。