新しい世界
俺の名前は白金泰斗。盲目以外は普通の男子高校生だ。
盲目というのも生まれつきというわけではなく、中学2年生の頃に交通事故に遭った時によるものだった。
当時は目が見えないだけでも日常生活に支障をきたすほどだった。
それもそのはず、人間は8割視覚に頼って生活しているのだから目が見えないだけでも現実での生活に与える影響は相当なものだった。
最初、困っていたのは外出時に横断歩道を渡るときや電車を乗り降りすることだった。
その時は視覚障害者誘導用ブロックを頼り歩いていたが、慣れるのに苦労したものだ。
目の見えない人のほとんどは杖しているが、俺は杖を使うのに抵抗があった。
たしかに、杖を使えば歩くときに多少は困らなくても済むのだが、自分が目が見えないことを周りに悟らせたくなかった。
それに目が見えなくても他の感覚を研ぎ澄ませればある程度は普段の生活を送ることができた。
まあ、慣れるのに結構時間を費やしたけど。
だが俺は今でも困っていることがある。
それはゲームができないことだ。
俺は大のゲーム好きで1日に6時間以上はやっていた。
別にゲームが上手いわけじゃない。
世界観やストーリー、キャラクター1人1人の設定を見て楽しむのが好きなだけだ。
まあ、俺の親は勉強、勉強とうるさかったしゲームができなくなったのは良いことかな。
キーコンカーンコーン!
放課後のチャイムが鳴る。
HRが終わり俺は2階にある自分の教室から出て、手前にある階段を降りる。
この階段もだいぶ昇り降りしてたせいか手すりを持たなくても歩ける。
慣れってのは怖いねぇ・・・。
あまり慣れすぎると油断して変な事故にもなりかねないけど。
トンッ!
うわっ!
突然、後ろから何者かに手で押され俺は驚いた。それと同時に身体はバランスを崩し前方向に倒れる。
ヤバい!落ちる!?
痛い、全身がしびれるように痛い。
誰だよ!?
俺を後ろから押した奴は!
ん?あれ?
何か柔らかい、土のようなものを肌に感じる。
それに、木々が風に揺れる音や川の流れる音がする。
ここは外?
さっきまで俺は階段を降りてたはず、それにあそこは室内だったはずだ。
何が起こってる?
ここはどこだ?
こんなこと考えてもきりがないな。
とりあえず分かっていることは、俺が階段を降りる際中に何者かに後ろから突き落とされ、気付いたらここで倒れていたというわけだ。
音や地面の土ぽい感触からここはたぶん森の中だろう。
まだ情報が少ないちょっとここら辺を探索してみるか。
俺は身体を起こし、音とにおいを頼りに周辺を歩いた。
クソー!
目が見えないからどこに向かったら森を抜けられるのかさっぱりわからん。
最悪猛獣に襲われて死ぬこともあり得るな。
考えたくないが・・・。
さっきから人の声がする。あっちか!
俺はやっとこの森から抜け出せる事に期待を寄せ声のする方へと急いで駆けた。
「そこにいるのは誰!?」
「人間?」
声を聞く感じだと女性だろうか、どこか清楚で大人っぽいイメージが思い浮かぶ。
「あんたこそ誰だ?」
「私?私は風の精霊シルフィ」
え?精霊?この人頭大丈夫かな。ひょっとして中二病ってやつなんじゃ・・・。
「次はあなたが名乗る番よ?」
「え?」
あっそうか、俺が名前聞いたんだから答えるのは当然だったな。あはは、さっき自分のことを精霊とか言い出したからやべーやつかと思ったわ。
「泰斗だ、白金泰斗」
「ところであんた、この森の出口がどこにあるか知らないか?」
「出口?それなら知ってるわよ」
マジか!?やっとこの森からおさらばできる。
「ただし、条件があるわ」
は?条件?俺に何させるって言うんだ。
「条件って?」
「簡単よ、私と契約するの」
契約?契約って何だ。目の見えない俺に変な契約書にサインしろと?冗談じゃないそんなのごめんだぞ!ただでさえ面倒事に巻き込まれたくないのに。
「断る」
「なぜ?悪い条件ではないと思うのだけれど」
「どうしてもだ!」
「ちょっと待って!」
「あなたの目を治せるとしたら?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は彼女の元から去るのをやめた。
「目を治せるってホントか?」
「ええ」
「どうやって?」
「それは今から説明するわ」
彼女の話は信じられないし本当に目を治せるかなんて保障はどこにもない。だけど、もしその可能性があるのなら俺は彼女の条件に乗ろうと思った。
「わかった、あんたの契約に応じるよ」
「そう、それは良かったわ」
「では、始めるわよ!」
彼女は俺に右手を前にかざすよう言った。その後、彼女は何かブツブツと喋りだした後、俺の右手の甲に軽くキスをする。
「よし、契約は完了したわ」
その直後、身体の中に何かが入ってくるように感じた。何かあったかくて懐かしい・・・、そんな感じが・・・。
目を開けると、久しぶりに物を見てなかったのか視界がまばゆい光に包まれた。やがてその光は弱まり辺りを見渡すと木々がいくつも立ち並んでいるのが見えた。
見える、見えるぞ!
俺はこの奇妙な現象に驚くよりも、久しぶりに目が見えるようになったことに喜びを感じた。
そういえばあいつが見当たらない。
何処かに行ったんだろうか?
(私はここよ)
あれ?さっき何か聞こえたような?
周囲を見渡したが何も見えない。
(ここだってば!)
うわっ?こいつ頭に直接話しかけてきたぞ!
さっきの契約といい頭の中に直接話しかけてきたといい何なんだ?
ひょっとして精霊っていうのは本当なんじゃ?
まっさかー、それはないだろさすがにー。
いや、でも精霊じゃなかったらさっきの現象をどうやって説明するんだ。
なんか頭の中が余計に混乱してきた。
とりあえず、落ち着け俺こういう時は軽く深呼吸だ。
ス~ッ、ハ~ッ・・・。
よし、これで少しは落ち着いただろう。
あいつが精霊か何かなのは信じるしかないようだ。
先ほどの声は念話というやつだろう。ということは俺も心の中で念じれば会話ができるのでは?
さっそく何か念じてみる。
(そういや、さっきからあんたの姿が見えないんだが?)
(あなたの身体の中にいるわ)
(身体の・・・中?)
(ええ、正確には憑依ね)
憑依?それって俺の身体は乗っ取られたってことか!?
(安心しなさい、別にあなたの身体を乗っ取ろうとしてるわけじゃないから)
(それに、今の私じゃそんな力は残ってないから)
力は残ってないって、それ力が残ってたらやってたのかよ!
(でも助かったわ、あなたと契約してなかったら今の私は消滅してたでしょうね)
(消滅って?何かやばいことでもあったのか?)
(まあね、300年ぶりに姉と再会したら、殺されそうになっちゃって)
今さらっとすごいこと言いませんでしたか?
300年?姉と再会したら殺されそうになった?
どんな家系だよ!?
(殺されるっていっても私たち精霊に死の概念はないんだけど)
(今さらなんだけどさ、俺の目が見えるようになったのはどうしてなんだ?)
(あなたに憑依したことで転生したからよ)
転生?転生ってあのどこかの小説みたいに死んだら異世界で生まれ変わるっていうあれか?
(転生といってもそれはただの例え)
(あなたは人間であり精霊でもある半人半精霊となったの)
(半人半精霊?)
(半人半精霊とはいわば肉体を持った精霊のことね)
(精霊というのは人間や亜人と違って自らの肉体を持たない精神生命体なの)
(それがあなた達と融合することで互いの欠点を打ち消した強力な存在になれるわけ)
(大抵は融合に失敗して発狂するのがほとんどだけど、あなたとの融合に成功したのは良かったわ、ひょっとして私とあなたって相性がいいのかも)
なるほど、それで俺の目が見えるようになったわけだな。
ちょっと待て、さっき融合に失敗して発狂って言わなかったか?それってやばいことなんじゃ・・・。
それに亜人だとか言ってたな。じゃあ、ここってどこなんだ?日本じゃないのか・・・。
(あのさ、ここってどこなんだ?)
(どこって、それはエリュシオンの・・・って知らないの?)
(知らない)
この時ようやく理解した。ここは異世界で俺はどういうわけかこの世界に迷いこんでいたということに・・・。