第17話:色々渦巻くラビリンス!【後編】
今回はまぁ、シリアスいくかコメディ続けるかで悩んでどっちつかずになりました。
文一は今、正方形各辺7m程度の空間の端に居る。
傍らに立つのは彼の魔道書である茜、そして真逆の端には湖織が居た。
巫女服で、腰には誘宵を帯刀し。
「こ、湖織? なんでその服装で……つうかセーラーの下にそれ着るのは不可能じゃ……」
今日の湖織は学生服で登校していた事を反芻し、そして結論。
無理だ。
「着替えましたー」
そりゃ色々と危ないだろう、と心の中だけでツッコむ文一。
「で、どうして着替えたの? まさかそっちの方が気合はいるとか?」
「近いですー、誘宵で戦うにはこれの方が都合がいいですからー」
軽く腰を指す湖織を見て、刀が誘宵なのだと認識する。
しかしそれと共に新たな疑問が浮かぶ。
何故、退魔の神刀が今必要なのかと。
「文一、正直に教えてくださいー。貴方は、もし何かあれば戦うつもりですかー?」
文一は多少身じろぎする。
口調こそいつものままだったが、その目は真剣だった。
あの日の、化物と戦闘していた真剣な湖織だ。
「……そりゃあ、自衛のためには仕方ないだろ」
「仕方ない事ありませんー、湖織を頼ってくださいー」
「お前はどんな時もどんな場所でもすぐに来られるのか? 僕はお嬢様も守らないといけないんだ」
「出来る限り文一を守る努力はしますー、それに灯夜は何かあっても十分大丈夫ですー」
「どうして、大丈夫だと言えるんだよ?」
「理由は言えませんー、灯夜の人権に関わりますー」
「……それじゃあ、僕はお嬢様を守るために戦わないといけない。そんな確証も無いものに任せては置けない」
淡々と、二人は話し続けた。しかし、それもここまで。
湖織の目が細められ、柄に手を触れた。
「……じゃあ、話す事は……もう無い」
すらりと。化物殺しの刃が黒塗りの鞘から引き抜かれた。
右の方手持ちで横に構える、剣術としての剣術とはまったく違うスタイルだ。
湖織自身も口調を変え、戦闘のための用意は終えている。
「……なんなんだよ、僕には事情を教えられないって……僕は戦っちゃいけないって……お前は! そんなに僕が信じられないのかよ!」
文一が言葉と共に走り出す。
それとほぼ同時のタイミングで茜がバラけ、紙片となり刃となり、文一の左手に納まった。
そして、化物殺しの刃と魔道の刃は激突する。
二メートル近くある曲線の刃に食い込むように、白銀の刺突剣が斬りかかった。
だが、やはり茜の剣は魔力を乗せるための武器だ。魔力が無い状態では強度以外、ただのなまくら以下だったりする。
「こん……っの!」
しかし、文一はそのまま弾倉の一つに手の平を当てた。
そして、詠唱。
「魔力装填……一刃展開……」
「っ!」
弾倉が刃に倒れこんだ所で気づいたか、湖織は踏み込みから飛び退きの姿勢へ移行する。
「爆散!」
刃に染み込んでいた茜色の輝きが、その場で弾けるように前方に飛ぶ。
それは誘宵を弾き飛ばし、もちろん所持者である湖織をも弾いた。
彼我の距離は約3m、しかし仕切りなおす様子も無く文一はそのまま追い立てる。
「装填! 展開!」
[わ、省略しちゃった]
茜の言葉を無視し、前へ前へ。
体勢を崩し、後ろ倒れになっている湖織の右肩を狙い、刃を振り下ろした。
「斬撃!」
次の瞬間、湖織は文一の背後に立っていた。
何の気も無しに、刃を振り下ろした文一と背中合わせに湖織が居る。
「あ……え?」
「少しだけならば、……こちら側の事も話す……」
湖織のセリフと共に、文一は宙に舞っている物の存在に気付いた。
糸。
ピアノ線などの危険なものではなく、むしろ裁縫にすら使えるのか疑問を持たざるを得ない解れたような糸。
「貴方の力……魔法は、外部に接続し……世界を改変する力……。湖織のは……妖怪の力……、それそのものが、法則外の法則である力……」
そして、糸がふわりと動いた。
風の無いはずの空間で――否、風が吹いている。
この迷宮の奥地で、何故こんなにも風が吹き乱れているのか。
おそらくは湖織によるものだ、そう判断した文一は背後の彼女を振り向く。
「湖織のは……『風』です」
瞬間、湖織は目と鼻の先に居た。しかも加速したままで。
ゴウ、と風の唸る音がうるさく耳朶に響く。
(風ってどういうことだっていうかどうして湖織がこんな事ってかヤバイだろー!)
飛び退きながらそんな事を考える。
着地後、追撃を見越して茜を前方に構えるが、湖織までもがその場でつま先から降りていた。
(……降りる?)
降りる、正にその表現が良く合うように、先ほどの湖織は浮いて移動していると見えた。
ただ、文一はそれを深く考える事ができなかった。
別に追撃があったとか何かやばい事が起きた訳ではない。
距離をとり、湖織を良く確認できるようになってからそれに気づく。
なんか、ケモノの耳。
「……湖織、頭のそれ、何?」
「え……ひゃ……出ちゃってる……」
湖織が自分の頭に触れ、それを認識すると共にケモノの耳は前のほうにたたまれた。
「……え〜っと、だからそれ、何?」
文一が再び問うと、湖織は緊張を解いたような顔をして話し始めた。
「うー、キツネミミですー。なんですか文一は王道ネコミミが大好きな人ですかー?」
「いやいやいや、そうじゃなくて根本的な部分じゃなくて何故今それが何によって湖織に付けられているか! 5W1Hの2Wぐらいを聞いてるんです!」
いつも通りの口調で話し出す湖織、いつも通りのツッコミ的性格で話し出す文一。
……つうかテメェラ、シリアスムードが台無しだ。
「いえいえ、誘宵は化物殺しのために主を化物に変えちゃう刀なんですー、一応妖刀ですし」
『ヒャッハー! シリアスムード壊さねェために黙ってたが、よーやく喋れるゼー!』
刀の方がよっぽど空気読めてるよ。
「ふぅん。で、キツネ?」
「一応『東の社』のご神体が狗狐風神ですしー、キツネなのかイヌなのかはっきりしろって思いますけどー」
あぁもうシリアスどっちらけ。描写をするのもアホクサイ。
「で……文一……こ、こんなのは……嫌いじゃないですか?」
「キツネ? 実物見たこと無いから良く分からんけど、耳だけならまぁ犬っぽくていいかも」
「良かったですー、イタイ見た目だと思われて避けられるのは嫌なのでー」
ほのぼのしてんな、こいつらは。
「……では、文一……そろそろ戦闘に……」
「あぁ、分かった」
『ちょ! 我の出番アレだk――』
喋り終わる前に誘宵が下に振られ、糸が激しく舞い踊る。ってかすぐにシリアスに戻るな。
「……糸?」
糸が激しく舞い、そしてその一本一本が文一を包囲していった。
「いきます……帯式・周風」
風が、吹き荒れる。
正に暴風、湖織の一言と共に文一を台風の中に居るような衝撃が襲った。
「…………っ!」
否、衝撃ではない。本当に竜巻のような風に覆われているのだ。
その中で、文一は茜を手放さぬようにしっかりと抱き抱える。
[わ、大胆]
「剣の状態だろうが……というか今はシリアス壊すな、頼むから。茜、これがなんなのか……」
[もちろんわかんないよ。妖怪なんて存在する事も知らなかったんだし]
風に揉まれながらも、文一は思考する。
(衝撃だけで威力は無い……手加減してくれてるって事か。茜は分からないといったが湖織は自分から「風」だと言った……つまり、これは間違いなく湖織の能力だろう。……そんな事があり得るのか……いや、考えるな、無駄な思考を捨てろ)
疑念を、捨てる。そうする事で文一は結果を得てきた。
茜を迎えた時も、ローラを撃退した時も。
そして、今もその時だ。
「となりゃあ、深く考える必要は無い……目の前の現象を、ぶち抜くだけだ」
抱え続けていた茜を正面に掲げ、弾倉に手を添える。
ただし、親指を開いて二つを同時に包み込むように。
「魔力装填」
二つの弾倉が輝き、
「二刃展開」
二つの弾倉が倒れこみ、
「斬撃破斬!」
二倍の効果が発生する。
刃を包み込んだ茜色の輝きはそのまままっすぐ刃を突き出しており、その長さはおよそ湖織の誘宵と同じくらいだ。
それを両手で持ち、野球選手のように大きく振りかぶる。
「さぁて、と――ぶち抜けっ!」
ザン、と。
物質ではないはずの風が物質であるか不確かな魔力に両断された。
「やっぱり……きた!」
しかし湖織もそれを予想してか、再び糸を張り巡らせている。
次は二本、文一の周りに揺らめく。
「帯式・虚矢!」
文一を対角に挟み込んでいた糸が、両方とも文一の側に揺れた。
だがしかし、文一の側の準備も終わっている。
弾倉は、四つの内三つが輝いている。
「強化!」
揺れて千切れた糸が、放たれたそれの威力を物語っている――が、人知を超えて加速した文一には当たらない。
どこから来るかが分からなくても、どこへ行くのか分かればある程度は回避可能だ。
そして、弾倉は残り二つも倒れこんだ。
「原理は分からないが、原因は分かった……その糸か」
文一は斜め上に茜を構える。すなわち湖織の真上。
湖織はこれを防ぐしかないのだ。こんな即興な建物、一部が崩壊すれば他の部分も危うい。
「くっ……! 周風!」
「二刃展開、連追弾!」
さきほど文一を覆った竜巻が、今度は横回転で空中に現れる。
そして茜からは二発、同じ軌道で魔力弾が打ち出された。
激突、相殺。
湖織が一息ついて前を見ると、次は茜が飛んで来ていた。
真っ直ぐに、刃をこちらに向けて、結構な速度で。
[主いいいいいぃぃぃ! そりゃないよおおおおぉぉぉぉ!]
『魔道書よォ……同情するぜ……』
交わされる武器同士の会話を無視し、湖織は対策のために動く。
糸を誘宵の柄に巻きつけ、そして逆袈裟に一閃。
「刀式・風神閃」
刀からは糸よりも遥かに強い風が生み出され、真正面から茜を打ち付ける。
「にゃわああああああああああぁぁぁぁ!」
ページ状でバラバラになりながらどこからか声を出す茜。
そして、腕を振り上げた湖織の懐に文一が入り込む。
「しまっ――!」
「っらぁ!」
文一が狙ったのは、湖織の右手。
殴られた手首が誘宵が飛び上がり、空を舞った。
少し驚いたような顔をした湖織は、すぐに気を取り直して口を開いた。
「……これでは、……戦えません……」
「じゃあ、僕の勝ちでいいんだな?」
文一の言葉に湖織は頷き、そしてそのための言葉を紡ぐ。
「はい……湖織の」
しかし。文一も湖織も気づいていなかった。
「ま」
誘宵の、落下地点に。
「け」
くるくると宙を舞い、元の場所より平面的には少し前へ移動している。
「で」
それはつまり、文一の真上ということで……。
「す」の一言と共に、化物殺しの刀は少年の頭を強かに打ちつけた。
***
「はぁ〜、……結局、私の負けなのかなぁ……不自然な降参だし」
「……むぅ……はにゃ? あれ? ここどこ? 私、負けた?」
「一聖、なんで降参しているの? 君は結華を勝たすつもりが無かったのかい?」
「いだだだだだだ!! 勘弁! ゴメンナサイすいません魔が差しました!」
「ふぅー、文一、思ったよりも強かったですー」
「うぅ〜、たんこぶ〜……主、ひどいよぉ〜」
「………………………………」
「天詩……良かった、五体満足だな……」
…………む、なんか……うるさい……。
あー、僕、気絶してたのか。それでー、……周りには参加者の皆さんが居て……
「寝てる場合じゃねぇ!」
「お、起きたか天詩」
……あ、目の前にはお嬢様が居る。
「つあ〜、体いた〜。……つーかなんで僕はここで寝てるんですか?」
「うむ。ヘッドホンを付けた親切な人が運んでくれたらしいぞ、引きずってだが」
引きずってかよ! 道理で頭以外も色々と痛いはずだよ!
「……というかそれって色んな意味で怖いんですが」
「大丈夫ですー、湖織が『一谷食堂』の割引券渡しておきましたからー」
あぁ、なるほど。
一谷食堂とは読者様お察しの通り、一谷ちゃんの店だ。……しかも兄が如月町で働いてるから、一谷ちゃんが店長。
値段が手ごろで、味はそこそこ、でも麺類は総じて味良しだ。
もちろん、ラーメンも。
「で……結果な訳だが」
お嬢様の言葉で気づく、これ元々学級委員決める戦いだった。
湖織とのバトルで忘れてたよ、あっはっは。……洒落にならない、死ぬかと思った……。
と、その時ちょうど先生が来た。
「あ、先生、結局どうなるんですか?」
「あー……それやけどな……最後の勝敗が曖昧な上に、余りの奴の事考えてなかったからな〜」
先生……わざと言ってなかった訳じゃないのですか……。
「つーわけで……」
あ、先生の一存で決まるみたいだ。
桜樹は……表情から見るにポイントが届いてもいないんだな、きっと。
で、桜樹は無しとしてお嬢様とウマコさんは二人とも緊張の面持ちで先生を見つめている。
先生が、口を開いた。
「間とって女子の北川で」
てん、てん、てん。
「「「「「「「「「はああああああああぁぁぁぁぁぁ!!?」」」」」」」」」
ラビリンスに参加していた全員の声が重なる。
「いやさ〜、よう考えたら馬子坂やったら進行が上手くいかんようになるし。んでお嬢様関係は理事会で権限ある奴の娘とかやから、働かせたら先生の風当たりがきつうなるんやわ」
うわお、そんな裏事情が。
「で、北川は真面目やしまとめ役やし、これ以上向いてる人間は居らんと思う」
まぁ、確かに北川妹は委員長タイプだよな。
「じゃあ、頼んだで」
先生の眼差しに、北川妹は訳を理解できずにコクコクと頷いていた。
今日は、僕がちょっと「戦う湖織」に認められ、煉斗が少しだけ本性を表し、そしてウマコさんが微妙にイッセを見直した日だった。
ちなみにそれと引き換えに、お嬢様はすっごく機嫌が悪そうだった。
あはは……龍二君出しちゃった……。
文一(以下文)「でもチョイ役だな」
人様のキャラは作品内で喋らせてはいけないと言う自分ルール!
文「あっそう」
ヘッドホンの人を詳しく知りたい人はコロコロさんが執筆中の「勇者以上魔王以上」へ!
文「またさりげなく宣伝したな」
次回から少々長編入ります。
と言っても自分の場合は短い話も絡めつつ、進めていく感じですけど。
現在この世界観に在る力は「魔法」と「妖怪」、つまりは洋風ファンタジーと和風ファンタジーです。
しかし「カオス系」を名乗るにはこれだけでは足りない!
次回からは戦闘面でもはっちゃける準備をしますよ〜!
文「では皆様、次回も見ていただければ光栄至極です」
うわお、馬鹿丁寧。