人類を蝕む脅威「サーフェナイリス症候群」
時は二十二世紀。不治の病とされた癌も過去の話。科学万能の世紀。
そんな人類の幻想を嘲笑うかのように、ソレは肉を喰らい骨を砕き皮を突き破り人の体内より現れ出た。
制御に失敗したバイオマイクロマシンが生物に生じさせる、雑多な腫瘍の集積物。或いは人工胎盤黎明期に見られた、無作為に増殖するヒトの成り損ないを思わせる、醜悪で生理的嫌悪を呼び起こす肉塊。
ソレは周囲のモノを生物無生物区別なく飲み込み巨大化し続けた。対応に遅れた結果、事態の収拾に核すら用いられた地域もある。そして多くのケースに於いて、ソレの飛散した肉片が更なる地獄を周囲に齎した。ソレの肉が体液が人間に触れると、その人間の殻を砕き再びソレが姿を現したのだ。
第二種特殊環境災害、事象U、黄泉竈食ひ、神罰、審判者、御使い。
ありとあらゆる部門の専門家と宗教家によって、数多の呼称が与えられた。
明確な答えの得られぬまま、ただ事態の収拾に明け暮れる日々に人々が疲弊し、絶望がその面に陰を作り始めた頃、サガラ上の有象無象が集まるフォーラムに、ノトカ・サーフェナイリスの名で膨大な臨床データが公開された。
「特定疾病感染者の身体的変異及び諸療法の効果と影響」
そう題された資料により、人類は脅威に対する抜本的な解決策を見出せないまでも、対症療法的措置を構築することに成功する。そして人々はソレを疾病として断じる事に迷いを抱きながらも、著者の名を冠し「サーフェナイリス(sarphenairis)症候群」と称する事で一先ずの一致を見た。
世界は著者が「感染者(罹患者)」と称した「発症者」未満の潜在的脅威を多く抱え、如何にしてこれら迷惑極まりない被害者と向き合うべきかという、大きな問題に直面していたのだ。