第33話:怪獣出現(ケース3)
更新速度を保つのは難しいです……やっぱり文が粗めに……。
卯月 姫紀は逃げていた。
もちろん、例の怪獣からだ。
――Gaaaaaaaaaaaaa!!
壊れたスピーカーのような大音量が耳に突き刺さる、しかし走るのをやめない。
一応、卯月には対抗する力があった、いざとなったら使うしかないかもしれない。
しかしその力とは、『全てが自分の発した言葉通りになる』というものだ。
姫紀が喋らなくなった原因、大元。
「…………っ!」
爪が背中を掠めた時に声を上げそうになったが――堪えた。
例えば、だ。
踊れ、と姫紀が言うと『踊る』という条件だけができる。
それは世界中の人にかかるかもしれないし、自分にかかるかもしれないし、微生物にかもしれない。
一生かもしれないし、一秒かもしれないし、不定期に踊ったりやめたりを繰り返すかもしれない。
これに対するには限定条件を付けて言葉を発すればいい訳だが、それが難しいのだ。
何もかもを限定付けて叫ぶにはあまりにも短い時間、考える事も口から出す時間も――その覚悟の時間も足りないだろう。
それに対して「やめて」という場合も同様だ。
何を辞めればいいのか分からないし、それが分かってもいつまでやめればいいのか分からないのだ。
しかも、やめるという意味に「停止」の意味合いが含まれていればそれだけでその生物の一生は終わる。
二度、姫紀はこの能力を自分の意思で使った事がある。
一つは「死なないで」、赤坂 響玖への咄嗟の願いだった。
それはたまたま成功した――ように見えるが、実際には何時どうなるか分からないのだ。
もう一度重ねがけ出来ればいいのだが、やはりそれ自体が悪影響を及ぼす事もあるので試してはいない。
もう一つは「姫紀と呼んで」という響玖へのささやかな願い。
これは――今思うと自分でも考え無しだったと痛感する。
もしも全世界中が「姫紀」と連呼するだけの不気味なものになったらどうするつもりだったんだ、自分は。
「…………!」
そういう訳で、姫紀は戦うわけにはいかない。
自分の不用意な一言が世界を滅ぼすなんて冗談、本当にありえるのだから。
世界は滅ぼせる、途中の犠牲を考えなければ全てを救うことも出来る、そんな少女は怪獣一匹倒すことが出来なかった。
と、考えている内に怪獣はすぐ真後ろまで迫っていた。
「…………ひぅ――!」
悲鳴をそこまで抑えられたのは、10代の女性としては上出来だったろう。
怪獣の爪が振り下ろされる、その瞬間――
「あぁ……すまない、少女。どうやら僕が遅れたせいで、少しばかり迷惑をかけてしまったようだね……」
ゴウ、と怪獣の爪が鳴る。
しかしそれは空気を裂く音ではない、着火音だ。
「……?」
姫紀は呆然として、その場に座り込む。
「あぁ、あぁ……! 君たち外法の輩はうら若き乙女にまで手を出すというのかい……ねぇ、争い事は戦場に立つ者同士がする事だ…………わざと流れ弾を放つなんて、外道以外の何者でもないよ……」
そしてそのまま火は燃え広がり、やがて怪獣の全身を包んだ。
『そこは違うでしょーよー。つうかこの人? ひとひとひと……うん、この虫達、分別が無いでしょーよー』
声は芝居がかった高い男の声、そして童女のような声だった。
姫紀は見渡して、視認する。
3階建てのビルの上、男が一人立っていた。
10代前半という姫紀よりも年下の少年であり、脱色した白い髪を乱雑に肩口まで伸ばして――しかしファッションだと分かるほど髪は手入れされている――その表情は何かに酔っているかのように恍惚としている。
しかしそれだけに目を引くものが二つ、まずは少年の目に引かれている隈取だ。
目のふちに、はたまた頬にかけて朱色の線が引かれており、それは正に往年の歌舞伎役者を感じさせる。
そして服装、これは姫紀が見る限り、思いっきり巫女服だった。
誓う、この場で神に誓っても良い、見間違いではなくあれは女物だ。
『あっらっらー、引かれちゃってるわーよー。マッズいんじゃなーいのー?』
独特の抑揚がある喋り方だが、声それ自体はまるで童女のようだった。
姿が見えないがスピーカーか何かだろうか?
心なしか、少年の背に収まっている弓から声が出ている気がするが――。
「うん、大丈夫だよ埜緒、話は桃子さんが付けてくれるらしいし……」
そこでポッと頬を赤らめて
「それに僕……女の子とお話しするの、苦手だし……」
『あっらっららっら〜、やっちまいまっした、ボッシュ〜ット! 完っ全にひっかれちゃった』
確かに少年の仕草には怯まざるを得ない姫紀だが、自分を助けてくれた人物を相手に引くなんて事は……と、固い決意を胸にする
『あっらっら〜、やっぱり駄目駄目っ駄っ目ね。二、三歩さっがらっれた♪』
決意はコンマで崩れ去った。
「だから女の子は苦手なんだ……あぁ、男だよ、僕は男だよ! 男がこんな格好して悪いかい!?」
少年は両手を広げ、仰々しく叫び倒す。
「それに対し、コクコクと頷き返すことしかできない少女であった――」
「っ!?」
後ろから声がしてビクッ!と姫紀は振り返る。
そこに立っていたのもまた巫女服だったが、今度はちゃんと女性だ。
ただし、次は巫女としてマズイ。
思いっきりタバコを吸っている上、片手にはスルメイカなんぞを携えていたりする。
姫紀が視線を向けると、「やらんぞ!」とばかりにスルメイカを背後に隠す。
「あ、桃子さん……」
桃子さんと呼ばれたその女性は、なんというかヤンママみたいだった。
年齢は20より上だろう、その豊満な体を巫女服に押し込め、さらには完全防備とばかりに上からコートをかぶっている。
それなりに優しそうな顔だが、しかしこの顔はどんな感情にも染まりそうな気がする。
コートに「喧嘩上等」なんか書いたら、今すぐ暴走族の集会に紛れ込めそうだ。
『ふむ、桃子よ。どうやらこの子のようじゃ。早速保護しよう』
と、またどこからか声が聞こえてきた。
そういえば、さきほどの少年が弓ならば、この女性は薙刀を担いでいる。
「も、桃子さん……僕、女の子と話すのが苦手なんで……」
少年がそう言うと、女性が一歩踏み出してくる。
無表情、そのまま姫紀と女性は対峙した。
「「…………」」
しばらく沈黙。
その後、何故か女性がオロオロと辺りを見回した。
落し物を探している訳でもなく――そう、この姿は
「う、うぅうううぅぅ……こ、湖織ちゃんは……映恵ちゃんはぁ……」
正に、デパートの迷子そのものだった。
女性の顔はすぐさま涙でぐしゃぐしゃになるのだが、それよりも友達の名前が出たことが気になる。
「ううううぅぅぅ……尾葯さん……嘘ついたの……? こっちに来ればこちに来ればあああああぁぁぁう、ああぁぁぁん!」
泣き出した。
『落ち着くがよい、桃子や。町に行けば東のが居るのは本当じゃ』
薙刀から聞こえる声が、女性をなだめる。
「う、ぇぐ、ひっぐ……なんで、どこにも、おぉ……」
「桃子さん……やっぱり、僕が話すしかないのかい?」
『ふぅむ……桃子もこれさえなければ優秀なんじゃが……』
『南っの方っも、たっいへんそっうね〜』
なんというか、姫紀は大変な事になりそうだった。
***
お嬢様が連れて行かれた。
いや、正確には自分の足から出向いたのだが、それはほとんど変わらない。
「……クソ」
「あ、主……あの、そんなに気にしなくても……」
茜の言う事ももっともかも知れない、それほど気にかける必要は無い可能性が高い。
でも、お嬢様が今居る場所は、小鳥遊本家なのだ。
これは僕が望んだような帰還じゃない、彼女が帰る時は全てを清算してからでないといけない。
「落ち着きなよ主、お兄ちゃんって呼んであげるから」
「お前は僕を誤解している」
……なんかシリアス崩れた。
「え? 主はシスコンさんじゃないのかな?」
「いや、何故にそうなる。本当にそうだったら真紀は忘れ去られるほど登場回数が少なかったりしないぞ」
「うん、確かに登場回ぐらいしか目立ってないもんね」
……あれ? どうして義妹を乏しめてるんだろう、僕は。
あ、緊張がほぐれてきた所でご挨拶、どうも文一です。
いや……今日はなんか空から気持ち悪いの降ってきてるじゃないですか?
その後、お屋敷に本家――小鳥遊家の長女、鷹子様のお付きである黒服の方々が来たんですよ。
その方が言うには「小鳥遊家に縁のある人物は本家にまとめて護衛する」という事で……お嬢様も確認を取ったんですけど、間違いじゃなかったようです。
という訳でお嬢様は本家に出向きました、やはり向こうの命令には逆らえませんから。
「そんなに心配なら主も行けばよかったのに」
「いや、僕の実家……というか、二番目の実家はヤクザ屋だからな。なんというか、小鳥遊と仲が悪いみたいなんだよ」
離れたとはいえ、この身は未だ師走の末弟だ。
父が駆け落ち同然だったというのに拾ってもらえたという恩もある、師走の顔に泥を塗るようなマネはできない。
「できないから……行けないんだよなぁ……」
そうなのだ、僕が師走の家に居たのは1年ほどであり、さらに思いっきり抜け殻な時期だったので作法も何もキチンと覚えていない。
そんな僕が師走家と仲が良くない小鳥遊家で粗相をすると、それだけで義兄や義父が飛んでくるかもしれないのだ。
「……兄貴? 震えてるよ?」
「うふふふふふふふふ……あぁアレは辛かったなぁ……絶食とか絶食とか絶食とか……なんであの家、絶食がオシオキのスタンダートなんだよ普通もっと他にあるだろ……」
5歳にして世間の厳しさを知った僕だった。
あ、ちなみに絶食って生易しくないからな! 優しくて一日、やばい時は4日だぞ!
しかもその間、ものすごい視線を向けられるんだぞ! 義兄の舎弟の人たちにまで睨まれるんだぞ!!
「もう絶対師走の家には戻りたくないぞあぁもうていうか色々と大変だったな山篭りとかハジキの使い方とかいきなり許嫁決められたり」
「あ、主ー……なんか……強く生きてね?」
「気ニシナーイ」
…………。
え!? ちょっと待て今誰か居なかったか!?
変に励まされた気もするけど不法侵入!?
「あ、茜! 何か勝てそうに無いけど不法侵入者が――!」
「主……多分、それよりも大変な事が……」
HAHAHAなんだいハニーって感じに快く振り向くと……
――Gaaaaaaaaaaaa!
……なんか、虫っぽい何かが居ました。
「ぎ、ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ!? むむ、む、む……虫いいいぃぃ!!?」
「あー、これが騒ぎの原因かな。あの人は駆除してる内に迷い込んだだけっぽいね」
何かもっと大きな枠組みで迷い込んでる気がするんですけど!?
「あははー、大変そうですね」
「あぁもう大変だよ――っていつぞやの変質者!?」
振り向くと、そこに居たのは一年三組だと名乗った某変質者さんだった(28話参照)。
この前と同じく、ヘラヘラ笑いながら瞬間的に現れた。
「いえいえ、僕のことは気にせず、テケトーに戦ってくださいな」
「…………なんで僕の事情を知ってる?」
「あ、やべ」
ダラダラと脂汗を流す変質者(仮)、睨みつける僕。
「なんで僕が戦えることを知ってんのかなぁ、おい変質者(仮)」
「こら! 人に向かって変質者とは何ですか!」
あれぇ逆ギレされた!?
「言った方はさりげなかったとしても言われた方は深く傷つくんだぞ! 軽い気持ちでからかってたのが自殺にまで追い込むこともあるんだぞ! そこのところ分かって発言してるんですか、君は!」
「あ、あぁゴメン……」
「声が小さい! 謝る時は大声で!」
「ごめんなさい!」
「よ〜し許す!」
…………あれ、何の話してたんだっけ……まぁいいや。
(危なかった……まさかこんな所に迷い込んでいるとは……文一にバレそうになったじゃないか……by作者)
***
この怪獣騒ぎそのものは一日で収まり、降下してきたそれ等も文一や湖織、様々な組織や学校、伊井宗達によって駆逐された。
しかし、問題となったのはその後だ。
怪獣事件により異能者の存在は世界に――少なくとも、市中に知れ渡った。
趣向を凝らしたイベントが多い特進市はこの状況を「8月に開催される『魔女狩り祭』を盛り上げるための魔物役を如月町に依頼したのだが、彼らが発明した実験動物がことごとく逃げ出してしまった」という言い訳で通そうとしたのだが、それが通じるのは実際目の当たりにしていない人間ぐらいだ。
実際に見た住人達はその存在を疑わぬものが大半であり、そしてそのまま様々な問題に巻き込まれていく事になるのだが――まぁ、ここでは三人に焦点を絞って語りを始めよう。
不幸が続き最終的に孤児となった小鳥遊家の執事、天詩 文一。
宇宙から来た少女を匿った事で巻き込まれてしまった、北川 一聖
ただ一人の少女を守ろうとする殺人者、白咲 煉斗
さぁ、虚無の物語を始めよう。からっぽの誰かが、誰かに託した物語を。
さぁ、勇気の物語を始めよう。この世の全てを守るために、戦う少年の物語を。
さぁ、境界の物語を始めよう。他の全てを殺してでも、境界を守るための物語を。
相棒と共に。
これからしばらく
文一と小鳥遊町=A
一聖と宇宙人=B
煉斗と如月町=C
それ以外=D
という感じに、話数の後にアルファベット付けます、ややこしくなってきたので。
さて、色々とややこしくなってきました。
しかしこのややこしさも、一部分でしかありません。
何たってこの話をしている最中、『その他大勢』も様々な事件に巻き込まれているという設定なのですから。
ファミリアが終わった後にこの人たちの話をするとなると、3年はネタに困らないです(笑)
『魔女狩り祭』、「あっれそんなんあったっけ!?」という貴方、ご安心ください。新語句です(笑)
こんな感じに色んな固有行事があるんですよ、特進市は。まだ出せてないだけで。
という訳で長編が終わればしばらくの間、今まで深く触れてこなかった学園仲間との交流がメインになると思います。……穏便に済むかは分かりませんが(笑)
ではいつにも増して(笑)を連発した気がしますが、これにて。
次回も見てくださいね。