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倶有の代 -the world-  作者: 風間 秋
◇斜陽の星
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「歌声」事件


 サーフェナイリス症候群が人類に齎したものは、損失と喪失ばかりではなかった。

 人類はサーフェナイリス症候群の原因、根本的な治療法すら見出せぬまま、強かにもその利用法の開発を始める。


 サーフェナイリス症候群の発症により生じる同化現象、或いは感染者が限定的に物質を同化変異させる現象、それら蝕変と名づけられた現象により生じる「真衣(マナ)」と呼ばれる変性物質の示す特異な性質は、人類の科学に多大なる未知を突き付けた。文字通り日々発見される新たな分子構造。その利用法を考えない程、人類の野心は枯れていない。また罹患者による真衣の研究は、蝕変(同化現象)に見られる量子的振る舞いから一歩踏み込み、量子制御技術の研究にまで及んでいた。


 当代の権威と呼ばれる研究者達の多くが、何らかの形でサーフェナイリス症候群の研究に関与していた。

 二十二世紀を作り上げた人物と称されるハリシァ・ヴ・アラクシアも、この分野の研究に精力的に取り組んでいた事は専門家の間では広く知られている。鬼才の名を欲しい侭にしたその頭脳が、道半ばで倒れるまでの長くはない時間で残したまとめきらぬ理論の数々は、二つは時代を先んじているとされている。中でも量子制御理論とされる理論体系は難解で、膨大な数の補助理論と、解釈が分かれる注釈の山はアラクシアの無念を象徴していると言われ、この可能性という鉱脈に多くの科学者が挑み続けてきた。


 二十二世紀半ば、ひとりの科学者がアラクシア量子制御理論を基に量子変移実験に挑みこれに成功する。だが事件はその直後に訪れた。物理的、情報的に完全に遮蔽された実験室の内側から、囁くような歌声が漏れ聞こえてきたのである。そして地獄は始まる。歌声の響く全ての空間が量子変移、サーフェナイリスが溢れ出し都市ひとつが真衣に沈む大惨事へと発展した。歌声は該当区域の電脳構造体にも響き渡った。リンクを通じ歌声は世界へと伝播し、各地で大小様々な蝕災(同化現象に伴う災厄)を引き起こした。


 歌声事件と呼ばれる様になったこの一件、原因は明らかになっていない。制御に失敗したが故の事故なのか、意図して招かれた人災であったのか、そもそも理論に誤りがあったのか、果ては元々そういうものだったのか。


 再びの災厄を経て人々がこの現象に向ける視線は変わった。

 だが人の本質というものは事件ひとつで――例えそれがどれほど悲惨なものであっても――変わるものではない。欲望は野心を呼び蛮行へと走らせる。他者の不幸は己が利益。世界は今日もそうして回っている。




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